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よろこばしき日に出会えたのならば

後日。サクラ姫の回復を待ったあと、私たちは正義君にお礼を言うため、先日訪れたお好み焼き屋に来ていた。小狼君が暮らしていた国の王様と神官様――と、同じ魂を持つひと――が働いていた、あの店だ。

「正義君、本当にありがとうございました」

「色々案内してくれて助かったよ、ありがとう」

私と小狼君のふたりで頭を下げると、正義君は恐縮したように首を横に振った。そんな私たちの様子をファイさんは優しい眼差しで見守っている。一方の黒鋼さんは昼食ということもあってお腹が減っていたのか、皿にとったお好み焼きをがつがつと平らげながらも、鉄板の上で焼きあがろうとしている残りの分を賭けてモコナや小さいサイズに縮んだケロちゃんと争奪戦を繰り広げていた。

「僕も……巧断も、ずっと弱いままだったから。だから……だから! ちゃんと渡せて、ほんとに良かったです!」

礼を言うのはこちらの方だと言わんばかりに笑みを見せる正義君の瞳は、涙で潤んでいる。

話を聞けば、あれからしばらくして正義君の巧断はひとつ等級が上がったらしい。小狼君に無事に羽根を渡せたことが、気弱だった彼の中で自分への自信に繋がったのだろう。羽根の力が失くなっても、これからもたくさんの経験を重ねることで彼も彼の巧断もどんどん強くなっていく……なんとなくだけど、そんな気がした。そして、もしその未来が本当になるなら――それは誰にとっても喜ばしいことだ。

「弱くなんかないです。戦うことだけが強さじゃない、誰かのために一生懸命になれることも立派な強さです」

小狼君の言葉に感極まったのか、正義君は流れる涙を拭いながら「ありがとうございます」とひたすらこちらに頭を下げている。その様子になんとなく微笑ましさを覚えながら小狼君と正義君の会話を見守っていると、横から「よう」と聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「笙悟さん!」

「あ、リーダーの……」

トレードマークのゴーグルが頭になかったので一瞬分かりかねたが、こちらに声をかけてきたのは間違いなく小狼君と闘ったリーダーの笙悟さんだった。今日はオフなのか、先日見たものよりややラフな服装を着ている。

「うちのチームの情報網も捨てたもんじゃねぇな。おっと、悪いな嬢ちゃん、そこちょっと詰めてくれ」

「あ、はい。どうぞどうぞ」

私が席を詰めて空いたスペースに笙悟さんが腰かける。その後ろから続くように笙悟さんが率いるチームのメンバーらしき面々が続々と入店してきて店内は一気に騒がしくなってしまったが、さすがはお祭り騒ぎ大好きな阪神共和国の人々というべきか、それを厭う人間はここにはいない。

先日小狼君に王様と神官様に間違えられた店員さんたちふたりも、一気に客が増えたせいか忙しそうに働いていた。ちなみに、王様に間違えられた方のひとはあれからすっかり「王様」というあだ名が定着してしまったらしく、ほかの店員さんや常連と思しきお客さんたちから冗談めかして王様王様とひっきりなしに呼ばれている。仰々しいあだ名が恥ずかしいのか少々顔を赤くしている彼だが、本気で嫌がっていないあたり悪い気はしていないんだろう。

「怪我とか大丈夫か?」

「はい、闘いの途中ですみませんでした」

「いや、あの状態じゃ仕方ねぇだろ。……それに、あのバトルは完全に俺の負けだ」

ぺこりと頭を下げる小狼君に構うなと首を横に振りつつ、笙悟さんは負けを認めたように小さく笑った。彼もまた、正義君と同じようにあの闘いを見て何か感じるところがあったのかもしれない。

「嬢ちゃんも。プリメーラが無理矢理連れてきて悪かったって謝ってたぞ」

「あ、いえ。そんな……」

たしかに少々怖い目には遭ったが、そんなに謝られることではない。軽く手を振って否定すると「あんた、お人好しなんだなあ」とけたけた笑われてしまった。

会計を済ませて、全員で外に出る。屈強な男性たちがやいやいと盛り上がりながら続々と店から出てくる様は、こうして眺めてみるとなんだか壮観だ。モコナとケロちゃんはお好み焼きを賭けた争いに敗北した黒鋼さんの八つ当たりに遭っているのかうりうりと弄られており、ファイさんはそんなひとりと2匹を眺めている。小狼君は正義君や笙悟さんたちと名残を惜しむように別れの言葉を交わしていた。

「バトルだけじゃなくて、あちこち案内してやりたかったんだけどな」

姫の羽根が見つかったからには、この国にこれ以上滞在するのは憚られる。彼女の羽根はほかの次元にも無数に散らばっているのだ。名残惜しいが、できるだけ早く、そして多くの羽根を集めるためにはこうするしかない。元々今日正義君と会うことになったのも、今日この世界を旅立つ予定だったからなのだ。

「またこの国に来たら会いに来ます、必ず」

「お元気で――!」

正義君や笙悟さん、チームのメンバーたちに見送られてその場をあとにする。なんだかんだで皆いいひとばっかりだったなあ。最初に来たのがこの国で良かった。たしかに、最初に空汰さんが言っていたとおりここに来れたのはプチラッキー≠ニいうやつだったのだろう。

チームの輪から少し離れたあと、背後でわっと歓声があがる。思わず振り向くと、一回り大きなゴーグルをつけて笙悟さんやチームのメンバーに囲まれている正義君の姿があった。どうやら、憧れのチームのメンバーの一員になることができたらしい。

「……良かったね」

思わず呟くと、ひょこっとポケットからケロちゃんが顔を覗かせる。そうだ、彼にもお礼を言っておかないと。

「ありがとね、ケロちゃん」

なんだかんだと言いながら、右も左も分からない私をちょくちょく助けてくれたのは間違いなく彼だ。ここでお別れになるのは、正直少し寂しいけれど仕方ない。

「なんの、気にすんな。おまえが行ったら、またわいに相応しい主がやってくるまで眠るだけやしな」

優しく頭を撫でると、ケロちゃんはにかっと笑ってくれた。そのままふよふよと浮き上がる。……特級の巧断、ケルベロス。心の強い者――魔力を持つ者にしか憑かない、炎と地を司る獅子。私は、その彼に相応しい主として振る舞うことができただろうか。

「なんや色々危なっかしゅうて、えらいはらはらしたけど……見所あるで、おまえ。これからも色々あるやろうけど、気ぃ落とさずに頑張りや。ひょろい割にガッツはありそうやし」

「あ、ありがと」

思わず苦笑する。ガッツ、ガッツかぁ……。まあ、たしかに今のところ気合いぐらいしか取り柄ないしなぁ。

「楽しかったで」と最後に一言言い残し、ケロちゃんは獅子の姿に変わるとそのまま宙を駆けるようにして去ってしまった。……別れは随分あっさりしてたけど、まあこんなものだろう。喪失感はあるけれど、こんなのはこれから何度も経験していくことなのだと――そう割り切ることが大切だ。

それから空汰さんたちの待つ家に帰り、サクラ姫と合流する。私たちを待っている間にサクラ姫は既に準備を済ませていたらしく、服の上から通気の良さそうな薄い外套を着込んでいた。小狼君に訊ねてみたら、どうやらあれが玖楼国の民族衣装らしい。玖楼国は砂漠の中にある暑い国だから、日光や乾燥を防ぐためにあんなデザインになっているんだとか。……うーん、本当に違う国のひとなんだなぁ。

それぞれ荷物の整理や着替えを済ませ、部屋をあとにする。外に出ようとすると「未侑さん」と後ろから声をかけられた。

「嵐さん」

彼女も毎日私たちのために料理を作ってくれたなあとしみじみ思い返す。そういえば、この国での服は、私の分は嵐さんが調達してきてくれたのだった。

「お洋服、ありがとうございました」

ぺこりと頭を下げて服を返そうとするが、首を横に振られてそっと制された。

「それは、あなたのために買ったものですから。必要なら旅の行く先で換金して、お金にでも換えてあげてください」

「え、でも……」

「誰かのために服を選ぶなんて、本当に久しぶりだったんです。良ければそのまま貰ってくださると、私が嬉しいです」

「あ、ありがとうございます……!」

もう一度頭を下げて、その場でバッグの中に詰めようとする。

「……あれ?」

「? どうかしましたか?」

「あ、いえ……」

……なんだか、荷物がちょっと減ってる気がしたんだけど――気のせいかな。確認した限りでは忘れ物もなかったし、あまり皆を待たせるのも良くないだろう。「気のせいだったみたいです」と笑って返して、そのままアパートをあとにした。

「遅ぇぞ小娘」

「未侑さん、大丈夫でしたか?」

「これで全員揃ったねー」

「わー、すみません皆さん!」

外に出ると、やはり私以外の面々は既に支度を済ませていたらしい。サクラ姫がまだ本調子でなさそうなのがやや気になるが……。

「大丈夫ー?」

「まだちょっと眠いだけだから……」

「何かあったら、すぐに誰かに言ってくださいね」

「はい……」

ファイさんと私の言葉にこくりと頷くサクラ姫はたしかに眠そうで、目覚めてからそれなりに経つにも関わらず明らかに船を漕いでいる。羽根が充分に戻りきっていないのが影響しているのか、いちばん最初に店≠ナ見たときほどではなかったが、顔色もあまり良くなかった。これは次に辿り着いた先でもきちんと休ませておいた方がいいかもしれない。

と、タイミングを見計らったかのようにふわりと浮かび上がったモコナの背に翼が生え、その足許に魔法陣が出現する。あのときは混乱していたが、よく思い出してみれば侑子さんの店≠ナ見たときと同じ光景だ。

「本当にありがとうございました」

「なんの! 気にするこたぁない」

「次の世界でもサクラさんの羽根が見つかりますように」

見送る空汰さんと嵐さんの姿が、光に包まれて見えなくなる。小狼君たちが店≠ノ次元移動してきたときと同じように私たちも魔力の膜に包まれ、大きく開いたモコナの口に吸い込まれていった。

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