3 事件から数週間後。基地のコンピューターでデイリープラネットの電子版を確認したダミアンは、一面とその関連記事に目を通し終えたと同時に、機械の電源を落とした。呆れのような、嘲笑のような、諦めも入り混じった息を吐き出し椅子に深く腰掛ける。大きなポテトチップスの袋を持ったジョンが、友人の異変に気付いて目を細めた。 「どうしたのダミアン、浮かない顔して」 「カミール・マナードが人身売買と児童買春で再逮捕された。あの地下劇場の客も各国で続々逮捕されている」 「よかったじゃない」 「だが、武器の製造と販売を行っていたハムド・マナードの調査は遅々として進まん。報道はどの国も日に日にカミール・マナードのほうに重点が置かれ、ディルハは未だハムドを支持する声が圧倒的に多い。おそらく、武器工場の件は、地下劇場を隠れ蓑にうやむやにされてしまうだろう」 ジョンがひとつ瞬きをする。信じられないといった表情で眉を顰めていた。 「でも、悪いことをしたんだし、世界中で報道されただろ? そんなこと」 「あるさ。国連加盟国の多くも、ディルハの武器工場と取引をしている。なにかを守るためには力が必要だ。武器はその”力”になり得るという大義名分が、奴らの金儲けを正当化させる。俺がメディアに送った情報には、武器取引を行った国の一覧も入っていた。第一報で実際に報道したメディアも多いが、その後はさっぱりだ。”必要悪”というのは、人間の感覚を麻痺させる非常に強力な麻薬だな。中毒性も申し分ない」 「……僕にわかるように話してよ」 「俺たちもなにかを守るために"戦って"いる。戦うというのは"暴力の行"使だ。武器を持つ、力を持つということは、なにかを守るために必要だと考える連中は多い。俺もそうだし、バットマンもそうだ」 「つまり?」 「……つまり、ディルハ王国の武器工場は、バットマンが新しいガジェットを作ることと何ら変わりないと、世界に判断されたということだ」 実際、大した変わりは無いだろう。正義も道徳も立場や時代によって大きく変わる。バットマンは武器を売らないが、だから正しいとはいえないし、見方によれば、誰にでも身を守るための"力"を得られるよう配慮した武器工場のほうが、個々人の自衛という観点においては"正義"と言える。 正義のための奉仕であるから、自分のそれは暴力ではないなどと、詭弁をふるうつもりはない。 全ての力は暴力だ。戦いとは理由はどうあれ"暴力の行使"という手段である。 ジョンは酷く悲しそうな、痛みに耐えるような表情で目を細めた。青い炎の瞳が揺れる。まるで強風に煽られているようだったが、酸素の送り込まれた炎がどうなるか、ダミアンはもう知っていた。 「そんな顔をするな。『これから変わる』と言ったのはお前だぞ。暴力の行使が今の世界に認められているのなら、それはこれから変えていけば良い。未来は俺たち子供のもだからな」 ジョンがパチリと一度瞬きをする。炎の揺らめきが嘘の様になりを潜め、ダミアンは凪いだ団栗目に妙な安心感を抱いていた。 「本来の枠組みで最良をはじき出すのが大人の仕事なら、理不尽と不条理を変えられると信じ、突き進むのが子供の仕事だ。大人がやらないのなら、未来の所有者たる俺たちが変える。俺たちにはその権利がある」 ダミアンが立ち上がると、ジョンの視線が彼の動きを追った。暫く友人を凝視していたジョンだったが、やがて肩の力を抜き、緊張の糸が切れたようにふわりと笑う。 「……こんな時ばっかり子供のふりする」 いつもは大人ぶってるくせに、と、柔らかい声がダミアンの耳朶を打った。親友と顔を見合わせて、少年が笑う。 「それも子供の特権ってやつだ」 「またそうやって都合の良いことばっかり」 ふたりで顔を見合わせ、笑い合うこと数分。少し明るい気分になったダミアンは、絶望することはないと自分に語りかけた。 大人がより良い世界を構築する義務を怠るのなら、未来の所有者として、より良い世界に変えるのが、子供に与えられた権利なのだから。 [しおりを挟む] 目次 戻る |