2 ディルハ王国はアラビア海に浮かぶ、約六百平方キロメートルの島国だ。湾岸諸国同様石油の原産国として知られ、その殆どを海底資源に依存している。さらに最近では、石油産業で得た資金を利用して観光誘致を行っていた。 「その小国が、世界各国から優秀なエンジニアを集めて武器開発を行っているらしい」 ダミアンの言葉を、ジョンはジュース片手に神妙な顔で聞いていた。顔つきは真剣であっても、どこか緊張感に欠けている。皮肉を言っても最近は軽く受け流されてしまうので、ロビンは早々に諦め、話を続けることにした。 「この情報を入手したのはジャスティスリーグだが、連中は今別の事件にかかりきりだ。俺たちが独自に調査したほうが早い」 友人の言葉を聞いて、ジョンが眉尻を下げる。 「そう? 潜入捜査とかって僕やったことないんだけど……」 「この国なら子供のほうが簡単に潜入できる」 「なんで?」 「……ディルハ王国は、観光誘致の一環として、八年前島の南端に複合型リゾートを建設している。『アル・ウッザー・リゾート』の踊り子なら、国の地下も自由に行動できるはずだ」 「踊り子って、大人の仕事じゃないの?」 「アル・ウッザーの"地下劇場"に限ってはそうじゃない」 基地のコンピューターが、モニターに動画を表示させた。画質は非常に荒く、隠し撮りのような雰囲気さえある。 やけに振動する画面の中央、スポットライトの中で子供達がベリーダンスを踊っている。セパレートタイプの、腹部が剥き出しになった衣装を着ていたが、男女の別はないようだった。 客席は薄暗くよく見えないものの、立派な身なりの大人たちが寛ぎながらショーを見ている。 ジョンが首を傾げると、ダミアンが動画を消して顔を俯けた。顔が上げられない。友人の視線から逃げるようにして、床に向け言葉を吐き出した。 「この地下劇場の支配人は、国の第一王子であるカミール・マナード。奴はおそらく……常習的な ジョンがジュースの缶を持ったまま身を乗り出す。 「え、それってさ」 「踊り子の国籍や性別は問わない。地下劇場の客もカミールと同じクソッタレどもだろう。まだ証拠は掴めていないが」 コンピューターの画面上にいくつかのウインドウが表示され、ダミアンの指がキーボードを叩く度、目まぐるしく表示画面が切り換わっていく。友人の言葉を理解するのに少々時間を要したジョンは、結局自分を置き去りにして作業を進めるロビンが、全ての行動を終えるまで黙って見ていたのだった。 「いくぞ、スーパーボーイ」 「え、嘘、もう準備できたの?」 「用意した服に着替えろ。あとは子供の群れに紛れるだけでいい」 渡されたのはチェックのシャツにジーンズ。おそらく古着だろうと思われるくたびれた様子の服だ。ダミアンも黒いシャツとジーンズを着ており、大きめですこし汚れた古着は、平素の彼の服装とは似ても似つかない。 「これって、売られた子供のフリをするってこと?」 「出稼ぎをしにきた子供のフリだ」 「なにが違うの、それ」 「合意の有無」 「せちがらい」 基地からシャトルを出してまず陸へ上がった彼らは、そのままロビンが所有する小型飛行船で一路中東へと向かった。 アル・ウッザー・リゾートは、二千六百室のホテルとその頂上にあるプール、カジノやコンベンションセンター、美術館、シアター、ナイトクラブや野外イベント会場、七つのレストランと広大なショッピングモールからなる巨大複合型リゾートであり、運営には王族が深く関わっているという。 また、この広大なリゾートの地下には特殊なパスを持った人間しか入れない"ホテル"と"地下劇場"があるともっぱらの噂で、海外から集められた子供の集団は、ダミアンの読み通りこの地下施設の舞台裏に集められた。 ジョンとダミアンも例外ではなく、ホテルの裏側にあるエレベーターで他の子供達ともども広大な地下の部屋に集められた。 出入り口にはひとりずつ見張りがいて、なんでもないようなフリをしているものの、胸に吊り下げ式のホルスターをつけているようだ。 これからどうなるのか理解できず、俄にざわつく子供たちに対して、ひとりの男が声を張り上げた。 「君たちにはこれから踊りを覚えて貰う! 特に難しいものじゃない。お客さんも、君たちを子供だと思って見ているから、それほど難しいパフォーマンスは望んでいない。基本だけ覚えれば、あとは場数を踏んで上達してもらえればいい」 ダミアンが片眉を跳ね上げる。子供たちがザワザワと話し始めると、男が手を叩いて雑談を強制終了させた。 「ここからプロになる子もいるし、お金を稼いで止める子もいる。ステージに出れば最低限の給料は出るし、衣食住はこちらで保障しよう。上手くなればお客からチップを貰える。人より稼ぐかどうかは君たち次第だ。食いっぱぐれることはないから安心して欲しい」 不気味なほどよく出来た話だったその裏に透けて見えるのは性的奴隷という物騒な状況。プロってなんのプロだよ、と思いダミアンは思わず口を歪めた。 ここにいる大人のフリをした連中は、耳あたりの良いことを言って、子供を食い散らかす獣の群れだ。 横に立っていたジョンが、不安げにダミアンのもとへ顔を近づけてきた。 「ね、ダミアンあれ本当……?」 「これだけ大規模な施設だ。"採用"する子供は客のニーズに合わせてキチンと選んでいるだろうし、衣食住を保障するというのは本当だろうな」 「いや、そうじゃなくて……」 「奴の説明なら、おそらく本当の事を言っていないだけだ。"プロ"がなんのプロなのかとか、"チップ"に見返りが発生するとかいうシステムの全容を話していないだけで」 「でもさ、ねえ、それって」 手前に並んだ子供たちから順番に二種類の服を渡されている。一枚目はベリーダンス用の衣装。もう一枚目はイエメンの男性用民族衣装に似た代物だが、ズボンを履くようだ。芸の細かいことにジャンビーアまで用意されている。 客に見せるための、上っ面だけなぞった民族主義。裏に隠れているのは清々しいまでの資本主義だ。人も文化も命も誇りも金に換えて食い尽くしてしまう飽食の化物。 男の声が部屋全体に響き渡る。 「ダンスは二種類で、ベリーダンスとジャンビーアダンスの基本を覚えて貰う! ここでは男女別れる必要はない! 全員二種類のダンスを覚えて貰う!」 金のためなら男女差別まで乗り越えるというのも皮肉な話だ。もっとも、今男たちは子供を人間として扱っているのではなく、金を生産する家畜とでも思っているのだろうから、それほど立派でも皮肉でもないのかもしれない。 管理に影響がなければわざわざ時間を割いて家畜の性別わけなどする必要も無いのだろう。 ジョンが未だ不安げにダミアンを見ていたので、衣装を貰う直前、少年がそっと年下の親友に耳打ちする。 「言っただろう。地下劇場はチャイルド・マレスターのたまり場。しかも金と地位があって好きなように振る舞える連中ばかりだ。ここに集められた子供も、事前に集められた子供も、人の皮を被った獣どもに食い散らかされて終わる」 「それじゃ、早く助けないと!」 「ダメだ」 ジョンの動きが止まった。少しだけ開いた口元が震えている。なにか言いたそうだったが、言葉が出ないのだろう。彼が衣装を受け取る番になったので、ダミアンが背中をつついて急かすと、スーパーボーイは非常に不満げな顔で歩いて行き、二種類の衣装を受け取った。ダミアンも彼同様二種類の衣装を受け取り、ふたりで誘導されたままに歩き出す。 その途中で、ダミアンが囁いた。 「今こいつらを助けたら、武器製造工場のことはうやむやになるだろう。そっちを先に片付けるべきだ」 「でも、そうしたら今度はこっちに逃げられるんじゃないの?」 「いいや。こいつらにそんな頭はないだろう。従業員も訓練されていないようだし、武器工場の件が明るみになれば、どうせ地下劇場のことも取り調べのついでに、誰かが自白する。武器工場を見つけるのが、この国の地下を全て破壊する一番の近道だ」 ジョンは少し納得いっていない様子だったが、他に良い案も思いつかないらしく、結局渋々ダミアンの意見に従った。 衣装が全員に行き渡ったところで子供達が案内されたのは、先程よりも更に広い部屋で、前方にステージが設置されていた。ステージ以外の壁にはすべて鏡が張られており、大きなダンススタジオと言った風体の場所だ。 案の定ここでダンスを教わるのだが、講習は間に十分の休憩を挟んで一時間後に終了してしまった。 まだ短剣の振り方がよくわかっていないらしいジョンは不安げに周囲を見回している。 「ダンスの練習ってこんなのでいいの? ステージで踊るんでしょ……?」 「つまり、ダンス以外の"メイン"があるってことだ」 ジョンが口を噤む。 ステージ上に立った男が、「今日の夕方にはステージに出て貰う」と声を張り上げているのが聞こえた。 「それまでは自由時間だ! 部屋で休んでいても良いし、何処かに出かけても言い。外に出る時は各自さっきの衣装のどちらか好きな方を着てくれ! ただ、地上のリゾートにはお客さんたちが多いから出ないように! 君たちの私服が用意でき次第、地上にも外出可能だ! それまで辛抱してくれ!」 周囲にいる子供たちの目はキラキラと輝いていて、この話の不自然さに気付かないらしい。身なりからしてほとんどが貧困層の出だろう。家にいても未来はないが、ここでなら自力で稼げるなどと、上手いことを言われて連れてこられたか、売られたのかもしれない。 子供たちに私服を用意して、地上へ出られるようにする……服を渡すついでに、皮膚の下にマイクロチップでも埋め込む気なのかもしれない。そうなれば、この場所の現実を知って逃げだそうとしても、GPS機能でどこまででも追跡される。 「……ケント、調査を急ぐぞ」 自由行動があるのなら好都合だ。用意された部屋にいくフリをしてユニフォームに着替え、更に下層へと移動していく。見張りの目をかいくぐり、防犯カメラをハッキングし、十階分ほど下りたところで大きな扉にぶつかった。 つるりとした表面の分厚い扉で、形状からおそらく電子ロックがかかっている。見る限り声紋認証システムのようだった。 ロビンがゆっくりと扉へ歩み寄り、周辺を確認する。ややあってドミノマスク越しの緑眼がスーパーボーイに向けられた。 「おい、ここの壁を剥がせるか?」 「できるけど、音が出るかも」 「極力押さえろ」 「無茶いうなぁ、もう」 まだ幼い指が壁に触れると、鉄の壁がペキリと小さい音を立てた。歪んだ鉄板に指を引っかけたスーパーボーイは、ダンボールを解体するような気軽さで腕を引き、結果バキンという音がして鉄板が外れた。カバーを外された壁は、機械のケーブル類が剥き出しになっている。 ダミアンがグローブに付属しているコードを引っ張りだし、壁にぶら下がった端末へ接続した。 「音は極力出すなと言っただろう」 「だから出さなかっただろ」 「アレでか」 「文句言うなら自分でやりなよ」 「ふん」 腕の上部にプログラムコードの羅列が浮かび上がる。グローブ内にある小さなキーボードを使い敵のコンピューターにアクセスすると、電子ロックの階層を見つけ出してコードを書き換えた。 扉の方からピピピッ、と電子音が響いてロックが解除される。 乱暴にグローブのコードを引き抜いたダミアンは、施設側の端末もきちんと整えたあとで、ジョンの剥がした鉄板を律儀にも壁に埋め込んだ。 「スピリットガムで固定したから、暫くは誰も気づかないだろう。扉を閉めるのを忘れるな。そうすれば自動的にロックされる」 「ヒーローっていうより泥棒みたい」 「次に言ったらその口を縫い付けてやる」 「わーロビンくんこわーい!」 「うるさい」 扉を超えた途端、風景が一変した。今まではなんの変哲も無い、四方を鉄に囲まれた地下通路だったのが、扉の向こうは壁の両側が大きい窓になっている。 外には巨大な機械がいくつもあり、通路の下では多くの人々が働いていた。通路はトンネル状の橋といった感じで、工場の見学通路という表現が一番しっくりくる。 随分と都合の良い場所に忍び込めたようだ。 ミサイルポッドと思わしき巨大機械の生産ラインが忙しなく動いている。 窓を閉め切った通路にも聞こえる工場の轟音にジョンが顔をしかめていた。 一方ダミアンは、通路のすぐ横に置かれた端末に目を付け、再びグローブに内蔵されたコードを使って機械にアクセスし始める。 コンピューター内部に入っていたのは、製造している兵器の一覧と設計図、輸出先、そして原材料の輸入先に、製造計画。 「工場内部からならこんなに簡単に情報が抜き取れるのか」 「そりゃ、向こうだって僕らみたいな子供がここに忍び込んでくるなんて考えてないんじゃない?」 「詰めが甘いな。思い知らせてやろう」 ピー、と甲高い音がした。コードを引き抜いて端末の電源を落としたロビンが、スーパーボーイを片手で手招きする。 「勝手だなぁ、もう」 ダミアンは友人のぼやきを聞かなかったことにした。ジョンが不機嫌そうに鼻を鳴らす。ロビンの入手した工場内部の地図に従い、ふたりはさらに先へと進んでいった。 途中、ダミアンが足を止めて天井を見上げる。工場中に張り巡らされた排気ダクトは、子供くらいなら簡単に入り込めるだろう。 「おい、ケント」 短い呼びかけで全てを察したジョンが、天井に張りつけられた鉄格子を力尽くで外した。壁を剥がした時より大きな音がしたものの、他の作業音がうるさいため誰かの耳に届くことはない。 そのまま排気ダクトへ入り込んで、さらに工場の中心部へと進んでいく。 三十分ほど進んだ所で四つん這いのジョンが声をあげた。 「ねえ、いつまでモグラみたいに這ってればいいんだよ!?」 「見つかりたくなきゃ黙って俺に従え」 「君っていつもそうだよね、自分ばっかり年上ぶって」 「おい、静かにしろ」 ロビンの鋭い声を聞いて、ジョンが思わず自分の口を手で塞ぐ。友人が下を指差したので、金網越しに工場を見下ろした。 作業着姿の男と、スーツ姿の男が数人。そして取り囲まれるように、頭からつま先まで、ゆったりとした白い民族衣装に身を包んだ男が立っている。 ダミアンが小声でジョンに告げた。 「カンドーラを来た男が、ハムド・マナード。この国の国王だ」 「じゃあ、周りのスーツの人がボディーガード?」 「そうだ。奴ら銃を持ってる」 「君、エックスレイ・ビジョンもないのによくわかるね」 「それくらいならな」 工場の音がうるさくて会話がよく聞こえない。だが、この映像があれば国王が武器製造に関わっている決定的な証拠になるだろう。コンピューターの内部にあった書面のやりとりでも、たびたび国王の名前は出てきていたし、ハムド・マナードが積極的にこの工場に関わっていたのは、これで疑いようがなくなった。 「ケント、奴らがなにを話し合ってるかわかるか?」 「難しいことばっかり言っててよくわかんないけど」 前置きして、少年がすこし耳を澄ます。 「うーん、『新型のエネルギーこうりつはじゅうらいの四十パーセントじょうしょう』とか『ねつぼうそうのきけんがある』とか『かいはつをいそがせろ』とか」 「なるほど、だいたいわかった」 「そう。で、これからどうするの?」 「決まってるだろ」 男達はまだ工場の様子を見ながら話し合っているようだ。もう暫く彼らがこの場にいると判断したダミアンは、ドミノマスク越しの目でジョンを見やり、足もとの鉄格子を指差した。 「ここで奴らを捕らえる」 「りょーかい」 ジョンの足が鉄格子を蹴り落とした。 ガガンッ、と耳に響く轟音がして、男達が振り返る。同時にジョンとダミアンが排気ダクトから飛び降りて、眼前の敵を睨み付けた。 ボディーガードの男達が懐に手を突っ込んで声をあらげる。 「おまえら、何者だ!?」 答えたのはジョンだ。 「スーパーボーイ!! ……と、ロビン」 ダミアンがかすかに眉を顰めた。 「お前嫌い」 ボディーガードたちが銃を構えるより早く、ダミアンの投げたバッタラングが彼らの手首にぶつかっていく。結果、銃を取り落としたボディーガードたちとヒーロー同士、膠着状態に陥った。 スーツの男たちに庇われたハムド・マナードは、怯えた様子も驚いた様子もなくロビンとスーパーボーイを見つめている。 「君たちは、アメリカのスーパーヒーローだね」 静かな、落ち着いた声だった。低くて耳に心地よい。人を安心させるのに特化した声。黒い眸子には強い意思と知性が宿っているように見える。 この世で一番、恐ろしい風貌の男だ。 忌々しげに目を細めたロビンは、男の質問に棘のある声を返し、自分の感情をごまかした。 「その通りだ。この国にはスーパーヒーローもいないし警察も仕事をしないようだからな。俺たちが来てやった」 「それはわざわざ悪かったね」 ロビンの皮肉を聞いても、ハムドの表情は変わらない。むしろSPや工場職員たちのほうが怒りを露わにしたくらいだった。 本当に気にくわない。 おそらくこの態度でもって、彼はカリスマの位置に躍り出たのだろう。 「しかし折角来て貰って申し訳ないのだが、ここには悪人などいないよ。来て貰ったことには感謝するが、お引き取り願おう」 ジョンが口をへの字に曲げ、ダミアンはドミノマスクの下で片眉を跳ね上げた。 「ほう? これだけ大量の武器を作って、世界各国に売りさばいてるのに、アンタには悪人の自覚がないのか? 見かけよりバカみたいだな」 「武器を売るのは悪いことかな?」 「当然だろう」 子供に言い聞かせるような口調が気に入らない。棘のあるダミアンの言葉に、けれどハムドは相変わらず冷静な態度を崩さなかった。 「しかしね、ヒーロー。これは私たちが自分を守るための"力"だ。使い方によっては確かに人を傷つけるが、使い方によっては人を守ることができる。戦争になれば自国の民を、兵士を守ってくれるし、今は外貨を稼いでくれている。そうやってこの兵器たちは、私たちの国を守ってくれているんだ。兵器が人を傷つけるのではない。使う人間が人を傷つけるのだ。そうだろう?」 「武器で人を守るためには結局人を傷つけなければならない」 「君たちも正義のために戦っている。君の持っているものは武器ではないのかい?」 「俺たちは人を殺さない」 「つまり、武器をもつ人間の意思次第によって、武器の意義は変わるということだ」 ダミアンが微かに息を呑み、ハムダを睨み付けた。 「……傷つけるかもしれない人間に兵器を売るのはいいのか?」 「人の本質などそうそう見抜けはしないよ」 「詭弁だ」 「そうかい?」 SPは銃を落としている。勝負をかけるなら今だが、おそらく工場の職員たちも素振りから推察するに、武器を装備しているようだった。ジリジリと間合いを計られている。 ハムドだけが現場の緊張感を察していないように、穏やかな態度を貫いていた。 気付いていないわけではないだろう。部下を信用しているのか。立派なことだ。 「長年、地下資源をあらゆる国から狙われてきた我々は、武装して身を守るしかなかった。その結果武器開発が発展した。やがて地下資源は枯渇するだろう。この国に限ったことではない。この小さな島国は、観光誘致だけでこれからを生き残ることなどできない。ではどうするか? 身を守るために進化した我々の武器は、石油に勝る我々の資源だ。身を守るための力だ」 「ご高説どうも」 職員のひとりがロビンに向けて銃を発砲した。後方に飛ぶことで攻撃を避けた彼に変わり、スーパーボーイが敵に向かって突進する。 SPたちが国王の周囲に集まり、守るようにしてひとりがハムドの手を引いた。 「陛下、こちらへ!」 ロビンが追おうとした直後、背後から殺気がする。いつのまにか到着した警備兵が隊列を組んで銃を構えていた。悠長に長話などするべきではなかった。 発砲音と火薬の音。 ダミアンが行動するより弾丸が彼の体を貫くほうが早いだろう。 だが、スーパーボーイの動きは弾丸よりも速かった。 ダミアンの目の前にジョンの腕が伸び、ロビン目がけて放たれた弾丸のすべてが彼の体によって弾かれる。 顔をあげると、警備兵を睨み付けるジョンの横顔が見えた。 「お礼にあとでなんか奢ってよ」 ダミアンに視線をあわせず断言したスーパーボーイが、間髪入れず警備兵の群れへ突っ込んでいく。 一拍遅れてダミアンも戦闘に参加した。 バッタランで敵の銃をはたき落とし、その間に警備兵の頭を蹴り飛ばして気絶させる。 ジョンが男を一人殴り飛ばすと、嘘のような勢いで吹っ飛んでいって、警備兵の何人かが怯んだ。 その隙をついてダミアンが天井にグラップネルガンを打ち込んで地面を蹴った。 ワイヤーが振り子のような軌道を描き、体重をグラップネルガンに預けたダミアンの蹴りが弧の軌道にそって男達を蹴り飛ばす。 ジョンがリーダーと思しき男を殴り飛ばしたところで敵が途絶えた。 ダミアンが声を張り上げる。 「逃げた連中を追うぞ!!」 「わかった!」 走る道の脇にはミサイルの弾頭と思しきものや砲弾、ミサイルポッドの筺体が巨大なレーンに乗っている。他にも潜水艦の一部らしきものが製造されていたりした。コンピューターの内部に入っていた武器の一覧にはもっと膨大な種類が表示されていた。破壊体・発射体・運搬体・運用体すべての種類を網羅し、そのすべてにおいて最先端の技術を惜しみなく投入する工場がここだ。 忌々しい。 小さく舌打ちをしたダミアンは、ハムドがエレベーターに乗り込む直前、バッタラングを投げつけ機械を緊急停止させることに成功した。 振り向いたSPたちをジョンが蹴り飛ばし、あらためてひとり残った男に対峙する。 「この工場で作られる膨大な数の兵器を、外国に売って資金を稼いでいる。別に国が特別貧しいわけでもないだろうに」 ダミアンの言葉を聞く男の表情はやはり大して変わりない。言われ馴れているのか、同じことを何度も自問したのか、ダミアンにはわからなかった。 「国の維持というのは常に膨大な金が必要な物だよ。今は観光誘致も成功しているが、ひとつの武器で永遠に戦い続けられるわけではない。我々が慢心したら、未来にそのツケを払うのは国民なんだ」 「お前がどれだけ綺麗事を並べても、欲にまみれた死の商人であることに変わりは無い」 「そうかい? 君たちの国もずっとやってきたことだろう」 思わず、言葉に詰まった。 その場で一瞬固まってしまったダミアンの、体にのし掛かる重圧を振り切るように、ジョンの幼い声がこだまする。 「これから変わるよ!」 力強い言葉だった。青い、温度の高い炎のような瞳がまっすぐに、ハムド・ハマードを睨み付けている。 「君たちだけでは変えられないぞ」 男の声。大人の理屈。 至極真っ当な現実的見解をぶつけられても、ジョンは一切揺るがなかった。 その横顔を見つめたダミアンは、自分に絡みついていた重しが、突然音を立てて破裂したような、言いようのない開放感に襲われる。 「変えるさ」 気がつけば、口をついてそんな言葉が出ていた。 「まずはお前を変えに来た」 国王という肩書きはあれど、戦闘訓練も受けていない人間ひとりを拘束するのは簡単だ。 男に足払いを仕掛けて地面に組み伏せ、あとは両腕を背中でひとまとめにする。 同時に、工場のコンピューターから入手したデータを、世界各国のあらゆるメディアと捜査機関に一斉送信してやった。 「これでお前も、この工場も終わりだな」 ハムドが、始めて悔しげに顔を歪めた。 その後の展開は当然ながら目まぐるしい。 ディルハ王国のメディアも武器工場の情報を掴んでアル・ウッザー・リゾートに押しかけ、当然警察も出動したので現場は混乱を極めた。 武器工場のついでに"地下劇場"の存在も通報しておいたため、リゾートで楽しく豪遊していた馬鹿王子ことカミール・マナードも連行された。 今後はリゾート全体に警察の調査が入るだろう。 現在フランスのパリ政治学部に留学しているという次男は、この騒ぎで呼び戻されるかもしれない。 ダミアンとジョンはしばらく事の成り行きを見守っていたが、あまり長居すると面倒なことに巻き込まれかねないため、地下劇場で働いていた子供たちの保護を確認したのち、早々アメリカへ変える事にした。 「お父さんにバレたら怒られそうだし」 そう呟いたジョンの背後。報道陣が俄にざわめいた。 「スーパーボーイッ! ロビンッ!」 聞き覚えのある怒声がふたりの背中に突き刺さる。 嫌な予感がする。 恐る恐る振り返れば、カメラのフラッシュや照明に赤いマントがはためいていた。 黒髪と青い目はジョンによく似ているが、精悍さはやはり遠く及ばず、その逞しい体の中央に燦然と輝く"S"の紋章は、周囲に畏怖と尊敬と安心感をもたらす。 もっとも、今のダミアンとジョンにとっては、『あ、怒られる』という予感の体現以外のなにものでもないのだが。 彼の横にいるのは、漆黒のカウルとマントに身を包んだ蝙蝠男。 こちらは周囲に畏怖と恐怖をまき散らす影そのものであり、スーパーマンと共に行動していると、光と影という言葉がピタリと当てはまる。 彼らが手を組めば光の中でも闇の中でも見通せるだろうと思える威風堂々っぷりは素晴らしいのだが、やはり今のダミアンとジョンにとっては『あ、怒られる』という予感の体現以外のなにものでもないのである。 カウルの奥で、蝙蝠男が低く唸った。 「勝手な行動が過ぎるぞ」 スーパーマンの表情も怒りに満ちている。 「話があるからふたりとも一緒に来なさい」 ダミアンとジョンの口から、声にならない悲鳴が漏れた。 結局やんちゃな息子たちは、その後両方の父親にたっぷり一時間、一生分かとおもうほどしっかりと叱られたのだった。 [しおりを挟む] 目次 戻る |