EX8


 あの日からジョルノはよい子が起きている時間程度には早く帰ってくるようになった。
 もちろん夜に仕事が入ることはある。そういう日は夜に仕事に行って日中は家にいてくれたりした。家の中を幸せに出来ないでこの街を幸せにさせられるはずがないって思うようになったらしい……ミスタさんがこっそりと教えてくれて、聞いたその晩のご飯はめちゃくちゃ豪勢にしてあげたら喜んでいた。
 私もこの小さい世界を幸せにしたい。私らしく真っ直ぐ突っ走……ると無理していないかって心配をされるけれど、ジョルノが私らしさを望むならそれなりにに走らざるを得ない。ペース配分は絶対に間違えちゃダメだよってつい最近も釘を打たれたけれど、程々なら目を閉じてくれるからベネ。「あの頃」よりも器用にやっているつもりでいるけれど、たまにうたた寝をして見られたら見張りを付けられてしまった。

「おかあさん、ぼくお手伝いするよ。」

 自分の息子を使うとか反則すぎると思う。

「ありがと。」

 あの日ジョルノは何が何でも絶対にしてきた避妊をせずにそれ以上をしてしまった。
 しかしそれは疲れていたせいとか寝不足で判断が鈍ったとかじゃなくて、ちゃんと考えてしてくれたことだったようで……あれだけいい父親になれる気がしないって言っていたのに父親になりにきたものだから驚きしかなかったよ。
 もっと幸せにってそういう意味だったんだなぁってしみじみと最近は思う。確かにそれからはもう幸せが続きっぱなしなんだもん。あの一時の中でこの子が出来て、苦しみながら産んで、そしてジョルノは完全に親馬鹿になって休日はいっぱいこの子と遊んであげていて……っていうことを隣で洗濯物を丁寧に畳む子供を見ながら回想をしてしまう。誰がどう見てもジョルノは立派な父親すぎて感動しか覚えない。

「ねぇジョシュア……友達とは上手くいってるの?」

 ただ最近はただ幸せを感じるばかりじゃなくて、ほんのちょっぴり心配なことも多い。

(何かあったのかな……)

 この子……ジョシュアは幼稚園から帰ってきても、最近は家にいてばかりで遊びに出掛けたりとかちっともしない。
 友達はいるはずだ。ジョルノにこの前誰々と一緒に幼稚園で遊んだよって報告をしていたし、何なら街でこの子の姿もちゃんと見かけている。私を見つけて手を振ってくれたから間違いなくこの子だった。遠目で見守っていたけれどバレバレで流石ジョルノの子だって思ったわ。
 しかし最近のこの子ときたら誰に似たのか毎日のように家で本を読んだり、つまらなそうに庭を眺めていたりで子供らしいことをちっともしやしない。ジョルノに私を見張れって言われたせい?見張りすぎではって心配になるけれど、絶対違う。だって私の血も入ってるし。
 ジョシュアは私の質問を聞いたら動いていた手を止めてしまい、そのまま数秒間だけ固まってしまう。何とか再び洗濯物を畳み始めても手際はさっきよりも不自然で、

「……なんでおとうさんとおかあさんは金色なのに、ぼくは黒なのかな。」
「え、」

そして眉を寄せながら、ため息混じりにそう話してくれて。

(髪の色……のこと?)

 本人からしたら凄く悩ましいことなんだろうけれど、私からしたらこの光景というか話はデジャヴだった。昔に同じような内容を聞いたような気がする……今度は私が固まりそうだよ。でも悩みが同じとかちょっとだけ微笑ましさもあって、胸がほくほくした。

「友だちにふたりの子どもじゃあないだろって言われたんだ。だから遊びたくない。」
「……」

 ジョシュアの髪色は懐かしさを覚えるような黒だった。確かに他所から見たらあり得ない色なんだ。でもジョシュアは確かに私が産んだ子供だし、そんなこの子の目元や口元はどこをどう見てもジョルノにそっくり。黒髪なのはジョルノの謎に包まれた父親の遺伝が濃いだけで……それに誰が何を言おうとも、ジョルノの子で私の子だっていう何よりの証拠がこの子の体には刻まれている。

「ジョシュア、」

 私は手を止めるとジョシュアの方をしっかりと向いて、この子のことを抱きしめながら首の付け根に刻まれた印を指でなぞってあげる。

「このお星様はお父さんにも付いてるでしょ?見たことあるよね?」

 星の痣はジョルノの家系の目印。これを知る多くの人はこの痣に敬意を払う。

「それに貴方の瞳。これはお母さんと同じ色。」

 体を離して見合うように並んだら、今度は瞼に触れてあげた。この子の瞳は私と同じ空の色。私の家系が継いできたものだ。透けていた兄のデストラも同じ色だったから間違いない。
 この子には確かに私とジョルノの血が流れている証がしっかりと形になっているし、パーツの一つ一つがその証明として存在を輝かせてくれている。

「ジョシュアの髪が黒いのはしょうがないよ。あのお父さんも昔は黒髪だったし……いきなり金髪になってたからお母さんもびっくりしちゃった。」

 私が知っていたジョルノはサラサラな黒髪だったけれど、たくさん眠っている間にふわふわな金髪になっていて、しかも服が派手になっていたりでこれがジョルノ?とか信じられないってかなり驚かされたんだよね……ジョルノの頭に金髪が一本生えていた時だなんて思わず抜いてしまった位に金より黒のジョルノ推しだったけれど、あれは無駄だったのが未だに悔やまれる。

「おとうさんもぼくとおなじ黒だったの?」

 昔の知らない父親の様子を知ったジョシュアの顔は少しだけ明るくなってきて、興味津々なのか頬を赤くさせながら私の膝に身を乗り出すようにぺちっと手を置いてくる。

「うん。それにジョシュアみたいに明るい髪色に憧れてた。」

 私はあのままでも全然好きだった……いや、あの頃はまだ恋愛的な感情はなかったけれど、昔は黒髪のウィッグを被る度に懐かしさにときめいていたような気がする。たまには被ってくれないかな?ちょっと恋しくなってきた。

「だからジョシュア、自信を持っていいんだよ?」

 髪色なんてこれっぽっちも関係ない。誰が何と言おうとジョルノと血を分けたのだから、この子の夜空みたいな黒髪はいずれ空に浮かぶ星のような、太陽の光をいっぱいに纏った綺麗な黄金色に染まってくれる……って私もジョルノもジョシュアの寝顔を見ながらよく話をしているよ。

「産んだ私が言うんだから間違いない!大丈夫!」

 この子は絶対に私達の子供。私はジョルノしか愛したことがないし、ジョルノも同じく私しか愛したことがなかった。その結果に生まれたのがこの子なんだから、ここに残った答えは正解だけ。
 もちろん私達はジョシュアにもずっと愛情をいっぱい注ぐ。父として母として当たり前をめいっぱい与えているし、何ならウーゴもミスタさんもジョシュアを可愛がっていて、この子はたくさんの人に愛されながら大きくなった。泣いたりしてもその度に立ち上がってきたから、このくらいでへこたれるような子じゃないって分かっているからこそ背中をいっぱい押してあげられるし、嫌なことにも立ち向かえるように勇気を与えてあげる言葉を贈ってあげる。

「……うん!」

 そしてその度に笑ってくれるから、私もジョルノも安心が出来る。親馬鹿満載にうちの子最高って拳を作って私達まで笑っちゃうの。
 ジョシュアは目を輝かせながらいい返事を返すと、立ち上がってやっと笑顔を見せてくれた。

「おかあさんありがとう!なんかスッキリしたら走りたくなっちゃった!」

 そしてそのまま回れ右をしたら、広い廊下がある方向へと走っていってしまって、私の目の前からいなくなる。

「単純だ……」

 元気なことはいいことだ。元気になってくれたことは凄く嬉しい。ただ……困ったことにあの子は単純すぎる。生意気に無駄無駄って言われるよりはマシだけれど、開き直り方が私にそっくりすぎて、素直だし可愛いけれど将来が少し心配。ジョルノの血も引いてるから落ち着きもあるけれどもそれとこれは別だよね。私も両親にこんな風に思われていたのかな?いつか私みたいなめちゃくちゃな転び方をするんじゃとか思ったら気が気じゃない。親心って複雑なんだなって親になってから知った。

「トロイメライ、」

 とにかくジョシュアが部屋で宿題をしている間にいろいろ終わらせないといけない。トロイメライにも手伝ってもらってさっさと畳むのを終わらせよう。
 それにしても幼稚園って大変だよな。民間のじゃなくて少しお高いところに入れてしまったから人間関係もいろいろと複雑だし……今日は午前中は保護者の集まりに出たりで大変だった。

「いや待って……」

 そう言えば誰かの親に「お宅の息子さん全然奥さんに似てないじゃない!旦那さんの連れ子?」って言われた気がする。あの時はトロイメライの星を服の中に入れて俊敏に撃退してやったけれど、もしかしてその人がうちの可愛いジョシュアをいじめてくれた子の親だったりしたのかも?もっとしばくべきだったか……!?

「次会ったら靴の中に画鋲を……」
「嫌がらせが古風だね、誰にやるんだい?」
「!」

 また奴に会ったらのことを考えていると、いつの間にか帰って来ていたらしいジョルノが後ろから現れて……顔を私の肩に乗せながら訊ねてくる。
 と、突然の甘え方な上ジョシュアがいないのをいいことに頭に頭を擦り寄せてきて可愛い……猫ちゃんかこいつは。

「いやぁ、今日保護者の集まりに参加してきたんだけどさ……ジョシュアと私達が似ていないって言ってくる人がいてね?」

 しかしいつジョシュアが戻ってくるか分からない。こんなところを見られたら多分むっすりしてぼくもしてって言い出す上ジョルノが泣かすくらいにいじめそう……とりあえず気持ちを堪えながら話に戻して、今日あったことを報告する。

「やられたならやり返したいけど、いい方法ないかなって。」

 昔の私だったらきっと聞かれたことに後悔をしたと思う。ジョルノには汚い部分を聞かれたくないとか、多分可愛こぶっていたんじゃないかな?
 しかし大人になってジョシュアが生まれてから私は変わった。子供や愛するジョルノのためなら鬼にだってなれるようになってきた。ジョルノの悪口を言われたら影に紛れて悪夢を見せにいくし、ジョシュアの悪口を言おうものなら相手が女性でもバレない程度にやり返す……ウーゴに話したら「それでこそジョジョの妻だ!」って太鼓判を押されたほどだ。そして綺麗だったウーゴはもうどこにもいないんだなって思ったら悲しくなった。

「そうだな、画鋲よりいい方法か……例えばこうさ……」

 周りから見たら「ジョジョの妻」でしかない。確かに私は彼の妻ではある。けれどそれ以前に私は私。シニストラっていう人間だ。母親になっても私は変わらないままで、ずっとここで生き続けたい。

「うーん……それって星をいくつ産んだら創れるかな。」
「そうだなぁー……」

 貴方が愛を覚えてくれた私のまま、終わりが来るまでずっと走り続けたい。


「おかあさん!おなかす───あ!おとうさんだ!おかえりなさい!」
「ただいまジョシュア。今日は元気いっぱいでいいね。」
「えへへ……おかあさんが元気にしてくれたんだよ。」


 「おかあさん」って言われるのはまだ少し照れくさいけれど、この子とこの強くて優しい旦那がいてさえくれればきっとこの先も、この時間は続いてくれる。


「へぇ……じゃあぼくもお母さんに元気にしてもらおうかな?ちょっと最近物足りなくてさ……」
「ちょっと!ジョシュアの前でそういうこと言わな「お腹ぺこぺこっていう話なんだけどね。」
!ジョ〜ル〜ノぉ〜〜……」


 だから胸を張って堂々と、この家で二人と一緒に笑い続けよう。


「覚悟しろ!トロイメライ!!」
「おかあさんがキレた!」
「逃げるぞジョシュア!とりあえず走るんだ!」


 私は今最高に幸せですって、精いっぱいの気持ちを込めて、


「走ってないじゃん!レクイエムで飛んでるじゃん!」




「これがいい!」って言い張りながら。








Have a nice life!!

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