ウィンク

サクラちゃんの記憶の羽根を探すべく次元を越え、さまざまな世界を渡り歩く私たち。モコナは羽根の持つ強い魔力に惹かれるように、私たちを時代も文化もさまざまな異世界へと連れて行く……のだが――勿論、辿り着く世界すべてに羽根があるわけではない。

たとえば、ある世界ではこんなことがあった。


ツバサ ―語られなかった世界― 02


「――もしも、モコちゃんがいなくて言葉が通じない時にピンチになったらどうしましょう?」

始まりは、サクラちゃんの些細な一言だった。

今回も羽根の気配は見当たらず、私たちは訪れた国の郊外にある草原で休息をとっていた。私とサクラちゃん、ファイさんの3人で作ったお弁当もあって、気分はさながらピクニックである。

「そういえば、阪神共和国ではモコナがいなくなっちゃったせいで言葉が通じなくなったんだっけ。小狼君たち」

もぐ、とおにぎりを頬張りつつ思い返す。私が正義君と一緒に阪神城に囚われていた頃、たまたま一緒にくっついてきていたモコナもあそこにいた。後から聞いた話だが、モコナは私たち5人の間で翻訳機のような役割も果たしているらしく、おかげで彼女がいなくなったあと男性陣3人は互いに言葉が通じず大変な思いをしたそうだ。

「まあ、いつもモコナが傍にいるとも限らないからね……。不測の事態に備えて、何か考えとくぐらいはしとくべきかもね」

私の言葉に、小狼君とサクラちゃんが我が意を得たりとこくこく頷く。勿論モコナの翻訳機能が働く圏内から離れず行動するに越したことはないのだが、前回のケースのようにモコナだけ意図せず離脱してしまうようなことも考えられる。何が起こるか分からない旅だ、緊急時のために対策を講じておいた方が安心なのは当然だろう。

「向かってくる奴ぁやっちまえばいいだろ」

最初に口を開いたのは、意外なことに黒鋼さんだった。普段ならこの手の話題にはあまり興味を示さず、馬鹿馬鹿しいとでも言わんばかりの態度で沈黙を決め込むのだが、何か思うところでもあったのだろうか。しかし、

「それ却下で」

「何ぃ!?」

にべもない私の言葉に、納得できない黒鋼さんがやたらと食ってかかってくるが無視を決め込む。小狼君もさすがにそれは強引すぎると思ったらしく、黒鋼さんの後ろで大きく両腕を使ってバツマークをつくり、首をぶんぶんと横に振っていた。

だいたい黒鋼さんの言うやっちまう≠ニいうのは、殺すだとかシメるだとかそういう物騒なニュアンスが多分に含まれるから良くないのだ。むやみやたらに周囲を傷付けても、徒に敵を増やすだけである。

「あーのーでーすーねー、向かってきたのが味方だったらどうするんですか?」

未だに納得できず怒鳴りつけてくる黒鋼さんの大声から耳を塞ぎつつ反論すると、彼は虚を突かれたような表情で黙り込んでしまった。たっぷり3秒ほど奇妙な間が空く。どうやら考えているらしい。たぶんだめだろうなと思いつつ、彼の奮闘をふいにするのもなんだか可哀想なので待ってやることにする。

「……そりゃあ、あれだ。紛らわしいのが悪い」

「あ、やっぱだめですね。はい次、誰かいい案ありません?」

「なんでだよ!!」

自分の胸に手を当てて考えて欲しい。

「はーい。何か合図みたいなのがあるといいと思いまーす」

「合図、ですか」

大きく挙手をして発言したのは、さっきから話の動向を見守っていたファイさんだった。たしかにそれが妥当なところだろう。小狼君もこくこくと頷いている。しかし、生まれも育ちも違うこの5人の面々で何か共通する合図を見つけるとなるとそれだけで一苦労ではないだろうか。なにせ、リンゴの定義で揉めたぐらいである。

未だに愚痴を漏らしている黒鋼さんは抜きにして、4人で考え込む。すると、しばらくしてファイさんが何かを思いついたようにぽんと軽く手を叩いた。

「そうだ! ウィンクを合図にしよーよぅ!」

「ウィンク……。ウィンクって、あのウィンクですか?」

首を傾げる私に対して、小狼君とサクラちゃんはまずウィンクが何なのか分からないらしく怪訝そうな表情をしている。たしかにウィンクなら目を瞬かせるだけで済むから、敵に囲まれていたり四肢が使えなかったりするときもさほど違和感なく合図を送れるだろうが……。

「ウィンクっていうのは、片目だけ閉じることー」

「こんな感じ!」

ウィンクが分からない小狼君たちに対してファイさんと、いつのまにか彼の肩に登っていたモコナが実演してみせる。普段糸目のモコナはどんな風にウィンクするのか興味本位で覗いてみたが――片目だけ羽根の波動を感知したときのようにやたらリアルな感じになっていてちょっと怖かった。小さい子が見たら泣いてしまいそうだ。

――今のは見なかったことにしよう……。

対するファイさんはどうやらウィンクに慣れているらしく、妙にカメラ目線であちこちにウィンクを振りまいている。それでいて気取っている様子が見受けられないのはさすがイケメンというべきか。ほんと、素材がいいと何しても似合うっていう例の体現者だよねこのひと……。

「で、おまえはどうなんだよ」

「え、私ですか? 私はウィンクへたくそなんで、自分で何かテキトーに考えます」

黒鋼さんの指摘に、水筒に注いでいたお茶を啜りつつ返答する。あんな見事なウィンクを見せられたあとに私の不出来なものを披露するわけにもいかない。かといってウィンクから離れすぎても派生した合図だというのが分からないだろうし……まあ、瞬きあたりが妥当だろうか。

そんなことを考えている間に、突然お面を被った怪しい集団が現れ襲撃してくる。何かした覚えはまったくないのだが、血の気が多い黒鋼さんが最初に闘いだしたのを皮切りに結局乱闘騒ぎに陥り――結局捕まってしまった。まあ、ああも大人数で大挙して押し寄せられればいかに小狼君たちとはいえ勝てなかっただろう。

「……で、どうするんですか?」

「どうする、って言われてもねー……」

私とファイさん、黒鋼さんは既に拘束を抜けて――といっても、私は縄抜けなんて器用な芸当はできないので先に脱出したファイさんに縄をほどいてもらったんだけど――自由になっている。が、小狼君とサクラちゃんは機を逸してしまったらしく、未だに両腕を縛られたまま捕らえられていた。

「何やってんだ、あれ」

「ウィンク……かなぁ」

「しゃ、小狼君……」

捕らえられた小狼君は早速考えた合図をサクラちゃんに飛ばそうと必死にウィンクを試みている――が、どう贔屓目に見ても彼のそれはウィンクには見えなかった。いいところが精々目にゴミが入って難儀している図≠セ。サクラちゃんもまさかあれがウィンクだとは思っていないらしく、何か勘違いしたのか心配そうな表情で困惑するばかりである。

「助けないのー?」

「面白いからもうちょっと見てよー」

からかうような表情のファイさんの隣で、黒鋼さんは呆れ返ったように溜め息をついている。私はといえば、助けてやりたいのは山々だが年長組のように腕に覚えがあるわけでもないのでおろおろしながら小狼君とサクラちゃんの意思疎通が叶うことを祈るばかりであった。

――その後紆余曲折の果てに無事サクラちゃんと共に脱出した小狼君が、少なくとも自分と姫は同じ玖楼国セカイの出身なのだからモコナが不在でも言葉は通じるのだということに気付き、単に自分の不器用さとうっかりを露呈させるだけだったと恥じ入ってサクラちゃんに慰められるというオチがついたことをここに加えておく。

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