EX9


 今日は二月の十四日でサン・バレンティーノと呼ばれるほぼ世界中に存在する記念日で、普通の人は幸せでいっぱいな一日を過ごす特別な日。

(複雑だなぁ……)

 ただこのサン・バレンティーノっていう日は私にとってはただ幸せでいられる日とは限らない。この日は私の時間が止まった日で奇妙な世界に巻き込まれた日でもある。最初の頃は気にする暇がないくらいに忙しかったりしたけれど、子育てが落ち着いてきた頃かな……あれからずっとこの日がやってくる度に、あの日を思い出して若干情緒不安定を決め込んでいた。
 しかしこの日には決して罪はないし世界と比べれば私のこの落ち込みようはちっぽけなものに過ぎない。だって私以外のほとんどの人が幸せな日なんだもんね?大切な人に花を贈ったり楽しいところに出かけたりとキラキラした時間を過ごす日だし……この日ギャングに両親が消されたとか矢に射貫かれて数ヶ月苦しんだとか、多分どこを探したってそんな経験をこの日に味わったのは私だけでしょ?一人のこの不幸より沢山の幸せでいっぱいな辺り少し悔しい、だから複雑な気持ちでいっぱいになる。っていうかそもそも恋人たちの記念日にわざわざ入団試験を受けたチンピラさんをめちゃくちゃ恨みたくなるよね。いい迷惑ですよ全くもう!

「シニー、顔が百面相だけどどうかした?」

 朝ご飯を食べながら入団試験の仕組みを作った前パッショーネのボスを恨んでいると、現パッショーネのドンで私の旦那のジョルノが「可愛い顔が台無しだ」って笑いながら訊ねてくる。

「いやぁ、うーん……」

 この人はサラッと可愛いとか言うからもう……毎日好きって思っちゃう。流石に慣れたからいちいち反応はしないけれど、複雑な気持ちがあいあまってジョルノから視線を落とした。
 ジョルノと夫婦になって子供が生まれてから、この日は毎年花を持って私の両親の墓参りへ行く日になっていた。ジョルノ曰く「ぼくらはもういちいち愛を確かめなくたって毎日ちゃんと愛し合ってるだろ〜」とのことで、いちいち周りに乗っかることは無駄だとか。命日の方が大事だしって言ってくれて、その流れで始まった恒例行事みたいになっている。
 確かに両親の墓参りは確かに大事だし行かなくちゃいけない。あそこには二人の他にも大切な人が眠っているし……ただ正直行く度に申し訳なくなる。私があの時ライターの着火さえ見なければ両親は今も普通で平凡な暮らしを送っていただろうし、死なずに生きていたはずだ。孫の顔を見て喜んでくれたと思う。子供が生まれてから気が付いたけれど、人は親になると何だかんだでとにかく子供が可愛くてたまらないし、その子供に子供が出来たってなったら爆発するほど嬉しくなると思うんだよね。そう思っちゃうと私がしくじったせいで〜って気持ちになるし……でもあの日ああなったから、ギャングのドンになったジョルノとの繋がりが途絶えず今こうやって夫婦になっているとも思っちゃったら最早……顔も百面相になりますわ。複雑を通り越すくらい果てしなく後悔ばかりが付きまとうよね。

「きみのことだから昔を思い出してそんな顔してるんだろ?」
「う……」

 こういうことを考えるといつも言い当てられてしまうの。ジョルノは何でもお見通しだ。私の苦くて苦しい過去のことを言い当てると、涼しい顔で優雅にお茶を飲んで口を潤わせてから続きを話す。

「気持ちは分かるよ。ぼくもそう思う時あったからね……だが過去はもう変えられないんだ。ぼくらはあの頃よりも未来にいるのだから、変えたくたって変えられはしないんだよ。」

 分かる。分かりはする。頭の中ではもう過ぎちゃったことだって、取り返せないところにいることも分かっている。

「そう、だよね……」

 それでも……この日はどうしても思い出してしまう。刻まれてしまった嫌な記憶っていうのは果てしなく後ろから追いかけてきて、追いついた後は私の周りをぐるぐると回るの。逃げ場をなくして苦しめてくる。

「……分かった。」

 いいや分かってない。けれど分かったって言い聞かせるつもりで頷きながら言っておく。
 確かにもう過ぎてしまったことだし、それに体は動かなくなっても意識は意外にもそばにいてくれる……そんな人達だっていたりするし、決していなくなったわけじゃないっていうのを私はちゃんと知っている。奇跡を起こす力だって持っていて今まで幾度となくそれを覆してきた。だから今まで前を向いていられたわけで、だから今更都合よく悶々としているのは間違いだ。いちいち落ち込んでばかりいたらこの家を守れやしない。

「おかあさん〜ごはん〜!」

 私はもう人の子の親。この子と旦那に人生を注ぐと決めている。たとえ昔にどんな酷いことが起きていようとも、上書きするように今のこの幸せに浸って過ごせればもう何だっていいやと思う。思いたい。

「お母さんはご飯じゃないぞ〜おはようジョシュア!」
「ぼくにとってきみはドルチェだけどね、おはようジョシュア。」
「朝っぱらから笑顔でそういうことぶっ込まないでほしい……」

 忘れるつもりはなくてもいつか自分を責めなくなれたらいいな。




 ジョシュアの朝ご飯が終わって少し食休みをしてから私達三人は家を飛び出して、庭で数本花を摘んでからケーブルカーの駅へと向かう。ジョルノは目立つから黒髪のヅラ……じゃなくてウィッグを付けているものの、目立つオーラは隠せなくてご近所さんから挨拶を受けていて……やっぱり私の旦那は凄いなぁって改めて思う。全ての挨拶を笑顔でかわしているあたり芸能人っぽさを感じるし、凄い人を自分は捕まえちゃったんだなぁって思ってしまった。

「すごいなぁ……」
「そうだねぇ……」

 最早他人事みたいに息子と二人でジョルノを見守りながら、ため息を零してふふってなった。
 私達は何とかケーブルカーに乗り込むと、ひたすらに下へと降りて昔住んでいた辺りまでやって来る。家があった跡地は今は小さな公園になっていて少し覗いてからそこを通り過ぎて、そのまま真っ直ぐ進んでいったらやっと家族が眠る墓地へと辿り着いた。

「来たよ。」

 墓石の前にしゃがみ込むと、ここに眠る家族に庭で摘んだ花を手向けて手を合わせる。これに意味があるかは分からないけれど……家族にとって特別だったこの日には、ジョルノに半ば強制的に一緒にご挨拶をしにやって来ていた。

「なんでここにお花をおくの?」

 この国では墓参りを大袈裟にする時っていうのは大体死者の日くらい。今日みたいに普段の日は特に変わったことはせず、花を手向けて手を合わせる形だけの墓参りだ。歩き疲れてジョルノに抱っこをされていたジョシュアは今日初めてここに来たからとにかく不思議らしく、普段の三人のためにやる死者の日の墓参りの派手さがないこの質素なこの墓参りを見て首を傾げながら訊ねてくる。
 ジョシュアはまだ小さい。ここまで連れて来たのも今日が初めてだ。しかもこの子はここに眠っている人を見たこともないし会ったことすらなかったから、ここがいくら墓地であってもこの場所一点に花を手向けるという行為に関しては理解が追い付いていないようで、いまいち分からず首が傾くばかり……多分墓参り自体をご馳走を食べて騒ぐものだと思い込んでそう。

「ここにはね、ジョシュアのおじいちゃんとおばあちゃん、おじちゃんが眠ってるんだよ。」

 強いて言うなら眠っているのは体だけで、意識は別の場所にある。死者の日だけに……いいや、彼らは何でもない時にも実はそこにいたりして、ちょっとしたイタズラをぶっ込むお茶目さを披露して消えたりしていた。
 この前だなんて真夜中にトイレで起きたらアバッキオが廊下に立っていてな……めちゃくちゃびっくりしたりして……髪の長い感じがジャッポーネで観たホラー番組のお化けとそっくりだったりとシャレにならなくて、しばらく恐怖で動けなかった。何しに来たのかは分からないけれど、アバッキオは悪い人じゃないから悪いことはしていないし大丈夫……なはず。そう思いたい。

「皆体が動かせなくなっちゃって、しょうがないから中から飛び出してるんだ。今は見えない所でお母さんとジョシュアのことを見守ってくれてるかもしれないな。」

 ジョルノには内緒のままのアバッキオとの遭遇について考えていると、ジョルノはジョシュアに詳しく教えながらジョシュアを地面へと降ろす。

「そっかぁ。」

 正直この説明は普通の子からしたらありえないでしょって済まされそうな話だ。しかし我が家ではありえないというものは結構当たり前にあるし、そもそもそれが当然だった。何せ私のスタンドがジョシュアに懐いているものでいつも絡みに行っているのもあるし、ジョルノのスタンドもたまに背後から現れては遊んであげたりしているしと子育てに協力的なのもあったりして最早それが日常になっている。この子はちゃんとそれが見えているのもあって、「ありえない」が普通に「ありえる」環境下で育ってきた。だから綺麗事に見えるそんな話をこの子は事実として飲み込めるし納得をするのも凄く早い。

「うごかないの……うーん……」

 ただ逆に体の死に関しては上手く飲み込めないらしく、墓に埋まる理由を説明するのはなかなか難しい。花を手向ける理由も普通の子なら眠ってるから〜とか言って終わらせられても、この子は死者の日に体の中身の人達が元気いっぱいに騒いでいる姿を目の当たりにしている。言葉も選び方が難しい。

「わかんないけどたいせつな人だからお花をあげるんだね!」

 しかしやっぱりこの子は誰かさんに似て理解が早い。どうまとめようかと私が悩んでいる最中にも花を手向ける理由を自分なりにすぐに理解してくれて、生まれたその謎を解き明かしてくれた。

「うん、正解!」

 そう、単純に言えば今日は両親の命日であってサン・バレンティーノ。恋人たちの記念日だなんて周りは言うけれど、昔からこの日には二人に花を贈ると決めていた日……それはとにかく家族が大切で大好きで、愛している以外のなにものでもない。
 辛い事件のせいでまたこう思えるようになるまでなかなか時間がかかってしまったけれど、渋る度に今朝みたいにジョルノが励ましてくれて、いつもいつも申し訳なくなる。

「でもねジョシュア、」

 ただ一つだけ……気持ちが幾分軽くなれても、この日に未だに消えないシコリは未だに付きまとう。

「お母さんはこの大切な人達を守れなかったんだ。」

 この日に私が帰ってきたせいで結果二人を苦しませてしまったことは、やっぱりどんなに今が幸せであっても自分の中から消せやしない。

「大切な人から花を贈るのも確かだよ。大好きだから、喜ばせたいから……それだけでお母さんは幸せだったけど、そのお母さんだけの幸せは大切な人達を不幸にした。ごめんなさいの気持ちもあるの。」

 小さいジョシュアにこんな話は重い以外のなにものでもない。何を話しているのかもきっと分からないだろうし……でも、家族だからこそ伝えておく。

「お母さんがしたことはもう一生どうにもならない。ごめんなさいで終わらせられないようなことをしちゃったからね……だからお母さんは一生間違いを忘れられないし絶対に忘れない。」

 一度つけたバッテンを丸にするには正解を見つけるしかないけれど、これは直しようがないバッテンだ。だったら忘れないようにずっとその印を残し続ける。
 どんなに愛していることを伝えたって一瞬で他の言葉が重なって隠れてしまう。だから大切なその一瞬に印を付けるように、忘れないように人は大切な人に物を贈る。この花に意味があろうがなかろうが、私は一生続くバッテンを無理矢理花丸にするために……大好きな人達にこうやって、大好きな家族と過ごす家で育った花をここに手向けたい。そしてまた一年間前を向くんだ。

「とまぁお母さんのことはいいとして、今日は楽しい日だからさ?めいっぱい三人で過ごしましょ!」

 一度墓石に置いた花を二本手に取ると、私は息子とジョルノへそれを差し出す。

「お父さんも珍しく休みだし今から美味しいものでも食べに行きたいなー……どうかな?」

 もちろん今の家族にだって花は贈る。
 仕事で忙しくたって家族サービスを怠らないジョルノにも、頑張って生まれてきてくれた息子にも。いつもそこにいてくれる二人には感謝の気持ちしかない。私にとってのサン・バレンティーノは大好きな人に大好きだって伝える日だから。

「ぼくジェラートたべたい!」
「ジェラート!いいねぇ〜お母さんもたまには食べたいな。」
「じゃあ近くのホテルにあるリストランテに……」
「おとうさんちがうよ!ジェラートっていったら出店のね……」

 大好きな人達と楽しいことで埋め尽くす。今日はそういう日……この先もそうでありたい。

「……ずっと、大好きだよ。」

 あの日と同じ言葉を呟いて、今私を愛してくれている人達と幸せな今日を過ごした。




「久々に食べるジェラートって何であんなに美味しいんだろう?」

 日中は家族水入らずで過ごして夜は皆で料理をしたりと、まるで誰かの誕生日とか帰ってきたクリスマスみたいなノリになって騒いでしまったり……テンションが上がりすぎたせいか皆が皆クタクタで、ぐずり始めた子供をベッドへ送り届けてきたジョルノと一緒にソファで一休みをする。

「分かる。超美味しかった。」

 私が矢に射貫かれる前……めちゃくちゃ青春まっしぐらだった学生時代。ジョルノとよくいろんなことで競争をしてはあそこのジェラートを奢ってもらったり、逆に悔しがりながら奢ったりしていたよなぁっていうのを思い出して懐かしくなっちゃった。店員さんもまだ現役で殆どそのままな顔だったけれど、一つ変わったのはジョルノの顔を見た店員さんが三人分も無料でジェラートをくれたことくらい?申し訳なくてお金を払おうとしたら「いいんですよご婦人!」ってめちゃくちゃ断られたのが何だかおかしかった。
 しかしご婦人っていう響き……嫌じゃなかったけれどさ、ご婦人とか大人しめなキャラじゃないからちょっと複雑だ。私には勿体ないお言葉な気がしたよ。

「それにしてもジョルノ、本当偉くなっちゃったよね。」

 普段はあまり一緒には歩かないというか歩けないけれど、今日こうやって一緒に歩いてみたら、改めてこの人の向上心はあの当時半端なかったんだなっていうことを思い知らされた。

「入る店のお会計全部断られちゃったし……ウィッグを付けてたってドン・パッショーネだってバレバレだったし……何ていうかオーラが別次元っていうの?お貴族様通り越して王族かなって思った……」

 並んでいると私はどこまでも霞んでいるんじゃないかって思ってしまう。実はジョルノの頭には王冠でも付いているのではと疑った。明らかにこの人は別次元の住人よろしく整った顔立ちをしているし、どんな格好をしていようがそのキラキラとした輝きは隠せていない。私とジョルノはジャッポーネで習ったことわざの……ツキトスポーンとやらみたいな感じ?スポーンって何者かは分からないけれど、綺麗なものと真逆なものを比べる時に使うとか何とかってジョースケに教わったけれど、私とジョルノはまさにそれな感じな気がする。私みたいな平凡な一般人とイギリス貴族のジョースター家の血筋を受け継ぐジョルノはもう、明らかにそれじゃないだろうか?

「ぼくが王族だったら……シニーは王妃様だな。」

 ジョルノは私の方に肩を寄せると、くすくすと笑いながら冗談を言いつつ頭に頭をくっ付けてくる。

「ぼくの世界一の妻。みんなに優しくて誰からも好かれて、おまけに強くて愛情深くてやたら食いしん坊で最近ヒップにお肉が……」
「ちょっと?悪口混ぜないで?」

 最初の方は凄く素敵なことを言ってくれていたしちょっと惚れ直したのに、最後の方完全に悪口とか酷い。思わず膝をばしばしと叩いて怒りをぶつけてしまった。

「いやだなシニー……これはぼくの言葉じゃあないのに。」

 ジョルノは叩かれた膝に乗っている私の手を手に取ると、誤解するなよそれは間違いだと訂正をし始める。

「この前トロイメライに乗られていたジョシュアがキツネさんのお尻が成長してる!って騒いでたんだよ。可愛いってさ。」
「ええ……」

 いろいろちょっと待てなのだけれど、え?トロイメライのお尻が成長?それはつまり本体の私の体型がトロイメライに反映されたのではって言いたいと……?いいやそうだとしたら息子をお腹に抱えていた時のトロイメライだってパーツがふっくらしないとおかしいでしょ?でも当時のトロイメライは普通にぺったんこなお腹だったし……まさかお腹のそれには脂肪じゃなくて別の存在だったからカウントされなかった系?えええ全然分からないし認めたくない真実なんですが……!

「ふふ……っ!まぁ嘘なんだけど。」

 人がめちゃくちゃ頭を悩ませていたら、隣のジョルノは笑いながらもさらりと嘘だったと告白をしやがる。

「やばい嘘吐かないで!」

 よ、よかった……嘘だと聞いて安心した。太ったらもう只事じゃないし、もう鬼になって甘いものを我慢しないといけないし!嘘でよかった……けれど、嘘だったにしてもシャレにならない嘘だよねこれは。女性には言っちゃいけない嘘だと思う。子供を産んでから体重がただでさえ増えたっていうのに、それ以上太ったとかなったらもう……本当のことであったとしても理不尽に相手を殴り掛かるレベルだ。ウーゴが女だったら殴っていたレベル。自分の旦那じゃなかったら今頃ぼっこぼこにしていたんじゃないだろうか?トロイメライのやばいやつをお見舞いするぞ。

「シニーはいくつになっても反応が楽しいから飽きないな。」
「わっ!」

 しかし私がどんなにふつふつと怒ったとしても、決してジョルノのダメージにはならないらしい。握っていた私の手を離したジョルノは悪気のない嫌味を言いつつ軽々と私の体を持ち上げると、そのまま横向きに膝の上へ私を乗せて、一方的に甘えるように自分の頬を私の頬へ擦り寄らせてくる。

「ぼくの奥さんは世界一可愛い……」

 楽しそうに弾み声で笑いながらどこか幸せそうで……大の大人ではあるし図体だって大きいけれど、たまに出てくるジョルノの甘えん坊なところはとにかく可愛すぎるし胸がキュンとしてしまう。私からしたらジョルノの方が可愛いと思う。
 イタリアのキングは実はめちゃくちゃ可愛いとか知られたらどうなっちゃうんだろう?老若男女生きとし生ける全ての存在がジョルノを放って置かないのでは?

「ねぇシニー、ぼくは昔この日は好きじゃあなかったし絶対に無駄だと思ってたんだよ。」

 絆されてしまうと最早逆らう気力が出て来ない。諦めてジョルノの首に腕を回して更にくっ付くと、ジョルノは自分の考えを話してくれる。

「今でもくだらない記念日だと思う。たくさん愛し合ってるならわざわざ記念日とか要らないだろ?改まって馬鹿みたいじゃあないかってさ……」
「ああ……」

 わ、分からなくはない。手に取るようにジョルノの昔の無駄無駄節の炸裂が目に浮かぶ。
 確かに愛し合ってるならこう改まる必要もないのかな……私の場合恋人的な使い方をしたことがないし、この日はずっと大好きな人に感謝を伝える日だったから分からないけれど、言われてみるとそうかもなって変に納得をしてしまいそう。

「記念日ならいくらだってあるもんね?」

 付き合い始めたのが何日かは忘れたけれど、例えば初めてキスをした日とかプロポーズを受けた日とか。あとは皆に会える死者の日と私達の子供がこの世に誕生日してくれた日……それに初めて自力で立った日とか歩いた日とか、言葉を喋った日も?どれもこれも私達二人にとっては記念日になってしまってキリがない。「恋人たち」っていう概念よりも「大好きな人達との」っていうスタンスだったらもう数え切れないくらいこの世にはいっぱい存在するよね。

「これからもっと増えてくから大変だな。」

 私の言葉にジョルノは柔らかく、囁くように言葉を付け足す。

「今日の記念日はこの家では感謝の日。きみがずっとそうしてきたように、大好きな人達に花を贈った後は馬鹿みたいに騒いで明日も笑おう。」

 昔のジョルノが無駄だと言うことを今のジョルノは無駄じゃないって思ってくれるのがどこまでも嬉しい。

「悲しがってる暇がないくらいいろんな特別を三人で増やしていくんだよ。」

 ジョルノの言う無駄は無駄じゃないんだよってずっと伝えてきた昔の私が見たら多分、泣いちゃうかもしれない。見た目だけじゃなくて中身まで変わるとか反則だよなって感じ。

「でもジョルノ、馬鹿みたいに騒ぐキャラじゃないけど大丈夫?」
「ん?騒ぎなら流石に慣れたよ。この世界にいると暴れてる連中を相手にせざるを得ないし……」
「んんんそれは別次元の騒ぎでは……」
「馬鹿を相手にしてるんだから馬鹿騒ぎでいいんじゃあないか?」
「雑すぎないかそれ……」

 たまにジョルノの常識が分からない。一体どうしたら馬鹿騒ぎと乱闘騒ぎを一緒に出来るの?可愛いところがあってもそういうところはちょっと怖いわ。
 ウーゴに言っておけば違いますってはっきりと説明してくれるかな……ウーゴよりもポルナレフさんの方が効き目強い?ミスタさんは聞いたら多分爆笑するだろうなぁ……レクイエムを喰らわないことを祈ろう。

「ジョルノ、」
「ん?」

 もうずっと当たり前みたいに大好きだって伝えているけれど、私達には意味がない記念日かもしれないけれど……少しなら便乗してもいいかな?

「愛してる。」

 横を向いたままの体をジョルノと見合うようにするべく膝の上に跨って座り直す。昔よりも逞しくて硬い胸に手を当てながらジョルノの額に額をくっ付けて、改まって気持ちを伝えた。
 大好きって思える人は沢山いるけれど、愛してるって想える人は二人しかいない。言える時に言わないといつか後悔をする日が来るかもしれないなら、後悔しないように思った時に伝えたい。

「……ぼくも愛してる。」

 この体が動かなくなるその時まで言い続けたい。訪れた幸せをこの先も繋げるように。




「おかあさんおとうさん!」


 私の時は一度は止まった。動き出したあの日から度々今日を呪うことだってあった。


「おおおジョシュア!どうかした?」
「まだ起きてたのか……お父さん達これからお楽しみの時間なんだけどな。」


 忘れられないし忘れるつもりもない。だからあの日に戻れない代わりに印をずっと胸に残して、今ある今日はこれまで以上に楽しく過ごす。


「ぼくサン・バレンティーノしてないからこれ、二人にあげる!きれいなお花!」
「くれるの?どれどれ……」
「ん……?これはどこで手に入れたんだ?庭にない花だけど……」
「なんかこのまえね、なやんでたらへやの前においてあった。」
「何それ怖……」
 

 それが多分、お父さんとお母さんが望む夢だったことを信じて


「……あ、そういうことか。」
「えっ待って何の話?」
「この間廊下にさぁ、」




 ここにいる愛しくてたまらない二人と生きてゆく。










Yellow sultan

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