2 ディックがラスベガスを訪れたのは四日前。とある犯罪者を捕らえるためバットマンからの指示でカジノの都へとやってきた。 ジェイソンは独自の情報網から同じ犯罪者を捕らえるため単身乗り込んできたのだという。多少の暴力的なやりとりの末共闘することを選び、件の犯罪者を捕らえたのが一昨日の深夜だ。そのままゴッサムに帰ってもよかったのだが強行スケジュールになるため一泊して翌日帰ることに決めた。この時ディックはジェイソンが先にひとりで帰ろうとしたのを無理矢理引き留め、宿泊費は奢るからと言って少し休むよう提案したのだ。 間違いの発端はその後だ。 何を思ったかふたりでカジノに入ってしまい、チップ一枚をどれだけ増やせるか競争してしまった。 勝負はディックが勝ったのだが、ふたりとも結構な額を稼いだのだ。 ルーレットは確率計算で損はしないところまで持っていけるし、トランプ関係は駆け引きでどうとでもなる。 ついでにふたりとも動体視力だって悪くはないのでスロットでも勝った。 平均年収2年分ほどの大金を手に入れたふたりは、大金を持ったままでは余計なトラブルを招きかねないということで半分くらいは散財してしまおうと決める。 故に勝ちに勝って良い気分のまま、ホテルのバーに行き浴びるほど酒を飲んだ。 「あははははははははははははドンペリくださぁあああああい!」 「ひひひひひひひひひひひスコッチおかわりぃひひひひひひ!」 たぶん昨日の夕方にはすっかりできあがっていたと思う。酷い有様だった。とりあえず中途半端に高い酒を頼んで良い気持ちになったあと、前後不覚になったディックが言う。 「あははははは今日パームスで空いてるスイートはぁー?」 赤くなった顔でケタケタと笑うディックに、ホテルマンが礼儀正しく答えてくれた。 「あいにくとスカイヴィラだけでございまして」 「あはははははじゃあスカイヴィラに一泊する! いいだろジェイ!」 「ひひひひひひひいいぜぇースカイヴィラ泊まろうぜぇーひひひひひひひすかいう゛ぃらーあはははははは」 「ありがとうございます」 400万の出費が決定した瞬間である。 もしディックに時を操る能力があったなら、この時の自分をブン殴って止めてやりたい思いだ。 しかし、これだけならまだ良い。 直後、ホテル内の教会で挙式した夫婦を見たのが運の尽きだった。 「あー結婚式だー」 「おーどれすきてるからなぁー」 「しろいからなぁー」 「そうだなしろいなぁー」 もはや自分がなにを言っているのかもわからない状態で、ディックがやめておけばいいのに更に酒を飲む。 「ジェイもさぁ、けっこんとかしたらー」 「なんでだよー」 「まるくなるかもー」 「ごめんだわー! おまえがすればぁー?」 「ぼくがぁ? なんでぇ?」 「"ダディ"はよろこぶんじゃねぇーのー? おまえがぁーけっこんしたらぁ」 「えぇー? ジェイがけっこんしたほうがぁーよろこぶんじゃないかぁー?」 「はぁー?」 空気が少し重たくなった。ジェイソンの目が据わっている。酔ったせいで頭がふわふわしているディックが、踏み込んではいけないところに踏み込んだのだ。 自分では"ダディ"なんて軽口を叩いてブルースの話を持ち出してくるくせに、他人に(特に他の家族に)ブルースの話をされると途端に機嫌が悪くなるのがジェイソン・トッドと言う男である。 少し酔いの醒めたディックがその場の空気を誤魔化すために声をあげた。 「おさけくださいー」 「おれもおかわりー」 そうしてまたアルコールを摂取して、せっかく醒めた酔いがまた戻ってくる。こうなるともうダメだ。また頭が思考を放棄して突拍子も無いことを言い始める。 「あっ ひらめいた!」 「なんだよ?」 「ぼくらがふたりでけっこんすればいいんだ!」 「なんでだよ!?」 「だってぇ、ぼくはじぇいがけっこんしたらいいなっておもったじゃん?」 「おう」 「それでぇ、おまえはぼくがけっこんすればいいっていったじゃん?」 「おう」 「じゃあふたりでけっこんすればよくない?」 「うーん」 ジェイソンもそれなりに酔っていた。なんだかよくわからないディックの理論におかしいと言えないくらいには思考能力が低下していたのだ。 「ここならけっこんもかんたんにできるし!」 「そうだな」 「たのしそうじゃん!」 「そうか?」 「えーぜったいたのしい! しんこんりょこうラスベガスとか! たのしそう!」 ディックが酒を追加で頼み、つられてジェイソンも更に酒を煽る。 たぶんこれがいけなかった。 「それはたのしそう」 「でしょーけっこんしよー」 「そうだなー」 「そうだな」じゃないだろう、ジェイソン。 自分の超理論を棚に上げてディックは思わず頭を抱えた。 こうして酔っ払いふたりはそのままの勢いで役所に行き結婚届を入手する。誰かが止めてやればいいのに、ホテルで飛び入り結婚式の予約をし、着の身着のままで教会の中に飛び込んだのだ。 神父が祭壇の前に立ち、向かい合うように新郎ふたりが並ぶ。赤い顔で完全に酔っ払った、完全に勢いだけで神の前に並んだふたりだ。 しかしラスベガスに住んでいるのだから神父も馴れたものらしい。彼は淡々と聖書片手におきまりの文句を口にした。 「健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」 「「ちかいまーす!」」 こうして彼らは前後不覚でハッピーな脳みそのまま、無理矢理結婚証明書を手に入れた。 酔っ払って結婚してしまったふたりが最終的にたどり着いたのは、やはり酔った勢いで予約してしまったスイートルームだ。執事付きプランという無駄の極み。全体の広さが836平方メートルというのも無駄に拍車をかけている。そこにたったふたりで泊まるのだからわけがわからない。本当にディックに時を操る能力があったなら、酔っ払いふたりの凶行をどの段階でもいいから止めてやりたい。切実に。 「すげぇー! ディック! ふろ! そとふろ! ひひひひひひ!!」 「うさぎ! うさぎのまーくがある! はははははははははははは!! ははははははははは!」 結局ふたりは部屋の中にあるフルバーでさらに酒を飲み、腹がよじれるほど笑った。 どれだけ飲む気なのか。二日酔いになるのも当然である。 「なぁでぃっく! おれらけっこんしたんだよな!」 「そうさ! きみはきょうからジェイソン・グレイソン!」 「へんななまえだな!」 「それともぼくがディック・トッド?」 「それもへんななまえだぜ!」 あの時の笑いのツボは絶対におかしかった。とりあえず三言目には必ず笑っていた気がする。60年代風レトロモダンなインテリアの中頭がお花畑になったふたりは服を着たままバルコニーのジャグジーに飛び込んだ。 「ふうふってなにすんだ!?」 「……なにするんだろう!」 ふっしぎだなぁ! とディックが叫んだ。不思議なのは自分の頭だと今ならわかる。不思議な頭の酔っ払いは、ジャグジーから見える夜景を眺めさらに不思議なことを言い出した。 「あっ! そうだひらめいた!」 酔っ払ったディックのひらめきに良いものはなにもない。それはひらめきではなくシナプスがアルコールに蹂躙された際の断末魔だからだ。 「なんだよ! なにひらめいたんだよ!?」 ジェイソンが赤い顔でディックに訪ねる。ところで酔った上での入浴は大変危険である。 ディックが伴侶に向き直り、弟の肩に手を置いた。この字面だけで状況がどれだけ混沌としているかわかるというものだが、酔ったふたりは気づかない。 ジェイソンは不思議そうにディックを見ている。何度も言うが、不思議なのはこの時のふたりの頭である。 「ただいま!」 「おかえり!」 「ちがう! いいかいジェイソン、きみはぼくのはんりょになったんだ! いうべきことはおかりだけじゃない!」 「えっじゃあなんだよ!」 「おかえりだーりん!」 「おかえりだーりん!」 「ふうふっぽーい!」 「ほんとだすげぇー!」 思い出せば思い出すほど取り返しの付かないことをしている。 夫婦っぽいってなんだ。 しかも始末の悪いことに、彼らはそれから五回同じ事を繰り返しては笑った後、今度は配役を交代して五回繰り返し五回笑った。酔っ払いの思考回路は、たとえ本人であっても理解不能なのだ。 この頃時計は深夜12時を回っており、夕方あたりから始終笑い転げていた酔っ払いふたりもとうとうガス欠になった。大人しくジャグジーから上がって濡れた服を脱ぐ。 なぜかきっちりと執事に服を渡し、洗濯の手はずを整えた上でバスローブを着込んだ。 「なんだかつかれた」 「だるい」 「これが倦怠期か」 「けんたいきってぶつりてきにだるいもんなのか」 「だってけんたいきだし」 しかし会話は相変わらずお花畑のままだ。一階のベッドに倒れ込んだふたりは疲れ切っていた。 「もうふうふがやるべきことはあらかたやったんじゃないのか」 「まじか。もうおれらかんぺきなふうふだな」 「そうだな。かんぺきなふうふだ」 せめてこのまま眠ればよかったのだ。しかし悲しいかな、ヒーロー(あるいはヴィジランテ)稼業をしているふたりは昔から体力があった。グロッキーになってもすぐ回復してしまう。 「……いや、かんぺきじゃないな」 「……やってねぇな」 「……やってないな」 「やんねぇと」 「やらないと」 いったい何が彼らをそこまで突き動かしたのか。今となってはわからない。わかりたくもないディックである。 とにかく酔っ払いふたりは一時のテンションに身を任せ、元気に叫んだ。 「セックスだぁああああああああぁあああああぁー!」 ムードもへったくれもありはしない。ふたりしてバスローブを脱ぎ捨て、勢いのまま身体を繋げた。 正直気持ちいいとか痛いとか柔らかいとかかたいとかどこをどう触ったとか細かいことはなにひとつ覚えていない。相変わらずゲラゲラ笑いながら二階のベッドルームに移動し、天井の鏡を見てまたゲラゲラ笑った。この時は確かディックがジェイソンを後ろから抱きしめる形でベッドに寝転がり、お互い鏡を見ながら何度か致した。 「重い!」とか「潰れる!」とか「じゃあ交代しようぜ」「やだ」とか口論しながら、その時も相変わらず笑っていた気がする。つまりこの時はディックがタチだったわけだ。 そして本当に体力が尽きて、眠ったのである。 [しおりを挟む] 目次 戻る |