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夜に口遊むには寂しすぎた

「なんか、歓迎されてないって感じがビシバシするねぇ」

「されてねぇだろ、実際」

「まぁ、思いっきり空気読まないタイミングでの来客ですからねぇ……」

私のすぐ前で器用に手綱を操るファイさんと、その横に並ぶ黒鋼さんの言葉に渋面をつくる。民家の窓から突き刺さる視線には、先程のカジノバーとは比較にもならないほどの警戒心が宿っていた。噂が正しければ、この村ではただでさえ失踪事件が頻発して村人たちの心がささくれ立っている最中だろう。警戒するなという方が無理な話である。

実際、偶然外にいた女の子に小狼君が話しかけてみたが、会話が成立する前に母親らしき女性に腕を引かれて中に引っ込んでしまった。……うーん、こりゃ相当警戒されてるなぁ。

「これはやっぱり、あの酒場で聞いた話のせいかなぁ。伝説を確かめようにもこれじゃ話も出来ないねぇ」

「せめて、金髪の姫がいたという城の場所だけでも教えてもらえるといいんですが……」

とにかく情報が足りない。が、集めようにもここまで警戒されていては話を聞くだけでもかなりの苦労を要するだろう。加えてこの感じだと、件の姫君の話は完全に地雷だ。八方塞がりの状態に、普段は歳に似合わぬ冷静さが売りの小狼君も困ったように眉を下げている。

5人でああでもないこうでもないと顔を突き合わせて相談していると、ふと街の奥の方から荒々しい足音が聞こえてきた。しかも複数で、明らかにこちらに向かってきている。

「――おまえたち、何者だ!?」

返答する間も与えられず役人か自警団と思しき服装の男性たちに囲まれ、問答無用でマスケット銃を突きつけられる。いちばん荒事に慣れている黒鋼さんが庇うように前に出てくれた上に、サクラ姫は小狼君が、私とモコナはファイさんが庇ってくれたので、銃口を目の前に晒される上に一歩間違えば蜂の巣にされるという憂き目を見ずには済んだが……。

「あの、ファイさん……」

「大丈夫大丈夫」

ファイさんが軽く指差した先には小狼君がいた。その表情はいつもの冷静なそれのままで、彼はさらりと問いに答える。

「本を書いてるんです」

これが漫画かアニメなら、どーんという効果音でもつきそうなまでの真顔だった。いかにもアドリブが苦手そうな黒鋼さんはそんな話は聞いていないと言わんばかりに顔を青ざめさせているが、ファイさんの方はその一言でこれからどう話を合わせればいいのか大体察したらしく、何やら小狼君とアイコンタクトのようなものをとっている。

「本?」

「はい」

「おまえみたいな子供が!?」

話を聞いて前に出てきた男性――見たところ、自警団の代表のように思える――は、かなり不審そうな表情だ。いつでも発砲できるよう、背負ったマスケット銃に手を添えながらこちらに話しかけてくる。

「いえ、あのひとが」

しれっとした表情で小狼君が指差したのはファイさんだった。たしかに、この中で物書きをしていると言われていちばん違和感を覚えないのはファイさんだろう。小狼君やサクラ姫、私では手に職を持つには年齢が幼すぎるし、黒鋼さんはまず外見からして執筆なんて行為が似合わない。咄嗟の嘘にしてはかなり上手くできている方だろう。

「そうなんですー。で、その子がオレの妹でー、そっちのふたりが助手でー、」

サクラ姫はファイさんの妹、小狼君と私はファイさんの助手ということになったらしい。で、

「――で、こっちが使用人」

「誰が使用人……がっ!!」

この場を乗り切るための嘘とはいえあんまりにもあんまりな扱いに黒鋼さんが抗議の声をあげようとするが、それはいつのまにか黒鋼さんのコートの中に移動していたモコナの頭突きと、余計なことを言って事態をややこしくするなという念を込めた私の無言の肘鉄によって封殺された。……なんか私、だんだん遠慮なくなってきたなぁ。

正直すぎる黒鋼さんの一言によりあえなく散りかけた小狼君の咄嗟の方便だったが、ひとまず嘘だと見抜かれずには済んだらしい。それでも周囲を囲む人々の表情からはまだ不信感や警戒心は抜けきっておらず、危機的な状況なのには変わらない。さて、ここからどうやって口八丁で切り抜けるかが問題になるが――。

「――やめなさい!」

一触即発の――主にこういうちまちましたことが苦手な黒鋼さんが――不穏な雰囲気が流れはじめた頃、耳朶を打ったのは青年のものと思しき凛々しい声だった。

「先生……!」

先生と呼ばれた声の主は人混みを掻き分けるようにしてこちらに駆け寄ったあと、私たちを庇うように間に入ってきた。

「旅の人にいきなり銃を向けるなんて!」

「しかし、今の大変な時期に余所者は……!!」

「余所から来た方だからこそ、無礼は許されません!」

すっかり私たちをそっちのけの状態で口論は続く。

先生と呼ばれた青年は、うなじのあたりでひとつに結った長い黒髪とロイド眼鏡が特徴的ないかにも善良そうな顔立ちの男のひとだった。歳は20代半ば――ちょうどファイさんと同じぐらいか、少し上といったところだろうか。難儀そうに抱えている大きな鞄が目を惹く。

数分してようやく一段落したのか、自警団の人々は銃口を下げ、見るからに渋々とといった雰囲気で引き下がっていった。納得したかどうかは別として、とりあえず今回のところはお咎めなしとしてくれるようだ。正直助かった。

「失礼しました、旅の方たち」

先生と呼ばれた青年もひとまず丸く収められたことにほっと安堵の息を吐き、申し訳なさそうな表情でこちらを振り返りながらも笑顔で出迎えてくれる。

「――ようこそ、スピリット≠ヨ」



暖炉の暖かな火が、雪と寒さで冷えきった身体をほぐしていく。

「この町の医師・カイル=ロンダートと申します」

カイルと名乗った青年は、この町で診療所を営む医師のようだった。往診の帰りに騒ぎの種になっている私たちを見つけ、しばらく見物していたものの良心が咎めて堪らず飛び出したらしい。

「ありがとうございます。泊めていただいて」

更に今晩泊まる宿も決まっていないと話せば、診療所の一室を借りての滞在を快諾してくれたのだから何ともお人好しなお医者様である。

「暖かい飲み物まで、ありがとうございます」

私と小狼君のふたりで深々と頭を下げる。正直、いくら防寒着があるとはいえこの寒さには参っていたところだったのだ。

「気にしないでください。ここは元は宿屋だったので、部屋は余っていますから。困っている方を助けるのは、医者として当然の務めですよ」

柔らかな笑みを浮かべるカイル先生は、追加で私の分の飲み物も用意していく。

「紅茶で構いませんか?」

「あっ、ありがとうございます」

慌ててティーカップを受け取る。淹れたばかりの紅茶の暖かさが、掌からじんわりと身体全体に染み渡っていくような気がした。

「どういうことだ、先生! こんなときに素性の知れない奴らを引き入れるなんて正気か!」

と、ようやくリラックスして休めるかというところで荒々しく診療所の扉が開かれた。突然のことに思わずティーカップを取り落としそうになるが、なんとか中身を溢さずキャッチすることに成功する。……危なかった、火傷するところだった。

入ってきたのは二人組の男性だった。ひとりはいかにも伯爵然とした威厳ある雰囲気の壮年の男性で、その傍らには見るからに気弱そうな感じの小柄な老人が隠れるようにして付き添っている。

「落ち着いて、グロサムさん……」

グロサムと呼ばれた壮年の男性はよほど頭に血が上っているらしく、がなるようにして付き添いの老人――どうやらこちらの方が町長らしい――に言い返している。……驚いた。てっきり町長は怒鳴っている方だと思ってたんだけど。

「まだ誰も見つかっておらんというのに……!」

グロサム氏の表情や言葉からは隠しきれない苛立ちが滲んでいる。誰も見つかっていない――というのはわざわざ訊くまでもないだろう。バーで聞いた、連続失踪事件のことだ。実際にここを訪れるまでは半信半疑だったが、どうやら事件は実際に起こっているらしい。

「だからこそです。この方たちは、各地で伝説や伝承を調べてらっしゃるとか。今回の件、何か手がかりになることをご存知かもしれません」

「どこの馬の骨とも分からん奴らが、何を知っているというんだ!」

「この地で暮らす者では分からないことを」

白熱する口論に、私たちは口を挟む暇もない。結局グロサム氏は「何かあってからでは遅いんだぞ!」と怒り半分呆れ半分といった体の捨て台詞を残し、足音も荒々しく町長を伴って帰っていってしまった。

「すみません、紹介もできないで」

カイル先生の言によると先程のグロサム氏はスピリットのほとんどの土地の所有者であり、実質的なこの町の最高権力者であるらしい。……なるほど、たしかにこんな時期に誰とも知れぬ余所者が来たとくれば怒鳴り込みたくなるだろう。

「大変な時にお邪魔してしまったみたいですねぇ」

へらりと笑うファイさんの表情からは言葉通りの申し訳なさは微塵も感じられない。

「隣町で聞きました。――このスピリット≠フ伝説のこととか」

小狼君の質問にカイル先生は目に見えて表情を暗くし、鬱々とした雰囲気で口を開いた。

「私も、あれはよくあるただのお伽噺だと思うんですが……。まさか本当に子供たちがいなくなってしまうとは……」

やはり医者というべきか、カイル先生個人はお伽噺そのものや姫君の実在性については懐疑的らしい。が、実際に件のお伽噺をなぞるようにして失踪事件が頻発している今、この町はたかが伝説と切って捨てることもできない状態にある。標的が子供に限定されているため、特に子持ちの家庭ではいつ自分の子供がいなくなってしまうかとどこの家も戦々恐々としているそうだ。……なるほど。さっき小狼君が女の子に話しかけた際、病的なほど彼女の母親に警戒されていたのはそのせいだったのか。

「手を尽くして捜しているんですが、ひとりも見つからなくて……」

「失踪した人数は、今まででどれぐらいになるんですか?」

「もう20人になります」

私の質問に、カイル先生は扉に凭れかかりながら項垂れるようにして答えた。……子供だけで20人。それはいくら何でも多すぎる。想像以上の人数に、私の隣に座るサクラ姫の表情も暗い。

「俺たちを見て警戒するわけだ」

肩を竦める黒鋼さんの言うとおり、明らかに都市近郊から離れたこの町で、子供に限定したものとはいえ失踪者数20人という数字はあまりにも異常すぎる。町全体が殺気立つのも仕方ないことだろう。

「さっきグロサムさんたちに言ったように、些細なことでもいいんです。子供たちを捜す糸口があれば、教えてください」

縋るようなカイル先生の言葉に、小狼君が「できる限りのことをやってみます」と頷き返す。件の羽根がサクラ姫のそれだとすれば、十中八九この失踪事件に何らかの形で絡んでいるものと見て間違いない。明日からでも調べてみるべきだろう。



「――あれ、サクラ姫。起きてらしたんですか?」

「あ、未侑さん……」

「時間は遅いですけど、おはようございます≠ナすかね」と笑いかける。

あれから少し時間は進み、あのあとサクラ姫が例によって眠ってしまったこともあって、とにかく今日はゆっくり休むべきとの結論に達した私たちはそれぞれ宛がわれた客室で休んでいた。恒例の同室になったサクラ姫はついさっきまでベッドの上で休んでいたのだが、どうやら目を覚ましたようだ。

「ごめんなさい、起こしましたか……?」

「大丈夫。荷物の整理をしていたんで、まだ起きてましたよ」

眠たそうに目をこすりながらも、申し訳なさそうな表情をつくるサクラ姫の頭を優しく撫でる。もし妹がいたら、こんな感じだったのだろうか。

それから眠れないというサクラ姫と一緒に、すぐ横で眠っているモコナと隣室で休んでいる男性陣を起こさないように他愛ない話を繰り広げた。彼女が今思い出せる範囲で分かる玖楼国の話――穏やかな神官様に、口うるさくて意地悪だけど本当はとても優しい兄王がいたこと。今はいないけれど、自分を優しく愛してくれた父がいたこと。それから、

「――思い出す記憶の中に、時々虫食いみたいに欠けてる記憶があるんです」

……不安げに呟かれた一言に、上手く表情を取り繕えたかどうかは分からなかった。

「まだわたしが小さい頃……兄様と神官の雪兎さんの主催で、ささやかだけどお誕生会をしてもらったことがあったんです。皆、揃ってて――でも、ひとつだけ誰も座ってない、空いてる席があって。わたし、その椅子に向かって話しかけてるんです」

小狼君のことだと察するには充分だった。おそらく、彼も姫の誕生日パーティーに出席していたのだろう。

――そうか。本当に、もう戻ってこないのか。

「……幸せだったんですね」

「……名前も思い出せないのに?」

「はい、きっと」

きっと彼女は幸せだった。同じように小狼君もそうだったんだろう。でもその記憶は……それだけはもう戻ってこないのだ。次元の魔女に――侑子さんに、対価として差し出してしまったから。

私からこの話題にこれ以上下手に触れることもできず、気まずい沈黙が部屋を包み込む。すると、サクラ姫が「あの、」と小さく口を開いた。

「……わたし、未侑さんと仲良くしたいです。こうやって一緒にいること、これからもっと増えるだろうし……。だから、その、わたしと友だちになってくれませんか」

突然ぎゅっと手を握られて、まっすぐに目を見つめられる。サクラ姫の眼差しは真剣そのもので、彼女なりに勇気を振り絞った結果なのはすぐに分かった。

「サクラ姫……」

「あ、それです! そのサクラ姫≠チていうの! 敬語使われるのとか……なんだか嫌なんです」

嫌なんです、と小さく彼女は繰り返す。

「……誰かにも、ずっと前に同じことを言った気がするんです。敬語、やだって言ったのに……なかなか直してくれなくて……でも、誰に言ったのか思い出せなくて……」

最後はほとんどうわ言だった。……たぶん、その相手も小狼君だったんだろう。

「……分かった。じゃあ、友だち。今度からサクラちゃん≠ヒ」

サクラ姫が――サクラちゃんが痛がらないように優しくその手を包み込む。その白い掌、細い腕には傷ひとつない。まさに深窓の姫といった様子だ。

「ありがとうございます、未侑さん」

はにかむような笑顔が実に可愛らしい。

「あー、私も敬語はいいよ。呼び捨てされても怒ったりしないし」

「え、でも……歳上だし……」

「友だちに敬語で話すってのもおかしくない?」

努めて明るく笑いかけると、サクラちゃんは「じゃあ、未侑」とようやく呼び捨てで呼んでくれた。サクラちゃんのような可愛い女の子にタメ口で話しかけられて怒るような心の狭さはないと自負しているし、そもそも彼女のようないい子が友だちというのも悪い気はしない。

そうして改めてお互いに友情を確認したところで、ふとサクラちゃんが窓から外を見下ろした。

「ん、どうかした?」

「今、窓に……」

「窓?」

どれどれ、とサクラちゃんと一緒に窓を覗き込む。外は静かに雪が降り積もるばかりで、灯りのひとつさえも見当たらない。町は完全に寝静まっている。

「何も――」

「あれ!」

ないよね――と続けようとした瞬間、サクラ姫が普段の穏やかさを忘れたような鋭い声をあげる。指差した方向には――

「……嘘ぉ……?」

「金の髪の、お姫様……!?」

深夜の町に不釣り合いな豪奢な白いドレスを身に纏い、僕のように幾羽もの鴉を引き連れて。音もなく、

――噂の姫が、深い雪の中を歩いていた。

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