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(めっちゃ眠い……)

 今日は仕事はお休みだし昨日は遅くに帰ってきたので全く起きられなくて、ウーゴに朝ご飯を作れなかった。
 しかもお風呂に入らずに寝たからちょっと体が……とにかくバスルームにと思って真っ直ぐ向かう。この家のバスルームのバスタブはなかなか広い。多分ブチャラティサイズなんだと思う。ブチャラティありがとう。
 脱衣所に入ると置いてあるタオルやら自分の使うものを用意して、昨日ウーゴが巻いた包帯を解いたら上着も下着も全て脱いで、いざバスルームへと思って扉を開

「ん?」

けようとしたら勝手に扉が開かれて。

「え、シニー?」

 そこから裸のウーゴが現れたのだった。

「おはようウーゴ。」

 おお、水に濡れたウーゴだ……いつもと雰囲気が変わるなぁ。

「おは、よう……」

 夜も見たけれど髪がセットをされていないと何ていうか陰がある人に見えるっていうか……うん、なかなかいいと思う。

「ご飯食べた?」
「え、いや、まだだけど。」
「分かった。すぐ出るからちょっと待っててね?」
「ああ……」

 ウーゴは私のことをぼんやりと見つつ、バスルームから出て来て私に道を譲ってくれる。なのでその流れのまま私は中へと入ってゆっくりと扉を閉めて、シャワーの蛇口を開いて頭からいっぱいお湯を浴びた。
 あーびっくりした……ウーゴってば何でこんな時間に家にいたんだろう?私と同じで仕事が休みなのかな?今日は雨が止んでいい天気だし、買い物にでも付き合ってもらおうかな?でもゆっくりしたかったら申し訳ないしなぁ……それにしてもウーゴってば昔は貧弱だったくせに腹筋が割れていたり腕に結構筋肉が付いていで凄いな。鍛えたのか、筋肉。

「って、」

 ウーゴは一体どこで鍛えたのかなってちょっと気にし始めていた時に段々と思い出してくる。そもそも何で裸を私は見たのか。ここはバスルームでウーゴはここから出て来たわけで……自分もここに用があったから脱いでいて、同じ状況だったわけで。

「……」

 大事なことを思い出して、一気に顔に熱が昇っていく。今更隠すのもおかしいのだけれどしゃがみ込んで自分の体を丸めながら隠す。

「見られ、た……」

 裸をウーゴに見られた。下着姿は前に見られたけれど、その時は別に何とも思わなかったけれど。裸は流石に見られたら恥ずかしい。あとウーゴの裸を見ちゃったのもちょっと恥ずかしい。

(お父さんの裸と全然違った!)

 何かズレているかもしれないけれど、そんな感想が頭を過ぎってお父さんとウーゴの体を比較してしまう。いやでもこの前ジョルノの裸も見たけれど……今見たウーゴの裸の破壊力は凄すぎた。濡れているせいか色っぽいし、貧弱だった頃を知っていたから変貌姿に衝撃が走ったっていうか……!

「ごめんウーゴぉ……!」

 私は頭を抱えながら、その瞬間にウーゴが裸だったことをスルーしていた自分に対して憤慨するのだった。


 恥ずかしいし頭からウーゴの裸が抜けないしで困ったので、お湯だったシャワーを水に変えて、深く反省をしてからバスルームから出る。服を着て頭を乾かして、リビングの方に向かったらウーゴが新聞を読んで寛いでいて……考えないように、気にしないようにと思ってそのまま料理を始めて、いつもと同じようにウーゴに出来上がったものを出すとウーゴは会釈して、私も会釈を返して。ウーゴが新聞を置いて食べ始めたらあまりウーゴの方を見ないように私も作ったご飯を食べ始める。

(言葉が……見つからない……)

 今日暇なのか訊きたいけれど、それすらも口から出てきてくれないっていうか……気まずい。気まずすぎる。何だこれってくらい腰が低くなっちゃうっていうか……反省はしたけれどウーゴを見たら申し訳なさでまたいっぱいになってしまった。
 私の体とか見たくなかっただろうに。最低なものをウーゴに見せてしまった。気にしちゃダメだしこういう場合は堂々としていた方がいいって分かってはいる。表面では普通に振る舞うけれど心はしんどい。

「……あのさ、」

 でもそんな私とは違ってウーゴの方は気まずいことが起こっても話せるらしい。ウーゴは私に声をかけると少し言いづらそうに、でも勢いを付けてその言葉の続きを吐き出す。

「今日はぼくも仕事が休みなんだ。」

 うん、見れば分かる。

「そ……そう、みたいだね?」

 今朝の九時だもんね。いつもならもう家にいない時間だ。うん、ちゃんと察していたよ私は。
 ちょっと素っ気なく言ってしまったけれど、言葉を返す。ウーゴは気まずそうに「そうなんだ」っていって笑っていて……そして、少しだけ間を置いてから、早口気味に言葉を続けた。

「ふ、二人で映画観に行かないか?チケットを貰ったんだ。ポップコーン付きだってさ……」

 それは突然のお誘いで、

「え?」

 あのウーゴからの、遊びのお誘いで。思わず顔を上げてウーゴの方をついに見てしまう。

「用事があるなら無理にとは言わないが……折角だし……」

 驚くようなことを言ったウーゴは最初は勢いがあったものの、段々を気を遣うようになって、少し申し訳なさそうに言ってくる。きっとさっきのことを気にしているよね……顔を上げたのにウーゴと目が合わない。
 これを断ったら多分、このまま……もっと目が合わなくなってもっと拗れてしまうような気がする。吹っ飛ばせるくらい今日楽しく過ごせたら、きっとこの微妙な空気も打開出来るよね?そもそも私のせいでウーゴは悪くないんだけれども。

「いいよ、行こっか。」

 気にしすぎて拗れるのも嫌だし、折角のお誘いだ。それに映画館とか久しぶりだし、たまには行きたい。ポップコーンとかもうずっと食べていないんだもん。食べ物に釣られちゃってもいいかな?

「い、いいのか?」

 ウーゴは私の返事を聞くと頭をようやくこっちに向けて、信じられないって言いたげな顔をし始める。でもそれはほんの一瞬で、すぐに明るい表情へと変わっていった。
 
「じゃあこれを食べたら準備だな!早めに行っていい席を取ろう。」

 早速と言わんばかりにそう言って、食べるスピードを上げる。焦らなくても大丈夫だけれど、ウーゴの気合いは充分らしい。私もスピードを少し上げてお腹の中へと詰め込み始めた。

「いい席取らなくちゃ楽しくないもんね!後ろの方がいいなぁ……」
「前の方だと首が痛くなるしな。終わったら美味いものでも食べて……あ、ポップコーン食べすぎるんじゃあないぞ。」
「はいはい。」

 ウーゴは少し嬉しそうに今日の予定を立てて、二人揃って食べ終わったら食器まで洗ってくれる。まだ出かけていないのにもう既にウーゴはいつも通りに戻っていた。いつもなウーゴが一番だしそうなりたいって思っていたから別にこれでいいって思うけれど、ちょっと複雑でもある。でも考えたら負けだと思っていろいろと諦めた。
 ウーゴの洗い物が終わったら10分後に玄関って約束をした。とにかく着替えないとって思って慌てて部屋に戻ってからすぐに出かける準備をし始める。特に考えずにいつもの服に手を通して、長い髪をターバンで結んで、鞄の中に財布とかハンドタオルとかティッシュとかを入れて、それを肩にかけて……そのまま部屋を出ようとした時に、自分の格好を見てここで始めて今の格好について考えてしまう。

「……いつも通りじゃん!」

 いや、別にいつも通りでいいけれど。
 仮にも今日はギャングはお休みだ。普通に外に出てウーゴと映画に行くんだよね?二人で、行くんだよね?
 ということはこの服だとちょっと気持ちが休まらなくなるのではと思ってしまう。だって上着にはアバッキオの紐が付いていて、短パンにはブチャラティのジッパーだし頭のナランチャのターバンとか……これだと四人で映画になってしまうんじゃないだろうか……

(二人でって言ったしな……)

 ウーゴはさっき二人でって誘ってくれたし、それにあのウーゴがお出かけに誘ってくれたんだし……ウーゴは気にしなくていいって言うかもしれないけれど、ちょっと私的にはよくないかもって思うっていうか。

「……よし!」

 私は鏡から離れると、クローゼットをバンッと開いて服を漁り始める。
 中にはブランド物のいい服は入っていないけれど……でもそれなりに可愛い服は揃っていた。お母さんが帰省する度にこれ可愛いから着てみてって渡してきたのをずっとそのまま着ないで取っておいてある。

(お母さんありがとう!)

 寮生活だったし着る機会だってそんなにないしで宝の持ち腐れ状態だったけれど、多分使い時は今だと思う。今日はギャングじゃない、どこにでもいるような普通の女の子なんだ。
 今日は普通の女の子。普通にウーゴと映画館に行く。ついでに私が普通だってことをウーゴに分からせてやる……その辺の女の子と変わらないって思わせてやる……!
 多分意地になっている。ウーゴに私の普通さを見せるとか、何ていうか自分で言っていてめちゃくちゃだし虚しい気がする。思ったら負けだと思うけれど思ってしまう。
 でもこういう時じゃないとこういう服は着られない。ギャングの世界にはそういう機会はないんだもん。パーティー会場での仕事の時にドレスを着たけれど、空間に馴染むために着たものだったし仕事だったから仕方のないことだったし……

「……」

 別人かってジョルノと一緒に言われたよな。あれは流石に悔しかった。

(とりあえず着替えよ……)

 とにかく今日はウーゴと出かけるっていうことで、三人にはお留守番してもらおう。
 久しぶりに女の子らしい服を着て、鏡の前でナランチャのターバンを外す。守ってくれている三人は今日は一緒じゃなくなって、少し心細いけれど気持ちを切り替えて。気合いを入れるように自分の頬をぺちぺちと叩く。

「行ってきます。」

 ブチャラティとアバッキオは行ってこいって言いそうだけれど、ナランチャは自分もウーゴと一緒にいたいと思うかもしれない。でも今日は二人きりだから……今日はお留守番をしていてください。
 机の上に外したターバンを丁寧に置くと、鞄を再び肩にかけて部屋から出たら玄関まで急ぎ足で向かう。向かってみたらウーゴの方はもう既に準備が出来ていたらしく、携帯をいじりながら待機していて……服装を見てみたらウーゴの服はいつもの穴だらけのものじゃなくて。普通の男の子が着るような、ラフな格好をしていて思わず足を止めて凝視してしまった。

(別人じゃん……)

 顔はいつもと変わらないのに服が違うだけで普通に見えるって凄いな?パーティーの時の格好も寝間着姿も湯上がり姿を見ても、どれもウーゴだって頭で分かっているけれど……ウーゴがウーゴに見えない。ちょっと胸が驚いている。

「あ、シニー……」

 ウーゴは離れて見ていた私に気が付くと名前を呼んでくれるけれど、すぐにさっきの私と同じ状態になってしまって、私を凝視したまま石像みたいに固まってしまう。
 つ、ついに普通の女の子だって分かってもらえたかな?ちょっとは私に対して敬意を見せてくれていいんだぞ?……って内心では期待するんですよね。ウーゴの記憶には多分短パン姿で走り回っている私しかいないだろうし。だから期待しかない。期待しかなかった。
 急に照れ臭くなってウーゴから目を逸らす。いつもと違う服を着るとか凄く勇気を出したし、ましてやこういう女の子らしい服とかウーゴの前で着たのは一度しかなかったし。だからウーゴ相手でも少し緊張しちゃうっていうか……

「…………別人か。」

 でも相手はウーゴだったっていうか。私を「普通の女の子」として見ていないからなのか。口から出てきた感想はやっぱりと思うような言葉だった。

「それしか言わないんかお前はぁ!」

 静かにそう言われた……しかもパーティー会場に行く前に言われた言葉と全く同じ内容。私の方はウーゴの普通な格好を見て感動をしたのに、この仕打ちって凄く酷くない?感想辛辣すぎでしょ!

「いや、いつも通りの格好で来ると思ったから……」

 ウーゴはさらっとそう言うと、何もなかったかのように私に背を向けて扉を開ける。

「私もウーゴは穴だらけの格好で映画館かと思ってた。」

 私は三人を置いていくために他の服を着たけれど、ウーゴは何でいつもと違うのか。ちょっと分からない。

「映画館の空調で風邪引かないようにするためだ。」

 不機嫌に怒りも混ざった調子で言い返した私に対して、ウーゴはゆっくりと振り返りながらそんなの当たり前だ!と言わんばかりの自信満々な声音で答えをくれるんだけれど……説得力とかこれっぽっちもない。
 い、いや、そんな威張ることでもないんじゃないの?ウーゴのあの服って映画館どころか美術館でも寒いレベルの格好じゃん。ここまで説得力がない力説始めて聞いた。

「ナランチャがいたら笑ってたよ。」

 絶対笑う。フーゴはたまに意味分かんないよなって言いそう。

「いいや、ナランチャなら分かってくれるね!」
「いやいや?普通に分からないと思う。ウーゴの話はベクトルが我々と違いすぎるもの。」

 ウーゴってたまに不思議なことを言うっていうか……だから面白いっていうか。からかいたくなるっていうか。素っ気ない時もあれば熱い時もあるし、たまに子供みたいにムキになるから一緒にいて飽きないや。

「だったら分かるように話してやる。あの服は仕事専用だ。」

 私は開かれた扉の向こうに広がる街並みへと飛び出す。ウーゴも続くように一緒に外に出て、扉を閉めて鍵をかけながら、そう言い切って私の方にウーゴは振り返る。

「今日は普通の一般市民のぼくなんだ。自称してたけど、仕事から帰ったら普通の女の子らしい奴と遊びに行くんだしな。」

 そして、続くように無邪気に笑って、私に合わせて今の格好にしたということを告白してくれた。

(な、何それ……)

 これは……本当に、ウーゴなのだろうか?ウーゴの皮を被った誰かじゃないだろうか?ウーゴってここまで柔らかかったっけ?まるで子供っていうか、昔の一緒に走り回っていた頃のウーゴみたい。そんな失礼なことばかりを考えてしまう。そのくらい衝撃が強い話だった。

「ほら行くぞ。ポップコーンのフレーバーとか選べるらしいんだ。ジョジョのおすすめフレーバーが売り切れる前に!行かないと!」

 また固まっていたらウーゴは私の手を引っ張って結構なスピードを出して走り始める。しばらく頭がついていけなくて足しか動かなかったけれど……広い道に出た時に、やっと戻ってきたみたいに頭の中がスッキリと晴れてきて。ウーゴの笑顔や言葉をようやく自分の中に落とすことが出来た。
 そして今。これじゃあ昔と逆だというくらい、ウーゴが私のことを引っ張っている。いつも私がこの手を握って振り回していたのに、今日はウーゴが私の手を握って前を走ってくれているのが凄く不思議。

(大きな手だなぁ……)

 握られたのは久しぶり。同じくらいの大きさだったのに、ウーゴの手はもうあの頃の大きさでもあの頃の柔らかい感触でもない。小さい頃から今日までを凝縮したみたいに固く固まってしまったみたい……そんな骨張った手で私の手を握っていた。
 でもウーゴの背中を見て、ウーゴの揺れる髪を見ていたらあの頃の必死で足を動かしていたウーゴを思い出して顔が綻んできて。楽しかったなっていう気持ちと楽しいなっていう気持ちがぶつかったら次の瞬間には声まで漏らして笑っていた。慌てなくても今日は平日だから空いているよって言いたかったけれど、ウーゴに引っ張り回されるのもたまには楽しいし……今日の私は普通の女の子だし?普通の一般市民らしいこの男性に甘えるとしようか。

「ところで何の映画見るのー?」

 雨上がりの空はどこまでも青い。

「モンスターの会社が舞台のアニメのやつー!」
「チョイス子供かー?」
「たまにはいいだろ!」


 走る道も空と同じでどこまでも続いているような、そんな気がした。




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