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紡ぐ言葉をなくしてしまった


「未侑、調子悪そうー! 大丈夫?」

「大丈夫だよ、モコナ……。ってか元気そうだね……」

「今日、絶好調なの!」

語尾にハートマークがつきそうな溌剌っぷりだ。なるほど、モコナは二日酔いしないタイプなんだね……。

「うおー……ぐえー……」

重い身体を引きずりつつ、なんとか給仕服に着替えて階下に下りる。どんなに体調が悪くとも店を空けるわけにはいかない。しかも私の場合自業自得なんだし。というか、好奇心でアルコールに手を出すんじゃなかった……。いやほんと、まじで。割と切実に液キャベが欲しい。

時刻は既にお昼を過ぎて午後に入ってしまっている。午前中はサクラちゃんの厚意に甘えて頭痛と格闘しながらベッドにこもってしまったため、今日の私は午後から出勤だ。

「おはよう、未侑……えっと、大丈夫?」

「な、なんとか……。サクラちゃんは……元気そうだね……」

肯定と共に、後光が射しそうなぐらい爽やかな笑顔を見せつけられる。どうやらサクラちゃんもアルコールが抜けるのは早いタイプのようだ。きらきらとした笑顔が眩しい……。

「あれ、ファイさんはー……?」

「まだ起きてこないの。珍しいよね」

「あー、ダウンしちゃったかぁ……」

お酒は好きだと言ってはいたが、そういえば二日酔いしないとまでは言っていなかった。旅が始まってからああやってお酒を飲む機会はなかったから、ついつい飲みすぎてしまったのかもしれない。

既にサクラちゃんはくるくると店内を動き回っており、器用に料理を運んだりお客さんからのオーダーをとったりしている。時間帯的にお昼を過ぎておやつの時間に差し掛かりつつあるから……注文のメインとなるだろうデザート類は作り置きしていた分が冷蔵庫にあるから問題ないけど、パスタみたいな洋食はファイさんじゃないと再現できないんだよね……。

「起こしてくるかー……」

ファイさんには申し訳ないが。

「ごめんサクラちゃん、ちょっと抜けるね。ファイさん起こしてくる」

「はーい!」

忙しなく動き回るサクラちゃんに一言声をかけ、再び2階に戻る。慌ただしそうにしてはいるが、いっぱいいっぱいという感じではない。これならちょっとぐらいお店を抜けても大丈夫だろう。

階段を上り、ファイさんが寝ているだろう私室のドアを視界に収める。こうして下で喫茶店をやれるぐらいに広い家を買えたこともあって今回の拠点ではひとりひとりに個室が与えられ、ゆっくりと寛ぐことができていた。ちなみに、モコナは日によって私とサクラちゃんの部屋を行ったり来たりしながら寝ている。

「ファイさーん、起きてますー?」

コンコン、とノックを2回。

「ファイさーん? ……あら」

体調が悪いのだろうか。やっぱり無理に起こすべきじゃないかも……と思いつつ駄目元でドアノブを回すと、鍵が開いている。珍しく無用心だ……と思ったが、いくらファイさんとはいえ寝過ごすほどに飲んだ状態で階段を上がって自室に戻れるとは思えない。夜中に黒鋼さんあたりが抱えていって、そのまま部屋に放り込んだのかもしれない。

「爆睡してるし……」

ひょっこりとドア越しに部屋を覗き込めば、昨日の状態から着の身着のままといった服のまま、ファイさんがベッドに俯せの状態で横たわっていた。悪いことをしていると思いつつも、そろそろと近付く。

「ファイさーん、お昼過ぎてますよー」

手が届くほどの距離まで近付けば寝息を立てているのが分かったが、俯せの、しかもタキシード服で寝ているのが苦しいのか、呼吸が不規則に乱れている。どうしよう、起こした方がいいのかな……いや、起こしに来たんだけど……。

「ファイさ……うおっ」

呼びかけを続けようとしたところで、給仕服の裾を引っ張られる。思いの外すごい力だ。魘されているのに、指に込められている力はまるで誰かを引き留めるように強い。

「いかないで――いかないで、ファイ。ごめん……ごめん……オレが……」

「――――ファイさん!」

……咄嗟に大声で起こしたのは、これは不味いと思ったからだ。たぶん、私が聞いたら駄目なことだ。多少乱暴かと思いつつも揺り起こし、彼の意識を引き戻す。

「……あ……未侑、ちゃん」

「おはようございます……と言うにはちょっと遅いですけど。ごめんなさい、苦しそうにしてたので」

ゆるゆると目を開けたファイさんの蒼い瞳が現状を認識するように徐々に焦点を取り戻していき、次いで見下ろしている私の方に向く。

「ごめん、寝てたー……って、部屋……あー、黒様が運んでくれたんだね……」

いてて、と頭を押さえつつ上半身を起こすファイさんの顔色はやはり悪い。お酒の飲みすぎというのもあるかもしれないが、たぶん……。

「ふたりでお店やっててくれたんだねー。ごめん、すぐ行くー」

「いえ、大丈夫ですよ。今はサクラちゃんが頑張ってくれてるので。……足、大丈夫ですか?」

「昨日よりはだいぶ」と笑うファイさんの笑顔はいつも通りだ。そこに先程までの険しい表情は見えない。

「私、下に戻ってますね。サクラちゃんのお手伝いしなきゃ」

「あー……ほんとごめんね〜!」

とりあえずミッションには成功したので、このまま居座るのも悪いしとお暇することにする。サクラちゃんは頑張り屋さんのいい子だが、あまり放っておくと無理をしてしまうところがある感じの子だ。

「あ、そうだ」

「はい?」

ドアノブに手をかけ、出ていこうとしたところで呼び止められる。


「――オレ、何か言ってた?」


声は一段低かった。

「いいえ、何も」

にっこりと笑顔で問われたので、私も笑顔で返す。嘘は苦手だけど、ここは馬鹿正直に答えるところでもないだろう。ファイさんだって、訊かれたくないことのひとつやふたつある筈だ。

「ならいいやー。ごめんね、呼び止めてー」

「はぁい。下で待ってますね〜」

ひらひらと手を振りつつ、サクラちゃんの所に戻る。さっきのことは忘れて、見なかったことにしよう……。



「ファイ、平気ー?」

「うん、随分マシになったよー」

あれからファイさんも合流し、今日の喫茶猫の目は大盛況で終わった。試作品のデザートも好評で、今は明日にでもこのままメニューに正式に加えてみようとサクラちゃんと話していたところだ。

「足、痛かったら無理せずに言ってくださいね」

「大丈夫だよー。ありがとう、未侑ちゃん」

「モコナ、杖貸したげる! あれあると歩きやすいんだよ!」

「杖?」

はて、と首を傾げる。そんなものモコナ持ってたっけ。

「ジェイド国で未侑ちゃんたちが捕まってたとき、カイル先生に一芝居打ったんだー。そのときに使ったんだよー」

「あー、なるほど……」

モコナってばほんとに何でも持ってるんだな……。

そんなことを話してたところで、ドアのベルが鳴る。閉店したこの時間に帰ってくるとなると、武器を買いにいった小狼君たちだろうが……。

「小狼君!!」

「うわ、ずぶ濡れ」

しかもあちこちに傷ができていた。どれも掠り傷程度で、大したものではないようだけど……。

一緒に帰ってきた黒鋼さんに視線をとばす。小狼君を弟子にしたとは聞いていたけど、なかなかにスパルタらしい。……いや、甘い黒鋼さんってのもなかなか想像しづらいけど。

着替えにいった小狼君を救急箱片手に追っていったサクラちゃんを見送る。

「弟子とったって、本当だったんですね」

「あれは剣の訓練のせいー?」

「てめぇら酔ってたんじゃなかったのかよ」

「私、昨日のことはしっかり覚えてます! 運んでくれてありがとう黒ぽん!」

ぐっとサムズアップしつつお礼を言えば、無言でチョップをお見舞いされてしまった。痛い。

「初日から相当厳しい先生みたいだねぇ」

「あのガキがそう望んだからな」

作り置きしていた黒鋼さんの分の晩ご飯をキッチンから持ってきて、食卓へと並べていく。まあたしかに、小狼君はこの期に及んで手加減を望むようなタイプでもないだろう。

「でも、たしかに急いだ方がいいかもしれないね」

「……それ、やっぱり」

うん、とファイさんが頷く。

「織葉さん……酒場のおねーさんが言ってたんだけどね。桜都国の鬼児は、鬼児狩りが間違って一般市民に攻撃してしまわないようにみんな化け物の姿をしてるんだって」

「それは――」

それは、なんとも妙な話だ。その話が本当なら、鬼児は自然発生する怪物ではなく何らかの意図を持った第三者の手で造りだされた存在ということになる。

「この国の鬼児って、管理された狩りの標的みたいなものじゃないかなぁ。それなら市役所が鬼児の動向を把握してるのも分かるし――」

「最近鬼児の動きがおかしいって、皆さん言ってますからね……」

管理側の人間さえも追えないような異常な行動をしているのなら、その原因は羽根による可能性が高い。

羽根に込められた魔力ちからは強い。羽根に影響された鬼児が規定に沿わない動きをしていて、それが今の桜都国を騒がせているのだとしたらそれが仮説としてはいちばんしっくりくる。

「それと、」

「――新種の鬼児、か」

……やっぱりサクラちゃんの羽根の影響だって考えて行動した方がいいかもな、これは。

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