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 ウーゴは家にいると突然デレ始める。
 朝起きてから抱きしめてきておはようのキス、眠る前にはおやすみの……そしてくつろいでいる時は、私を後ろから抱きしめてみたり肩に頭を乗せてみたり、戯れのキスをしたりで何だか自由気ままだ。仕事中はピリピリしていて私やミスタさんがやらかすとめちゃくちゃ怒ったり文句を言ったりするし、自分の仕事もしっかりとこなして私よりもジョルノを優先したりと忙しい。スイッチの切り替えの仕方が最早プロだった。変わりっぷりにはいつもおったまげてしまう。

「ウーゴまだかな……」

 そして最近は残業をすることも多くなった。仕事でポルナレフさんと何か怪しいことをしているらしい。夜しか出来ない作業らしく、時間になったらきみは帰れって毎日のようにしつこく言われる。だからウーゴの代わりにミスタさんがここまでいつも送ってくれて、たまにジョルノが送ってくれるけれど、ジョルノの日は大体そのまま居座って冷蔵庫を漁っては勝手に食べたりで……お前何しに来たってなる。
 そしてそんなウーゴは大体夜の十時か十一時に静かに帰ってくる。日付を跨ぐ前にポルナレフさんは帰してくれるとかで、次の日に影響を及ぼさない程度にはいつも休めていた。夕飯はアジトで食べていて帰ったら速攻バスルームへと向かい、温まったらもう甘えモードに入ったりと止まることなく動き回るんだ。私が急がなくても逃げないよって言ったら「きみが睡魔に負けたら何も出来なくなるじゃあないか!」って言っていた。私が夢の中に入る前にどうにか何かをしたいらしい……主にキスとか、抱きしめたりとか。そういうイチャイチャなことを。

(キスって未だに慣れない……)

 ふとした時に思い出してしまう。ウーゴとするキスは溶けちゃいそうなくらい気持ちよくて、終わったらいつも頭がふわふわして仕事をしなくなるんだ。
 ウーゴとは気兼ねなくキスが出来るようになった。でもされている間はひたすらに手をどうしたらいいのかが分からなくて……いつも自分の服を掴んでウーゴに触ることを堪えている。本当は腕を首に回してもっと密着したいしウーゴの顔にも触れてみたい。でもキスをしている時にそんなことをしたら……ウーゴは多分固まってしまうかもしれない。だからと言って触ってもいいかを訊いてみて、もしやめてくれって言われたら絶対に泣く自信があるし立ち直れない。ウーゴを困らせるのだけは嫌だし自分がそこで傷付くのもまた怖い。
 私は教授とは違うってしょっちゅう言ってくるけれど、キスだって頑張ってくれたけれど、そうだとしても変な風に触っちゃってウーゴが不快な思いをしたらとか思うと怖くて触れなかった。そっと触れたらきっと鳥肌が立つだろうし、勢いよく触ったら反射的に殴られるかもしれないとか変な想像ばかりしてしまう……そんなことウーゴはしないはずなのに、想像をしてしまうとどこまでも臆病になった。「かもしれない」恐怖は常に付きまとってしまうのをどうにかしたいよ。
 時間をかけていこうって決めたけれどたまに思う。その「いつか」はやって来るのかな……って。ちょっとずつ成果は出せているから今のまま頑張れば問題はないかなとは思うけれど、不安な時はもの凄く不安。

「ただいまシニー。」

 ソファに座ってバラエティー番組を観つつ、いろいろなことを不安に思っていたら、それを掻き消すように帰ってきたウーゴに後ろから声をかけられる。

「ウーゴ!」

 名前を呼ばれるこの瞬間が一番嬉しい。この広い家に一人でいると凄く不安になってくるから……ウーゴが帰ってくるともう部屋の中が明るくなったみたいに、見える世界が変わって見えるような気がして気持ちも明るくなってくる。何より安心感が強い。ウーゴがいるっていうだけで気持ちも安定した。

「おかえりなさい!」

 私はウーゴにそう言うと、席から立って振り返っては両手を広げる。とにかくウーゴに触ってほしくていつも腕を広げては受け入れ態勢をしてしまう。でもウーゴはそれを見ると嬉しそうに笑いながら私の体に飛び込んでくるから、これは多分間違いな行為ではない。

「シニー!」

 ウーゴは腕を広げる私を見ると、早速腕の中に飛び込んでは肩に顔を埋めてくる。背中に腕を回したら力いっぱいにぎゅっとされてちょっと苦しい……でも嬉しいから顔が綻んじゃう。

「ああ〜至福だな。ずっとこうしていたい……」

 こうされていると私も至福だと思う。ただ私から触れないのは凄く残念だ……ウーゴのことを同じ風にぎゅっと抱きしめたいけれど、私が抱きしめたら幸せそうなウーゴはきっと、一気に恐怖でいっぱいになって固まってしまうでしょ?だから今日も手はどこに持っていったらいいか分からない。

「シニー、いい匂い……」
「……」

 触りたい。顔に、髪に、その背中に。でもこうやってめいっぱい甘えにくるウーゴを見ていると、心を鬼にしてまで触りにいこうとか、勇気を出そうとか思えなかった。
 何でだろう?最初は私から触れなくてもウーゴが触れるならそれでいいじゃんって思っていたのに、どうしてここ最近はこんなに自分からウーゴに触りたいって思うようになったのかな?ウーゴが羨ましくなっちゃった……とは違うよね。込み上がる感情のままにこう、ウーゴに触りたくなるっていうか、上手く言えないけれどそういう衝動に駆られてしまう。

「それって欲求不満からきているんじゃあないのかしら?」
「え、」

 昨日が過ぎて今日。トリッシュちゃんがアジトに遊びに来てくれたので、ガールズトークをしつつあれからの近況を話した。付き合うことになったっていう話からこういう風なことを毎日していて、そして悩みが生まれて……それを相談してみたらそう言われてしまって、何か自分が考えていたのとは違う予想外な回答を聞いたから、私の顔は口を開けたまま塞がらないマヌケ面と化してしまう。
 欲求不満……とは?ってなったけれど、でもよくよく考えてみるとちょっと当たっているのかも?とか思えてくる。キスをしている時とかウーゴは私にいっぱい触ってくるけれど、私はと言えばウーゴにはちっとも触れはしない。ウーゴに触られると私は嬉しいと思うけれど、ウーゴはと言えば怖さからか固まってしまって……私は好きっていう気持ちを受け止めてばかりでそれをウーゴに渡せていないんだ。これは確かに欲求不満にもなるっていうか、何で私だけって気持ちばかりが先走っちゃうっていうか……こうやって指摘を受けて初めて自分の中に落ちてきた気がする。人に話すって大事なんだね本当に。メローネは凄いアドバイスをしていってくれた。

「そもそも矛盾してるわよね。自分から触るのは大丈夫でも、大好きなはずのシニストラから触ったら恐怖を抱くとか……触れ合ったら触られたようなもので同じなのに。」

 それは私も思うけれど、内容が内容だったからウーゴには強くつっこめなかった。

「汚い大人に嫌なことされたんだって。まだ思い出しちゃうみたいで……」

 「シニーは教授じゃない」。最近は言わなくなったけれどよく言っていた。どんなことをされたのかは思い出しちゃったらいけないと思って詳しくは訊けないけれど、相当嫌な思いをしたと思う。だから今こんなに苦しんでいるのだと思うし……当時のウーゴはただでさえ抱えているものが多かったから尚更辛かったはずだ。いや、断言出来るくらい辛かったし苦しんだよね。

「……あたしも触られるのはあまり好きではない方だから、こればっかりはアドバイスは出来そうにないわ。ごめんなさい。」

 誰もが皆苦手なものは持っている。それに自分がどう思ったって相手次第なところもあるから難しい。

「それと、両思いおめでとう。」

 それにウーゴは今頑張ってくれている。自分なりにどうにかしようとしているのなら、私に出来ることはとにかく見守ってあげたり協力を惜しまないことしかない。

「ありがとう、トリッシュちゃん。」

 「いつか」がいつなのかは分からないし考え始めたらめちゃくちゃ暗くなっちゃう。だからそのいつかが来たら、不安になった分もめいっぱいウーゴを抱きしめよう。もしウーゴが大丈夫になったら昔みたいに私から手を引っ張ってこの街を走り回りたいし、あとそれから、それから……

(そういうことも、したい……)

 恥ずかしくて言葉には出来ないし、大っぴらには言えない。でも毎回考える。キスをする度にそれ以上のこともしてみたいとか。
 自分で自分には驚いた。ウーゴに言われてからはそういうことになったらどうしようって思っていたけれど、キスをするようになって距離が縮まったら突然そういうことを身近に感じてきたんだ。ウーゴになら何をされても大丈夫だし、むしろこれはウーゴじゃなきゃダメなことで……ウーゴが相手だからしたいなって思うことで。私から触れないなら触れるウーゴに触れてほしいなぁとか思ってしまう。ちょっと攻めすぎな気もするけれど、だってほら、今言われたばかりで私は欲求不満だ。もっともっとって気持ちでいっぱいなの。

(ウーゴもそうだったりしないかなぁ……)

 ウーゴは大丈夫なのかな?欲求不満だったりしないのかな?私だけが今こんなになっていたらちょっと恥ずかしいしな……

「欲求不満って凄いな……」

 喉から手が出そうなくらいウーゴに夢中になりすぎていて、ちょっと自分が怖くなった。




******


「シニーが……可愛い……」

 夕方になって書類作業の準備を始めると、帰ってしまったシニーのことを考え始めていつも止まらなくなってしまう。
 自分の気持ちを認めてからとにかくシニーが凄く可愛くてしょうがない。昔は喧しかっただけだったのに、最近は何もかもが凄く可愛く見えてしまう。夜はついしつこくべたべたと触ってばかりで幸せに浸るのが日課になっていた。

「そんなに可愛いのか、シニストラは。」

 ぼくが亀の中にあるソファの上で呟いていると、当然そこにいるポルナレフさんが言葉を拾ってくれる。シニーの話をするとジョジョもミスタもすぐに遮ろうとするが、ポルナレフさんは違うみたいで話をしっかりと聞いてくれて優しい。しかもミスタみたいな悪質なからかいはしてこないからついつい甘えがちになってシニーについて話してしまう。

「聞いてくださいよ、ポルナレフさん。」

 ぼくは座り直すように背を伸ばすと、ポルナレフさんに毎日の中でのシニーの可愛いエピソードを語り始める。

「シニーってば本当に……ほんっっっっとうに可愛くて……昨日とか帰ってきたら両手を広げておかえりって言ってくれたんです……キスする時もいちいち可愛いんですよ……聞いてくださいよ……あの子寝る前は甘いものを飲んでるから口の中とかそれはもう最高で……」

 ここまで周りに話はしない。でもポルナレフさんには不思議と話せる。歳が離れているし大人だからかこういう話をしやすいっていうのもある。だが一番なのは聞き上手なところと、それを誰にも言わないでくれる優しさがありがたい。ミスタだったら絶対に言いふらすような内容でも二人だけの秘密にしてくれる。

「可愛いんです、本当に……」

 シニーを思い出しただけで顔の筋肉がいつも緩んでしまう。日中は示しがつかなくなったらいけないと思って平静を装ってはいるものの、本当はずっとこういう惚気を誰かに吐き出したくてしょうがない。聞いてくれる人間はポルナレフさんぐらいしかいないけど、ずっとシニーの話をしたいくらい頭の中はお花畑だ。摘んでも摘んでも摘みきれないくらい、花のようなエピソードが咲いている。

「そうか。こんなに愛してもらってシニストラは幸せ者だな。」

 愛している……そう、ぼくはシニーのことを愛している。
 愛しているからキスだってするし、愛しているから抱きしめる。自分の好きな時に好きなだけシニーに触れて……だけど最近はそれに少しばかりもやもやとしていた。
 そしてそれは多分シニーだって同じだと思う。

「シニーは……多分幸せじゃあないです。」

 ぼくのわがままが原因で、多分シニーは幸せを感じられていないと思った。
 手を繋ぐ時に恐怖らしい恐怖は感じなくなってきた。抱きしめることも問題なく出来る。キスだって、しっかりと出来る。でもそれは全てぼくからでないと出来ないことで、「自分だけ」がしていることであって。そこにシニーを取り残しているように思えるようになってきた。

「ぼくが触られるのが苦手だって言ったら徹底的に触らないようにしてくれて、ゆっくりでいいから慣れていこうって言ってくれたけど……無理させてるような気がして……」

 シニーは昔からやたら人の手を引いてくる子だった。あの頃はいつだって率先して引っ張ってくれるのは元気いっぱいのシニーからで、決してぼくからじゃない。もう子供じゃあないから好きな子に引っ張られるのは画的に嫌だと思うけど、だからと言ってぼくばかりがこうやって一方的に触れるのも違うというか……

「ぼくばかりがこんなに幸せでいいのかなって、思います。」

 何とかシニーと一緒に触れ合って幸せを感じたい。そう思うんだ、最近は。
 ぼくばかりがこんなじゃあいけない。両思いなんだ。だったら一緒に幸せにならないと意味がないのに。ぼくだけが幸せでシニーはちっとも幸せになれていないんだ。

(この書類だってそうだ……)

 ぼくは今作成している書類を手に取って、その中身を見てため息をこぼす。
 本当は今すぐにでも破り捨てたい。書いた文字も全部黒く塗り潰したいし、燃やしたい。

「シニストラ・フェルマータの安全性に関する報告書……」

 ジョジョからの依頼で書き始めてはいるものの、どうしても捗らなくて作業が遅れてしまっている。とにかく指定されたそれのタイトルは凄く重たくて凄く気持ちが下がって……一字一句書くのが辛い。
 SPW財団にはシニーのスタンド能力を危険視する人間が多く、中にはイタリアまでやって来て暗殺を試みようとする輩がいる。ジョジョは協議に出る度に怪しい人間はマークをしていたようで、港の方に輩が潜伏をしていた際には自らが動いてシニーを守った。シニーはぼくらパッショーネにはいなくてはならない人材で、守るべき仲間だと仰られた時はそれはもう感激をして泣きそうで……大切にされていることを知って、安心した。
 そう、シニーは世界に怖がられてもここにいなくてはいけない……欠けたらいけない女の子だ。彼女の能力は悲しみを抱く人間や前に突き進む人間にとって、道標のように輝くもので、支えになる。ぼくらはみんなそれを守りたいと願い、そばにいてほしいと望んだ。ジョジョはスタンドが強力だとしてもシニーには一切の危険性はないと説明をされたそうだが、そこまで言うなら形として証明をしろと言われ、それを了承してしまって……流れるように一番シニーの近くにいるぼくがその書類の作成を担当することになってしまった。
 めちゃくちゃ詳しく彼女の人間性について書いてくれと言われたために、シニーの任務の報告書や眠っていた間のカルテやら……昔の記憶を思い出しては書いてゆく。毎日大変だけど、こればかりはしょうがない。シニーとずっと一緒にいるためにはこの白い紙に洗いざらい書くしかないんだ。

「おれも財団の方には強く言ってはいるし、それに中には理解を示してくれた人間もいる。この書面は少人数を納得させる材料でしかないが、こればかりは地道にやっていくしかないだろうな……」

 ポルナレフさんはしょうがないと言わんばかりにそう言うと、ノートパソコンで戦闘や追跡に関するデータをまとめる作業をし始める。ポルナレフさんはシニーのスタンド能力を向上させる訓練を担当しているから、シニーのスタンドのデータ関連の書類を作成してくれていた。どんなことが出来るか、どこまで出来るか……SPW財団が一番知りたいのはその部分だと思う。ぼくが担当しているところよりもそっちの方がミスが許されないからこれ以上はあまり話しかけない方がいいかもしれない。
 だとしてもたった少人数を黙らせるためだけにこんなふざけた仕事をしないといけないっていうのは、少しどころかかなりのストレスだ。でもぼくが頑張ればシニーが安心して暮らせる世界に変わる……そう思うと幾分は気持ちも軽くなる。だったらやるしかないと使命感に燃える。やる気が出たり出なかったり波は激しいが、とにかくぼくらがやらねばならない。
 シニーはただ巻き込まれてしまった被害者なだけで、ジョジョはパッショーネの許されない過ちの償いのために居場所を与えた。望んで手にしたスタンドじゃあないかもしれないけど、彼女は人のために望むし夢を見せる。SPW財団の方に預けた方が身の安全は完全に保証されるかもしれないけど、ぼくらはどんなに選択を迫られようとも絶対にそれだけは無理だったし嫌だった。
 離れたくないし放したくない。今度こそ目の届く場所に置いて守り抜く。ジョジョもぼくもそう決めていたし、ミスタに至ってはブチャラティ達に頼まれたから絶対に守るって意志を持ってくれている。いなくなったみんなの気持ちもぼくは今預かっていて、この大仕事を任されているんだ……大袈裟かもしれないが、この任務は命を張って最後までやり抜くことが絶対だ。だから今日も頑張って作業をして、それで帰ったら大好きなシニーにいっぱいくっ付いて好きって伝えて……

「……きみ達は知り合って長いんだから、だったらもうキス以上に進んだっていいんじゃあないかな?」
「ぶ……っ!?」

って具合でとりあえず気合いを入れようと、ボトルに入った水を口に入れたその瞬間だった。ポルナレフさんはとんでもないことを言い始めて、文字通りのお節介をぼくにしてくる。
 えっ嘘だろ?てなったし攻める気満々な発言に驚くしで水を盛大に噴き出しそうになった。少量だったからよかったもの、穴という穴に水が入ってしまうところで……危うくこの前のシニーになりかけるところだったぞ……!

「いやいやいや、ぼくは人に触られたら何をしちゃうか分からないですし……!」

 やっと手は繋げるようになったものの繋ぐためにはめんどくさい条件がいる。ぼくが手を合わせてからシニーが後から握る方法でなければ出来ないし、あくまでそれは自分が先で……これでようやく慣れてきて勇気をだしてキスまで出来るようになったのに、まだそれから数日しか経ってないのにいきなりキスの先に進むとか、いくら何でも今のぼくにはハードルが高すぎるのでは?

「頭で考えすぎなんだよ、フーゴは。」

 必死にポルナレフさんを説得しようとしていたら、仕事が一段落着いたのかジョジョが亀の中へと入ってくる。しかも話を聞いていたようで、ポルナレフさんに続いてぼくとシニーのことに対して口を挟んできた。

「考えてしまうから恐怖が生まれてしまうんですよ。感じるままに受け止めることが大事なんです、こういうことは。」
「……」

 ジョジョが一体どの辺の話から聞き耳を立てていていたのか分からない……一年前だったら偉そうに言うなとか言い返せただろうな。でも今の立場だと何も言い返せないし、現にそうだから仰る通りですとしか言い返せそうにない。何も言えなくなったぼくはジョジョから視線を逸らして床を見つめる。
 何も考えないでいれば、意識をしなければ確かに出来てしまうこともある。キスをする時は特に何も考えない。理性を置き去りにしてがむしゃらにシニーに唇を重ねるし、シニーもそれに合わせてくれた。シニーは嫌がらない。キスの後も抱きしめた後も、幸せそうに微笑んでくれる。

「シニーが……」

 考えることなく本能のままにキスをしているのに、出来ているのに。気持ちよさをシニーと共有したいと願ってすらいるというのに、

「ぼくみたいになったら、どうしたら……」

 先に進んだ時にもし少しでもぼくのような不快や恐怖さを感じてしまったら。そう思うと先に進むことも躊躇ってしまった。
 誰もがぼくみたいになるとは限らないが、嫌がることを間違ってしてしまってぼくのことを嫌いになったらどうしようとか、ぼくみたいになって人に触るのが怖い子になってしまったら……っていう溝にはまったように不安ばかりが浮かんで弱腰になってしまう。

「だから考えすぎなんだって。」

 でもぼくの心配と気持ちを余所に、ジョジョはぼくの意見を一刀両断してしまった。

「シニーはきみに酷いことをした教授じゃあないんだし、無理矢理触ったりしない。きみのそういうところも全部受け止めて愛してくれているんだろ?きみは彼女のために変わりたいって思ったりしないんですか?」

 そりゃそうだ。シニーはあんな変態じゃあないしぼくとは恋人だ。無理矢理触ることはしないし、むしろ無理をしてまで触らないように気を遣ってくれている。こんなぼくでも好きだって言ってくれる。いつだって優しいし、ぼくを受け止めてくれてばかりで……でも背中に腕を回してくれたことは一度だってないし、キスの時は衝動を堪えるように自分の服を掴んでいる。ぼくのせいでいろいろなことを我慢をしている。
 そこまで考えてみて思う。無理をさせてぼくに付き合わせてしまって申し訳ないって。ぼくばかりきみに触れてばかりでそれをきみは嫌がらないで笑ってくれるから、つい甘えてしまって先に進むことに躊躇ってしまう。シニーから与えてくれる手の温もりはどんなものなんだろう?それを肌で受け止めて感じてみたいなって思ったり、純粋に触ってほしいっていう気持ちがひょっこりと顔を覗かせてきて……

(そうか……)

 そういう言葉が浮かび始めてからようやく気が付いた。ぼくはもしかしたらもう、違うってちゃんと理解しているのならきっと、シニーにめいっぱい触ってもらっても大丈夫なんじゃあないだろうか?
 いっぱいきみから触れてほしい。抱きしめ合って笑い合いたい。
 キスをするようになって遠慮なく抱きしめられるようになって、今までそれは一方通行でもどかしさしか感じなかった。ぼくが自分から作ったこの状況だったのに、不思議なほどシニーにその手で触れて欲しいと思えるようになってきている。愛していくうちに「キスをされたい」とか「抱きしめてほしい」って無意識に頭の中では願望が生まれていたんだ。だから無理をさせている罪悪感だって強まった。ぼくの感じる幸せを、この気持ちを一緒の気持ちを共有したいと余裕が生まれてきてくれたように思える。
 ぼくっていつの間に普通の男になっていたんだろう?それとも相手がシニーだったから?触ってほしいって思うのは他でもない大好きな人だから……?

「あの、一つお訊ねしたいのですが、」

 結局いろいろ考えて分析をして答えを出してしまった。だが一つだけ分からないことがあって、思わず顔を上げてポルナレフさんとジョジョを見ながら訊ねてしまう。
 考えても無駄だっていうジョジョの意見は正しい。いつか触られることに慣れたらいいって思っても、その「いつか」っていつなんだってなる。遠い未来かもしれないと思ったら気が遠くなるし、本当にやってくるのかだって分からない。
 シニーからキスをされたい。シニーから触られたいし、背中に腕を回してほしいと思う。ぼくが感じる幸せをシニーにも感じてほしくて堪らない。

「相手にあれこれしてほしいって思うようになるのって……言葉にしたら何て表現なんでしょうか?」

 愛とは違う独占的な、この感じたことのないシニーに対して感じる衝動的な気持ちに名前があるとしたら、付けるとしたら何ていうものなのだろうか?くすぶるみたいに自分の中でざわついてしょうがなくて……凄くシニーが欲しいって思ってしまうこれは一体何だろう?
 ぼくの質問に二人は目を丸くさせると、見合ってから声をハモらせるようにぼくに教えてくれる。

「「欲求不満。」」

 それはぼくにとっては無縁だった言葉で、未知の領域で。でもこうやって言葉にされてそれを聞いてみると、今感じているこのもやもやした気持ちはちっとも難しいものじゃあなかったんだなって、そう思ったら馬鹿馬鹿しく感じた。

「欲求……不満、かぁ。」

 そう、ぼくには今欲がある。シニーで充たされたいって心の底から思えるようになって、こんなに悩んで苦しんで、答えをようやく創ることが出来た。
 いろいろ諦めていたぼくがこんな風に誰かを思えるなんて信じられない。シニーにはっきりと触って欲しいって思えてしまう自分が表に出て来てくれたことが嬉しい。思わず笑顔になってしまうほど自分で勝手に喜びを覚えた。
 キスだって出来たんだ。きっとその先だってちゃんと進められる……他の誰でもない愛してやまないシニーになら多分、何をされたって大丈夫だ。

「ふふ……」

 「いつか」がいつなのか分からないならそれを今にしたらいい。そうして欲しいと願った時からその瞬間にはもうそれは始まってしまうんだって、やっと理解出来た。

「欲求不満って言われて笑ってる人初めて見た。」
「フーゴもしっかり男だったってことだな……」

 いっぱいきみから触れてほしい。抱きしめ合っていっぱい笑い合いたい。とことんきみに愛を注ぎたいし、きみからもいっぱい愛を貰いたい。
 きみは教授じゃない。きみはずっと前からただ一人の女の子。この手で幸せにしたい女の子。

「まぁあれだ、殴るかもって不安だったら紐で手を縛ってもらえ。」
「えっ?縛……えっ??」
「試されるドMプレイ……」
「言い方──!」


 きみ相手ならきっと大丈夫。




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