これの続き。


マシュマロ、クッキーにキャンディ、それにチョコレート。リボンで飾り付けられた催事場にはその雰囲気同様甘ったるそうな菓子ばかりがこれでもかと並べられていた。そしてそんな空気にそぐわぬ男どもが自分の周りを右往左往。ふんと鼻を鳴らした所でどうせ自分も傍から見ればこの売り場には浮いているのだと自覚すれば視線は再びショーケースへと向けられる。

3月14日。いわゆるホワイトデーという奴である。貰ったからにはそれ相応のお返しを、しかし何を返せばいいのかはわからない、といった様子で困り顔でショーケースを覗いている他の男どもはいつまで経っても自分の前から退こうとしない。どけよ、そこ。ぼくが買えないだろ。どうせ大した物は買えない癖に意地はってカメユーデパートなんか来るんじゃないよ、全く。わざとらしく大きな音で舌打ちをかませばやっと気付いたのかそそくさと人影が薄くなってショーケースの中に鎮座する菓子がぼくを迎え入れた。

「それ、一番左のシャンパンが付いてる奴をくれ」

かしこまりました、と店員が安っぽい笑いを浮かべながら包装紙でそれを包み始める。カメユーデパートに入店してからここまで掛かった時間はおよそ5分。購入する物に大方目星を付けてきていたので然程時間は掛からない。逆にどうして他の男は菓子一つを買うにもこんなに時間が掛かるんだか。特別な相手だからじっくり考えたいとかそんなくだらない理由なんだろうか?特別な相手だったら余計に選ぶ菓子は限定されると思うんだけどなァ…。

お待たせ致しました、と手渡された紙袋を覗けば箱に貼られたハート型のシールが「HAPPY WHITE DAY」と馬鹿みたいに主張をしていて思わず顔を顰める。それなりの名があるブランドの物を買ったつもりなんだがまさかこんな包装をされるなんて思いもしなかった。もっとこうブランドの持つイメージを大切にしろよ、イメージをさァ。こんな物を手渡す羽目になるぼくの気持ちも考えてくれよ。

それでも手渡した所でなまえは率直に喜んで「露伴ちゃんありがとう」と礼を言うだろうし「露伴ちゃんだいすき」なんて愛の言葉を一つ二つ口にするかもしれない。畜生、想像するだけで頬が緩むだろうが。店員に軽く礼をしてから代金を払いそのまま駐車場に直行すれば寄り道する間も無く帰路へとつく。時折、助手席に置かれた紙袋を見ては相変わらずなまえの顔が浮かんでその度に顔を綻ばせてしまうあたりぼくも彼女には大概甘い。車内で一人自嘲の笑みを何度零した事だろうか。

そしてホワイトデーのお返しという物はそれぞれ何を渡すかによって意味があるという。これはぼくも最近知った事できっと世間一般的にはこの事を知っている人間はそう多くないであろう。否、知っていて欲しくないのだ。特になまえには。マシュマロ、クッキーにキャンディ、それにチョコレート。それぞれが持つ意味なんて、そしてぼくが選んだこの菓子の持つ意味には特に無知であって欲しい。…まああいつは学があるような人間じゃあ無いから心配は無用といったところだろうが…。

が、この後ぼくの勘は大幅に外れる事となる。









「ぴ、ぴえ…。ぴえーれ…?へるめ…?」

値段の割に小さな箱をまじまじと見つめながらなまえがたどたどしく唇を動かす。やっぱりこいつは学が無い。何でフランスのブランドをローマ字読みしようとするんだ、こいつは。素知らぬ顔で紅茶を飲んでいれば「開けてもいいの?」と視線が訴えかけるので「勝手にしろ」と同じく目で訴えてやる。

「わあ、マカロンだあ…っ!」

ひい、ふう、みい。たかだか10個入りのマカロンにシャンパンのハーフボトルを付けてあの金額。その菓子にどれだけの値打ちがあるのかぼくには知ったこっちゃ無いがちょっとボリ過ぎなんじゃあ無いのか。目にも鮮やかなマカロンをぼんやりと見つめていればすぐ傍まで近付く体温。視線を其方に向けたのと同時に自分の元へと飛び込んできたなまえの顔は自分の予想していた物より遥かに破顔していた。

「嬉しい!露伴ちゃんだいすき!」
「菓子一つで随分と大袈裟だな、君も…」

呆れながらも髪を梳けば尚更二人の距離は縮まってなまえの小さな鼻は自分の胸板へと擦り付けられた。だってだって嬉しいんだもんと零しながら廻された腕にはぎゅうと力が込められて再びぼくの頬を緩めさせる。こんな物一つで可愛い奴め。決して口には出さないけれどなまえの髪を撫でるその指先はいつもにも増して優しい。

「露伴ちゃんがマカロンくれると思わなかった!」
「ぼくもそんなにマカロン一つで喜んでくれるとは思わなかった。そんなに好物だったのか?これ」
「ふぇ?露伴ちゃんわかっててくれたんじゃないの?」
「は?」

間。

「…君、まさか、」
「マシュマロは"貴女が嫌い"でクッキーは"友達"って意味でしょ。それにキャンディは"好きです"だよ」
「…待て、それ以上は言うな」
「それでマカロンがねえ」
「言うなって言ってる!」

荒げた声にはびくともせずになまえが面白そうにぼくを見上げた。全てを見透かした大きな瞳には至極困り果てた自分の顔が映り込んでいる。全く、何て顔だ。ふいと顔を逸らせばそれを許さない小さな掌が頬を包んでそれから唇には自分よりもほんの少し高い体温が触れた。数秒だけ交わった体温はすぐに離れて、見れば相変わらずなまえの瞳には何とも間抜けな自分の顔が映る。

「マカロンは"特別な人"……でしょ?」

そう言ったなまえが照れたように笑ってしまえばもうお手上げ状態でぼくに為す術は何も無かった。そうだよ、その通りだ。マカロンを返す意味は"特別な人"、だなんて何処かで見た根拠も無い適当な言葉を参考にしたぼくが馬鹿だった。まさかなまえがその意味を知っていようとは。

ぐんぐんと上昇する自分の熱さをどう処理しようかと迷えば相変わらずなまえは嬉しい、とかだいすき、なんて同じ言葉ばかりを口にして時折無意味に自分の名前を呼ぶものだからああもうどうにでもなれと天を仰ぐ。そんな意味があるなんて全くもって知らなかったと言い訳をしてやろうかとも思ったがこんな顔じゃ何を言っても無駄だろう。甘えるように身体を擦り付けるなまえに応えて頭を撫でれば猫のように目を細められる。猫は嫌いだがこいつを飼うのは悪くないなァ…。

「へぶんずどあー」

すっかり熱の冷めた頬にむにむにと人差し指を突き刺され眉を顰めたままでなまえを見遣れば露伴ちゃんの真似だよおと間抜けな声を上げられる。ぼくがそんな間抜けなヘブンズ・ドアーをするものか、全くこいつは。

「……私も露伴ちゃんの事読めたらいいのにって思ってた」
「何?」
「露伴ちゃんはどれだけ私の事好きでいてくれるのかなあって、気になってたんだもん」
「…そんなの、」
「でもねえ、ちゃんと露伴ちゃんの中で私は"特別な人"だったみたい」

それがすごく嬉しい、となまえはそのまま続けた。…だからな、自分で言っておきながら顔を紅く染めるその癖はいい加減やめろと言いたい。全くどうしてこいつはこんなにぼくの事を煽る?無自覚っていうのは本当にタチが悪い。

「なまえ」

名前を呼んで顎を持ち上げてそのまま吸い込まれるように唇を塞ぐ。数秒で離れればろはんちゃんと甘さを含んだ声が零れた。

「ぼくが君をどう想っているか、ぼくの心の中を見せてやろうか?」

返事の代わりに今度はなまえがぼくへと唇を重ねて、次はぼくから、その次はなまえからと同じように繰り返せば二つの唇の密接な時間は次第に深いものへと変わっていく。そうしてまたぼくたちは1ヵ月前と同じようにこのソファへと沈む事となる。





服の中で器用に下着を外して胸の膨らみを確かめれば震える身体。直接的な場所は触らずに柔らかさを掌で感じるだけにすれば困ったようになまえが眉を下げた。か細くぼくを呼ぶ声もその眼差しさえもが何を意味するかはわかっているけれど敢えて素知らぬ振りをする。ぼくの心の中を見たいんだろ?だったらいつもは抑え込んでいるなまえに対する加虐的な部分も少しくらい滲ませたって罰は当たるまい。

「ろ、ろはんちゃん…」
「何だよ?」
「…もっと、ちゃんと、触ってほしい、よお…」

…してやられた。目の前にはなまえが呼吸する度に揺れる白い膨らみにぷくりと主張する薄く色付いた先端。自分から服を捲ってそんな顔でねだられるとは思ってもみなかった。いつからこんなに淫乱になったんだよと言ってやりたかったがなまえをこんな風にしたのは紛れもなくこのぼくだ。なまえを焦らして自滅する羽目になるのもこのぼく。畜生、やっぱりかなわない。どうやらぼくは自分で自分の首を絞めていたらしい。

「っあ、ぅ。ろはんちゃん、すき、だいすき…」

そもそもどうして彼女に勝てると思ったのか。それが甚だ疑問に残るが哲学的な考えを走らせるよりは一先ず、目の前の熱に溺れてみようか。


20160325

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