渦と渦「父さんは俺じゃなく、コンを連れて行ったのか……」 ともすればかき消えそうな声がジェイソンとティムの耳に届いた。声の先にいるのはジョナサン・レーン・ケント。4歳で死亡した後蘇生処理を施された"サン・オブ・スーパーマン"。コン=エルのオリジナルにあたるクリプトンと地球人のハーフだ。 ジェイソンが少年の肩にそっと手を置く。見かけによらず繊細な手つきはジョンを労っているようでもあり慰めているようでもあり、だからこそ蝙蝠の一族の中でこの男を一番信頼しているのだと、ティムはマスクの奥で目を細めた。 ハーヴェストがコン=エルを連れ去った後、ティムは彼を救出するため兄の手を借りようと考えた。自分でできるだけの下調べと段取りを終えたティムが、レッドフードと直接話をするため彼の元に趣いた際、なんの因果か彼に保護されていたジョナサンと鉢合わせることになった。 彼が消えたからハーヴェストはコンを連れ去ったというのに、コン救出の手助けを依頼するつもりの男が彼を保護しているとは因果なことだ。 コンとハーヴェストの話を聞いた途端、ジョンの体から平素の自信が嘘のように消え失せ、少年はまるで幼い迷子のように心細げに背中を丸めた。 俯いた唇が小さく開き、小さな雫のような言葉が地面に落ちた。 「俺よりコンのほうが優れていたということか?」 その雫を吹き飛ばすように力強い言葉が、ジョンの頭上から降ってくる。 「ジョナサン、それは違うぞ」 赤いフルフェイスマスクをつけたままだが、彼が真剣なのは声でわかる。迷子の両肩を力強く掴んだジェイソンは、俯くジョンの顔を覗き込んで無理矢理視線を合わせた。 「お前の親父は誰でも良かったんだ。お前もコンも、あいつにとっては所詮換えのきく道具でしかなかった。そうじゃなかったら、お前のこともコンのことも探すはずだ。お前を道具としてしか見てないイカレた親父のために、お前が苦しむ必要はない」 ジョナサンは彼の言葉に納得いっていないようで、哀しげに瞳を揺らしたまま黙っている。彼にとっての父親はハーヴェストなのだ。あの誇大妄想の偏執病を患った未来人。これほど慕われたあの病人は、ジョナサンを息子として愛していたのだろうか。 だからコンというクローンを造った? ばからしい。本当に愛しているなら息子に人殺しなどさせない筈だ。 そもそもその息子を手に入れた理由にしたって、メタヒューマンを殺すのが目的だったのだ。そんな歪んだものを人は愛とは呼ばないし、仮にそれを愛と呼んだとするならばエゴと呼ぶにもおこがましい醜悪な代物だ。いたずらに命と人生を弄ぶあの未来人は、結局その大事な息子が消えた瞬間コンを連れ戻しに来た。クローンとその友人にしてみればたまったものではない。 ジョン・レーン・ケントがハーヴェストを慕っているのは、結局の所虐待された子供が親に執着する典型パターンだ。 ジェイソンはジョナサンとコンの関係に思うところでもあるのか、意気消沈したサン・オブ・スーパーマンに対し必死に言葉をかけていた。 「ジョナサン、イカれた親父が望んだからってお前がそれを選ぶ必要なんてないし、親父に必要とされるために優秀である必要なんてない。本当の親なら優秀じゃなくたって子供を見捨てたりしない。お前がいなくなったからって、すぐ他の奴をお前の代わりにしたりなんかしないんだ」 いくら言葉で言っても無駄だろう。ジョナサン・レーン・ケントはいままでずっとそうして生きてきたのだ。お節介な兄の気持ちを汲んで黙っていたティムは、とうとう耐えきれず口を開いた。 「カウンセリング中申し訳ないんだけど、レッド」 呼ばれたジェイソンが顔だけをティムのほうに向けた。少しトゲのある言い方に不満があるようだ。この兄ときたらいつもは偽悪的な態度をとるくせに、こいう場面になると妙に面倒見の良いところを見せて他人の世話を焼きたがる。 それが野良猫のように差し伸べられた手をひっかくしか脳のない相手だろうと、自分ひとりで生きていけると豪語するプライドの塊であろうとも、むしろそういった自分の口からは決してSOSを発しない人間にほど手を差し伸べたがるのが、ジェイソン・トッドという男の悪癖だった。 不器用な生き方しかできない兄に対して時たま異様に苛立つことがあれど、ティムはそんな彼のことを信頼しているし、自慢の兄だと思っている。 「僕は貴方に、コンの奪還を手伝って欲しくてここに来たんだ。その返事をくれる?」 苛立つティムに何を思ったのか、ジェイソンがマスクの奥で微かに目を細めたようだった。 「お前のカウンセリングも大事だからな。答えはYESに決まってるだろ、レッド」 「ありがとう。じゃあ、早速行こうか」 ティムの言葉を借用し、わざとらしくカウンセリングと言ったのは業腹だったが、会話を中断させたのはティムなので多めに見ることにした。ティムに行動を促されたジェイソンは気遣わしげにジョンを見る。サン・オブ・スーパーマンはティムとジェイソンの会話を聞いて、あるいはその直前ジェイソンが自分に投げかけた言葉を聞いてなにか思う所でもあったのか、俯いていた顔をあげてまっすぐにジェイソンを見ていた。 それでもその瞳はあいかわらず迷子の子供のようで、揺らぐ炎のように不安定な表情でもって声を荒げる。 「まってくれ、俺もいく!」 どこか縋るような声に自分の友人を重ねてしまったティムが肩を揺らした。ジェイソンは少年の真意を探るようにジョンの顔を見つめている。その中には気遣わしげな色が混ざっており、あれだけ彼の父親を非難しながらも、ジョナサンが父親と対峙することに対しては不安を抱いているようだった。 それがジョンの寝返る可能性に対してではなく、彼が父親の本来の姿を見て傷つく可能性に憂慮しいたものであることは明白だ。ティモシーなどはまた甘いことをを苛立ちすら覚えるのだが、こればかりはおそらく死んでも治らないのだろう。 そんなティムにしろどこかしら兄に似たところがあり、苛立ちや不満を覚えながらも人助けに奔走する姿は血のつながりがなくとも兄弟と言える。 その所謂『チームレッド』を前にして、ジョンは更に言葉を続けた。 「おまえらがふたりで行くより、俺が一緒に行ったほうがいい」 ジェイソンが気遣わしげに口を開いた。彼がなにか言葉を発する前に、ジョンがさらに声をあげる。 「それに、父とあって、話をしないといけない」 ジェイソンの肩が揺れた。 「……ジョン、お前がイカれた父親に縛られる必要なんてないんだぞ」 その言葉は宙に放られた途端霧散する。ティムは兄の声の名残を鼓膜の奥で転がしながら、フルフェイスマスクに覆われた男の表情を盗み見た。目こそ透けて見えることがあれど、フルフェイスという性質上マスクを被った彼の表情をうかがい知ることはできない。 ジョンは再三くり返されるジェイソンの忠告を聞いて、それでも目を逸らさず彼の言葉を受け止めている。しばらく彼の表情を観察していたジェイソンは、やがて小さく頷いてみせた。 「だが、それでお前が前に進めるなら、そうしろ」 「ああ。ありがとう」 途端、ジョンの目が赤く光る。ジェイソンが思わず一歩後退し、ティムも全身が粟立つ感覚に思わずその場を飛び退いた。 コンの"戦闘モード"で慣れている筈だったのだが、目の前の男はなるほどコン=エルのオリジナルと言うだけあって、恐ろしいまでの威圧感を持っている。 先ほどまでの不安定な表情が嘘の様に、粗野で凶暴な笑みを口元に浮かべた少年が、一見標準的な大きさの拳を握りしめて言う。 「共に行くからには、おまえらには傷一つつけさせないと約束しよう」 絶対的な自信。揺るぎない覚悟。 やはり先ほどまでとはまったく違う雰囲気を醸し出す彼は、スーパーマンの息子というより絶対的な力をふるう王者のようだ。 「頼もしい限りだよ……まったく……」 ティムの声は意図せず震えていて、しかしこれで、親友の奪還作戦の成功率が限りなく百パーセントに近づいたことは、揺るぎない事実であった。 [しおりを挟む] 目次 戻る |