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「雨の日に任務って嫌なんですよね……」

 今日の任務は夜にあった。いつも足取りを辿れない街の外にいる標的が、雨の日は必ずバーに現れるとかで、昼間の仕事中にいきなり準備が始まった。私達はそこに現れて酔った標的を狙うらしく……私は今現場のバーに駆り出されている。
 ぶっちゃけ行く場所が分かっているなら私が行く必要はないはずなのだけれども、相手は何でも変装のプロらしい。顔が毎回違うとか雰囲気まで全く変わるとかで見つけるのが難解なのだと資料には書いてあった。そうなると本人を見つけるのは大変困難で……だから正確にその人への道標を創ってしまう私が駆り出されることになったのだ。ジョルノのスタンドでも出来ることなのだけれど、バーに生き物が現れたら(以下略)ということで、私のトロイメライを使う話になってしまった。どこまでも追跡向きで助かるって言われて何だか複雑な気分です。
 ウーゴだけはパーティーの時のことを気にしていたみたいで危ないんじゃないかってずっと言っていたけれど……私も一応ギャングだし、与えられた仕事を全うするっていう契約で動いているわけだしで、行くしかない。気をつけるからって言ってアジトから出たけれど、たまにミスタさんの携帯に安否確認の電話を入れてくる。集中できないからミスタさんは電源を切ってしまったのでそれからウーゴがどうなったのかは分からない。

「何で雨の日が嫌なんだ?」

 トロイメライの星は望めば必ず「見せて」くれる。バーは人で混んでいるし、足元を照らして下ばかり見て歩いてしまったら悪目立ちをしてしまう。人にぶつかることもあるし下手をしたら文句を付けられるかもしれない。なので下ではなくて上に道標を付けろと言われ、標的の頭の上に向かって矢印を付けることをしていた。どんなに見た目を誤魔化しても心だけは偽れないし、そんな心と絆を勝手に結ぶのがトロイメライの能力だから偽っても全く無駄で、私には正体が筒抜けだった。
 ミスタさんと話しつつ矢印の下にいる標的の方を見る。この矢印はミスタさんにも見えてはいるけれど、ミスタさんはこれから命を奪うわけで……とにかくイメージを固めたいと言ってバーの見取り図を眺めてどの辺で仕事をするかを考えている。どこまでも真剣でちょっとかっこいい。
 私の方はずっと標的を監視してはいるけれど、特に相手は動かない。なので他愛もない話ではあるけれど、大事なことなのでミスタさんにも報告はしておこうと思って話を振った。

「トロイメライの尻尾って炎じゃないですか?その炎を使って星を精製するんですけど……私が濡れるとトロイメライの調子が悪いんです。」

 それは偶然の発見だった。シャンプーを長そうとシャワーを使おうとした時に目にシャンプーが目の中に入ってしまって……刺激が入ったからトロイメライが出て来たのだけれど、その時に炎を見てみたら勢いが弱っていて、まさかと思って目に還ってから星を産んでみたらほぼ形を成さない液体だった。一応ジョルノには報告をしておいたから対策も今考え中ではあるけれど、今日みたいに室内じゃなかったら私は役立たずだったと思う。

「なるほどなぁ〜……絶対にシニストラの体を濡らすんじゃあないって言われてたから風邪でも引いてんのかって思ってたけど、そういうことだったんだな。」

 ミスタさんは見取り図を見つつ、グラスに入っていたノンアルコールの飲み物を口に入れて喉の乾きを潤しつつ、アジトから出る前に痛いくらいにジョルノが言っていた言葉に首を縦に振って納得をする。痛いほど言ってくれていたことを知らなかっからびっくりしたけれど……ジョルノのことだ。多分無駄な問題は増やすなって意味で言ったんじゃないかな?

「銃もあまり濡らさねー方がいいしな。いや濡れても大丈夫だけどよ……手が滑って狙いが狂っても、オレの場合はスタンドが狙いを合わせてくれるし問題はねえ。」

 ミスタさんは思うことについて、空になったグラスを置いて話してくれる。

「そうだとしても、だったとしてもだ。現場っていうのは予想外な出来事が起こる時があるわけよ?雨が急に降ってきたりとか。そればかりは避けられやしない。分かるよな?」

 雨の日は皆嫌だろうと思う。でもやるしかない……それも分かってはいる。

「そうですね……」

 パーティー会場での一件の時も予想外なことが起こっていた。実は背後を狙われていたりとか、でもウーゴがそれを排除していたとか。私はそういう「かもしれない」に結び付けるのがまだ上手く出来ていなくて、周りのそういう気配りに甘えてしまっている節がある。
 ちょっと気持ちが暗くなって下を向いてしまったら、ミスタさんは「いじめてるんじゃあないからな?」って言いながら私の頭をぽんぽんと触れてくれる。

「おまえの能力には充分助けられてるし文句の付けようがねーけどよ、でも覚悟だけは持っておけ。濡れてもやり抜くっていう覚悟をな。」
「……」

 覚悟……この世界では覚悟をしなくちゃいけないことがいっぱいあって大変だな。やらなきゃやられる世界だもん、しょうがないよね……
 ミスタさんの言う通りだ。どんなに雨が降っていようが濡れようが、やる時はやらないといけない。自分の都合ばかりを主張するのは違うんだ。

「頑張ります……」

 苦手だから何だ。やるしかないんだよね、どこまでも。
 最早覚悟というか根性でしかないけれど、ぶれないように努力はしたいと思う。

「……あ、標的動きました。」

 そしてそう決意を新たにしたのと同時に、ついに標的が席を立って外の方へと向かってゆく。私とミスタさんは標的が近付くと顔はともかくとして矢印の確認をした。
 顔を変えるのが得意な標的の顔を見ても仕方がない。だから印だけが頼りだった。

「OK!しっかり印も見えてるし、オレ一人でちゃちゃっとやってくるぜ。」

 しっかりとくっ付いている矢印の確認も終わると、私はミスタさんにスタート地点を与えて後を着けられるようにする。実行をするのはミスタさんなので私に主導権を置いてもしょうがない。ミスタさんが持っているべきものはちゃんと託さないと。

「了解です。気をつけてください、ミスタさん。」
「おー、気をつける。」

 ミスタさんは席を立つとそのまま標的を追ってバーから出て行ってしまう。その場に残された私はこの華やかな雰囲気を見回して……買ってもらった飲み物に手を伸ばす。
 私の任務はあくまで追跡で、ミスタさんの任務は暗殺……仕事の重さを比べたら明らかにミスタさんの方が重たいけれど、私の仕事もそれに加担をしていると思うと同じくらいの重みがあるように思える。

(私もいつかは手をかけるのかな……)

 先のことなんて分からない。でもいつかは多分、向いていなくたってそういう仕事もするしかなくなるんじゃないかと思う。そういう場合に遭遇するこだってあるかもしれない。

「……いたっ!」

 グラスの中の小さな傘を手に取って、遊んでいたら持ち手の針のようなものが指に刺さって血が出てくる。地味に痛いし不安もあったりで半分泣きそうになりながら持っていたティッシュでそれを拭うのだった。


******

 心配しなくても大丈夫な任務に行ったはずだが、何でか最近シニーが任務に出る度に心配をしてしまう。

(大丈夫だろうか……)

 ミスタも一応幹部だし、あのボスとの戦いを生き抜いた人間だ。狙撃をさせたら右に出る輩はいないのも知っている。だからジョジョはミスタにシニーを預けているわけだし、今日も任務に同行させたんだ。
 なのにふとした拍子に思ってしまう。それはミスタが大丈夫であって、シニーが大丈夫であるとは決して限らない。

「凄く心配って顔してるね。」

 いつも通りジョジョのデスクワークの手伝いをしていると、顔に出ていたらしい今の気持ちを彼にスパッと言われてしまう。

「そりゃあそうですよ……」

 ジョジョに嘘は吐けない。素直な気持ちをぼくは彼にぶつける。

「あいつは大事な時にいつも転ぶので、いつも心配になります。」

 転ぶというより油断をする、が正しい。前ばかり見て後ろを見ないのもそうだし頭隠して尻隠さずな性格もそうだし、どこまでもドジというか、ついていない時はどこまでもついていないような奴がシニーだと思っている。

「でも大事な時に力を発揮する子でもありますよ?」

 ジョジョはシニーのことを知っている。だからかそういう場面の話をぼくに振ってくる。

「誰よりもめちゃくちゃで誰よりも強い。それがシニストラっていう女の子だ。まだ未熟かもしれないけどきっとこれから化けるんじゃあないかな。」
「……」

 そう、もちろんそれはぼくだってよく知っている。

「そうですね……」

 シニーは強い。心が尋常じゃないくらいに……ジョジョやブチャラティと同じくらい強い。だから意識不明の中で普通に目を覚まして、そのまま流れるようにスタンド能力を手に入れた。普通だったら既に死んでいておかしくはないし、何ヶ月も世界に置き去りにされていたら気持ちも落ち込むはずなのに、そんな姿は一切見せないし見たこともない。人としてはある意味で完璧だと言える。
 だとしても、それとこれは別だ。

「でもシニーはまだギャングとしては半人前です。」

 人間としては強くてもギャングとしてはまだ危うい。

「この前はぼくが向かえたからよかったものの、少しでも遅れていたらシニーは今頃死んでいたんじゃあないかって……今日もまた後ろを見ないで前だけ気にしていたらと思うともう気が気じゃあないんです……」

 気にし始めたら止まらなくなる。シニーはナランチャ二号にしか見えない……ナランチャとは違って物覚えはいいがドジさはナランチャと全く変わらない。物を破損したりはしないが自分を危険に晒しかねない警戒心の無さには心配しか抱けなかった。
 どんなに強くたって死ぬ時は死ぬ。知ってしまった以上不安は絶対に拭えないんだ。

「フーゴ、」

 自分で自分の言った言葉で不安になっていると、ジョジョは机の上で手を組んではぼくの名前を呼んでくる。目を閉じて、そして深く息を吐き出すと、

「過保護だと嫌われますよ。」
「え、」

少し呆れた様子でそうおっしゃった。

「シニーだってギャングです。死なないようにミスタと毎日鍛練を重ねてるんだ。周囲警戒の訓練をミスタの弾丸を使ってやっているって聞きましたよ?」

 ミスタの弾丸で警戒訓練……とは?弾丸ってゴム弾じゃあなくって実弾?それって訓練とは言わないんじゃあないか?間違って当たったりしたら危ない。

「真剣に頑張ってるってミスタが褒めてました。毎日しっかり成長してるんです。」

 実弾かゴム弾か不安に晒されるぼくに、さっきの意見を論破するようにジョジョは一つ一つの心配を潰してゆく。

「デスクワークはポンコツですが、もうフィールドワークは立派に熟せています。彼女はもう子供じゃあないんだ。信じてあげないと彼らの想いが報われないよ。」
「……」

 実弾かゴム弾か……そればかりが気になるけれど、ジョジョの言葉に意識を戻してあの日の彼らを思い出す。
 ブチャラティもアバッキオも、ナランチャも……三人はぼくらにシニーを託して消えていった。あとからシニーから聞いたら自分を見つけてくれてここまで送ってくれたのは三人だったと言っていた。ブチャラティは困っている子供を見たら放っておけないけど、シニーに手を指し述べたのはそれだけが理由じゃあない。彼女のことを信じていたからここまで繋いでくれたのだと思う。

「心配してもいいけど程々にしておきなね?」

 そんな彼らをぼくは裏切ってしまっているのだろうか……凄く心配をしたらいけないことなのだろうか?
 程々の心配の仕方なんて分からない。だがジョジョに言われたらやるしかなかった。少し突き放して見守っていればいいのだろうか?ブチャラティがナランチャにやったみたいに……ぼくに出来るのだろうか。

「ご期待に沿えるか分かりませんが、努力します……」

 シニーはもう子供じゃあないって言われて、それをよく分かっていたつもりでいた自分が少しだけ恥ずかしくなったぼくだった。


******

「ただいまぁ……」

 無事にミスタさんが標的を消して後始末作業も済ませていたら、もう時計は既に深夜を回っていた。ミスタさんにアジトには寄らずそのまま家に帰って休めと言われたので、現場から歩いて大人しく家まで帰ってきて元気なく扉を開ける。
 疲れた……後始末作業でとにかく体力を奪われた……手作業でどうしても消えない部分はトロイメライで消したけれど、湿気のせいか調子が悪くて本当もう……根性でどうにか頑張ったけれど、雨の日に使う労力がとにかくしんどいってことはよく分かった。これは対策を考えないと本当にまずい。
 明日は流石に休みを貰ったからゆっくり出来るけれど、ゆっくり出来ても朝は早起きをしないといけない。ウーゴの朝ご飯用意して……洗濯物やって……

「いっ……」

 傘を立て掛けようと持ち手を握りしめたけれど、さっきバーの飲み物で怪我をした指の傷口に金具がめり込んでしまって再び血が流れ出てくる。
 痛い。凄く痛い。小さい傷口のくせに金具のせいで大きくなってしまったせいで止まっていた血がいっぱい溢れてきた。今日はやたら傘に攻撃をされるよね……気持ちがもっと下がりそう。雨に嫌われすぎじゃないだろうか、私。

「シニー、仕事おつか……れ……!?」

 玄関で血を見ながら固まっていたら、奥から寝間着姿のウーゴがゆらゆらと現れる。

「あ、ウーゴ!ただいまぁ!」

 ウーゴってばまだ起きていたんだ?夕飯ちゃんと食べたかな……またドルチェだけとかふざけた真似をしていないだろうか。っていうか初めて寝間着を見たような気がする。いつも穴だらけの服を着ているから新鮮……髪もセットしてないから最早別人にしか見えない。誰だお前。

「……その手、どうしたんだ?」

 そんな私の心の声を遮るように、ウーゴは私の方へと向かってくると怪我をして血が垂れ流し状態になっている手を握って訊ねてくる。

「これ?対したことじゃないよ。任務中にドジして怪我したのをさっき……」

 自分のヘマでこうなったことをウーゴに言ったら絶対インベチーレって言われるよね……でもここで黙ったら説教をされそうだ。それは嫌だけれどがみがみ言われるのも嫌だけれど、訊かれた以上答えるしかない。
 それでこうなった理由を説明しようとするけれど、ウーゴは途中まで言葉を聞くと大きく目を見開かせて顔色を一気に変えてゆく。そして私から手を離すと再び奥へと消えていった。

「ウーゴ?」

 まだ話の途中なんですが。訊いてきたくせに立ち去るとか何なんだ。新手の嫌がらせか?
 思いはするものの口にはしない。文句を言う気力だなんてもう私には残っていない……それに言っても無駄だ。もういないし。

「……寝よ。」

 もうとにかく眠い。目が凄く疲れた。
 私は傘を改めて立て掛けるとそのまま自分の部屋の方へと足を動かす。

「おいシニー、」

 しかしその途中で私が玄関から消えたのを探しに来たウーゴに見つかってしまって。部屋の目の前で呼び止められる。

「何勝手に出歩いてるんだ。血が垂れてるんだぞ?」

 そう言いながらウーゴは私の手を掴む。目の前に部屋があるのに元来た廊下を私を引っ張って歩き始める。
 暗くて良くは見えないけれど……その手には救急箱みたいなものが握られていて、さっき奥に消えちゃったのは多分これを探しに行ったかららしい。別に用事を思い出していなくなったんじゃなかったんだな。一言言ってくれたら甘えて玄関で待っていたのに。
 分かったとかありがとうとか、何かしらウーゴの優しさに言葉をかけようとしたけれど、ウーゴの中に間は存在をしていないようで、何かを言おうにも隙がない。そのまま薄暗い明かりがついているリビングへと連れて行かれて、私はおもてなされるかのように丁寧に椅子に座らされた。

「これ、対した怪我じゃないよ?」

 座ったらようやく話せるような間が出来る。言い訳をするようなことはしないけれど、絆創膏が勿体ない気がしてつい口を出してしまった。
 血はめちゃくちゃ出てはいるものの、本当に対した怪我じゃない。ちょっと刺さっただけだし、それが私のドジのせいで少しだけ広がっちゃっただけだし……放っておいても問題はないと思う。
 ウーゴは救急箱からガーゼやら絆創膏、消毒薬に包帯を出して私に言葉を返してくる。

「大丈夫?これでもそう言えるか?」
「ぐ……っ!」

 意地悪そうな顔でそう言って、ガーゼに染み込ませた消毒を私の傷口へとぐりぐりと押し当てて……めちゃくちゃ痛い。沁みる、めちゃくちゃ沁みる!わざとだなコイツ!わざと痛くしてるんだろ!

「ハハハ!本当相変わらず痛がりだよな……顔おかしい……!」

 痛すぎて喋れずに歯を食いしばっていたら、ウーゴは苦痛で歪んでいる私の顔を見て笑い始める。

「また足踏んでやろうか?」

 本当に失礼だよね!痛かったら苦い顔をしちゃうのは当然なことじゃん。昔はしょっちゅう泣いてたけれど……あれから頑張って泣かないように練習したんだから。これがその結果だよ。頑張ったねって言ってほしかった。

「悪い……ちょっと遊びすぎた。足を蹴るんじゃあないよ、絆創膏が貼れないだろ?」

 やんわりとウーゴの足をツンツンと蹴っていたら笑いながら注意をされる。正直にやめたくなかったけれど、貼れなくて傷の上にテープの方が貼られたら最悪だと思って足を解放してあげると、ウーゴはガーゼを離して丁寧に傷口に絆創膏を貼って、流れるように包帯を手に取って私の怪我とその周辺を巻き始めた。凄く手慣れているみたいで無駄な動きも失敗も一切ない。ウーゴって器用なんだなぁ。

「昔は人が転んだら笑ってたくせにさ、自分が転んだらめちゃくちゃ泣いてたよな。」

 細長くて綺麗な指と丁寧に巻かれていく包帯をぼーっと見ていれば、ウーゴは静かに口を開く。

「痛いのは苦手なんだもん……」

 昔から痛いのが苦手だ。頭痛も腹痛も成長痛も、女性特有のあの痛みも……怪我をする以外のことでも痛いとすぐに泣いて騒ぐから、しょっちゅう両親を困らせていた気がする。

「でももう泣かないよ?子供じゃないから我慢くらい出来るし。」

 中学に入ってからは流石に泣きはしなかった。包丁で指を切った時も我慢出来たし、転んで治療ってなったらとにかく泣かないように騒いだり……今思うと流石に迷惑だったかもしれない。申し訳ない。

「……もう子供じゃない、か。」

 包帯を巻き終わるとウーゴは最後の仕上げにフックで止めて、上にテープを貼って解けないようにする。未だかつてないくらいに綺麗な仕上がりだった。多分皆が怪我をしたら手当をしてきたんだろうな……

「じゃあおまえは何なんだ?」
「え?」

 そしてウーゴは自分が綺麗に包帯で巻いたその手を握ると、その手を見ながらそんなことを言い始める。

「何って……」

 どういう、意味なんだろう?子供じゃない私って何とか訊かれても……なぞなぞではないよね。じゃあ哲学?いや、ウーゴがまさか私に哲学を振ってくるわけがないし。多分たまに出てくる天然を発動しているんだろうな。勝手な考えだけれどそう思うことにしよう。

「私はシニストラ。どこにでもいる女子です。」

 子供じゃなかったら大人っていうのは安直だ。まだ私は成人を迎えてはないし気持ちだって昔のまま。大人でもなければもう子供でもないその中間は思春期だけれども、思春期らしい思春期とか迎えた記憶はこれっぽっちもない。だって私はずっと眠っていたのだから。

「どこにでもいる女子、ね……」

 私の手を握っていたウーゴだったけれど、私の言葉を復唱するとその手を離して私の顔を見て、少し口元を緩めて笑う。

「こんなめちゃくちゃな女子がその辺にいたら世の中大変なことになるな。」

 おかしそうに、楽しそうな時に見せた昔みたいな顔で笑う。
 疲れた時に見る綺麗な人の笑顔って眩しいよなぁ……癒された。でも口から出てきた内容は非常にけしからん。

「いや、どこをどう見ても普通の女子でしょ。」

 私は皆よりもキャラが濃くないし、どこをどう見てもその辺の女子だ。料理だってするしたまにオシャレだってする。
 そもそも子供とか大人とか本当はどうでもいいことだよね。私はシニーであなたはウーゴ。それだけで充分だしそれ以外必要ない。この空間にそんな区別はいらないんじゃなかろうか。
 子供らしく出来なかったウーゴも今子供にしか見てもらえない私もそういう概念がなかったら幸せに過ごせると思う。性別だけ気にしていればどうにでもなる。

「え、どこが?そもそもギャングの女子は普通とは言わないだろ。」
「家に帰ったら普通の女子なんですぅ!そういうウーゴも普通の男子に……いや、普通じゃないな。小さな怪我にこんな包帯を巻いちゃうとか……」
「それは……血がいっぱい出てたから止血のために……」
「心配性かよ……」

 止血の仕方って他にもあったと思う。やり方分からないから何とも言えないけれど……こんな大袈裟に包帯を巻く必要は果たしてあったのだろうか。
 でも、いつも心配ばっかしちゃうウーゴらしいなって思うし私は全然これでいいって思うよ。

「ありがとね、ウーゴ。」

 ウーゴも根っこにある部分はどこまでも変わらない。だから安心して一緒にいられるし……お兄ちゃんとかいたらこんな感じだったのかな?優しく手当してくれたり一緒に買い物をしたり……毎日楽しくてそれはそれで素敵だ。


(そんな無理に変わらなくてもいいかな……)

 時間に置いていかれても、変わらないことを笑ってくれる人がいてくれるなら……変えられないものは大事にしたいなっていうちょっとした甘えを覚えた。




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