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そんな卑しい目で見ないでおくれよ

淡い光に包まれながら、5人と1匹でワームホールを連想させる不思議な空間を漂う。侑子さんの店≠ゥら阪神共和国に移動した際は気絶していたので分からなかったが、これが次元移動というやつなのだろうか。

ふと、無重力空間を彷徨っていたかのようなこれまでの虚脱感が一気に抜け、ぐらりと身体が傾く。わ、と小さく悲鳴をあげた瞬間には、

「わ、わぁ――!?」

ガラガラとかガシャンといった何か固いものをぶち壊すような音と共に、地面に落下していた。

「あ、あいたたた……」

頭がズキズキと痛む。どうやら着地の際にぶつけたらしい。

到着……というより落下したのは何やら大量の木材の上だったらしく、幹の独特の匂いが鼻を突く。モコナを除いたこのメンバーの中ではサクラ姫と小狼君よりやや背が高いものの小柄な方の私は着地の衝撃で破壊された木材の海に溺れてしまったようで、しばらくわあわあと悲鳴をあげながらもがいていると、たまたま近くにいたらしいファイさんが「よいしょー」と片手で引っ張りあげてくれた。さすがに黒鋼さんには劣るだろうが、華奢な見た目に反して意外と腕力はあるようだ。

「災難だったねぇ。大丈夫ー?」

「あ、ありがとうございます。助かりました……」

「どういたしましてー」と笑うファイさんに軽くお辞儀を返し、改めて状況を把握しようと辺りを見回してみる。

辿り着いた場所は、どうやら市場のようだった。日本史か何かの教科書で見たことがある。パッと見てすぐに思い浮かぶのは、えっと、たしか……李氏朝鮮……といっただろうか。大通りには質素な中華風の民俗衣装を着た人々が練り歩いており、それぞれに露店のようなものを開いて物資の売買を行っているようだ。だが、市と聞いてすぐに連想されるような活気や賑やかさはどこにもなく、売り手の人たちを含めて行き交う人々の顔色はどことなく皆青ざめて悄然としているように見える。……といっても、そのど真ん中に落ちてきた私たちが今まさに奇異の視線を集めているわけだが。

「あー? 次はどこだ?」

「わー、なんだか見られてるみたいー」

「く、黒鋼さんっ。なんか思いっきり敷き潰してますよ!」

胡座をかきながらも、獣のように油断なく周囲を見渡している黒鋼さんの表情は険しい。が、その彼の下には潰された大量の商品と思しき物たちが。ただでさえ大柄で筋肉質な彼の体型にあの鎧のような装束が重みに加わったせいか、よく見るといくつか破損していて明らかに売り物としては使い物にならなさそうなものまで見受けられる。

「モコナ、注目の的!」

と、私たちから少し遅れる形で粉々になった売り物たちの上にしゅたっとモコナが着地する。どうやら彼女も無事次元移動に成功したようだ。その表情はどこかやり遂げたような達成感溢れるものだったが、黒鋼さんは「また妙な所に落としやがって!」と額に青筋を浮かべている。……ひょっとして、

「阪神共和国のときも、こんな感じだったんだよー」

黒鋼さんの機嫌を損ねないようこそっと耳打ちしながら教えてくれたのは、隣で物珍しげな表情を浮かべながらきょろきょろと辺りを観察していたファイさんだった。ああ、やっぱりそうだったのか……。

と、誰かが呼んだのか取り囲む野次馬に紛れて明らかに一般人とは違う服装を纏った数人の男のひとたちがこちらににじり寄ってくる。それぞれに鍬や棒といった武器になりそうなものを構えており、場合によってはこちらに攻撃を加えてくる気があるのは明らかだ。……ひょっとして警察とかお役人さんとか、そういう感じのアレだろうか。

鈍い私には分からないが、殺気というか、敵意のようなものを感じ取ったのか、傍で座り込んでいた黒鋼さんの表情がまとめてかかって来いとでも言わんばかりにニヤリと歪む。慌てて制するように視線を彼に向けるが、既に臨戦態勢になっておりファイさんでもなければ止められそうにない。そのファイさんもにこにこと笑顔を浮かべながらモコナを肩に乗せて傍観に徹したまま動こうとはしていなかった。

「ちょ、何やってんですか! 駄目ですよ黒鋼さ……うわっ!?」

慌てて彼の袖を引っ張って止めようとするが、その前に遥かに強い力で強引に身体を持って行かれる。な、なんだなんだ!?

「なんだこいつら、どこから出て来やがった!」

私の腕を無理矢理掴んで立たせたのは、役人と思しき集団の中からこちらに出てきた一際屈強で豪奢な衣装を着た男性だった。大柄な体格というのは黒鋼さんと同じだが彼と違ってこちらは筋肉よりも脂肪で固められている様子で、あまり鍛えているようには見えない。それなのに私の腕を掴む力には明らかに害意があり、骨を折っても構わないと言わんばかりの明確な敵意があった。更に横を見ると、眠気で動きが鈍っていたのか役人たちの包囲網から逃げ切れなかったサクラ姫までもう片方の腕で絞めあげている。

「は、離してくださ……っ!」

「訊いているのはこちらの方だ!」

身を捩って抵抗しようとするが、私が下手に口答えしたのが逆に相手の神経を逆撫でしてしまったのか、私たちを絞めあげる力は強くなるばかりで留まるところを知らない。みしみしと腕が嫌な悲鳴をあげる。サクラ姫は驚いたような表情を浮かべているがその瞳はまだ虚ろで、どことなく遠くを見ているようなぼーっとした顔のままだ。下手をすれば大怪我を負いかねないほど危機的なこの現状を上手く認識できていない。……ああ、やっぱりまだ羽根が足りない――感情や記憶が戻りきっていないのか。

掴まれた左腕がたちまち腫れあがり、いよいよ折れるかと半泣きになりながらも覚悟したとき、私たちを絞めあげていた腕がふっと離れた。数瞬あと、商品たちに埋もれるように男性が吹き飛んでぶつかる。小狼君が戦犯の男を蹴り飛ばしたのだ。

「おまえ、誰を足蹴にしたと思ってるんだ!」

醜く顔を腫れ上がらせた男がだみ声で喚くが、小狼君は姫に手をあげたことで男をはじめ彼が率いる役人たちを敵と認識したらしく、一気に物々しい雰囲気が周囲に広がる。今にもどちらかが飛びかかっていきそうなほどの緊迫した空気が流れるが、それを断ち切ったのは耳に心地好いソプラノボイスだった。

「やめろ!! 誰彼構わずちょっかい出すな、馬鹿息子!」

思わず声のした方を振り仰ぐと、ちょうどすぐ傍に建っている民家の屋根の上に女の子が仁王立ちしていた。歳頃はちょうど現代なら小学校低学年ぐらいだろうか、長い黒髪をポニーテールにした、いかにも快活で正義感の強そうな雰囲気の少女だ。

春香チュニャン!」

チュニャン、と呼ばれた少女は不敵な笑みを男に浮かべている。互いに知り合いではあるようだが、お世辞にも友好的な関係とは言えなさそうだ。

「誰が馬鹿息子だ!!」

「おまえ以外に馬鹿がいるか?」

あからさまに貶されたことに屈辱を感じたのか、男はぶるぶると震えながら言い返す。

「この――! 失礼な!! 高麗コリョ国の蓮姫リョンフィを治める領主リャオバン様のご子息だぞ!」

コリョコクの、リョンフィ……リャオバン?

「領主といっても、1年前までは流れの秘術師シンバンだっただろう」

また分からない単語が出てきた。首を傾げている間にも、春香と呼ばれた少女と領主の息子の口論は続く。

親父アボジを馬鹿にするか――! 領主に逆らったらどうなるか分かってるんだろうな! 春香!!」

次に言葉を詰まらせたのは彼女の方だった。何か思い当たる節があるのか唇を噛み締め、悔しげな表情で黙り込む。それで溜飲が下がったのか、領主なる人物の息子は「この報いを受けるぞ!」と何ともテンプレな捨て台詞を残して取り巻きや配下の役人たちと共に去っていってしまった。あとにはなんとも気まずい雰囲気の民衆と、明らかに周囲から浮いている私たち5人プラス1匹が残される。

「ふたりとも、怪我は?」

「わたしは大丈夫です、ありがとう小狼君。でも、未侑さんが……」

サクラ姫が私に気遣わしげな視線を向ける。それに「大丈夫ですよー」と苦笑しながら返すが、肝心の左手は正直自分でもちょっと見てられないぐらいに腫れ上がっていた。利き腕でなかったことが不幸中の幸いだったか。あと数秒小狼君の助けが入るのが遅かったら、見事にポキッといっていただろう。痛みを伴うものの動くことは動くので、どうやら折れてはいないようだが……。

「未侑、凄く痛そう! 大丈夫!?」

「大丈夫だよ。心配かけてごめんね、モコナ」

「どこかで治療しないと、ちょっとマズいねぇ。下手するとヒビ入ってるかもー……。しばらくは無理に動かしちゃだめだよ」

応急処置を心得ているのか、私が痛がらないように気遣いながらも腕を診てくれるファイさんは「女の子に手をあげるなんて許せないねぇ」と、いつも笑顔を崩さない彼にしては珍しく不愉快そうに眉を寄せている。

しかし、流れの旅人でしかない私たちを診てくれるような医療施設がこのあたりにあるのか。そもそも私たちはこの世界の金銭も持っていないのだ。

「すみません、おれがもっと早く気付いて助けに入ってれば……」

「いいよいいよ、気にしないで。変に口答えした私が悪かったし、突然だったもんね」

今にも膝をつきそうな勢いで謝罪する小狼君に苦笑しつつ、別に気にしなくていいよと手を振る。あ、痛っ、いたたた、ちょっと身体動かしただけで痛い……。

「だから無理に動かしちゃだめだって言ったのにー」

しばらくは絶対安静ね、とファイさんが私の頭を軽く撫でてくれる。その細やかな気遣いが嬉しくて、思わず頬が緩んだ。

「……はい」

……ああ、ファイさんほんとにいいひとなんだなぁ。

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