image

蝶が死んだよ、

無人の国から恒例の次元移動で次の国にやってきた私たちは、まずは腹拵えをすべく適当な飲食店――規模は小さいが、あちこちで賭博に興じる人々が見受けられることからおそらくはカジノバーのような所と思われる――に入り、やや遅めの食事を摂っていた。

全員高麗国を出てからまともな食事にありつけなかったこともあり、自然とスプーンやフォークの進みも早い。特に黒鋼さんはよっぽどお腹が減っていたらしく、スプーンやフォークといった洋物の食器類の使い方が分からないにも関わらず独自の使用方法を編み出してまで軽く2人前はありそうなステーキを綺麗に平らげている最中だった。

「よ、よく食べますね……」

「あぁ? まあ、領主のときといい前の国といいそこのヘラい魔術師にいいようにこき使われちまってたからな。腹減ってんだよ」

「こき使うなんて、そんなぁー」

「黒るーひどいよー」とファイさんがわざとらしく泣き真似をして見せるが、今回はいつもの名前の訂正もそこそこに本当に食べることに集中している。

ちなみにモコナはまだこの国が阪神共和国のように堂々と動いても不審がられない環境なのか分からないので、私の膝の上でぬいぐるみの振りをしていた。口を開くどころか身動ぎひとつさえもしない徹底ぶりを見るあたり、前に言っていた「超演技力」とやらも強ち間違いではないのかもしれない。

小狼君はさっきのファイさんの気遣いが効いたのか、だいぶリラックスした雰囲気で黒鋼さんやファイさんと積極的に会話している。以前と比べてだいぶほかのメンバーと打ち解けてきたように感じられた。

サクラ姫も前回の湖の国で熟睡したのが良かったのか顔色はかなり健康的で、だいぶ表情に明るさが戻ってきたような気がする。少なくとも、阪神共和国で目覚めた直後の人形のような生気のない顔立ちとは比べ物にならないほど感情の起伏を取り戻してしていた。このまま順調に行けば、記憶は揃わなくとも年頃の女の子らしい人間らしさを取り戻すにはそう時間は要らないだろう。

「しかし、なんか注目されてるねー」

「まぁ、目立ちますもんねぇ……」

ぼそっと呟くようなファイさんの言葉に思わず苦笑する。5人が5人ともそれぞれが一目見て明らかに異国の人間だと分かる服装に、年代までバラバラなのだ。家族というには少々無理があるし、精々いいところが旅の大道芸人ですというところだろう。

「やっぱり、この格好がいけないんでしょうか」

「んー……全然違うもんねぇ、ここの国のひとたちと」

困り果てたように眉を下げる小狼君に、ファイさんも若干苦笑いしながら答える。

ファイさんとサクラ姫はまだどことなく王族めいた上品な雰囲気が似ているから――実際、サクラ姫はれっきとした王族だ――、まだ兄妹か親戚だと言い訳できなくもないが。中でも特に目立つのが、

「特に黒たんがー」

「ですよねぇ……」

「あー?」

何か文句でもあるのかと言わんばかりにこちらへとガンを飛ばしてくる黒鋼さんに、ファイさんとふたり揃って溜め息をつく。いかんせん、どこの国に行っても黒鋼さんのあの物騒な鎧姿は目立ちすぎる。現に私たちに向けられる好奇の視線の半分近くが黒鋼さんに向けられていた。見世物じゃねぇんだぞとあちこちに殺気を飛ばす彼の不機嫌さも心情的に分からなくもないが、果たして何か解決策はないものか……。

「……あの、大丈夫なんでしょうか。この食事」

ファイさんとふたりでいかに黒鋼さんが困ったひとなのか話していると、小狼君が深刻そうな顔で口を開いた。

「んん?」

「普通に美味しいよ。ですよね、サクラ姫」

「はい、すごく」

満足げな表情でパンを齧るサクラ姫に話を振る。食事に特に不審な点は見当たらない。そもそも、何かあればいの一番に黒鋼さんが反応しているだろう。この手のことにいちばん聡いのは彼だ。

「いえ、そうじゃなくて――この国のお金、ないんですけど」

ぴしゃーん、と私とサクラ姫に衝撃が走った。そういえばそうだ。私たちはまだ名前も知らないこの国に着いたばかりで、ここで流通しているであろう貨幣は一切持ち合わせがない。ここまで派手に食い散らかしておいて食い逃げなんてやらかした日には、着いて早々お尋ね者になってしまうのは火を見るよりも明らかだ。どうしよう……と姫と小狼君の3人で顔を見合わせる。

が、ファイさんは我に秘策ありといった雰囲気で、いつもの飄々とした雰囲気を崩さない。

「大丈夫だよー。――ねっ、サクラちゃん」

「え!?」

ごっくんとパンの欠片を飲み込んだサクラ姫がきょとんとした顔で首を傾げた。



……それからは、なんというか目まぐるしいの一言がよく似合う展開だった。

この飲食店が賭博場も兼ねているのをいいことに、ファイさんは食事が一段落するや否やその場にいる客たちにカードゲームによる賭けを持ちかけたのである。こちらの代表として出たのはサクラ姫で、これがまた連戦連勝。ポーカーをさせればロイヤルストレートフラッシュを連発し――65万回に1回しか出ない役だっていうのに、これだけでも目を剥くような強運の持ち主である――、ブラックジャックをさせれば毎回神懸かりじみた得点を叩き出し、それじゃあ最後の手段だとバカラをやらせれば毎回勝ってしまう。我も我もと観客たちもムキになってサクラ姫の相手を買って出るが、その度に次々と財布を紙のように薄くして立ち去る人間だけが増えていく。

「すご……」

「高麗国のときもそうだったんです。姫、昔からすごい強運の持ち主で……」

あまりの無双ぶりに呆然としている私の横で、小狼君が呟くように補足する。どうやら彼女の強運は昔からのものらしい。しかし負けた側の嘆きはかなり切実なもので――正直、気持ちは分からなくもないが――、性質たちの悪いことにイカサマでもしたのではないかと難癖をつけはじめる者まで現れはじめていた。

「イカサマしてるヒマなんかなかったでしょー」

はいはいごめんねー、と私とファイさんで稼いだお金を袋につめていく。つい数十分前まではテーブルに数枚程度しかなかった金貨は、今となっては大きな袋にいくらつめても入りきらないぐらいの量になっていた。この分なら食事の代金を払うどころかこの国の服を購入して、何日かちょっとリッチな宿泊施設に泊まってもまだお釣りがくるだろう。いやはや、人間どこでどんな特技が役に立つか分からないものである。

「文句があるなら、あの黒いひとが聞くけどー?」

「黒鋼さん、出番みたいですよ」

「あぁ?」

相変わらず食事に一心不乱な黒鋼さんを呼びつけるが、食事を邪魔されたのが気に障ったのか彼はかなり不機嫌そうだ。しかしその悪人面だけでも充分な虫除けにはなるのである。案の定、黒鋼さんのいかにも堅気の人間ではなさそうな雰囲気に気圧されたらしくブーイングの声はすぐに収まってしまった。

「はい、サクラちゃんお疲れさまー。これで軍事資金ばっちりだよー」

「すごかったですよ、サクラ姫」

稼げるだけ稼いだあと、改めて席に着くと今度はウェイターから飲み物とデザートが運ばれてきた。姫の健闘を讃えたサービスとのことらしい。本当にタダで食べれるならこれ以上お得なことはないので、ありがたく頂くことにする。

「ルールとか分かってなかったんですけど、あれで良かったんでしょうか……」

「ぶふぉ」

呟くような姫の言葉に、うっかりジュースを吹き出しそうになってしまった。……恐るべし、サクラ姫……。

「変わった衣装だな。旅の人だろう?」

「はい。探しものがあって、旅を続けています」

私たちのいでたちに興味をそそられたのか、ジュースとデザートを運んできたふくよかな体格のウェイターが話しかけてくる。……が、私はなんとなくその姿に違和感を覚えた。

「ん、んー……?」

「ん、未侑ちゃんどうかしたー?」

「……あ、いえ。たぶん気のせいです……」

首を傾げる私に、ファイさんが小狼君とウェイターの会話を邪魔しないように小声で話しかけてくる。が、私も自分でもよく分からないので、同じく小声で否定するに留めた。……なんだったんだろ、今の。

「……だったら、悪いことは言わん。北へ行くのはやめたほうがいい」

小狼君と談笑していたウェイターは、旅をしているが行き先はまだ決まっていないという話を聞いてその面差しを沈痛に歪ませた。北の方で何かあるのだろうか。

よくよく話を聞けば、北の方の村では最近になって昔から伝わる伝説に準えるかのように子供に標的を絞った失踪事件が頻発しているらしく、かなり物騒なことになっているらしい。

その昔、北の街のはずれにある城にひとりの姫がいた。姫はある日飛んできた鳥から力≠セという1枚の輝く羽根を貰った。しかしその羽根を貰ってすぐに姫の両親である国王と妃が立て続けに亡くなり、そしてその羽根に惹かれるように城下町からは次々と子供達が消え、二度と帰って来なかった――。伝説の概要は要約するとこんな感じだ。

話だけ聞けばありきたりなお伽噺だ。それも、落ちに「怖いお姫様が拐いにくるから日が暮れてから出歩いてはいけないよ」という教訓がつくタイプの。しかし――。

――力≠与える羽根、ね。

そこが気になる。穿ちすぎと言えばそれまでだが、サクラ姫の羽根との共通点がなくもない。あれだって広義の範囲で考えれば立派な「持ち主に力を与える不思議な羽根」だ。


「……力≠くれる輝く羽根――なんだかサクラちゃんの羽根っぽいねぇ」

――で。早速稼いだお金を元手にこの国の服に着替えた私たちは件の北の街に向かっていた。いかに危険だと言われようともそこに羽根の手がかりがある以上、はいそうですかと無視はできない。ちなみに馬での移動は、心得がないサクラ姫と私はそれぞれ小狼君とファイさんの後ろに乗せてもらっていた。

「どうかな、モコナ。それっぽい力は感じる?」

私が羽織っている分厚いコートの中に隠れていたモコナはひょこっと顔を出し、首を傾げた。これだけ人気のない森の中なら、モコナが動いたり喋ったりしても見咎める者はいないだろう。

「モコナ、まだ強い力は感じない」

モコナは難しげな表情で首を捻っている。……うーん、まだ可もなく不可もなくって感じかぁ。

「そういえば未侑ちゃんのコート、可愛いねぇ。それ、蝶?」

「え? あぁ、たぶんそうだと思います」

街に着くまでの間、5人と1匹で談笑している間にファイさんが話しかけてくる。私のこのコート、裾には上品な蝶の刺繍がしてあるのだ。

「蝶、好きなんだねぇ」

「好きなのもあるんですけど、ウチは華押が蝶なんです。だから、なんとなく懐かしくなって」

思わずしんみりとした表情になるが、以前のような身を焦がすような郷愁は覚えない。それだけ私がこのメンバーに馴染んできているということなんだろう。

「カオウ?」

「えっと、簡単に言うならサインみたいなものです。うちは家紋をそのまま流用して使ってるんですけど」

「ひらひらちょうちょー! 侑子のところも華押が蝶なんだって! モコナ、前に聞いたー!」

「へぇ……」

ファイさんと益体のない話をしている間、会話に入ってきたモコナの言葉に思わず目を丸くする。今どき華押なんて使ってる家、そうそうないのだが。

そうやって自分がいた国の季節はどうだったとか、モコナの場合は侑子さんの使ってる華押はこんな感じだったとか他愛ない話をしている間に結構な距離を進んでいたらしい。「あれ!」とモコナが指差した先には村の名前を示す看板があった。随分フォントが変化しているのでかなり読みにくいが、あれは――

「――スピリット=v

かなり高い位置にぶら下がっている看板を見上げながら、小狼君が読み上げる。スピリット――日本語で魂を意味する単語だ。小さな村にしては随分と仰々しい名前のように思えるが……。

読めるんだ、すごいねぇと小狼君の周りが盛り上がる。どうやらお父さんと旅をしていた影響で、ある程度異国の言語には精通しているらしい。サクラ姫のいる玖楼国に本格的に居着くまでは、お父さんとふたりで旅をしていたそうだ。

和やかな雰囲気が流れる中、後ろから追いついてきた黒鋼さんがふと表情を険しくした。どうかしたのかと話しかけると、「見ろ」と無言で上を向くよう促される。

「……うわ……」

「――はしゃいでる場合じゃねぇみたいだぞ」

――村に立ち並ぶ小さな民家。その窓から、招かれざる客たちを警戒する不穏な視線が一斉にこちらに突き刺さってきていた。

ALICE+