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「今日も……遅い……」

 ウーゴは今日もまだ帰ってこない。例の作業で忙しいらしくてまだアジトにいるみたい……。
 一緒の場所で働いていてもやっている仕事は違うから、どっちかの帰りが遅くなっちゃうのはしょうがない。でも何ていうかこう……最近はいつも一緒に帰っていたしご飯だって一緒だったから、こうやって一人でいる時間っていうのは何をしたらいいのか分からなくなってくる。今まで何をして過ごしていたのかを思い出せないくらい、ウーゴと夜は楽しく過ごしていた。何より一番の喜びを感じる瞬間はウーゴが美味しそうに私の作った料理を食べてくれる姿を見ることだったしで、今それが朝しか見られないことが凄く寂しい。

「ん〜……」

 今の時間は夜の十一時……あともうすぐで日付を跨いでしまう。
 ウーゴは一体どんな仕事をしているのかな?私はそれを手伝えたりしないのか……いつも早く帰れって追い出されちゃうしで内容すら聞いたことがないし、何だかこそこそとされているように見えてしまって水臭いと思ってしまう。私も仲間なら役に立つことをしたいけれど、もしも邪魔になっちゃったりしたらとか考え始めたらあまり手は出さない方がいいのかもとか弱気になってくる。

(ウーゴは何でも出来るんだなぁ……)

 私と違ってウーゴは何でも器用にこなせて凄いよね……ウーゴのことは知っているつもりではいるし、パッショーネの中では一番付き合いが長いって言い張れるけれど、それでもギャングとしてのウーゴに関して言えば知らないことの方が多い。
 どんなウーゴでも好きだしウーゴはウーゴでしかないと思う。そういう風に私は見ているけれど……今に至るまでどういう仕事をしたのかなとか、どういう風に皆と過ごしてきたのかなとか、好きになってからいろんなウーゴを知りたくなった。
 ピアノを弾けたって知った時だったと思う。多分ウーゴのことをもっと知りたいってなった切っ掛けは、知らなかったことを知ったその時だ。一緒に暮らし始めた時にお互いに何が好みかを言い合ったりしたけれど、今の状態でもう一度やってみたらもっと深い部分まで話してくれるかな?何でイチゴのピアスをしているのかとか、穴だらけの服を着ているのかとか、あとダンスはいつ覚えたのかとか!教えてくれたりするかなぁ?

「シニー、帰ったよ。」
「!」

 ウーゴのことを考え始めたら止まらなくなる。最近はそれだけで頭は忙しい。
 そんな最中に後ろから声が聴こえてきて、慌てて振り返ってみたら本物のウーゴがついに帰ってそこにいた。

「おかえりなさい!」

 私はいつも通りにめいっぱい両腕を広げてウーゴのことを出迎える。これがしたくて待っていたって知ったらウーゴは笑うかな?言わないけれど。笑われるところを想像しちゃうとちょっと照れくさい。

「ただいま。」

 ウーゴは出迎えた私の目の前へとやってくると、ニコニコしながら背中に腕を回してくれる。トントンした後に優しく背中を叩いて、そのままゆらゆらと揺れて……でもそれはたったの数秒間。すぐに私から離れると頭を撫でて、離したらその後すぐにぷいっと体ごと、後ろへと振り返って何も言わずにリビングから出ていってしまう。

「……?」

 あれ、何か変。いつもと違ってウーゴが冷たい?

「ウーゴ?」

 いつもだったらぎゅって抱きしめた後に肩に頭を乗せてくるのに今日はそれをしてくれない。疲れているのかな?だからしてこないの?甘えてくれないの?

「……」

 何か寂しいな……凄く物足りない。思わずウーゴを追いかけるようにリビングから廊下へと飛び出して、自分の部屋の扉を開けている最中のウーゴの後ろに立って頭を見上げる。

「ウーゴ大丈夫?元気ない?」

 疲れちゃった?それとも眠いの?

「ウーゴ?」

 どうしちゃったのか訊くことしか出来ない。触ったら怖がらせちゃうし、具合が悪いならもう寝かせた方がいいだろうし……何も言ってくれないからどうしてあげることも出来ないのが歯痒くなる。段々と困ってきて縮こまりそうになった。
 私がどんなことを思おうが、ウーゴには全く関係はない。ウーゴはそんな私に背を向けたままひたすらにその場で固まっている。ドアノブは掴んでいるし扉も少し開いているけれど、中には何故か決して入らずにそこに立っている。気まずくさせちゃったかな……反応らしい反応もないし、そっとしておいてあげた方がいいかもしれない。

「……おやすみ、ウーゴ。」

 いつもウーゴがご機嫌とは限らないし、しょうがないよね。気分じゃない日だってあるよ。ウーゴは特にイライラしがちだし、仕事中に嫌なことがあったのかもしれないし。しつこくして嫌われたくないから、ここはそっと離れて私も寝よう。
 とりあえずリビングの電気を消そう。そう思ってウーゴに背を向けて歩き始める。

「……シニー!」

 でも突然ウーゴに呼び止められてしまって。リビングに向いていた足が止まって私はウーゴの方に再び振り返った。

「なに?」

 やっぱり具合悪いのかな……水が飲みたいとか?リビングふ行くついでに汲んできてくれっていうお願いかな?
 私が訊ねるとウーゴはしっかりと私の方に体を向けてくれる。薄暗くてどんな顔をしているのかいまいち分からないけれど……でもどこか気まずそうに首や手が動かしているみたいで、黒い影がいろんな方向に行ったり来たりを繰り返していた。ウーゴ自身もうーんとかえっととか言っているし……何を言おうか言葉を選んでいるみたい。

「あの……その、ちょっと……」

 ウーゴは私へと近付いて、目の前まで再びやって来ては薄暗い廊下の中で私の手を握ってきては顔を近付けてくる。

「き、きみの手は、柔らかいな!」
「は?」

 そして慌てているような声で、変なことを言い始めて。数秒間固まってから思わず首を傾げてしまった。

「それが……どうか、した?」

 話の腰を折ってしまっていた申し訳ないけれど、ちょっとその言葉の意味が分からない。手が柔らかい?そりゃあウーゴと比べたら手は柔らかいとは思うけれど……どういう意味で言っているの?全く読めないよ。

「あっ……と、その、えっと……」

 ウーゴは人の手を握ったまま言葉をどもらせて、私から少し目を逸らす。薄らと見えた瞳は少し潤んでいるようにも見えて……ウーゴと違って私の方は何だか目を逸らせない。
 綺麗だった。潤んでいるウーゴの瞳はキラキラしていて、今にも泣くんじゃないかって……そう思うと気が気じゃなくなくなるけれど、綺麗だ。ぴくぴく動く瞼に触れてみたくなって手が伸びそうになってしまう。

「……」

 でも私は触れない。ウーゴはきっと嫌がってしまうから。怖がらせるようなことはしたくなくて、ウーゴが握っていない暇で伸びそうになっていた手を引っ込めては自分の服を掴んで堪えた。
 そうか、私はウーゴが悲しんでいたりしてもウーゴに触ったらいけないんだ……ウーゴの心の準備が整うまで、その日が来るまで待っていないといけない。これはいつまで続くんだろうってさっきも思って不安にもなった。昔みたいに触れるのは一体いつになるんだろう?ウーゴには貰ってばかりで私は何も返せていなくて、何だか寂しくなってくる。

「……もういいよ。」

 黙ったままのウーゴを見上げながら私も黙っていると、ウーゴは握ったままの私の手を突然上へと持ち上げて、その手の甲を包み込むように触れてくる。そしてその手をそのまま自分の頬へと持っていって、

「きみに……触って、ほしいんだ……」

怖いと言っていたはずなのに、自分を触らせてくれた。

「……?」

 思わず固まる。息をすることも瞬きすらすることも忘れてしまい、その場でカチカチに固まってしまう。
 ウーゴの頬は暖かい。柔らかくて指がふわふわしている。垂れかかった髪はくすぐったくてサラサラで……何だか懐かしい気分になってくる、けどそうじゃない。そんな懐かしんでいる場合じゃない。

「大丈夫なの?」

 こんなことをして大丈夫なの?あんなに無理だって言っていたのに、時間をかけていこうって決めたのに……そんなすぐにこんなにべったり私が触って大丈夫なの?

「ぼく、もうきみ相手なら怖がりたくない、から……」

 「怖がりたくない」。決して怖くないわけじゃない……素直すぎるその言葉は少しウーゴには似合わないなって思うけれど、でもウーゴらしいとも思う。
 ウーゴは無理をしてまで私との仲を変えてくれた。したいこともはっきりと言ってくれるような人で、触られるのが苦手でも、怖くても、そのしたいことを出来るようになろうと立ち向かってくれて今ここでこうしている……「怖がりたくない」って決めたからには無理をしてまで貫きたいのか、表情は少し固かった。
 上にあるウーゴの手は震えていた。でも下で握られている手はしっかりと力強く握られていて、大丈夫だと言わんばかりに手の甲を優しく撫でてくれている。

(本当に頑張ってる……)

 どうして急に触ることを頑張り始めたのかは私には分からない。でもその気持ちはとてつもなく嬉しくて、見ているだけで胸が熱くなる。

「……ウーゴ、」

 本当に私に歩み寄ってくれるのなら、両手いっぱいにウーゴを抱き留めたい。
 名前を呼びながら頬にある手を撫でるように動かして、怖く思わないように言葉をウーゴに贈った。

「ありがとう、ウーゴ。」

 触らせてくれたことはもちろん、勇気を出してくれたことに感謝をする。
 貧弱だったくせに立派になれたウーゴを見るとどこまでも嬉しくなった。私を信じてくれたことも嬉しい。

「大好き……」

 触っている間のウーゴは自分で招いたことのくせに驚いたみたいに目を丸くさせていて何だか可愛い。気持ちを伝えたら何も言いはしないけれど、はにかむような笑顔を向けてくれて受け入れるように手に頬を寄せてくれて……何だこの人可愛すぎる。可愛いしか言えない……!

「キスしていい?」

 可愛すぎる。もっとウーゴを身近に感じたい。

「うん……」

 ウーゴにしたいことを言えば、下にある手をゆっくりと離して「どうぞ」と言ってくる。頬にある手も流れるように離してくれるとウーゴは私の背中に腕を回してくれて……私も真似をするように、ウーゴの背中に腕を回してウーゴを見上げる。
 ずっとこうしてみたかった。ウーゴの体に手を触れて、自分の意志で触れたくてしょうがなかった。やりたかったことが出来た今もの凄く充たされて幸せで、思わず笑い声が口から飛び出しちゃいそう。
 声は堪えてただ笑顔を向けて、私はウーゴの額に額をくっ付ける。ウーゴの体温を感じながら初めて、前か後ろにいたウーゴの隣にようやく並んだような気持ちになってきて舞い上がりそう。そんな心のままにゆっくりと自分からウーゴの唇に唇をくっ付けてみたら、現実味がもっと帯びてきて気持ちも大きくなっていくばかり。

(ドキドキする……)

 ずっとウーゴに貰っているものをウーゴにも感じて欲しかったの。やっとそれを贈ることが出来て幸せしか感じない。してくれる時の喜びとか昂る気持ちとか、ウーゴに私からいっぱい伝えたい。

「ん…ぅ……」

 でもウーゴがするみたいに私は上手くキスは出来ない。触れるばかりでたまに啄んでみたりで……なかなか上手なキスをしてあげられなかった。下手くそすぎてどうしようって思ったけれどウーゴはたまに気持ちよさそうな声を、吐息と混ぜて出してくれて私からそんな不安をかき消してくれた。聞いたことがない声が飛び出してきたから驚きもしたし、でも嬉しさの方が強すぎて、感情のままにウーゴの服をぎゅっと掴んだ。
 多分それが合図だった気がする。私にあったはずの主導権は段々とウーゴへと移り変わっていって、いつの間にか「されるキス」へと移行していた。

「ぅ、んん……」

 いつもされている舌を絡め合うキスだ。こういうキスは毎日しているはずなのに何故か今日のキスはいつも以上に気持ちがいい。ウーゴに触れるようになったから?気持ちが舞い上がっているせい?分からないけれどウーゴが音を立てながら深くキスをしてくるだけで頭はくらくらし始めて……何も考えられない。
 ウーゴの背中に回っている腕に力が入れながら必死にウーゴに食らいつく。絡まる熱を必死になって追い掛けて、混ざり合う唾液が喉へと流れてくる度にごくっと鳴らしてもっと求める。

「は、ぅ……」
「…ふ……っ、」

 頭でもう何も考えられない。力も入ってこなくなって、膝が今にも崩れ落ちそう。息を吸ってばかりで吐こうとする度にウーゴが絡まってきて凄く苦しい。

「ぅ…ご……」

 背中に回していた手をウーゴの胸に持っていってそのまま服にしがみつく。ウーゴから顔を離してその胸に埋めて息を調えるけれど、意外にも固い胸板にドキドキしてしまってなかなか落ち着けそうにない……貧弱だったウーゴはどこに行っちゃったのか。すっかり大人の体つきだ。

「ごめん……途中だった、のに……」

 吸って吐いてを繰り返している間、ウーゴは背中を撫でて私に優しくしてくれる。

「いいんだ。」

 撫でられる度に嬉しくなって胸がきゅうってなりそう。口から心臓が出てくるんじゃないかってくらいその行為が嬉しい。

「……やっぱりシニーなら大丈夫だった。」

 そんな私とは違って落ち着いているウーゴは、背中から私の頬に手を持っていくと私の顔を持ち上げてきては視線を合わせてくる。暗闇に慣れてきたからしっかりとウーゴの顔が見えて、やっぱり綺麗な瞳だなとか呑気に考える余裕が生まれて見つめてしまった。

「好きな人からされるキスって気持ちいいんだな?手も暖かい……気付かなかったな。嫌だったことを考えなければ、こんなに幸せな気持ちになれるんだ。」

 でも発言は少し残念だ。私が目の前にいるのに教授のことを思い出していたとか聞かされると複雑なのですが?でもこうやって言葉にして聞くと、乗り越えられたって聞くと、純粋によかったなって思う。

「これからは……もう思い出させないよ。」

 私に出来ることは誰でもない「私」がウーゴに触れること。目の前にいるのはシニストラっていう人間で、決してそれ以外の何者でもないことをウーゴに伝えること。

「嫌なことは全部上書きしてあげる。いっぱい触るしいっぱいキスだってする。」

 ウーゴにたくさん触りたい、たくさんウーゴとキスがしたい。ウーゴを体中で受け止めて一緒に幸せになるの。
 他の誰でもない私を見てくれたように私もウーゴしか見ない。諦めたり余所見はもうしないって、好きになった時に決めている。

「昔みたいに引っ張り回すから覚悟してね?」

 だから小さい頃みたいにウーゴの手を引っ張りながら、いろんなことがしたいなって。二人しか出来ないことも、この先いっぱいしたいって思うんだ。
 始まってはいたけれど、分かり合えたのは今この瞬間が初めだったような気がする。どんなにキスをしたってウーゴには私の感じる気持ちは届かなかったし、私はウーゴの気持ちすら知らなかった。気持ちよくたって与えてくれる時のその中身が分かっていなかったけれど……今初めてウーゴにキスをしてみて知った。
 唇に触れるまでにはちょっとの勇気がいる。し始めたら結構難しい。ウーゴは平然とやってのけて、私を幸せにしてくれていたんだなって思ったら、溢れてくる気持ちだなんて愛しさしかなかった。

「ぼくだってきみのことを振り回したいんだけどな?」
「え、散々振り回しておいて何言ってるの?」
「ああー……ごめんなさいね、ヘタレでな。」

 笑い合いながら見つめあう。さっきみたいに額と額をくっ付け合ったら誰から始まったか分からないキスをして、何度も何度もそれを繰り返して……名残惜しそうに離されてから耳元でウーゴは囁いた。

「……キス以外も、したい。」

 したかったことはもう出来る。何でも一緒に共有して、触れて触れ合っていっぱい愛し合える。

「うん……」

 好きな人だから出来ることを好きな人と。ウーゴが感じた純粋な気持ちのままにその先に進みたい。


「しよう、ウーゴ。」

 どんなウーゴだって、両手を広げて受け止めるよ。




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