掌のうえで踊りましょう







act 1.

 建物の影から周囲を窺う。

「雄英も警備が強化されちゃってる」
「正面からは難しそうだな」

 久方ぶりの母校だというのに、こんなにも緊張感を持たなくてはいけないだなんて。正面玄関には雄英高校の教員であり、現役ヒーローが二名。
 正面突破は難しそうだという轟の意見に頷くことで同意を示す。

 雄英の警備システムは優秀なため、侵入した時点ですべての防犯システムが作動する。
 高い壁が行方を阻むだろうし、警報が鳴り響いてすぐにヒーローが駆けつけてくるはずだ。戦闘はなるべく避けて一気にイレイザーヘッドのもとに向かうのが最善だ。

 なるべく警備が薄い場所を狙い、裏側にまわったところで、轟が何やらハンドサインを送ってきた。
 ここから突入するということなのだろう。頷き返し、息をあわせて同時に突入する。

 予想通りに警報は鳴り響き、私たちが飛び越えてきた外壁はさらに高く伸びて逃げ道を絶とうとしている。

 ここかグラウンドなんとか──何と言っただろうか。市街地を想定したつくりで、いくつも建物が立ち並んでいる。

「まぁ、考えは読まれてるよね」

 裏から入り込まれることを予測して、あちらが警備を強化していることはこちらも覚悟していた。覚悟していたとはいえ、言葉と共にため息がこぼれてしまう。

 建物の影から姿を現したのは、かつての同級生、瀬呂と八百万だった。

「瀬呂、八百万」
「よっ! 感動の再会もそこそこで申し訳ないんだけど、大人しく捕まってくれよな!」

 轟はあまり驚いた様子もない。
 爆豪、切島、上鳴、緑谷までもが襲ってきたのだ。他の同級生たちが操られていても何ら不思議はない。

 軽い調子で挨拶をした瀬呂は、肩をひょいと竦めてみせてから、こちらに向けて個性のセロハンテープを放ってきた。

「お断り」

 風でテープの軌道を変え、そのまま瀬呂の懐に滑り込む。
 個性をまとわせた拳を顎に決めてやろうと思ったが、寸前でかわされてしまい、ヘルメットを吹き飛ばしただけだった。

「かつてのクラスメイトにも容赦ねぇー」
「そのかつてのクラスメイトを捕まえようとするのも、どうかと思うけど」

 苦笑いを浮かべた瀬呂を、ふんと鼻で笑う。煽るような口調を意識したが、瀬呂は素直に思惑にのっかるタイプでもなく「まぁそんなんだけどね」と飄々とした反応を返してきた。

 もう一度距離を詰めようとしたが、瀬呂は「悪りぃな」と言ってから、轟の背に向けてテープを放った。轟はいま百と対峙している。狡猾な男だ。
 轟の背後に風を発生させて攻撃を阻止する。

「悪りぃ、助かった」
「轟さん、余所見は命取りですわよ」

 個性対策をいくつも用意した百に、轟は攻めあぐねているようだった。手荒にしたくはないという思いもあるのだろう。
 こちらに意識を向けた一瞬を見逃さなかった百がさらに攻撃を仕掛けようとする。

「本当いい個性だよね、瀬呂って」
「マジかよ。また個性の精度上がってんじゃん」

 瀬呂が放ったテープを風で操り、百の身体に巻き付ける。せっかく拘束具が手に入ったのだ。使わない手はない。
 瀬呂の表情に、僅かにだが焦りが浮かぶ。

「相性的にそうなるよな。……でもそれはこっちも想定済み」

 テープを風で操られてしまうことは想定していたという瀬呂だが、何の工夫もなく再度おなじような攻撃を仕掛けてきた。
 こちらも同じように風で攻撃を防ごうと思ったのだが──

「え」
「ヤオモモ特性! セロくんセロファン特別バージョン」

 テープは上半身に巻きついてきた。まるで鎖のように硬く、身動きが取れない。
 瀬呂はニヒヒと歯をみせて笑う。

 先程のテープとは素材や仕組みが違うことは理解した。しかし切ってしまえば良いだけのことだ。

「なんで、切れない」
「ミョウジの個性に合わせて強度をあげてもらったから、それは切れない。すこーしだけ大人しく見ててよ。俺もなるべく優しくしないのよ」
 
 瀬呂の肘から出ていると思われたが、実際は百が創造したテープをどこかに潜ませていたようだった。

 瀬呂の演技に騙され、まんまと油断をさせられた。私の個性を考慮してつくられたテープは傷をつけることすらできない。

 離れた位置で、テープの先を掴んでいる瀬呂を睨むが、彼は困ったように笑い返してきただけだった。つくったような笑顔を貼り付けた瀬呂は、小さな黒目で轟を見た。

「もちろん逃げても良いんだけどさ。その場合はミョウジが大変なことになるかもしんねぇから、冷静に考えろよ」

 余裕を感じさせる話し振りがこちらの余裕を奪っていく。
 轟が鋭く舌を打った。

 どうにか縄抜けできないかと試みるが、それを咎めるように瀬呂がテープを引き、拘束が強くなる。

「お転婆さんねぇ……何も取って食おうってんじゃないんだから、大人しくしとけって」
「轟」
「……分かった。息止めておけよ」

 目顔で合図をすれば、轟は苦渋の決断だというように顔を顰めながらも頷いてくれた。
 言われた通りに息を止めれば、熱を孕んだ空気が肌を焼いた。

 どうやら耐火性ではなかったようで、焼かれたテープは簡単に引きちぎることができた。

「大丈夫か」
「助かった」

 拘束から抜け出し、轟の横に並ぶ。
 焔が燃え移ってしまったシャツを脱ぎ捨てる。テープを巻かれていた上腕と胴体のあたりを中心に熱傷を負っていたが仕方があるまい。

「好きなやつごと燃やすって、マジ?」
「瀬呂さん、来ますわよ」

 まさか人質ごと攻撃してくるとは思わなかったのだろう。動揺をみせる瀬呂に、テープで建物に貼り付けられ自由を奪われている百が叫ぶ。

 空気が一気に冷え込み、肺を縮こまらせる。ビキビキという音と同時に、目の前に大氷壁があらわれる。

「またこのパターンかよ」
「ドンマイ」
「うわ、それトラウマだわ」

 瀬呂はいつかと同じように氷漬けにされていた。嘆いている彼に、ドンマイと間伸びした口調で声をかければ、がっくりと項垂れた。
 体育祭での苦い出来事を思いだしたのかもしれない。

「悪りぃ、手荒になった。あとで溶かすから大人しくしていてくれ」
「うーん、ちょっぱやで頼むわ」

 このまま拘束しておくことに決めたらしい轟は、瀬呂に軽く謝罪をした。瀬呂はへらりと力なく笑った。

 二人には申し訳ないが、こちらもこれからの戦闘に備えて体力は温存しておきたい為、このまま進ませてもらう。
 索敵ができる私を先頭にして移動する。

「操られてるんだよね……?」

 不安からかどこか頼りない声が出てしまった。すぐ背後を走っていた轟が速度をあげ、隣に並んできた。

「そんなに恨みを買う方でもねぇだろ俺ら」

 これまで私たちの行手を阻んできた元同級生たちは、あまりにも自然体だった。言動も攻撃スタイルも、何一つ違和感を感じなかった。
 本当に操られているのだろうか──だなんて疑惑が拭えずにいた。

 轟は淡々とした口調で、怨恨によるものではないだろうと口にしたが、操られているかどうかについては否定も肯定もしなかった。彼も同じように疑問に思っていたのだろう。

「そうなんだけど」
「邪魔するなら敵って割り切っちまった方が楽だぞ」

 轟の答えは単純明快で、迷いがなくて良い。もう一度地面を蹴る脚に力を込め、真っ直ぐに前を見据える。




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