2 向かった先の倉庫は草と糞尿の混ざったような臭いがする。たとえるなら動物園だ。 倉庫内の人数は十数人。ジェイソンにとって見覚えのある顔ばかりだ。けれど、倍以上の気配が蠢いているのがわかる。稀に甲高かったり、低かったりする動物の鳴き声が漏れ聞こえ、ガシャンガシャンと金属のこすれる音がした。おそらく檻の柵が揺れる音。 「この前横やり入れてきた連中が何人かいるな」 屋根の梁に座り込んだふたりが顔を見合わせ、まず倉庫の配線板に近づいた。照明に簡単な細工を施した後、倉庫内にいる動物たちが人間と隔離されていることを確認する。 ティムが胡乱げに目を細めた。 「つまりあいつら、ライバル組織の動向を調べて、獲物をかすめ取ろうとしてたってこと?」 「そんで、自分たちが動く前に俺が動いたもんだから、慌てて警察のフリして横やり入れてきたってとこか」 「それは、なんというか……」 「おう。なんというか……」 ティムが腕についたデバイスを操作すると、照明がかき消えた。足もとから戸惑ったような声が聞こえてくる。 「なんだ!?」 「照明が落ちやがった」 「おい、だれかブレーカー見てこいよ」 雑音を遠くに聞きながら、レッドフードが上体を中空に投げ出す。重力に従って落ちながら体を丸め、猫のように何回か回転して地面に着地する。 彼のすぐ後、レッドロビンも片膝をついてジェイソンの背後に着地した。 ふたり同時に顔をあげ、暗がりでマスクのスターライトスコープ機能を頼りに敵を視認する。 「「どこまでも手間のかかることを!!」」 なんだてめぇら、と叫ぶ男の顎にジェイソンが掌底を当てる。ふらついた敵を、ティムが背後からバトルスティックで殴打した。 パンパンパンッ、と爆ぜる音がして男がひとり倒れる。ジェイソンのゴム弾が当たったのだろう。 レッドフードの足が蹲る男の頭に振り下ろされた。 ティムが棍棒を地面に突き立て、棒高跳びの要領で敵目がけて落下し、踏みつけるように蹴りを食らわせる。 そのままバトルスティックを横に一閃し、コマのように回転しながら敵を数人巻き込んで吹き飛ばした。 彼の背後で銃を構えた女が、引き金を引く前に後ろへ吹き吹き飛ぶ。 「がっ」 という悲鳴とともに顎を仰け反らせ昏倒した女は、後頭部を強かに打ちつけぐったりと脱力した。額に赤い跡ができている。浅い傷だが、直後に後頭部を打ったせいもあり気絶してしまったのだろう。 原因はレッドフードの撃ったゴム弾だ。 弟の危機を救ったジェイソンは、もう動く敵がいないのを確認して銃をホルスターにしまった。 「これで全部か」 ティムもゆっくりと立ち上がり、服についた埃を手で払う。 「そうみたいだね。じゃあ僕、データ抜くから」 「そうしてくれ」 レッドフードがコンピューターに近づき、電源を入れると腕につけたデバイスからUSBケーブルを取り出して接続した。デバイス側からの操作を一分弱続けると、コンピューター内部のデータがディスプレイ上に次々表示されていく。 「組織のメンバー表に、裏帳簿、商談記録に取引先の情報、よりどりみどりだ」 「お前がいるとデータ抜くのあっと言うまでラクだな」 「休んでないで手伝えよ」 「じゃあ悪党縛り付けてっから」 「なんだよそれ」 小言をいうティムの手がピタリと止まった。ジェイソンは視線の端で硬直した義弟を不思議に思いながらも、悪党の拘束を優先する。 行動を再開したティムがコンピューターを少し操作した。ジェイソンが弟に視線をむける。 レッドロビンが腕につけたデバイスのスピーカーから、大音量で声が聞こえてきた。聞き覚えのある声。 『元気に生まれてこいよ』 あろうことか、ジェイソン自身の言葉だった。言った覚えがある。卵に、話しかけた時の言葉だ。 「おいっ、ティム!!」 声を荒げると、弟が振り向いた。顔を赤くして、口を真一文字に結んだ姿は一見怒っているようにも見えるが、ジェイソンはすぐにわかった。あれは笑いを堪えている顔だ。 またスピーカーから声が聞こえてくる。 『名前どうすっか。女だったらアシュリーで、男だったらダニエルでぇ、わかんなかったらジェシーな。どうよ』 『お前は本当目が離せねぇなぁ』 とうとうティムが大きく吹きだした。盛大な笑い声がその場に響き、別の部屋に集められた動物たちが物音に反応してすこしだけ騒ぐ。 ジェイソンはマスクの下に隠れた顔に血が集まっていくのを感じていた。体中が熱くなって今直ぐ大声で叫き散らしながら走り出したい気分だ。それと、できればあのパソコンとティムのデバイスと、ティムの記憶を破壊したい。 そんなジェイソンの気持ちを無視して、レッドロビンはドミノマスクに覆われた瞳に涙さえ浮かべ、苦しそうに肩で息をしながらヒーヒーとみっともなく擦れた笑い声をあげている。 「あっ、あなた、ふふっ、あの卵にこんなこと話しかけてたの? あ、あは、あはは、臨月の母親みたいじゃないか! なっ、名前まで決めてあるとか、はっ、初耳なんだけど! い、いい、いい名前だねっ、ふ、ふふっ、は、はははははっ!」 「おいうるせぇぞティム! それ切れ! 切れよバカ! ちくしょうっ!」 「あははははははっ!」 「笑いすぎなンだよテメェ! いい加減にしろよバカ!」 『……俺のいない間に、孵るんじゃねぇぞ』 「ひぃっ! やさ、優しい、ひひっ!」 「テメェッ!!」 ジェイソンが大股でティムに近寄っていく。弟はもはや周囲を気にせず大爆笑しており、どうしても一発殴らなければ気が済みそうにない。拳を強く握りしめたジェイソンは、けれどスピーカーから聞こえてきた声を聞き、一瞬硬直してしまう。 『わかってんだよ……どっち選んでも、多分結局後悔してた。正解なんてねぇんだ……どれを選んでも、結局間違いばっかりだ』 ティムが一瞬笑うのをやめた。 刹那、ジェイソンの中の気恥ずかしさは限界を超え、思わず口から声がでる。 「うわぁああああああああああああああああっ!!」 自分がティーンの時の日記を見られた時のような筆舌に尽くしがたい気恥ずかしさだ。もはや死にたいのか消えたいのか殺したいのか消したいのか走り出したいのか立ち止まりたいのかわからない。とりあえず怒りなのか羞恥なのか憎しみなのかわからない原初の感情に突き動かされ、喉と足が勝手に動いていた。 奇声でスピーカーの音をかき消し、足がティムを蹴り飛ばす。無防備だったレッドロビンはあっけなく床に転がるも、さすがヒーローといったところか、即座に受け身を取ってダメージを最小限に抑える。 「いったぁ!」 文句を言われたが、知った事ではない。ティムが悪い。ティムが全部悪い。 ジェイソンはパソコン上にある再生停止ボタンを押して、義弟を睨み付けた。 「いい加減にしろよもう!」 声は自分でもわかるほど震えていた。気恥ずかしさでちょっと涙が出ている。それくらいに恥ずかしい。消えたい。いや、消したい。ティムの記憶を。 レッドロビンは義兄の取り乱しようが面白かったのか、起き上がる直前に半笑いで「はぁー笑った笑った」と呟いた後、目尻に浮かんだ涙を指で拭って、ジェイソンを見た。 「ふふっ、そんな悲観的にならなくても、諦めずに選び続けてればいつか正解にたどり着くよ」 「あぁ!?」 彼の言葉が、卵に記録された独り言に対するアンサーだとはわかっていたのだが、脳内がもはやそれどころではないジェイソンは不機嫌そうな声しか出せない。 睨み付けるように視線を送った先で、義弟が見たこともない穏やかな顔を浮かべていた。 「世界中に正解だって思われなくてもかまわないって思える、貴方だけの"正解"が、いつかどこかで、きっと見つかる」 さっきまで人の黒歴史を暴いて大爆笑していたくせに、こんなところだけは、嫌になるくらいヒーローだ。 まだすこし気恥ずかしいジェイソンは 「……十年早ェんだよ、バカ」 と吐き捨て、義弟に背を向けた。 感謝の言葉は、十年経ったら伝えてやろうと思う。 ティムはそんなジェイソンの思考すらお見通しなのか、後ろでただ、穏やかにクスクスと笑うだけだった。 [しおりを挟む] 目次 戻る |