アルテミスと ジェイソンは誕生日などというものに特別な感慨はなかった。生まれた日を祝えるような人生ではないし、祝うような年でもない。ロビンをやっていた頃は祝ったかもしれないが――ジェイソンはここで考えるのをやめた。ウェイン邸で出されたケーキの直後、クライムアレイでの生活を思い出してしまったからだ。さすがに思い出の温度差が激しすぎる。 なので、目の前にあるカットケーキを睨み付けたジェイソンは、思わず眉を顰めてしまった。 向かい合うように座ったアルテミスが意外そうに首を傾げる。 「ケーキは嫌いだったか?」 「いや、嫌いじゃねぇよ」 皿にちょこんとのったケーキは、タルト生地の上に赤いイチゴやラズベリーがのっていて、上から粉砂糖がふりかけられていた。てっぺんに店の名前が書かれた紙が刺さっている。 ゴッサムのアップタウンにある、駅前のケーキ屋だ。鳴り物入りで一等地を買い上げたのは、フランスだかイタリアだかで修行してきた一流パティシエなのだという。こんなイカれた街で商売しようというのだから感心してしまう。 アルテミスの目の前では、大きめのタルト・オ・シトロンが皿にのっていた。表面に照りのあるレモンクリームがいかにも美味そうだが、いささかシンプルである。 ビザロの分はミルフィーユだった。意外なことに、ビザロはミルフィーユの食べ方が上手い。アウトローズ内ではおそらく一番上手かった。二番目がジェイソンで最下位がアルテミスである。これも意外。 ジェイソンはてっきり、自分が最下位だと思っていた。そしてアルテミスは、自分が一番上手いと思っていたらしい。 それでよく大口叩けたなと大笑いしたら頭を殴られたことがある。事実なのに。 閑話休題。 アルテミスが首を傾げたまま優しく目を細めていた。 「誕生日おめでとう、ジェイソン」 「おめでとうっていわれるような人間じゃねぇよ」 言ってから、しまったと思った。こういう言い方をすると、アルテミスはいつも目尻をつり上げる。『ほうほう、そんなロクでもない人間とチームを組んでいる私やビザロはよっぽど人を見る目がない、と、そう言いたいわけか?』と、わざとらしくジェイソンを責めるのだ。 思わず肩を竦めるジェイソンの予想に反し、棘のある言葉は降ってこない。 変わりに、くすぐったくなるような穏やかな声がジェイソンの鼓膜を震わせた。 「特別だ。小言はナシにしてやる」 微笑んで、頬杖をつく。子供を見るような目が少し気にくわなかったが、ジェイソンは黙っていた。折角お小言が免除されたのに、自分から噛みついて余計な小言を誘発させたくはない。 あと単純に、ジェイソンはこの目に弱かった。 「言い方を変えよう。お前が生まれた日に、お前が生まれた運命に感謝する。こうしてお前が私とビザロに出会ってくれた、そのすべての偶然と必然に、感謝と祝福を送りたい」 なんだそれは。 言おうと思って、言葉が上手く紡げなかった。 たまにこのアマゾネスは、ビックリするほど気恥ずかしい言葉を吐く。 なんと返答していいか解らなくなったジェイソンは、沈黙を誤魔化すように、頭を掻いた。 このセリフに対抗できる返答が思いつかない。ひっくりかえっても、ジェイソンにこんなセリフは吐き出せない。 「……アルテミスの誕生日いつだっけ」 「なんだ、倍返しでもしてくれるのか」 平然とした顔をして、フォークを片手に言うものだから。 ジェイソンは完全敗北を認め、白旗の代わりにフォークを小さく振ったのだった。 [しおりを挟む] 目次 戻る |