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人皮かぶり

――わぁい、やっちまったぜ……。

アイエエエエ、と内心で呟きつつ私は不安定な揺れに身を任せていた。

あのあとどうやら某かの武器の柄で全身しこたま殴り倒された――お腹を殴られたときは胃がひっくり返るかと思ったし、腕を踏まれたときなんかは明らかにおかしな方向に曲がっていたし、あいつら終いには顔まで殴ってきやがった――私は、そのまま簀巻きにされ、猿轡を噛まされた上に布で目隠しをされた状態で領主の取り巻きや役人たちに運ばれていた。いわゆる俵抱きで運ばれているせいか、塞がれた状態の視界でも身体がガクガクと不規則に揺れていることが分かる。私ゃ荷物か。……実際、そうなんだろうなぁ。あぁ、嫌だなあ。気が滅入るなあ。

普段ならあんなことは絶対しないのに、思い返してみると我ながら結構な蛮勇だった気がする。ちなみに散々私にリンチじみた暴力を加えて気が済んだのか、不幸中の幸いというか、春香ちゃんとサクラ姫は一緒ではないようだ。ここまで連れて来られたのは私だけらしい。まぁ、サクラちゃんも春香ちゃんも美少女だし。可愛い女の子に手を上げるのは気が引けたんだろう。そういうことにしておこう。……その理屈でいくと私の容姿がアレなことになるのだけど、こうして益体もないことでも考えていないと思考が変な方向に行ってしまいそうだ。

じたばた抵抗しても意味がないしそもそも手足が縛られているのでそんなことできないし、第一そのせいでまた殴られたり、最悪殺されたりしたら笑い話にもならないのでそのままじっと身じろぎせずにされるがままにしていると、ふと不安定な揺れが止まる。どうやら私を抱えていた一団が足を止めたらしい。

「……おい、こいつおかしくないか?」

「は?」

こいつ、と言われたのが誰なのか一瞬分からなかった。なんだよ行くならさっさと行けよ、こっちは開き直ったよコンチクショー。

「この女だよ。あれだけ殴ったのに、なんでもう傷が消えてるんだ……?」

――は?

最後は震え声に近かった。

思わず布越しに目を見開いて昨日のことを思い出し、次いで先程のリンチを思い出す。腕は明らかに骨折していたし、肋にもヒビが入っていた……かもしれない。向こうさんに女を殴って喜ぶ奇特な趣味があったのかは知らないが鼻っ柱に拳を叩き込まれた回数なんて覚えていないし、毬みたいに蹴り飛ばされたのだってかなりある。春香ちゃんや、まだ自我の薄いサクラ姫が悲鳴をあげていたぐらいだから、傍目から見ても相当な重傷だった筈だ。現に、殴られたときは痛みや痺れはあった。

――今は、もう痛みも痺れもないけれど。

ようやく状況を認識するに至ったのか、私を運んでいた一団が小さく悲鳴をあげながら荷物を放り投げるように私を床――どうやら屋内らしい。ひょっとしたらここが領主の城とやらなのかもしれない――に投げ落とす。逃げられる可能性をまったく考慮していないのか、確かめるように私を縛っていた縄をほどき顔を覆っていた目隠しを取り上げ、乱暴に服を捲り上げられる。端から見れば男たちが寄って集って不貞を働こうとしている図にしか見えないが、鬼気迫る表情がそのような連想を吹き飛ばしていた。

「本当だ、傷がない……」

「あれだけ殴ったんだぞ……」

ザラザラした気持ち悪い掌が身体の輪郭を這い回る感覚に眉を寄せるが、正直それよりも驚愕の方が強かった。……いや、確信か。ああやっぱり、みたいな。

昨夜目撃した私の肉体の高速治癒は、今回も律儀に仕事をしてくれたらしい。

「おい、おかしいだろ……」

そりゃこっちの台詞だ。

「領主様たちが手懐けているあの秘妖と同じものではないのか」

「魔物か……!?」

――やばいぞ、不穏な展開になってきた。

猿轡を噛まされているのはそのままなので、悲鳴をあげることもできない。乱れた服もそのままに慌てて逃げ出そうとするが、小さな集団間で伝染した恐怖は一気に爆発したらしい。元々士気が高いとも思えなかった連中だ。あるいは、ひょっとしたらこうした捌け口を無意識に求めていたのか。平時ならまずありえない短絡的な思考回路で私を化け物と決めつけた役人や取り巻きたちは、先程と同じように、いや、先程よりもかなり苛烈かつ容赦のない打撃を次々と加えてきた。

「殺せ!」

「化け物だ、秘妖と同じだ!」

……いや、容赦のないなんてレベルではない。繰り出される一撃にはひとつひとつに明らかな殺意がある。灯りに照らされた明るい屋内なのに、皆一様に目が獣のように爛々と輝いていたのが不気味だった。

「ぐ、ぎ……!」

口が塞がれているせいで悲鳴は呻き声にまで質を落とされ、助けを求めるものには変わらない。おおよそ女子があげるべきではない濁った声が猿轡から漏れる。こういうとき「きゃー」とか「いやー」なんて声は出ないんだなぁ、と頭の片隅でもうひとりの自分が妙に冷静な分析をしていた。なんでそこまで冷静かっていえば、そりゃあ――

「だめだ! やっぱりこいつ、殴った端から治っていってるぞ!」

傷付けば傷付くほど治癒は加速していくらしい。最初はまだ生物的な治癒の過程を踏んでいたのが、今ではまるで時間を巻き戻すみたいに出血して瘡蓋ができたり痣ができたりする順序をすっ飛ばしている。……正直、見てるこっちの方が気持ち悪かった。どこを殴られても蹴られてもあとに残るのは僅かな痺れと小さな痛みだけで、あとからあとから傷が完治していく。下手をすれば死に至りかねないレベルの暴力を加えられている痛みより、精神的なショックで戻してしまいそうだった。……今戻したら確実に息が詰まって窒息するだろうけど、たぶんそれでも死なないんだろうなあ。

「こいつ……!」

悲鳴じみた声と共に金属を抜き払うような甲高い音が耳をつく。……待って、まさか。

音のした方に視線をやったときは遅かった。抜き払われた金属の塊――無骨な剣がこちらに迫ってきている。

ひ、と小さな悲鳴が口から漏れる。さすがにそれはダメだ。怖い。いや、治るかもしれない、というか治るという確信があるけど――それはダメだ。刺されるのはいい。でも、それで刃が通らなかったら私は本格的におかしい≠アとになる。それはダメだ。

私は、普通の人間なのに。

「――伏せろ小娘!」

目をぎゅっと閉じた瞬間、聞き慣れた声と金属が弾き合うような音が響く。咄嗟に伏せると、私の身体を貫こうとしていた脅威は柱を半ばで折ったかのような剣とも言いがたい武器に弾き飛ばされていた。

「……黒鋼、さん……」

呆然と呟く。

「わー、黒様ちょっと速いー……。っと、未侑ちゃん、大丈夫……じゃ、なさそうだね」

「ファイさん……」

顔色を紙のように白くした私とはだけた服の様子で何があったのか察しをつけたのか――まあその予想は外れているのだが――、こちらに歩み寄ってきたファイさんが屈んで私の目に溜まっていたらしい涙を細い指先で拭ってくれる。

「もう大丈夫だよ」

「ありがとう、ございます……」

ふたりともボロボロだが、機敏に動いているところを見ると命に別状があるわけではないらしい。特に黒鋼さんは見るからに体力が有り余っているという感じで、残党たちを文字通りちぎっては投げちぎっては投げという勢いでぶっ飛ばしている。

「わぁ、黒様怒ってるー」

「……あれ、怒ってるんですか?」

「素直じゃないからねぇ、彼」

「そこ、勝手に決めつけてんじゃねぇ! 俺ぁ胸糞悪ぃだけだ!」

がんばれー、といつもの笑顔で外野から野次じみた応援を飛ばすファイさんに八面六臂の活躍をしている黒鋼さんが「つーかてめぇもまだやれるんだから働けよ!」と怒鳴り声を浴びせてくる。……なんというか、完全にいつものふたりだ。

「……寝てていいよ。怖かったよね」

「……はい。すみません」

そっと頭を撫でられると同時に、張り詰めていた意識が断線するように途切れる。……それでも、胸に溜まった澱のような懸念と不安はそのまま消えることはなかった。

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