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朝起きたら目の前にジョルノがいた。
私の背中に腕を回しながら気持ちよさそうに眠っていて、どことなく幼く見える。聴こえてくる寝息は穏やかで、見ていると私までまた寝そう。
幸せそうでずっと見ていたいと思うけれど、もう陽は昇っているし……起きる時間だ。ジョルノは多分日々のお勤めで疲れてるだろうし何か食べる物でも用意しようかな……プリン以外出てこないんだもん、ジョルノが用意すると。
そう思ってそろりそろりとベッドから出ようとジョルノに背を向けて、上に敷いてある毛布をゆっくりと捲る。

「まだ……いかないで……」
「わぉ……」

しかしジョルノは起きていたのか起こしてしまったのか、私の腰に腕を回して逃げられないように力を込めてきて、もぞもぞと動いて首元に顔を埋めてきて、凄く可愛い……体は大きいくせに仕草が可愛いとか何なのこの生き物は。まるで甘えん坊な大型犬じゃない?

「シニストラ……」

久々にジョルノの口から愛称じゃない方の名前が出てきて少しびっくりした。思わず振り返ってジョルノを見たら、眠そうな目と視線がぶつかる。あのコロネがないせいか別人に見えてしまって口から心臓が出てきそう……絵画から出てきた美人さんみたいで困る。ウーゴが見たら目が潰れるだろうな。

「ううん……やっぱシニーの方がしっくりくるな。」

ジョルノは蕩けたような顔で私の頭を撫でて、そのまま自分の胸に私を埋めた。

「おはようシニー。添い寝って幸せだね。」

ジョルノの言葉は暖かい。体温も陽だまりみたいに暖かくて、包まれているだけで私も幸せだ。

「おはようジョルノ、幸せだね。」

独りじゃない朝は久しぶりで、毎日ジョルノとこうやって朝を迎えられたらいいのになって思いながら、ジョルノの胸にいっぱいくっ付いた。

朝ご飯は外で食べようっていう話になって、着替えたらそのまま町中へと飛び出した。ジョルノのお気に入りのパン屋さんで、いろいろ買い込んでからベンチに座って並んで食べるのだけれど、コロネを食べながらジョルノの頭を見たら拗ねたのがちょっと可愛い。仕方がないから半分こして一緒に食べて……中学に通っていた頃の、放課後を思い出して勝手に懐かしんでいた。
昔もこうやってドルチェとか分け合ったよなぁ……あの頃はただの友達だったし間接キスとかはしなかったけれど、今とかどうだろう。一つの飲み物を二人で飲んで美味しいねって言い合っている。こういう風な関係になるとはあの頃は思いもしなかったな。

「そう言えばシニー、体の方は大丈夫?」

パンを平らげてゴミを袋にまとめていたら、ジョルノが私の顔を覗き込みながら訊ねてくる。

「体?」

え、何で体?今日はしっかり眠れたし疲れてもいない。むしろ元気いっぱいだ。
首を傾げていたらジョルノは少し目を逸らすと……言いづらそうに少しどもりながら、質問の意味を教えてくれる。

「あのさ、その……女性は行為後、腰が痛くなるようなことを何かで読んだから……今無理させてないか心配で……」
「……」

で、出た!何故か知っているというか何で知ってるのか謎に包まれているジョルノの雑学!
でもそれに関しては私も知っている。年上の彼氏が〜って言いながら痛がっているクラスの子とかいたし見ているし……あの頃は他人事だったけれどそうか、私ももう他人ではないところに踏み込んでいたのか。

「不思議なことに全然痛くないよ、大丈夫。」

私は痛みに敏感ではあるけれど、それは多分滅多に体が痛くならないからだと思う。滅多に痛くならないということはつまり頑丈なのだ。そもそも射貫かれた時の痛みと銃弾を食らった時の痛みと比べたら腰痛とか比べ物にならないくらいの痛みしかないのでは?とか思うし、そもそも恥ずかしいし思い出すと顔が熱くなるけれど、ジョルノは無理なことはさせなかったし優しかったから……痛くはならないと思う。

「そう……聞いて安心した。」

ジョルノは照れ臭そうに笑いながら、私の頬に手を伸ばす。

「仕事中はシニーといられないのが本当に残念だよ。ミスタが羨ましい。」

本当に残念そうにそう言って、悔しそうに眉を寄せている。ミスタさんに嫉妬してしまうほど大切にされているのが嬉しくて、私は逆に眉が落ちた。美味しいものでも食べている気分なくらい今物凄く幸せだ。

「今日もよろしくね、シニー。」

私もジョルノと一緒に仕事が出来ないのは残念だけれど、どんな形であれジョルノの役に立てているなら何も言わない。

「頑張るよ。」

今日も頑張ろうと思う。いつかイタリアが凄く平和になったらジョルノと毎日一緒にいられるから、その日が来るように毎日とにかく走るんだ。
少しだけ見合ってから引き寄せられるようにキスをして、離れて笑い合ったらそのまま手を繋いでジョルノとアジトへと向かった。
そして着いて早々にアジトの中が騒がしくて、すれ違う仲間の方々に挨拶をしながらジョルノの仕事部屋まで行くと、ウーゴとミスタさん、ポルナレフさんがもう既に中にいた。

「何かあったのか?」

アジトの中に入るといつもジョルノはトップとしての顔になる。さっきまでの笑顔とは裏腹に、真剣な顔で歩くコンピューターのウーゴに話しかけていた。

「今朝方街で人が殺されました。」

ウーゴはそうジョルノに伝えると、手に持っていた資料をジョルノの机の上に広げる。

「ミスタと死体の照合をしたところ殺された人間は全員、ジョジョ達が昨日会議後に立ち寄った店の従業員です。」

資料には死体の写真と生前の写真が写っていて、見比べると何とも言えない気分になる。どの人も皆笑顔なのにもうこの人達は死んでいて……そう思うと胸が詰まった。誰かが消える仕事は最近はしていなかったからか、慣れてきたのに目を逸らしたくなる。

「ただの殺しなら警察に任せりゃいーけどよ、現場に行ったら落ちてたんだよな。これが。」

ミスタさんはそう言うと、現場に落ちていたらしい白い粉が入った袋を机に置いてそれを私達に見せる。袋には乱暴な字で「報いを受けろ」と書かれていて……メッセージ、かな。だとしたら雑すぎる。

「持ち主はラリってた可能性が高い。それかわざと落としたか……これが落ちてたっつーことはよぉ〜、オレ達が動くしかねえよなぁ?」

白い粉……麻薬はパッショーネの負の遺産。私達が清算しようとしているものだ。ジョルノもといパッショーネは麻薬を絶対に許さないし、見つけたらルートまで洗って全てを抹消する。
これを見たら当然ジョルノに火がつく。

「まだ密売してる輩がいるのか……ぼくら……いや、ぼくをおびき出そうとしているのかもしれない。可能性がどちらも高い。」

正直どちらでも危険な案件だ。可能性がある限り油断は出来ないし、やるからにはそれはもう慎重に犯人に近付くしかない。
ジョルノは私を見ると、少し考えてからこの件の扱いについて話を始める。

「ぼくのスタンドよりシニーのスタンドの方が足が付かないけど、今回は危険すぎる。ぼくのスタンドで追跡して犯人を炙り出そう。」

私が行くものかと思ったけれど、ジョルノの口から出てきた言葉は今回は自分が行く、だそうで……いやいや何を考えているのかこの人は。

「何で!」

ジョルノの口から出てきた言葉を聞いて、思わず私は声を出してしまう。
だっておかしいよね?危険なら尚更私が追跡するべきだ。そもそもジョルノはパッショーネのリーダーで現場に出るような人間じゃない。ジョルノの能力は誰にでも見えるような能力だけれど、私の能力は基本私にしか見えない。私が行った方が相手には気が付かれないし安全だ。

「ジョルノ、公私混同は慎みなさい。彼女のスタンド能力の方が直ぐに見つかる。」

ポルナレフさんも私と同じことを思ったらしく、話を聞いてジョルノに口を出す。
大切にされていることは知っている。でもそれとこれは別だ。もしも狙われているのがジョルノだとしたら尚更残るべきだし、皆絶対それを望むだろう。
しかしジョルノは譲らない。

「ぼくが行くのは心当たりがあるからだ!」

机を思いっきり叩きながら私達に向かって声を荒らげる。怒鳴るようにそう言って肩で息をしていた。
驚きのあまりに私達は固まってしまい、静かにジョルノだけを見つめる。心当たりって何だろう?そんなに怒鳴るほどのものって……

「……ぼくが、ぼく自身が負の遺産なんだ。」

今度は声を殺しながら、ジョルノは私達にその意味を説明してくれた。

「ぼくの父は悪党で、たくさんの人を殺している。被害者の写真の人間は全員女性……父にとって女性は食糧で犠牲になった人間だ。世界中に被害者はたくさんいる。」

私達の方に振り返ったジョルノの眉間にはシワがある。まるで痛みを堪えるみたいな顔で見ていて苦しい。

「SPW財団との会議でやたらぼくに妻や娘が殺されたって突っかかってくる人間がいた。そういう人間が犯人の可能性は高いし、そうだとしたらこのメッセージの辻褄も合う。これは紛れもなくぼくに宛てたものだ。」

ジョルノが言うまで気が付かなかったけれど、確かに殺されている人間は全員女性だった。もしも相手が会議の後にジョルノ達をつけていたとしたら「報いを受けろ」の意味も明確になってくる。ジョルノと女性が親しかったらその意味は最早鮮明だ。
ジョルノのお父さんについてはこの前ジョルノの口から説明をされた。でも昨日の会議でそんな話が出ていたのは知らないし聞いていない。……いや、お父さんの話をしてくれた時にジョルノは言っていた。会議に行く度に言われ続けていたんだ、昨日も。

「シニーのことはもちろんSPW財団も知っている。性別も名前も、ぼくの友人だったことも……そうなると次に狙われるのはきみかもしれない。」

ジョルノは恐れているんだ。報いを受けろっていう脅しに。

「財団には頼らない。ぼくのシマで麻薬を出して関係ない人間を殺したなら、ぼくが直接行って制裁する。だからきみは出ない方が──」

しかしそんなの私には関係のないことだった。
私は冷静になっていないジョルノに向かって両手を出すと、心配でか青白くなってきた顔を挟み込んで、揉みくしゃにしてやった。

「シニー!ジョジョに何てことを!」

しかしウーゴの腕が伸びてきてすぐさまジョルノの顔から私の手は剥がされる。それでも私は止まらない。ジョルノの気持ちに反論をした。

「私もジョルノに着いてくよ。」

ジョルノの気持ちは嬉しいけれど、私だけ蚊帳の外に出されるのは嫌だ。

「ジョルノの敵じゃないのは分かる。でも追跡は私がする。力になりたい。」

頼れるものは何でも使って欲しい。私もその一部になれるなら頼って欲しい。

「ジョルノが苦しいなら私も苦しい。だから嫌なの、こうやって仲間外れにされるのは……」

言ったはずだ。ジョルノの痛みや悲しみは私のものでもあるって。それに私はジョルノの恋人でもあるけれど、ジョルノの仲間なんだ。パッショーネの一員なんだ。

「そもそもジョルノ関係ないじゃん!会ったこともないお父さんの問題を擦り付けられるとかふざけんなだよ。」

血が繋がっていても育てて貰ったわけじゃないのに都合よく文句をぶつけるのは酷すぎる。とにかく悔しい。私も一緒にぶん殴りたい。

「それオレも思う。ジョルノはジョルノだし関係ねーよな。」

私の意見と同じらしいミスタさんはうんうんと頷きながら、思うことをジョルノにぶつける。

「冷静になれよジョルノ、被害者が世界中にいるなら財団関係ないかもしれねえしよ?決めつけはまだ早いだろ?」

確かに……もしかしたらジョルノの被害妄想になってしまっている可能性もある。辻褄が合わさっても意図的に相手がそう見せている可能性だって否めない。情報がどこかから漏れてジョルノに辿り着いたっていう可能性だってあるし……女性を狙ったのだって力がないから狙われたのかもしれない。考え直したら何もかもが「可能性」になってしまう。

「それにシニストラはオレが鍛えてるから充分戦える。まぁたまにありえねードジを踏むが……サポートならかなり戦力になるぜ。」

褒められたのだろうけれど同時にバカにされた気がする。でも頼りになるって言われているみたいで嬉しい。

「ぼくもシニーを使うのは賛成です。こいつはそう簡単にくたばらないって既に証明されてますから。」

ウーゴもウーゴで私のことを推薦してくれるけれど……何を言っているのか分からないな?何で私がやられる前提で話をしているのか?そもそも戦いになるのかな……

「SPW財団にはオレが問い合わせよう。ジョルノ、きみの問題になったのなら口を出すつもりはないが……きみのために怒ってくれる仲間がいるということは絶対に忘れるな。」

ポルナレフさんは心強いことを言うと亀の中へと入っていってしまう。皆が言いたいことをまとめてくれたのはありがたいけれど、取り残された私達は少し気まずい……いや、照れ臭い。
ジョルノを見てみると目を丸くさせて驚いていた。でもすぐに嬉しそうに笑う。リーダーの顔じゃなくて、年相応の少年の顔で。

「本当きみ達には適わないな……」

ジョルノも照れ臭そう。この場にいる皆が照れながら笑っている。修羅場が始まる空気だったけれど、凄く幸せに包まれたような空気に変わって胸の詰まりが収まった。

「被害者がまた出る前にこの件は潰したい。早速だけどシニー、外でスタンドを使って道標を出してくれ。」

折れたジョルノは素直に私にお願いをしてくれる。それがとてつもなく嬉しい。

「分かった。任せて。」

私は力を込めてジョルノに頷いて、背を向けたらすぐに廊下へと飛び出す。
関係ない人が巻き込まれたのも嫌だしジョルノを悪く言われるのも嫌だ。絶対に許さない……必ず見つけてジョルノに繋いでやる。報いを受けるのはそっちだ。

「……」

アジトの外に出て、空を見上げてから深呼吸をする。
空はどこまでも青くて広い。こんなに平和なのに空の下では悲しいことが起きていて、気持ちが少し沈んでしまう。
いつかこういうやられたらやり返すみたいなことがなくなったらいいのに。

「トロイメライ──」


私は瞳から星達を産み落として、ジョルノが望む道標を創り出す。それを空へと浮かべると、弾けさせて広範囲に広げていった。




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