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「よそ見は良くねぇ。俺だけを見てくれ」

 スマホを持っていた手を上から重ねられた。女の子なら誰でも一度は夢みるであろう、セリフとシチュエーションだ。それを私は轟くんにされている。

◇◇◇

 ことの発端を思い出そうと頭を働かせる。あぁ、そうだった。この頃の轟くんはすこし様子がおかしかったのだ。
 例えば、私が上鳴くんや切島くんと話していた時。

「悪りぃ、俺もいいか?」

 なぜか私の真後ろ立ち、介入してきた。どちらかといえば口下手ではあるが喋ることは好きなようで、轟くんが会話に参加してくることは不思議ではなかった。しかし、なぜか張り付くように私の真後ろに立った。このまま腰を抱いてきそうな距離感だった。

「もちろん! なんなら持ってく?」
「助かる」

 お調子者の上鳴くんが、私を連れていくかと軽い調子で問いかければ、轟くんはいつも通りの口調で応じた。
 私の手を握って歩きだした轟くんは「腹減ったな」とかあまりにも中身のない、気の抜けるような話題を振ってきた。二人から少し離れた位置で足を止めた。

「えっと、何か用だった?」
「用?」
「だってわざわざ移動したから」

 何か用があったのではないかと問えば、轟くんは首を傾げた。

「……分かんねぇけど、なんかザワザワした」
「喋り声うるさかった? ごめんね」
「いや、そんなことはねぇし、ずっと喋っていたいくらいだ」

 どうやら無意識の行動だったらしく、曖昧な答えが返ってきた。ザワザワと言いながら胸を押さえた轟くんに、喋り声がうるさかったのではないかと思い謝罪をすれば、首をゆるゆると左右を振ってくれた。
 なぜか手は握られたままだった。じわじわと汗がにじんでいく感覚と、焦りを鮮明に覚えている。


 似たようなことがその以前にもあった。あれは確か、私と轟くんが学食で昼食をとっていた時だった。

「あの、伝えたいことがあって少しいいですか」

 緊張した面持ちで切り出してきたのは、他の学科の男子生徒だった。私は驚きのあまり、啜ろうとしていた蕎麦を箸から逃してしまった。これは告白をする雰囲気だ。そんなことは同じ席についていた、緑谷くん、お茶子ちゃんも察していたようで静かにこちらの様子を見守ってくれていた。

「良くねぇ」

 そう言ったのは私ではない。轟くんだ。私に伺いを立てたのに、まさか第三者から拒否されるとは思わなかったのだろう。男の子は「へ」と戸惑いの声をこぼした。

「蕎麦がのびちまう。のびた蕎麦は、蕎麦とは認めらんねぇだろ」

 食事中の私を気遣ってくれたのはよく伝わってきた。しかし、それにしたって蕎麦愛が強すぎる!

「じゃあ放課後にでも」
「俺が先約だ。だから諦めてくれ」

 蕎麦愛が強い轟くんに負けじと、放課後はどうかという新たな提案に、なぜか轟くんが返事をした。先約だからと言ったが、轟くんと何かを約束した覚えはない。
 きっと、蕎麦を粗末にしたという私怨だ。食べ物の怨みはこわいというし、きっとそうだ。
 荒々しい口調というわけではないのに、なぜか従わざるを得ないような圧があり、少年は静かに身をひいていった。
 こうして、起きるはずであった『校舎裏で告白される』というイベントは、不発という結果で幕を閉じたのだった。
 やはりこの頃の轟くんは様子がおかしいのだ。


 そして、つい先ほども。あの冒頭にあった少女漫画的展開になるすこし前のこと。

「格好いい」

 クリアファイルに大きくプリントされた人気若手俳優の顔をみながら呟いた。これは今朝、コンビニに寄った際に対象商品を購入したことで手に入れた品だった。

「誰だ?」
「いま人気な俳優なんだけど、見たことない?」

 隣の席の轟くんが私の手元を覗き込んできた。どうやら流行には疎いようで、轟くんはあまりピンときていないようだった。

「好きなのか?」
「イケメンを嫌う人はいないよ! クリアファイル入手できたのは奇跡だよ。今度映画にも出るんだって! 告知の映像だけど轟くんも見る?」

 好きなものに興味を持ってもらえるのは素直にうれしい。つい浮き足立ってしまい、轟くんの反応など気にせず話を進めてしまった。
 スマホの画面からを向けたが、轟くんは無反応で、すっと席を立った。呆れて教室から出ていってしまうのかと思ったが、私の席の前で足を止めた。
 目線を合わせるようにしゃがみ込んだ轟くんは、スマホをもつ私の両手を大きな手のひらで包み込んだ。

「轟くん?」
「よそ見は良くねぇ」

 上目遣い気味に顔を覗き込んできた轟くんがじっとこちらを見つめる。面白くないというように僅かに眉を寄せている。

「俺だけを見てくれ」

 そう言った轟くんは、俯いていたせいで前にも垂れ下がっていた私の髪を指先で掬い、自然な手つきで耳にかけてくれた。耳のふちに熱がたまる。

「やっとこっち見てくれたな」

 私の混乱など露知らず、轟くんは満足気に目を細めて笑った。顔が良い! 良すぎる。それはもうクリアファイルにプリントされた俳優が霞んでしまうほどに。

 後日「イケメンってやつに飢えてるんだよな?」と切り出してきた轟くんに、「これ、沢山あるんだ。遠慮せず貰ってくれ」といって差し出されたのは4センチ×3センチの枠組みに収まった轟くんだった。
 私のクリアファイルには、俳優の顔を隠すように轟くんの証明写真が貼られている。
 どうやら私は彼の自己肯定感を育てすぎたようです。
 


 








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