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この腐れ外道め

――結界とはいかなるものか。防御魔法の上位亜種としてその話題に触れたとき、ファイさんはこう言っていた。

「んー……、上手く言えないんだけどこう、魔力を編んだ網を張って、その中とか境界に魔法で手を加えるって感じかなぁ?」

結界≠ニいうと中にいる人間を守るバリアのようなものを連想しがちだが、つまりは人ではなく地形そのものにかける魔法を総じて結界魔法という。人目につかないように指定した区域を魔法的、あるいは物理的に遮断してしまうものや、相手の魔法行使を制限するものなど効果は様々で、ファイさんの価値観で言うなら領主の城一帯に張り巡らされているあの秘術も結界魔法に分類されるらしい。ほかには私たちがいちばん最初に立ち寄った店≠ノも結界が張られていたらしく、そちらの効果は「叶えてもらいたい願いを持つ人間にしか店≠認識できない」というものなんだとか。あの店≠ノいたほんの数分の間に、ファイさんはあそこにどんな魔法がかけられていたのかまで看破していたようだ。

これから私が使おうとしているものは、結界という単語のイメージ通りひたすら中にいる人間を守る≠アとに特化している単純でオーソドックスなものだ。単純ゆえに強力。ただしその分破られたときの反動は分散されず、すべて術者に返ってくる。簡単に言うと、これが破られたら私は暫く動けない。

「……大丈夫なの?」

「気合いと根性でなんとかします」

心配そうに首を傾げてこちらを見てくるサクラ姫に半ば空元気で答える。

正直今の私の魔力量ではギリギリなので気合いとか根性でどうにかなる問題ではないのだが、ファイさんも魔法の行使に必要なのは強い精神力と言っていたし、たぶんなんとかなるだろう。そういう意味では、阪神共和国で巧断を使役していたのと似ているかもしれない。

「未侑、おまえ秘術師だったのか」

「う、うーん……?」

見慣れない文字を床に描きながら準備を進める私に秘術師の卵として興味を覚えたらしく、こちらに話しかけてくる春香ちゃんに苦笑しつつ首を傾げる。それはどっちかっていうとファイさんだと思うし、何より私の技量はまだ秘術師とか魔術師とか名乗れるほどの者ではない。あくまで私の魔法は自衛のためであって、徒に使うなとファイさんからも厳命されているのだし。

そうこうしている間に術式が完成する。最後に魔法陣の中に入って中心にしゃがみこみ、円を閉じると、曲線と幾何学的な文字――セレスのものだ――で構成された魔法陣が淡い光と共に発光し、薄い膜のようなものに変化して春香ちゃんの屋敷をすっぽりと包み込んでしまった。……どうやら、術式自体は成功したらしい。何気に魔法が実技できちんと成功したのははじめてなので実は凄く嬉しいのだが、まだ気は抜けない。小狼君たちがここに帰ってくるまで、この魔法の効力を持続させねばならないのだ。

――おいでなすった。

ドタドタと荒々しい足音と共に、剣か何かでも携えているのか耳障りな金属音を立てて屋敷に突入しようとしてくる音が聞こえてくる。どうやら読みは当たったらしい。というか本当に3人が留守の間に攻めるつもりだったのか、とことん擁護しようのない奴らだな……!

「何……?」

「領主の取り巻きと、配下の役人たちだ! 小狼たちがいないからって、ここに攻めてきたのか!」

怯えるような視線を入口に向けるサクラ姫だが、その腕はしっかりと春香ちゃんを捕まえている。一方の春香ちゃんはといえば今にも外へ飛び出していきそうなぐらいに眦を決しており、正直かなり危なっかしかった。

そのまま5分、10分と時間が流れる。実際はもっと短かったのかもしれないが、魔法を展開して魔力を消耗している私としてはかなり長く感じた。……なんというか、身体が重い。はじめての魔法行使ということもあってか、額に脂汗が滲んでいる。「中に入れない」だの「秘術を使われているぞ」だのといった騒ぎ声が中にいても聞こえてきたが、妙に遠くから聞こえるように感じた。

このまま籠城戦に持ち込めるかと淡い希望が湧いてきたとき、途端に身体に激痛が走った。悲鳴を噛み殺して身体を折り曲げるが、魔法陣の外から出るような愚は犯さない。そんなことをすれば一瞬で魔法が解除されてしまう。

……だが、素人目にも魔力の波動が弱まったのが分かる。これは――。

「領主様からお貸しいただいた秘術道具だ! かけられた術を解除するものだぞ、観念して出てこい!」

――おいおいおい、ちょっと……!

冷や汗が流れる。それは、だめだ。不味い。こっちにはこのまま閉じこもって小狼君たちの帰りを待つしか手段がないのだ。それが突破されては、物理的な戦闘手段のないこの状況では私は元よりサクラ姫と春香ちゃんまで危険に晒されてしまう。慌てて術に魔力を注ぎ込もうとするが、それよりも外から解除されていくスピードの方が遥かに速い。

「こ、この……!」

ふざけるな、と唇を噛みしめる。これがファイさんなら更に別の魔法を展開して相手を攻撃するような離れ業のひとつやふたつできたのかもしれないが、今の私はこの魔法を維持するのが精一杯だ。更に言うなら、私は攻撃魔法は習っていないので使えない。

どうにか踏ん張ろうとするが、最後は呆気なく訪れた。膜に亀裂が入ったかと思うと、泡が弾けるような軽い音と共にあっさり消滅してしまったのだ。魔法が解除されてしまったと認識する間もなく、屋敷の中に役人たちが一斉になだれ込んでくる。

なだれ込んできた人混みの勢いと魔法の反動が重なって思いっきり壁に激突する。身体がくの字に折れ曲がる≠ニは時々聞く表現だが、まさにこのことか。頭と背中を強かにぶつけたせいか、頭の中で鐘でも鳴っているみたいにくらくらした。

「見つけたぞ、こいつが秘術師だ!」

「見せしめに殺すか?」

「いや、あそこの茶髪の女に比べれば見劣りするがそこそこの見目をしているぞ。領主様たちの褥の相手にちょうど良いかもしれん」

なんだか非常に物騒な相談をされている気がするが、相変わらず平衡感覚というか三半規管というか、そんな感じのものが麻痺しているようで上手く聞き取れないし立ち上がれない。そもそも視界が霞んでしまって、今何がどうなっているのかも分からなかった。

頭か背中かをよほど強くぶつけたのか、それとも魔力の過剰消費か。たぶん後者だ。身体をぶつけたぐらいでこんな――実に汚い話だが――胃の中のものを全部戻してしまいそうな気分にはならない。最初の魔力行使で無理を押して高等魔法を使ったのが祟ったらしい。あと見劣りしてて悪かったなこんちくしょう、そりゃ美少女のサクラ姫とか将来有望そうな春香ちゃんに比べたら私ゃ十人並みだわ……あぁだめだ、なんだか現実逃避が。

「やめろ、未侑に手を出すな!」

春香ちゃんが悲鳴じみた制止の声をあげるが、こぞって私を取り囲む男たちはまったく意に介していない。サクラ姫は口許を押さえて絶句していた。その間に「とりあえず殴って気絶させよう」という結論に落ち着いたのか、ぐるりと私の周りを取り囲む人々が揃って武器を振り上げた。

――あ、やばい。これだめなやつ。

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