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恋心不注意

「ファイさん、足痛くないですか?」

「うん。この杖もあるしねー」

「まだ本調子じゃないでしょうし、ゆっくりでいいですからね」

ファイさんを挟む形で、私とサクラちゃんと3人で街を歩く。今日はこのメンバーで料理に使う材料の買い出しにきていた。怪我人のファイさんに無理をさせるわけにはいかないので、買い込んだものは私とサクラちゃんと分担して持っている。

「サクラちゃんたちこそ、荷物重くない?」

「私は大丈夫です!」

「まだまだ持てます!」

「サクラたち、張り切ってるー」

私の頭の上ではモコナがぴょんぴょんと跳ねている。……そうだ。

「モコナも、杖貸してくれてありがとね」

「えへへ!」

私にお礼を言われたモコナは鼻高々といった様子だ。モコナに鼻があるかは怪しいが。しかし翻訳に108の秘密技にと彼女にはだいぶお世話になってるので、今度改めて何かお礼をした方がいいのかもしれない……。

そんなことを思いつつ、3人で益体もない話をしながら足を進めていく。小狼君と黒鋼さんは今日も剣の特訓のようで、朝早くから出ていった。お店は今日は半休をとって午後からの営業だ。

「号外、号外ー!」

「ん?」

買い物メモから視線を外し、顔を上げる。往来の真ん中で、男の子が何か紙をばらまいていた。どうやら新聞の号外のようだ。なるほど、この世界の新聞はこんな感じで配られるのか……。

青空にひらりと舞った新聞紙を、ファイさんの腕を踏み台代わりに跳ねたモコナが器用にキャッチする。何が書いてあるのか、3人と1匹で覗き込んでみるが……。

「未侑ちゃん、読めるー?」

「ごめんなさい、タイトルしか分からないです……」

題字には「桜都国新聞号外」と載っているが、記事に掲載されている文字は漢字やひらがなをモチーフに変形していることは分かっても、具体的にどんな内容のことが書かれているかまでは読み取れなかった。写真も現代の新聞とは違ってガタガタで、何が写っているのかよく分からない。

「――鬼児が人を襲ったですって!?」

「いったいどういうことなんだ!?」

「市役所は何をしてるんだ!」

「……なーるほどー」

どうやら新聞には、本来鬼児狩り以外の人間は襲わない筈の鬼児が民間人を襲っていることがセンセーショナルに書き立てられているらしい。

「強い鬼児は鬼児狩りの人しか倒せないみたいだし、気を付けた方がいいねぇ」

モコナと揃って紙面を覗き込むファイさんは、今は怪我をしているとはいえいざとなれば自衛ぐらいはできるためかあまり不安そうな様子は見られない。でも……。

「サクラちゃん、大丈夫?」

「うん……」

今も剣の練習に励んでいるだろう小狼君を想っているのか、サクラちゃんの表情はどことなく不安げだ。

「……きっとお腹空かして帰ってくるだろうから、一緒に美味しいもの作ってあげようねー」

「新作のケーキ、譲刃ちゃんたちにも作ったげるって約束してるもんね」

「――はい!」

……うん。よかった、ちょっとは元気になったみたい。やっぱりサクラちゃんには笑顔が似合うよね。


「じゃあ、オレは食材買ってくるからふたりは休んでてよー」

「え。でも足……」

「大丈夫大丈夫。モコナもいるしー」

ね、とファイさんがモコナの方を向く。彼の肩に乗っかったモコナは「任せて!」と誇らしげに胸――あるいは胴体――を叩いていた。

「これ以上可愛い女の子たちに持たせるのは忍びないよー。それにこっちは喫茶店のメニューの材料じゃなくて、オレたちのご飯の分だしねー」

今日はオレの担当だし、とファイさん。

「今日はふたりに頼りっぱなしだったし、格好つけさせて」とウィンクしたファイさんは、引き留める間もなくモコナと一緒にお店に入っていってしまった。

「だ、大丈夫かな……」

私が考えてもしょうがないことなんだけど……やっぱり心配だ。ファイさんも無理をするというか、あんまり自分のことを優先しないのにかけては小狼君とどっこいどっこいみたいなところあるし……。

――でも私ができることって、あんまりないんだよな……。

裾を掴んで止めようとした手がぱたりと落ちる。なんだかちょっと悲しい。

「……未侑って、ファイさんのこと好きなの?」

「…………え!?」

――と、物思いに耽っていたところでお姫様から爆弾が投下され、一瞬で頭が真っ白になる。好き……好きって、ライクじゃなくてラブの方の!?

「お店でイヤリングをつけてたときも、すごく嬉しそうにしてたし。それに……分かる。何もできないのが悲しくて、悔しいの」

「そ、それは……」

うっかり取り落とした荷物を拾おうと慌てていたところに続いたサクラちゃんの物憂げな言葉にどう返していいか分からず、私は視線を彷徨わせた。……それは、たしかにそうだ。

「……大切なひとに何もしてあげられないのは、嫌だよね」

……大切なひと……。

「……サクラちゃんは、小狼君のことが大切?」

「どう、なのかな……。でも、わたしは……小狼君が傷付くと、すごく悲しい。だから、未侑もそうなのかなって。未侑がファイさんを見てるときの顔とわたしが小狼君を見てるときの顔、きっと同じだから」

「……そうかも、しれないけど。でも、私には理由がないよ」

思わず苦笑いする。

小狼君とサクラちゃんは、幼馴染みだ。たぶん、サクラちゃんが記憶をなくす前からふたりはずっと想い合っていた。でも、私にはそういうものがない。私とファイさんは、まだ出会ったばかりで……ファイさんはきっと、私が頼りないから構ってくれているだけで……。

僅かに俯く私にサクラちゃんは意外そうに目を瞬かせ、次いで首を傾げた。

「――誰かを好きになるのに、理由が要るの?」

「……え?」

荷物を置いて、視線を合わせるように屈んだサクラちゃんは、そっと私の手を握りしめた。

「わたしは……誰かが誰かを好きになるのに理由なんて要らないと思う。格好いいとか、優しくしてくれたとか、本当は全部後からで。ひとがひとを好きになったり大切だなって思ったりすることって、難しく考えなくていいの」

「ね?」と僅かに頬を染めて笑いかけてくるサクラちゃんに、私も釣られて笑い返す。こんな風に諭されて、初めて分かるなんて。

そうか、そうなのか。私、私は……ファイさんのことが――。



――その夜。

「サクラ、運ぶの慣れてきたね」

「だといいんだけど」

お店にはお客さんたちが訪れているけれど、まだ小狼君たちは帰ってきていない。鍛練に熱が入っているのだろうか。

……ちなみに、一方の私はといえば。

「………………………………」

……やっぱり、気まずい……!

お昼はサクラちゃんに諭されたが、えっ、私がファイさんのことが好き!? 好きって……でもサクラちゃんが言ってたのはそういう好きじゃなかったのかも……え、どうなの!?

助けを求めるようにサクラちゃんの方を見るが、彼女はにこにこと善行を積んだあとのような笑顔でこちらを見守っている。こ、困るぞ……!

あれから寝てるとき以外はずっとつけているイヤリングを弄り回す。なんだろう、サクラちゃんとお昼に話してから心のどこかがずっとそわそわして落ち着かない。好き、好きって……。

「未侑ちゃん、大丈夫ー?」

「わひゃあ!?」

バーカウンターでグラスを磨いているファイさんに声をかけられ、うっかり伝票を取り落としそうになる。……実は、あれからまともにファイさんの顔が見れていない。

「ご、ごめんなさい! ちゃんとお仕事集中します!」

「気にしなくていいよー。でも、大丈夫? どこか体調悪いんじゃない?」

「い、いえ! 私、元気です! すごく元気!」

なんというか、恥ずかしい。顔が赤くなってたりしないかな、大丈夫……? ちゃんといつもどおりにやれてる……?

「むふふー。未侑はね――むぐぐ」

「モ、モコナ!」

思わず力任せにモコナの口を塞ぐ。わ、私ってそんな分かりやすいかな……。どうしよう……。

ちらりとファイさんに視線を向けるが、彼は首を傾げるばかりで特段何かに気付いた様子はない。大丈夫!? 大丈夫だね!? よし!

ふぅと安堵の息を吐いたところで、入口のベルが鳴る。黒鋼さんか小狼君のどちらかが帰ってきたのだろう。

「ワンコひとり帰ってきたー」

「お帰りなさい」

「お帰りなさい、黒鋼さん」

どさくさ紛れでファイさんに使いっぱにされたのが不満なのか、小麦粉の入った大きな袋を抱えて帰宅した黒鋼さんはなんだか不機嫌そうだ。

「おかえりー。おつかいありがとー」

「今度は店の奴に運ばせろ」

カウンターに小麦粉の袋を放り投げた黒鋼さんは、腕を組んでそっぽを向いてしまった。ありゃ。

「あの、小狼君は……」

「まだ鍛練中だ」

控えめな問いを投げたサクラちゃんは、どうやら小狼君の帰宅を待ち侘びているようだった。まあ、もう夕方を通り越して夜だもんね……。

「お酒のにーおーいー! どっか寄り道してたのー?」

「え、お酒飲んできたんですか」

サボりかよ……という意を込めて視線を送る。

「サボりじゃねぇ! ……あの酒場に、新種の鬼児のことを尋ねにだ」

あの酒場というのは、ファイさんたちが聞き込みに行った『白詰草クローバー』のことだろう。

「たしか、織葉さん……? って人が鬼児について教えてくださったんですよね」

「あぁ、そこが引っかかってな」

たしか『白詰草クローバー』で歌を歌っているひとで、男性の姿をした鬼児に遭ったと言っていたのだったか。

「新種の鬼児は人の姿をしていたんだろう。なのに、なぜあの女はそいつが鬼児だと分かったんだ?」

「そっか。本当に人間と同じなら、むしろ見分けがつかない筈……」

「それで、織葉さんはどうしてだって?」

ファイさんが淹れたコーヒーを呷り、黒鋼さんは続ける。

「この国では、喧嘩や小競り合い以上の人間同士の諍いは御法度なんだと。――けどな。そいつは、鬼児を使って鬼児狩りを襲ったんだとよ」

それは、つまり――。

「――鬼児の仲間は、鬼児だろう」

結局黒鋼さんたちとも色々話したけれど、やっぱり織葉さんが見たその男性が新種の鬼児なんだろうという結論で片付いた。それから時間も経って今は店内にはお客さんもあまり残っておらず、譲刃ちゃんや草薙さん、蘇摩さんといった馴染みの面々がカウンターで寛ぐばかりだ。

「しかし龍王のやつ遅ぇな」

「また無茶なさっていないといいのですが……」

「そういえば、小狼君は?」

サクラちゃんに視線を寄越すと、彼女はふるふると首を横に振ってみせた。まだ帰ってない……いくらなんでも遅すぎる。外はもうとっくに鬼児が出没してもおかしくない時間帯に入っているのに。

どうしよう――とサクラちゃんとふたりで眉を下げていると、荒々しい音を立てて店の扉が開き龍王君と小狼君が息を切らしながら飛び込んできた。小狼君はあちこちに擦り傷を負っている。何も言わずとも分かるただならぬ雰囲気に、一気に店内の空気が張り詰めた。

「新種……の、鬼児に、遭っ……た」

「闘ったの!?」

「いや。鬼児を従えてて、それがすごい数で……。だから、そのまま逃げた……けど」

龍王君は逃げるのに精一杯だったらしく、顔までは分からなかったそうだ。

「それって、織葉さんが言ってた……!?」

隣にいたファイさんを見上げると、彼も織葉さんの話を連想したらしく、厳しい表情でふたりの話を聞いている。

「どうしたの? 小狼君」

でも、小狼君の様子がちょっとおかしい。なんだかずっと驚いた様子で、龍王君の横で固まっている。それに気付いたサクラちゃんが彼に駆け寄り、視線を合わせて問いかけた。

「あの鬼児と一緒にいた人は、おれの知っている人かもしれない……。その人は、おれに闘い方を教えてくれた人です」

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