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道標が続いていた場所は港の方だった。
車でそれを辿るように移動をして、辿り着いてみたらそのまま道標は離れた砂浜の方に出る。車を降りるとそれを更に辿り続けて……しかしそれ以上は妨害されているみたいに道標が見えない。完全にそれは途切れてしまっていた。

「ダメ……これ以上は創れない。」

ジョルノ達にも見えるように道標を創り直すけれど、それでも結果は同じだ。何が起こったのか全く分からない。

「ここまで分かれば充分だよシニー。この先はぼくがやるよ。」

ジョルノはそう言うと、現場に落ちていた白い粉の袋を蝶々に変えて『その先』へと進んでゆく。帰巣本能を利用してこの先は進むらしい。私も行こうとするけれど、ウーゴに腕を引っ張られてその場に引き止められてしまう。

「シニー、ぼくらはここで見張りをするんだ。」
「え、」

そしてそのまま急に見張り役を言い渡されてしまって……え、皆で行くんじゃなかったのか……?それにジョルノが心配でたまらない。もしものことがあったらって思うともう……

「安心しろ、見てくるだけだしすぐ戻る。」

不安に思っていたら、ミスタさんが肩をぽんぽんと叩きながら私を落ち着かせるようにそう言ってくれる。
ミスタさんが言うとウーゴよりも安心が出来る。だってジョルノと組んで仕事をするなんてしょっちゅうだし、何よりスタンド同士の相性もいいらしい。……あ、だからウーゴは残るのか!

「見てくるだけなら……分かりました。」

争いになったらとか思うと怖いけれど、そうなった場合私に出来ることも限られている。そもそも相手が武装しているのかとか分からないけれど……足でまといになるのは嫌だしウーゴと大人しく待っていた方がいい。

「そんじゃあ行ってくるぜ。」

私が納得をするとミスタさんはジョルノいつの間にか遠くの方を歩いているジョルノを追いかけて、段々と小さくなっていってしまう。取り残された私とウーゴはそれを見送るけれど、思っていることは同じらしい。ジョルノと一緒にいたかったという気持ちでいっぱいになった。
さっきアジトで皆でボコボコにしようって流れにはなったけれど、相手は人を殺しているし……慎重に行動をしないといけない。分かってはいるけれど、ちょっとでも離れるとやっぱり寂しい。やっとジョルノと心が通い合った気がしていたから、無理なのは承知だけれどそばにいたいとか思ってしまう。

「シニー、実は標の出し方を間違ってはいないか?」

でも寂しがる余裕をウーゴは与えてはくれない。私の出した道標に違和感を感じたのか、突然文句をつけるように訊ねてくる。

「間違えるって?」

間違えるも何も……望んだら見せてくれるスタンドだから、大体は明確に見えるし再現だって出来る。間違えるだなんてありえない。いつだってトロイメライは正しい。

「言い方が悪かったな……分かりやすく言うと、解釈を間違っているかもしれないってこと。」
「は?」

言い方を変えても全く以て意味が分からない。思わず首を傾げて訊ね返してしまう。
解釈って何?どういうこと?率直に望んでこそのトロイメライなのに……解釈とか考えたこともない。
分からなさすぎて悩んでいたら、ウーゴは溜め息を吐きながら私に自分が思うことを教えてくれる。

「例えばぼくがいちごを五個見たいって言ったらきみはどう望む?」

まるで算数でも教えるかのような口調で言いながら、ウーゴはしゃがんで砂浜にいちごの絵を五個描き始める。
ウーゴがいちごを五個見たいって言ったら……

「ウーゴが望むいちごを見えるように五個創る。」

私はウーゴの前にしゃがむとウーゴが描いたいちごを五個丸で囲みながらそう言って、実際にその上にトロイメライでいちごを五個創って見せた。

「そう、シニーは単純だから深くは考えないでぼくを頼るだろ。」

そして出てきたいちごを見たウーゴは少し呆れながらそう言って、そのいちごを一粒拾って私の手のひらに乗せてくる。正直腹が立ったけれど、私はいちごを手のひらで転がしつつもウーゴの話に耳を傾けた。

「これはぼくが望んだいちごだけど、ぼくがもしいちごって言いながら「りんご」を思い浮かべていたら?」

ウーゴがそう言うと私の手に乗っているいちごは発言によってりんごへと変貌していって……それは私の意志に反したものだ。これがもし口だけの説明だったら分からなかったけれど、言われながら起こった出来事だったから頭の中での理解も早い。これでウーゴが言いたいことが自分の中に落ちてきた。

「つまりウーゴは……ジョルノが望んでいることは私が考えているっていうか、望んでいるものとは違うって言いたいの?」

言いたいの?っていうかそう言っている。
ジョルノが望む道標を出すように私は望んだし、もちろんそれは今回の犯人の元に辿り着くものだと私は思っていた。だけど現実道標は途中で終わってしまっていて……それはつまり、ジョルノが口では行こうと言っていてもそれ以上進むのを拒んでいる……ということになる。ウーゴが言っているのはそういうことだろう。

「そう。シニーが相手に意志を委ねたら相手の気持ちまで反映してしまう。」

ウーゴは理解をした私を見ると、頷きながら私の答えを肯定する。

「つまりシニーが望む方法でやれば犯人の場所までの道標を創れる。ジョジョは本当はきみを巻き込みたくないって思っているんだ。だからこれ以上進ませないためにここで打ち止めをしたってこと。」
「おお……」

聞いていると自分のスタンドって単純そうで実は奥が深いんだなって関心をしてしまいそう……私よりも私のスタンドを理解するとかウーゴって本当に歩くコンピューターだなぁ……よくウーゴのことを恥知らずだって言う人がいるけれど、そっちよりもしっくり来る気がする。ちょっぴりダサ……いやなんでもない。

「シニー、きみはどうしたい?」

一瞬笑いそうになったのを堪えたら、ウーゴは私の顔を覗き込みながらこれからどうしたいかを訊ねてくる。

「ジョジョの本音はきみを巻き込みたくないだけど、きみは相手をぶん殴りたいんだろ?ジョジョの想いを優先するか、自分の想いを優先するか。」
「う、ううん……」

こんな率直に質問をされてしまうと凄く考え込んでしまう。
ジョルノがどうやってでも私を巻き込みたくないらしいのはこれで分かった。でも私はジョルノのことを酷く言う人間がいるのなら私は一発食らわしてやりたい。ジョルノを悪く言うことだけは絶対に許せないし、この怒りだけは譲れない。

「『私は望む』……」

譲れないのならもう言葉にする必要もない。後は行動あるのみだと思う。
私は星達を続々と産むと、風に乗せるようにして私が望む道標を創り出す。
その星は続々と砂浜へと落ちてゆき真っ直ぐと一本の線を創って……何故か曲がりくねると、近くの岩場へと向かって伸びていった。

「ウーゴ……これやばいかもしれない。」
「え?」

その視線を辿ってゆくと岩場から光るものが見えてきて、それはウーゴの胸をチカチカと照らしていて……明らかに様子が変。座っていた私はフードを被ってゆっくりと立ち上がり、さっき飛ばした星達を自分の元へと戻してドーム型に壁を創る。腰に差していたミスタさんがくれた護身用の銃でその岩場に向かって一発撃ち込んだ。

「チッ!バレてやがった!」

当たった瞬間そう声が聞こえたかと思ったら、カウンターの如く私達の方に向かって発砲音を放ってくる。私達を撃ちながら岩の影に隠れていた人間が炙られたように一人、二人と顔を出す。前と後ろで全部で四人……私とウーゴを挟むように立たれて逃げ場がない。
発砲をされはしたけれどトロイメライが全て弾いてくれて無傷で済んだ。久しぶりだから冷や汗が出る……前線真っ只中でしかも隠れるところがないとか怖すぎる……!

「いつの間に集まってたんだ……!」

ウーゴと私は背中を合わせて囲んでいる標的達を睨みつける。備考をされていたらジョルノやミスタさんが気が付かないわけがないと思う。多分一般人に紛れていたのかもしれない。それか私達二人になってから接近をしてきたかのどちらかだ。
何はともあれ発砲音を出せた。ジョルノ達が気付いて助けに来てくれるかもしれない。それだけが今のこの状況下での救いのに思える。
それまで私とウーゴでこの標的達をどうにかするしかないけれど……ウーゴのスタンドは加減によっては最悪相手は死んでしまう。ジョルノは生きて捉えたいだろうからほぼほぼ私のスタンドで完結させるしかなさそうだぞ?出来る気がしないし絶対無理……!

「ウーゴ、どうしたらいい?」

銃弾は休むことなく撃ち込まれる。だから私も休むことは許されない。とにかく強く望んで全部を弾くしかないし、何より自分とウーゴを守りながらは少しばかりキツい。壁を創ってはいても脆い箇所はいくらかあるから保険で頑丈な単体の星を産み続けないといけないし……

「シニー、ぼくは気にしなくていい。最悪一人生かしておけば後はどうにかなる。」

ウーゴはそう言うと自分のスタンドを発現させて、やる気満々であることを私に伝えてくる。

「防御は解いて構わない。きみはきみで相手に攻撃をしろ。いいな?ジョジョのことを守りたいならいつまでも生半可な気持ちじゃあいけないんだ。「ぶん殴りたい」じゃあなくて「殺したい」っていう勢いで挑め。命の駆け引きとはそういうものなんだ。」

そして私がまだ人を殺めたことがないのを知っていてかは分からないけれど、説教じみたことまで言ってくる。
そりゃそうだよね……殺そうと仕掛けてくる相手にぶん殴るは生温い。ちょっと怖いけれどギャングになった以上命の駆け引きをする覚悟は必要だ。

「が、頑張る……!」

私のトロイメライは戦闘向きではないから、そういうことが起きても切り抜けられるようにって一応武器なら持たされている。ミスタさんみたいに常用しているわけじゃないから弾は入っている分しかないけれど……いざとなったらこれでどうにかするしかない。最悪消すしか……殺すしかない。
相手は拳銃でひたすらに私達に向かって撃ち込んでいた。でも撃ち込めば撃ち込むほど銃弾はなくなるし、なくなれば弾倉に弾を入れなくてはならない。つまりそれが拳銃を使う人間の無防備になる唯一の瞬間だ。
私達はお互いにその瞬間が来るまで待つ。そして銃音が鳴り止んでから、前後それぞれバラバラに走り込んだ。
砂浜は走りづらいし足を持っていかれそうになる。でも一直線にトロイメライで床を創れば走るのだって楽だ。後ろと前で一直線に繋がった道を創って、とにかく敵に向かって私達は駆け込んでゆく。

「このクソガキ!」
「トロイメライ!」

あと少しの距離のところで弾倉に弾を入れられてしまい、標的は私に向かって発砲してくる。しかし慌てれば慌てるほど的は外れるため、私にまともに命中することはない。トロイメライでとにかく防いで前へ前へと進んでいって、何発か体を掠って血が滲んだけれど、風穴が開いているわけではなかったから気にすることはなかった。
どんどん近付けば近付くほどクソガキ相手にいい大人が怯んでいた。でもそんなことは関係ない。

「『私は望む』……!!」

ウーゴには殺したい勢いでって言われたけれど、とりあえず手に握られている拳銃さえなければ殺される心配もないし、駆け引きは中止になる。トロイメライを数個銃口に侵入させて中で爆発させていただいた。その衝撃で拳銃を握っていた手まで爆発して後ろに飛んでいったけれど……別に申し訳なさは感じない。容赦はしないしするつもりもないし、何より殺されるよりはマシだと思ってくれ。
あと一人にも同じことをしようとトロイメライを飛ばす。でも狙いは外れてしまって、銃口には入らずに素通りをしてしまい、後ろの岩に当たってそのまま爆発して砕けてしまった。

「おいあんた!あんたは何であの男と組んでいる!」

私のトロイメライ爆弾を避けた標的は、拳銃を向けながら私を説得しようとしているのか声をかけてきた。何で私が説得されているのか分からないんですけど……とりあえず言い訳は聞いてやろうと思って耳を傾けつつ拳銃を構える。

「あいつの父親はクズだ!オレの家族を殺しやがった!財団は人殺しの奴の父親を許さない集団だから入ったってのに今じゃどうだ!息子と手を組んでいやがる!」

いやそんなの知らないし。そもそもジョルノは善人だ。父親がどうであってもジョルノはジョルノだと思う。

「ジョルノはクズじゃない。」

私は構えている拳銃で標的の足元に威嚇するように一発撃ち込んで、黙れと行動で示す。
それ以上言ったら分かるよな……私だって許せないものがあれば容赦はしない。ジョルノをクズ呼ばわりするなら尚更だ。

「それに最近はとんでもねー女と組んだらしいじゃあねーか!調べてみたら恋愛関係になってて笑っちまったぜ!」

しかし男は話すことを止めず、私に向かって……その『女』に向かってどんどん内容をヒートアップさせてゆく。

「死神に鎌を持たせて黙ってる財団も財団だ!ずっと信用してたが絶望した!だからよぉ〜殺すことにしたんだよぉ〜愛しい女の子ちゃんと息子をなぁ!!」

死神に鎌……言い方が気に食わない。ジョルノは死神なんかじゃないし、私は鎌になった覚えはない。どこまでもジョルノを侮辱してくるから怒りばかりが込み上がる。
ジョルノを殺すとか私も殺すとか……正直そこはどうでもいい。でも女が誰だか分からないからって関わった人を殺していたのは許したくない。
『それよりも』許せなかったのは、私達が好き合うことを笑ったことだったと思う。頭の上に一気に血が上って、ぐるぐると同じ言葉しか頭に浮かんでこなくなっていく自分がいて、胸の音が耳元に聴こえてくるくらい心臓がざわついて……あの日の奇跡とは真逆だけれど近いものを感じてしまって、とにかく感情の昂りを感じたら


「ぴーぴーぎゃーぎゃーうるさいな……」


口も行動も止まらなくなってしまった。

「ひぃっ!」

気が付いたら手に持っていた拳銃で標的を発砲していて、当たりはしないけれどそうとう怖がっているのか悲鳴が情けない。

「殺しにきたなら殺される覚悟があるってことでいいんですよね?」
「ぎゃあ!!」

もう一度相手の近くに撃ち込んだらもっと情けない悲鳴が聞こえてきて、気持ち悪くて聞いているだけで虫唾が走るわ。

「関係ない人を巻き込むとかあんたもジョルノの父親と変わんないじゃない?同じことして楽しそうに騒いじゃって……救世主にでもなったつもりですか?え?」

自分で何を言っているのか分からないし、止まらないし止められない。ただただ怒り任せに転がっている標的の周りに銃弾を撃ち込む。

「申し訳ないけど女の子ちゃんは何せ死神の鎌なのでね、主人を傷付けるなら許しはしないんですよ。」

フードを取り外して、自分がその女の子ちゃんであることを言って。星を産むとそれを相手の手に握られた拳銃の銃口へと入れて爆発をさせる。さっきの人みたいに手がまた吹っ飛んだけれど、これから与えるものと比べたらこんなのは蚊に刺された程度だろう。

「どうせあんたは私がジョルノの父親を蘇えらせるとかくだらないことを考えてるんでしょ。」

私は続々とトロイメライで星を産む。視界に入った星達は最初は白く光っていたけれど、段々と濁っていって黒くなっていて、以前偶然産まれたものと同じ輝きを放っていた。
気になってはいたけれどずっと考えることは放棄をしていた。いや、考える暇がなかったのかもしれない……ジョルノがたくさん私に幸せをくれたから。

「残念ながらジョルノの父親の魂はここにはないみたいなので……蘇らせることはしません。」

たくさん夢のような時間をくれたから……その答えが見つからなかった。
白い星が『希望』なら、この黒い星は

「ただ地獄みたいな望みは死ぬほど見せられるので、どうぞ死ぬほど堪能してください。」

『絶望』だ。

「『私は渇望する』───」


黒い星は空へと上っていくと、黒い雨みたいに地上へと降り注がれた。




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