4 逮捕されたラケシュは携帯電話で部下と連絡を取っていた。咎めるものは誰もいない。金を積んでさえいれば警察は彼らのことを黙認してくれる。 ヒーローがどこから何度来ようが無駄なのだ。 「仕事は予定通り進めろ。あとのことはサンジープに任せてある。ヤク漬けにしたガキは賞味期限が短いぞ。とっとと捌いちまえ。国内は今ヤベェから海外だ。取引先はいくらでもある」 見張りを変わった警察官が彼のすぐ横についたが、ラケシュは大して気にした様子もなく通話を続けた。 逮捕されているにもかかわらず、彼は電話一本で仕事をし続けることができる。彼が部下に電話をかけるたび、子供の人権と命が無残に踏みにじられていく。 見張りを命じられた警察官が電話中の彼に小さく声をかけた。 「客が来ているぞ」 ラケシュが警官を見た。スキンヘッドは男に「ちょっと待ってろ」と呟くと、電話に向かって早口で喋りかける。いくつかの業務的な連絡をした後 「じゃあまた後で連絡する」 と言って携帯電話の通話終了ボタンを押した。それから口元に下卑た笑みを浮かべ、上目で警察官を見上げる。 「誰が来てんだよ? プーシャか? リナか?」 警官は答えない。代わりに彼の胸ぐらを掴んでスキンヘッドの体を反転させると、腕を捻り上げて男の顔を壁に押しつけた。 「ぐぇっ」 ラケシュが呻き、そのまま「てめぇっ」と叫ぼうとする。上下した喉にナイフをつきつけられて口を噤まざるを得なかった。 「ひっ……」 「おっと、騒ぐなよ。騒ぐと"痛い"ぜ」 怯える男の耳元で警察官が囁いた。ラケシュは彼の声に聞き覚えがある。 「その、声……ッ、テメェ、レッドフードッ……!」 警官の頭から帽子が落ちる。艶やかな黒髪が揺れ、薄氷色の鋭い視線がラケシュを射貫く。スキンヘッドの耳元で殺気の籠もった低い声が空気を震わせた。 「騒ぐなよ。テメェの汚い人生、終わりくらいスマートに逝けや」 ラケシュが命の危険を感じて騒ぐ前に、レッドフードが彼の喉を切り裂いた。 声帯を震わせるはずの空気が裂けた傷口から血と一緒に漏れ出し、口からはゴプリと弱い破裂音を響かせ粟立った赤が流れる。 壁に向けてぶちまけられた男の血液は天井にまで達したが、彼のすぐ背後にいたレッドフードは、ラケシュの体を肉の盾とし返り血から身を守った。 そうして床に落ちた帽子をかぶり直し、用済みになった肉塊を血だまりの中に叩き落とす。 振り返りもせず部屋を出て行った彼がエントランスについた頃、警察署内でやっと死体が発見され、建物内がにわかに騒がしくなっていた。 未だ情報が行き渡っておらず、現場に向かう者、自分の仕事に向かう者、状況が把握できずに戸惑う者と様々だ。混乱する警察署を抜け出したジェイソンは、最後に一度だけ建物を振り返る。開いた口から言葉が出ることはなく、呼吸音だけが彼自身の耳に届いた。 この世はクソの掃きだめみたいなもんだ。 ヒーローなんて呼ばれる連中は、そのクソの掃きだめにせっせと花の種を撒く。 地面自体が肥料みてぇなもんだから、花はそりゃ綺麗に咲き誇る。 そのせいで、みんな花畑の下に特大のクソが広がってるってことを忘れちまってるんだ。 その綺麗な花畑が、下のクソとまざって、気が狂いそうな臭いを出してやがるってのに。 数秒警察署を睨み付けていたジェイソンが視線を前方に向ける。ラケシュの仲間は今頃C-4で吹っ飛んでいるはずだ。ジェイソンも、今日中にこの国を出なければいけない。立ち止まっている暇はないのだ。帽子を目深に被り直して歩き始めると、頬を撫でる風がやけに冷たかった。 ――現代における奴隷の総数は全世界でおよそ四千五百八十万人。うち、千八百四十万人がインドにいると推定されている。 [しおりを挟む] 目次 戻る |