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何も分からぬプロローグ

「ぷう、みたいな」

「……えっと……」

何か柔らかいものが身体の上に乗っている感覚で意識が覚醒する。ゆるゆると目を開けると、何か白くてふわふわしたウサギっぽいモノがどアップで視界を占領していた。

「ツッコんでくれない……」

語尾にハートマークでもつけそうな勢いで覗き込んできた謎生物は、反応がなかったのが悲しいのか一見して前肢にも見える手で器用に顔を覆い、しくしくと涙を流すポーズをとっている。……えっとたしか、モコナ?

「あ、良かったー。目が覚めたんだねー」

対応に困りかねている私に気を遣ったのか、隣にいたひとがモコナを回収してくれる。そちらに視線をやると、金髪のひとがモコナを抱いてニコニコとこちらに穏和な笑みを浮かべていた。

「モコナに吸い込まれたのにびっくりして、気絶しちゃってたみたいだね。どこも怪我してないかな? 大丈夫?」

「未侑、お目々ぐるぐるしてたよ!」

う、うわあ恥ずかしい……。

穴があったら入りたい気分とはこのことかと実感しつつ、改めて周囲を見渡す。人間5人が入れるということはそれなりの広さの和室なのだろうが、まとめて集まっているせいで感覚としては結構狭く感じる。

「それじゃあ、全員揃ったし改めて自己紹介しようかー。えっと、君は――」

「あ……未侑です。よろしくお願いします」

仕切りはじめた金髪さんと、ほかのメンバーの顔をそれぞれ確認しながらぺこりと頭を下げる。「未侑ちゃんねー」と復唱した金髪さんは「よろしく」とこちらに笑いかけてくれた。

「オレはファイ。フルネームは覚えにくいし、これから付き合い長くなるだろうから名前で呼んでいいよー」

ちらりとファイさんが視線を寄越すと、その先にいたいちばん歳下に見える彼は視線で察したらしくこちらに向き直った。

「おれは小狼です。……今は眠ってますけど、このひとがさくら姫。よろしくお願いします」

律儀にも深々と頭を下げられ、慌ててこちらもお辞儀する。「よろしくね」と精一杯の笑顔を向けると、こちらの気遣いを察してくれたのか小狼君も小さく笑ってくれた。

「で、こっちの黒いのが黒様ね」

「黒鋼だ!」

「変な渾名つけるんじゃねえ!」と怒鳴りながら黒鋼さんがこちら――正確には私の隣にいるファイさん――を睨みつける。傍目にも苛々して殺気立っているのが分かるが、ファイさんは面白いおもちゃを見つけたとでも言わんばかりの表情で黒ちゃんだの黒りんだの、黒鋼さんには不釣り合いなまでに可愛らしい渾名を考案しており、どこ吹く風といった様相だ。……うーん、ぱっと見でなんとなくそんな気はしてたけど、やっぱりこのふたり相性悪いのか。

「あのね、モコナはモコナ! よろしくね、未侑!」

最後にウサギっぽい生き物――モコナがぴょんと私の膝の上に乗ってこちらを見上げてくる。「よろしくね」と返して頭を撫でるとモコナは気持ち良さそうな表情でこちらに微笑みかけてくれた。

まだ眠っているサクラ姫の身体や衣服には、まだ雨粒が残っていた。眠っているとはいえあれでは冷たかろうとモコナの傍に置いてあった自分の荷物の中からタオルを取り出し、拭いてやろうと移動を開始する。重いばかりだと愚痴っていたが、逆に荷物を全部持ち歩いていたというのが思いがけず役に立ったようだ。

「うわっ!!」

「ん?」

「何してんだ、てめぇ」

ごそごそとバッグの中を掻き分けていると、後ろで小狼君がの声があがる。訝しく思って振り向くと、ファイさんが小狼君の懐をごそごそとまさぐっていた。……何やってんだろ、あのひと。

「んー……? これ、記憶のカケラだねぇ。その子の」

ちょっと失礼するよー、とファイさんが小狼君の懐から取り出したのは、1枚の羽根だった。ちょうど羽根ペンとかに使われるような真っ白な羽根だが中心には幾何学的な桜色の紋章が刻まれており、淡い光を発していることから一目でただの羽根ではないことが分かる。

「え!?」

「君に引っかかってたんだよ、ひとつだけ」

「あのとき飛び散った羽根だ……」

何かを思い出すように小狼君は目を見開く。ファイさんが掴んでいた羽根から手を離すと、羽根は淡い光を放ちながら風も吹いていないのにふわりと浮き上がり、サクラ姫の体内に吸い込まれるようにして沈んでいった。……なるほど、彼女の記憶のカケラは羽根の形をしているのか。

「これが、さくらの記憶のカケラ」

体内に吸い込まれたカケラが上手く働いたのか、先程まで紙のように白かったさくら姫の頬には、僅かずつではあるが健康的な赤みが戻ってきていた。小狼君も安心したようで、ほっと一息ついている。

「良かったね、小狼君」

「今の羽根がなかったら、ちょっと危なかったねー」

記憶のカケラは単に姫の記憶を司るだけではなく、彼女の人間としての身体機能を正常に保つ役割も担っているらしい。今の1枚がなかったら、サクラ姫の身体はそれこそ死んだように冷えきったままだっただろう。

「おれの服に偶然引っかかったから……」

「――この世に偶然なんてない」

小狼君の独り言を否定するように口を挟んだのはやはりファイさんだった。その声音は先程までの軽い調子が嘘のように重々しく、聞くものが思わずハッとするような含蓄を感じさせる。

「……って、あの魔女さんも言ってたでしょー。だからね、その羽根もきっと無意識に君が捕まえたんだよ。その子を助けるために」

ファイさんの瞳は相変わらず優しげな光を湛えている。ひとまずさくら姫が峠を越えてようやく安心したのか小狼君はようやく自分から小さく笑い、サクラ姫を愛おしそうに見つめた。……うーん、ほんとにアツアツっていうか。

「なんてねー、よく分かんないんだけどねー」

「で、ですよねー」

ねー、と笑顔でファイさんに話を振られ、思わず笑い返す。……グウゼンとかヒツゼンとか、そういう難しくて哲学的なことは、私も正直苦手だ。

「でも、これからはどうやって羽根探しましょう」

「服にはもうくっついてないみたいだしねー」

「ファイさんは魔法使いなんですよね? えっと、羽根の場所っていうんですか……そういうの分からないんです?」

小さく挙手して質問すると、ファイさんは表情に申し訳なさを滲ませて苦笑した。

「オレはそういうの門外漢だからなー。今のも小狼君に引っかかってたのが目についたから分かっただけだしー」

「そうなんですかー……」

がっくりと項垂れる。いくつあるかも分からない羽根≠無限に連なる広い世界から探し出すのは一苦労どころの話ではない。勢い込んで異世界に渡ったのはいいが、最初からこの調子ではどこの世界に渡っても空振りや見落としてしまって終わる可能性が一気に上がってしまう。

どことなく悄然とした空気が部屋に漂う中、先程までひょこひょことメンバーたちの膝の上を移動していたモコナが「はーい、はいはいっ!」と元気よく挙手して名乗りをあげた。曰く、先程の羽根≠ヘひとつひとつが強い波動を放っているため、近くに気配を感知した場合モコナが知らせてくれるらしい。異世界に渡してくれるだけでなく羽根≠フ有無についても知らせてくれるとは、なんともありがたいことである。

「凄いんだね、モコナ」

「えっへん! もっと褒めていいんだよ!」

誇らしげに胸を張るモコナの頭を撫でてやる。うーん可愛い。1匹欲しいなー。

「おまえらが羽根を探そうが探すまいが勝手だがな。俺にゃあ関係ねぇぞ」

どことなくメンバー間が打ち解けはじめ、和気藹々とした雰囲気に変わっていく中、あまり発言のなかった黒鋼さんが不意に口を開いた。その顔はいかにも不機嫌そうで、紅く鋭い瞳は忌々しそうに細められている。

「俺は自分がいた世界に帰る=\―それだけが目的だ。おまえたちの事情に首を突っ込むつもりも、手伝うつもりも全くねぇ」

「はい。これはおれの問題だから、迷惑かけないように気を付けます」

「あははははー。真面目なんだねえ、小狼くんー」

「スルーされちゃいましたね、黒鋼さん」

半ば嫌味と八つ当たりを込めた発言だったのだろうが、さらりと流されて黒鋼さんはばつが悪そうに舌打ちしている。この手のタイプは苦手なのかもしれない。

「おまえらはどうなんだ。そのガキ手伝ってやるってか?」

んー、と暫く考え込んだファイさんはへにゃりと笑って返答する。

「とりあえずオレは、元いた世界に戻らないことがいちばん大事なことだからなぁ。ま、命に関わらない程度のことならやるよー。ほかにやることもないし」

「私は元々、無理を言って旅に加えさせてもらってる身分ですし……。ファイさんみたいに魔法が使えたり、モコナみたいに何か特殊な力を持ってたりするわけでもないですけど、何か役に立てることがあるなら協力したいって思ってます。探してるひとに会えるまで……ってことになりますけど」

思いっきり足手まといになる予感しかしないが、ただ旅についていくだけというのも据わりが悪い。私はものすごく運動ができるわけでも天才的に頭が良いわけでもないので、役に立てることといったら本当に日常の微々たるサポートぐらいだろうが、それでも何もしないよりはマシだろう。……わあ、がっつり自己満足。

と、タイミングを図ったかのように一組の男女が入室してくる。最初は思わず警戒したが、それぞれ空汰さんと嵐さんと名乗ったこのふたり、なんでも侑子さんの知り合いらしい。あのひとほんとに有名人というか、顔が広いんだなあ……。

「事情はそこの兄ちゃんらに聞いた。とりあえず兄ちゃんら、プチラッキーやったな」

「ラッキー、ですか?」

「えーっと、どの辺がー?」

首を傾げるファイさんと私に答えるように空汰さんは立ち上がり、窓際に歩いていく。

「モコナは次に行く世界を選ばれへんねやろ? それが、いちばん最初の世界がココやなんて幸せ以外の何もんでもないでー。……ここは、」

ガッと取っ手を掴み、空汰さんが窓を開ける。どうやら外は夜だったらしく、外には一面の夜景が広がっていた。

「――阪神共和国やからな」

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