西方に月が沈むまで

1


「怪我人は部屋で大人しくしてて」

 ティムがジェイソンとディックを押し込めた部屋は、枯山水がよく見えるジェイソンの自室だった。ディックの使っている裏手の部屋より台所と玄関に近いのが理由だろう。
 蝙蝠衆が気遣ってくれたのか、部屋の中央にはすでに二組の布団が敷かれている。

「じゃあ僕はこれで」

 兄ふたりを部屋に放り込んだティムは、さっさとどこかへ行ってしまった。彼は最近、蝙蝠衆の使う武器や道具に酷くご執心だ。おそらくまた勉強にでかけたのだろう。
 部屋に残されたディックとジェイソンが顔を見合わせる。仕方なく布団の上に腰を下ろし、沈黙が数秒。
 庭から流れ込んでくる風に黒髪を撫でられたディックが、端正な顔に粛然とした決意を滲ませ弟を見る。真昼の青空を思わせる青がジェイソンを見つめ、薄い唇がゆっくりと動いた。

「それで、返事は?」

 なんの、と問うほどジェイソンも野暮ではない。
 ただどうしても気恥ずかしさが先に立って、見据えてくる兄を直視出来ず目を逸らしてしまった。誤魔化すように後頭部を掻き、思い直して兄に視線を向ける。
 ディックは相変わらず粛とした態度でいた。なにか気の利いた言い回しはないかと思っても、沸騰したジェイソンの脳味噌はなにも考えられない。

「俺も、愛してる。ディッキーバード」

 彼の口から零れたのは、すこし擦れた小さな声だった。思わず、また視線を逸らす。
 もっとスマートな返事ができればいいのに。こんな有様では怯えているようだ。そんなわけではないのに。
 歯がゆさにジェイソンの頬が赤らんだ。我ながら女々しいと思い拳を握りしめる男は、羽に手の甲を撫でられ顔を上げる。
 見れば拳の上にディックの手が重ねられており、彼の人差し指と中指が何度もジェイソンの手の凹凸をなぞっていた。
 また、顔に血液が集まる。
 彫刻の様に整った兄の顔が男を覗き込んだ。涼しげな目縁は愛おしげに弟を見据え、はちみつのように甘い声がジェイソンの鼓膜を震わせる。

「嬉しいよ、ありがとう」

 兄の顔が近づいて来た。唇に柔らかい感触があたり、ジェイソンは青空へ吸い込まれるような気持ちで兄の口付けに応える。
 なるほど、だからこの男はやたらモテるのだ。
 こんな目で見つめられたら抵抗出来なくなってしまう。綺麗な瞳孔を見つめるだけで、空を飛んでいるような気持ちになれる。
 兄と始めてキスをしたことも、自分の考えも恥ずかしくなってしまって、男は思わず顔を床に向けてしまった。
 頭上からまた、はちみつのような声が降ってくる。

「どうしたんだ?」

 顎に温かい指が這ってきた。頬にディックの唇が触れる。温かい感触が少しずつ口元に近づいてきて、顎を掴んだ指がジェイソンの顔を引き寄せた。誘導された視線の先にはやはり青空のような瞳があり、見つめた瞬間なぜか体から力が抜ける。
 弛緩した唇に吸い付かれたジェイソンの体が、酒を飲んだ時のようにじんわりと温かくなった。キスを返すためにディックの下唇を食む。どちらからともなく両手の指を交互に絡ませ、強く手を握りしめたまま口付けを深めていく。
 兄の舌がジェイソンの歯列をなぞり、口内に入り込んで上あごを撫でた。混ざり合った唾液が弟の口に押し込まれ、息苦しくなった彼は必死にそれを飲み下す。背筋にゾクゾクと快感が走り、肌が粟立った。頭にはぼんやりと靄がかかり、下半身に熱が集まってくる。ジェイソンがディックの下唇に吸い付き、今度は弟が彫刻の口内へと舌を侵入させた。
 蠢く肉の側面を舌先でなぞり、今度は舌の表面を擦るようにピストン運動を繰り返す。
 お互いの呼吸が荒くなっていき、ディックが体の重心をずらした。ジェイソンの上半身を押し倒すように動いた彼は、けれど弟を布団の上に押し倒そうとした瞬間、大腿部に鋭い痛みが走って動きを止めてしまう。
 兄の首に縋り付こうとしていたジェイソンも、肩より上に腕を上げようとした瞬間、痛みで体が硬直してしまった。
 ディックがキスを止め、額同士が触れるような至近距離でジェイソンと目を合わせる。

「腕、痛むのか?」

 青空が気遣わしげにジェイソンを見ていた。声色もとても優しい。嬉しくて、指先が痺れてうまく動かない。

「お前も、足痛むんだろ?」

 弟の問いにディックが苦笑する。美しい顔がジェイソンの目と鼻の先で表情を変化させた。
 その様に胸が締め付けられるほどの幸福を覚える。
 はちみつのように纏わり付く甘い声が、両の耳を経由して弟の脳を侵食していく。

「ここから先は、傷が治ってからのほうがよさそうだな」

 これ以上なにかされたら気が狂う。
 直感的に恐怖を感じたジェイソンは、咄嗟に兄から距離を取る。

「そうだな」

 つとめて冷静に、平静に。
 ディックから距離を取ると顔の熱が引いていき、脳も正常に働き始めた。肩に傷があるから多少動きは制限されるものの、先だっての負傷ほどではない。
 まだキスだけだからこうやって戻ってこられたが、"これから先"をされてしまったらどうなるのか、ジェイソンには想像もつかなかった。考えるのも恐ろしい。
 思考を切り替え、どうやって怪我療養中の暇を潰そうかと首を傾げるジェイソンに、兄はなぜか酷く名残惜しそうな表情を見せた。
 痛む足に体重を掛けないよう、片足と両手で体を支え、畳を滑るように移動してくる。
 衣擦れの音がして、また兄がジェイソンの至近距離にいた。
 
「寄るな、グレイソン」

「酷い言いようだな」

「暑苦しいんだよ」

「いいだろ、もう恋人同士なんだから」

「だからって四六時中くっついてなくてもいいだろ」

「四六時中くっついても問題ないよな?」

「冗談だろ。ガキのままごと恋愛じゃあるまいし」

 ハッ、とバカにしたように鼻を鳴らして見せたところで、なんの効果もないようだった。
 ディックの指がジェイソンの耳先に触れ、秘め事でも打ち明けるかのように唇を寄せる。
 熱したはちみつが、また鼓膜の奥に流れ込んできた。

「傷が治ったら、どっちがいい?」

 少し熱を帯びた息が髪にかかり、ジェイソンの肌が粟立つ。すぐに靄がかかってしまう役立たずの脳味噌は、兄の質問を理解するのに数秒要した。
 そうしてやっと言葉の意図を理解した瞬間、引いたはずの熱が一気に顔面へ集中してしまう。
 彼は思わずディックの顔をまじまじと見つめ、声を荒げていた。

「えっ、だっ、だってお前っ、お、俺のこと、だっ、抱きたいって!」

 慌てるジェイソンとは対照的に、兄は腹が立つほど涼しい顔をしている。

「うん。だけど、お前となら僕はどっちでもいいから」

 穏やかな青がジェイソンを舐る。顔どころか体全体が熱くなるような羞恥にまみれ、彼は酸欠になった魚のように、みっともなく口をはくはくと動かしていた。

「おっ、俺だって! いや、どっちでもいいとかじゃねぇけど!」

 目を泳がせ、向ける先が解らず畳を睨み付けてしまう。顔は赤いままで、ディックから逸らした視線はそれでもチラチラと兄の顔を盗み見てしまっていた。

「ど、どっちでもいいとかじゃ、ねぇけど、だ、抱きたいっていうから、へ、返事するときに、俺、てっきり、だ、抱かれるんだと思っ、て」

 震える声が、だんだん小さくなっていって、最後の語尾は消え入りそうなほど小さい。顔が熱かった。脳味噌はきっともうはちみつ漬けになっていて、使い物にならない。
 真っ赤な顔をするジェイソンとは対照的に、彫刻のような男はこの上なく嬉しそうに眦を細めた。

「へぇ」

 ディックの手がジェイソンの頬に触れる。羽のように軽い指先が薄皮をなで上げ、次の瞬間同じものとは思えぬ力で、顎を掴まれる。
 引き寄せられ、鼻先がつくほどの距離でまた甘ったるい声がした。

「じゃあ、僕に抱かれるんだって思いながらキスしてくれたんだ?」

 唇を食まれる。飴を舐めるように人の肌をくすぐる舌先は、毒なのかと思うほどの痺れをジェイソンの体にもたらした。
 兄だと思っていた男の正体は悪魔の類だったようで、青い目に見つめられ毒の舌先で嬲られると、もはや抵抗する気も削がれてしまう。
 ふわふわする脳味噌の片隅で、こんなのは自分らしくないともうひとりの自分が叫んでいた。
 耳に柔らかいなにかが触れる。唇だと思った瞬間、舌先が甘い猛毒を流し込んできた。

「正直言うと、今まで抱くところしか想像してなかったから、お前が抱かれるつもりでよかったよ」

 ジェイソンの体が意思とは関係なく跳ね上がる。澄み渡った青空がじっと見つめてきた。
 彫刻のような顔が近づいて来る。
 空が、近い。
 ジェイソンの脳味噌は、はちみつ漬けでもはや抵抗する気力もなかった。それどころか重度の中毒症状に陥ってしまったようで、あの毒の舌先が口内を暴れ回る感覚が愛しい。もっと欲しくて、全身の血が沸騰していた。
 はやく、はやく、はやく
 ジェイソンの唇が微か開く。
 もうすぐディックの唇が触れてくれる。あの舌が口内を犯してくれる。脳が痺れて、手足が痺れて、何も考えられなくなって全て投げ出したくなる感覚がくる。
 心臓の音がやけにうるさかった。
 これを受け入れたら戻れない。いや、欲しいと思っている時点で自分はもう戻れないのかもしれない。
 あの青空のような目とはちみつのように甘ったるい声が全部悪い。
 悪魔だ。この男は悪魔。淫魔の類。人を快楽に狂わせて破滅させる魔性に違いない。
 暴れ狂う自分の心音を聞きながら、ジェイソンはゆっくりと目を閉じた。
 途端、廊下に足音が響き渡る。
 水面のように揺れていたジェイソンの目が焦点を結び、同時に脳から一気に靄が晴れていった。
 足音が部屋の前で止まる。
 ディックもそれに気付いたようで、視線を襖に向けていた。
 間に合わない。
 ジェイソンは咄嗟に、目の前にいる兄を思いきり突き飛ばしていた。
 ディックが畳の上を滑り、彼を突き飛ばしたジェイソンは反動で仰向けに転がる。幸いジェイソンの場合は下が布団だったので、柔らかい布の上で大の字になっただけだ。
 ディックは勢いよく畳にぶつかったので、どこか擦り剥いているかもしれない。
 襖を開けて部屋に入ってきたのはティムだった。
 盆に雑炊をふたり分乗せてやってきた彼は、部屋の惨状をみて大方を察したらしく、部屋に寝転ぶ怪我人を見下ろし冷たい目でため息を吐いた。

「……サカるのは勝手だけど、せめて夜まで待ちなよ」

 それと、くれぐれも怪我は悪化させるなよ、迷惑だから。と付け足し、畳の上にお盆を置く。新しい包帯も持って来てくれているようだった。
 緩慢な動きで起き上がった兄ふたりは、冷たい弟の眼光から逃れるよう、肩を竦めていそいそ雑炊に手を付けた。
 塩と昆布だしで味付けした雑穀に、溶き卵と細かく刻んだキノコが入っている。口に入れるとキノコ独特の旨みが卵と絡み合い、ダシと塩によく合った。菌類は土っぽい臭味があるはずだが、溶き卵のおかげだろうか。あまり気にならない。
 日本風の味付けにも大分馴れてきて、思ったより食が進む。アルフレッドが稀に作ってくれる欧風の味付けのほうがやはり舌に合っているのだが、余裕が出てくると日本食も悪くないと思えてきた。
 土鍋の中身をすべて食べ終えると、ティムが手早く包帯を取り替えてくれる。まずはジェイソンの番だった。
 以前と同じ肩の切り傷ではあったが、幸い軽傷で済んだため自力で食事もとれるし、包帯を取り替えてもらったあとは自分で長着も着直せる。彼が服を整えている間にディックが包帯を変えて貰っていた。
 ジェイソンの背後で、ティムの声がする。
 
「食事の間になんとかできなかったの? 猿以下?」

 何に対するコメントなのかは確認せずとも解った。自分も原因のひとつなので、申し訳ないとおもいつつ小さく肩を竦める。
 それにしても容赦が無い。
 ティムは「まったく、時と場合を考えて欲しい」と文句を言いながら、後ろ髪を引かれた様子もなくさっさと部屋を後にする。
 ジェイソンが後ろ姿に「ありがとな」と声をかけると、片手をあげて返事代わりにされた。
 ドライ。
 まったく誰に似たのだろう。
 思わず顔を見合わせたディックとジェイソンは、弟にナニをしていたか見透かされ、釘を刺されたのだからやはり羞恥の念が強い。お互い顔が赤いのは、食事を済ませたばかりだからというわけではないだろう。
 だから薄氷色と青空が視線を絡ませた時、他意はなかった。
 なかったはずだった。
 ジェイソンの心臓が暴れ出す。おそらくディックも同じ状況だろう。羞恥によって上昇した体温が、違う理由でさらに上昇する。
 お互いの顔を見るとだめだ。抑制がきかない。
 だから弟に猿以下と言われてしまうのだが、気がつけばお互いに布団の上を滑って距離を詰めていた。
 見つめ合ったまま、探り合うようにお互いの指を絡めていく。くすぐったいのに、触られた場所にじんわりと熱が宿っていた。
 お互いの心臓が暴れている。
 青空が水気を帯びて切なそうに潤んでいた。
 綺麗だと思った瞬間、唇に羽が触れる。触れたところから毒が染み込み、熱と痺れがジェイソンの全身を駆け巡った。
 お互いに顔の角度を変えながら口付けを深めていき、舌同士を絡ませる。

「ん゛っ ぐっ ぁ゛っ

「はっ ぁっ ん゛っ

 ジェイソンの口からふたり分の唾液が溢れ出て首筋を伝っていく。ひやりとした感覚で肌が粟立った。体が火照っているから余計冷たく感じるのかもしれない。
 お互いの声と、舌を絡ませる水音が部屋を満たしている。
 ジェイソンの頭には靄がかかり、熱に浮かされた体は兄の舌を貪るように角度を変えてうごめいていたが、それだけでは足りずディックの下肢に手を伸ばしていた。
 硬くなった塊の存在を服越しに感じる。手に伝う熱を愛おしむように撫でながら、ジェイソンは切れ長の薄氷を細めた。
 キスを続ける舌先で、兄の口に加虐的な低い声を流し込む。

「これでティムに怒られたんだろ?」

 ディックの返事を聞く前に口付けの位置を頬にずらし、顎の輪郭に唇を滑らせて首筋を食んだ。舌先で肌を舐め、肩口に軽く歯を立てる。
 汗ばんだ肌は少し塩気があった。口内に感じる筋肉の動きが愛らしくてたまらない。
 ジェイソンはわざとリップ音を立ててもう一度恋人の肌を吸った。

「なにたててんだよ、へんたい

 体が熱い。心臓が暴れている。
 こんなことを言ってディックは怒るだろうか。怒ったらどんなふうに自分を扱うだろうか。それとも興奮してくれるだろうか。興奮したら、どんなふうに自分を扱ってくれるだろうか。
 兄の手がジェイソンの頭を撫でる。
 熱したはちみつがまた彼の脳を犯した。

「お前のせいで苦しいんだ。楽にさせてくれよ」

 多少加虐的な響きのある猫なで声は、ジェイソンの血管を沸騰させるのに充分な威力を持っている。脳を歓喜の靄に支配された男は、衝動のまま一度ディックに口付けた。愛する男の唇を強く吸ったあと、暴走寸前にまでなった兄の下半身に顔を埋める。
 白い褌の上から息を吹きかけ、ディックの腰が揺れるのを楽しんだ。
 腕を回して背後の結び目を解いていく。
 まるでプレゼントの包装を破く瞬間のように心が弾んでいた。
 白い包装の合間から現れたのは、完全に充血して反り立った男根。
 バネ仕掛けの人形のように一度大きくゆれ、先走りをジェイソンの顔にまき散らす。雄の香りがした。背中がゾクゾクする。
 茎の長いマッシュルームのような形をした巨砲が、なぜかとても魅力的に見えた。
 鼻先を亀頭に押しつけ思い切り息を吸い込むと、自分の下半身にも熱が集まってくる。

「ディッキー、こんなデッカくて女に嫌がられねぇの?」

「嫌がられたことはないな。そんなに嬉しそうにしたのはお前が初めてだけど」

「別に嬉しくねぇし

 ジェイソンが真っ先に舌を這わせたのは、男根に垂れ下がる肉袋だった。あめ玉でもなめるように転がしたと思えば、驚くほど強く吸い込んで水音を立てる。ジュバジュバと下品な音でふたつの瑠璃玉を交互に舐め回したジェイソンが、濡れそぼった陰嚢からやっと顔を離した。
 トロトロと先走りを垂れ流すペニスを見て、彼はステーキでも目の前にしたような気分になる。
 普段ならなんとも思わない他人の肉鉾が、ひどく美味そうに見えた。美味そうで、魅力的で、見ているだけで心臓が強く脈打つ。
 思わず、血管の浮き出た竿に舌を這わせた。やはり美味い。
 舌先が、裏側の筋にそっと触れる。撫でるように裏筋をなぞった後、唾液にまみれた唇が亀頭を口に含んだ。くびれを嬲るように唇を引っかけ、舌は鈴口をチロチロと擽る。
 ディックの腰が無意識に痙攣し、口元から深い吐息が漏れた。

「ぅっ…… ぁ ジェイ

 陰茎を嬲られるたび、溶けるような快感がディックを襲う。身体中の神経が下肢に集中し、自分の股間に顔を埋めた弟を見て、眩暈がするような歓喜を覚えた。
 薄氷色の瞳が上目遣いにディックを見ている。好色な光が氷の奥に揺らめいており、まるで水面が地面に反射しているようだ。淫らなはずの表情がひどく美しい。
 きっとこの男は魔性のものだと、ディックは思う。おそらく夢魔の類だ。それか、ソドムの生き残り。どちらにせよ人間ではない。これほど人を夢中にさせる淫らな生き物が人間である道理などなく、きっと悪魔そのものか、悪魔の作った罠なのだろう。
 ディックの精も根も吸い尽くして殺してしまう気に違いない。
 夢魔が上目遣いで兄を見上げたまま、硬い茎を根元まで飲み込んで何度も首を上下に動かす。
 稀にジュルジュルと派手な音を立てて強く吸い付く様はあまりに濃艶で、むせかえるような性の香りがディックの鼻腔を刺激した。
 精悍な顔立ちの男が、嬉しそうに自分のものをしゃぶっている。本来そんな行為を頼もうものなら鉛玉で頭に風穴を開けられそうなものなのに、喜んで奉仕してくれるのは恋人同士になったからだ。
 唾液をたっぷり含んだ赤い舌が陰茎に巻き付き、節の目立つ人差し指が涙をこぼす先端に触れる。
 見せつけるように肉鉾全体を舐めた弟を見て歓喜したディックは、目を細め亀頭を咥える弟の頬を優しく撫でていた。

「さすが、男の喜ぶところは男が一番良く知ってるな」

 すると異物を咥えたままの夢魔がひどく嬉しそうに目を細める。お礼と言わんばかりに激しく首を動かし、ジュボジュボといやらしい音がした。
 頭を撫でられるのが気に入ったらしく、手を止めると催促するような視線を向けられる。頭を撫でれば激しい奉仕を再開し、子供がアイスキャンディを頬張るように、夢中になって怒張に舌を這わせ、口の中に飲み込んでいる。
 ふたりとも息が乱れていた。
 ディックの額には汗が浮かび、ジワジワと快感がせり上がってくる。
 ふと、廊下の奥に人の気配がした。
 やがてバタバタと音がして、ジェイソンも廊下に目を向ける。
 襖の向こうに映っていたのはダミアンの影だ。

「おいドレイク! モン吉が文を持って来た!」

 咄嗟に、ジェイソンが顔を上げようとする。
 ディックは、口から唾液と先走りを零す弟の姿に、頭を殴られたような衝撃を受けた。
 凄艶な姿にも関わらず、薄氷は緊張感を帯びピリピリとした空気を纏う。
 その切り替えの速さには舌を巻いたが、仮に緊急事態であったとしても、怪我人である自分たちにティムがなにかをさせるはずがなかった。
 そして、あれはおそらく尾張に侵入したキャットウーマンからの情報であろう。ディックたち同様こちらの世界に飛ばされたセリーナは、一時的にバットファミリーと共同戦線を張っている。他のヴィランと組むよりマシだとは本人の言だ。
 なのでディックは、突然我に返ってしまった男の頭を掴み、いきり立つ陰茎でその口を刺し貫く。
 意識が廊下に向いていたジェイソンは、突然のことに対応できず喉の奥に楔があたった。

「んぐぅっ」

 微かに呻いた弟の目がぐるりと上方をむき、体を小刻みにふるわせる。呼吸は一瞬の緊張が嘘の様に荒れ狂い、鼻腔から吹き出す息が陰茎を刺激した。
 本来このような無体をしないのがディックの心情であったが、ジェイソンならば大丈夫だろうという信頼と甘えと、そしてある疑惑が彼をこの行動に駆り立てる。
 今、疑惑は確信に変わっていた。
 この男は、その精悍な顔立ちにも関わらず、被虐趣味がある。
 気持ちよさそうに白目を剥いて、恋人の酷い無体に怒りもせず、それどころか口の中にある肉へ舌を這わせる始末なのだから。
 この落差はおそらく人を狂わせる。現にディックなど、呼吸が止まりそうなほどの興奮を味わっていた。
 荒々しく鋭く強いはずの弟が、恋人になったと言うだけで兄のディックにこれほどの無体を許し、むしろ喜んでさえいる。
 ジェイソンの恋人になったのが自分でよかったと、彼は心の底から安堵した。
 この魔性に囚われてしまえば、大抵の人間は抜け出せまい。
 ジェイソンの淫らで美しくあさましい様を見るのが自分でよかった。これは、あまりにも危険だ。麻薬のような中毒性がある。誰かが手放せなくなる前に手に入れられて、本当によかった。

「大丈夫、あれはセリーナからの手紙だよ」

 肩で息をする弟の頭をそっと撫でてやると、薄氷色がわずかばかりの怒りでもってディックを睨む。
 夢魔が未練がましい顔をして、うわばみを口から吐き出した。くびれの部分を指で強く握りしめ、朱色に染まった顔で兄を睨む。

「なに名前で呼んでんだよ」

 ジェイソンが手首を捻ったせいで、ディックの鎌首を痛みのような快感が支配した。息がつまり、微かに体を揺らせば、足の間に蹲る弟が目を細める。
 客と性的な駆け引きを楽しむ娼婦の顔だった。

「お前、あの泥棒猫ともヤってんの?」

 声色は少し拗ねている。どうやら、ディックがキャットウーマンの本名を口にしたのが大層気に入らないらしい。いつもはそんな素振りなど見せないのだが、恋人になって心境が変化したのか、戯れの最中であるからか。

「そんなワケないだろ。それに、あの猫は僕よりブルースのほうがお気に入りだよ」

「お前は?」

「僕は猫よりお前が好き

 つむじにキスを落としてやると、満足したらしいジェイソンが微笑んで、兄の男根に頬ずりをする。安らかな笑みはお気に入りのぬいぐるみを抱きしめた子供に似ていて、ディックの銃身が大きく脈打った。
 衝動を誤魔化すように、弟の黒髪を梳いてやる。

「嫉妬か?」

「ん

 ジェイソンは、それこそ猫のように大人しく撫でられていた。ゴロゴロと喉を鳴らす音すら聞こえてきそうだ。
 愛おしそうに屹立へ口付けし始めたので、ディックが溜まらず呻いた。

「こら、ジェイ……

「なんだよ、ヤリまくってるワリにこらえ性がねぇな」
 
 それでも男根を責めるのはやめないらしい。ディックは思わず喉の奥で笑い、加虐的な猫なで声でもって恋人に言った。

「なあ、一回口で抜いてくれよ」

 ジェイソンの双眸が細められる。少し考える素振りをした弟に、ディックが重ねて懇願した。

「な、おねがい

 再び恋人のつむじに口付けすると、夢魔が嬉しそうに笑って大きく口を開く。先走りで濡れた肉をひと思いに咥え、一度強く吸い付いた。
 弟は上目遣いでディックを見た後、海綿体を咥えたまま声を発する。

「ふぇんふぁい

 それすらディックに恐ろしいほどの快感を与えた。

「音、立てたら人がくるから、静かにやれよ?」

 ジェイソンが小さく頷く。負傷していない方の手で充血した竿を握り、根元まで咥えて首の角度を変えながらピストン運動を繰り返した。首とは逆の方向に舌が動き、手の刺激も併せてディックの下肢に凄まじい快楽が与えられた。
 専用のモーターブラシに刺激されているような激しさで、ディックの目の前に火花が散る。今まで与えられていた、体の蕩けるような快楽ではない。荒波のような快楽に、一体こんな技どこで覚えてきたんだと不安になった。
 男同士だから気持ちよい場所がよくわかるとは言え、こんな方法ディックは思いつきもしない。
 これはもはや、このテクニックは、娼婦の域だ。
 全身の血が沸騰して鎌首に集中していく。神経も血も全てが一箇所にあつまり、出口を求めて荒れ狂っていた。なにも考えたくない。考えられない。
 気持ちいい。なんだこれ、気持ちいい。気持ちいい。気持ちいい。
 ディックの呼吸が荒くなると同時に、ジェイソンの呼吸も荒くなっているようだった。
 思わず首を仰け反らせたディックが、首筋に流れる汗を感じながら大きく喘ぐ。

「ジェイッ ジェイッ そろそろっ 出るっ

 同時に弟の頭を押さえつけ、巨肉を根元までくわえ込ませた。必死に兄への奉仕を行っていたジェイソンが、喉元に当たる肉の感触で小さく呻く。

「んぶっ

 その刺激がトドメだった。
 ダムが決壊したような勢いで、ディックの陰茎が雄の液をまき散らす。
 頭を固定されて動けないジェイソンは、当然白い欲の全てを口内に受け止め、窒息しそうな息苦しさを味わうハメになった。栗の臭いが鼻先を通り抜けていく。
 頭上からは絡みつくような甘い嬌声が落ちてきた。

「あぁああっ ジェイっ ジェイソンッ ジェイッ

 喜んでくれているという感覚が、ジェイソンの頭にハチミツの靄をかける。口全体に苦い味が広がり、ただでさえ靄のかかった脳味噌が一瞬真っ白に焼け付いてしまった。
 今、ジェイソンの頭上でよがっている兄の精液が口の中にあると思うと、全身に痺れるような悦楽が走る。
 舌で触れた肉鉾はまだ微かに脈打っており、形も匂いも脈打つ感覚さえも、妙に愛おしく感じられた。
 意識を失いかけ、視線をあらぬ方向に流しながら勃起を舐め回していると、我に返ったディックに優しく頭を撫でられる。
 温かい手の感触が余計に恍惚とした気分にさせた。
 幸せに蹂躙されて犯されているような気分。
 気が狂いそうな歓喜の中、ディックがはちみつでジェイソンの鼓膜まで愛撫した。

「口の中、みせて?」

 まだ恋人のペニスが名残惜しかったが、懇願されては仕方がない。後ろ髪を引かれながら顔をあげ、青空のような眸子の前でゆっくりと口を開いて見せた。
 ディックの吐き出した愛欲のすべてを見せるため、舌を突き出す。零れてはいけないからすぐに口を閉じた。
 瞬間、堪えきれずに思わず喉を鳴らしてしまう。
 食道に絡みつく感覚が愛おしい。胃袋を犯される悦びに体が火照った。
 余韻と後味を存分に楽しんだ後、ジェイソンは再び口をあけ、ディックの射液が消えたことを本人に教えてやる。
 青目の淫魔がジェイソンの髪を手で梳いてくれた。彼は愛おしそうに目を細め、弟の鼻先にキスをする。

「飲んでくれたんだな。ありがとう」

 もう片方の手が、労るようにジェイソンの頬を撫でる。
 体が沸騰してどうにかなりそうだった。淫魔の精液は媚薬になるのか、どこを触れられても気持ちよくなってしまうのか、両方なのかわからない。
 体が浮いているような幸福感と高揚感は、きっと危険な代物だ。なにも考えられなくなるから。
 それでも、思わず目を閉じて幸せな気分に酔いしれてしまう。
 だって目の前の男がくれるものなら、どんなに危険でもきっと気持ちいいから、なんでもいい。
 昂ぶった気持ちはジェイソンから冷静な判断力を奪ってしまった。
 兄の傷に触れないよう、細心の注意を払い恋人の上にまたがる。本当は足の上に座りたかったが、それでは傷に触れて痛い思いをさせてしまうかもしれない。
 仕方なく、膝立ちになって汗の浮き出た首筋に縋り付き、薄い唇に食いついた。
 思考を放棄し本能で動いているせいか、キスだけで無意識に声が漏れてしまう。

「んっ ぐっ んぐっ あっ ぁっ ぷはっ

 兄の体を手のひらでなで回し、舐るように舌を突き出す。毒の舌先がすぐに反応し、ジェイソンの口内へ麻薬を流し込み始めた。
 ただでさえ使い物にならなくなった脳味噌の、残り少ないシナプスが状態異常を起こしてはちみつに溺れていく。
 青空が、乱れるジェイソンを静かに見つめていた。
 愛撫のような視線だ。見られるだけで気持ちいい。やっぱりこいつは淫魔に違いない。
 この男はきっと、ジェイソンを快楽に狂わせて殺してしまう気なのだ。
 あぁ、殺されたい殺されたい殺されたい殺されたい!
 この男から与えられる快楽に溺れて死にたい!!
 夢中になって淫魔の唇と舌を貪っていたジェイソンは、兄の手が自分の体に伸びていると気づけなかった。
 結果、胸筋を鷲づかみにされてやっと異常事態を悟る。それなりに鍛えた筋肉はわずかばかり凹凸があり、力の入らない状態で掴まれると脂肪のように柔らかかった。
 淫魔の手のひらが、ジェイソンの胸にゆるやかな刺激を与えている。
 女のように胸を揉まれている事実が恥ずかしくて、淫魔の青い目が羞恥心をゆるやかな悦楽に変えてしまった。
 ディックの手のひらが擦れるたび、大人しく鎮座した突起がむず痒さを訴え、ジェイソンは思わず身をよじる。

「おい、ディッキー、くすぐったいって

 弟の言葉を聞き届ける気はないらしい。彫刻のような男が首を傾げ、ジェイソンの腰を引き寄せた。背筋を伸ばすことになった彼はディックの頭にしがみつく。胸元に淫魔の顔があった。
 弟が思わず声を出す。

「あっ

 ディックの指がジェイソンの胸にある膨らみをつまみ、指の腹で引っ掻いた。さらに、唾液にまみれた唇がもう片方の木イチゴに吸い付く。
 ジェイソンの体が小刻みに震え、うっすらと開いた唇の端から唾液が流れて嬌声とともにこぼれ落ちた。

「あっ んっ んんっ ひっ ぁっ

 くすぐったさとは明らかに違う理由で夢魔が体をくねらせる。艶麗な踊りを見てディックが笑った。はちみつの声がジェイソンの脳内を犯す。

「感度がいいなぁ、お前

 砂糖菓子で体を削られるような責め苦だ。充血した米粒を舌で押し潰し、捏ね回し、指でつまんで弄ぶ。同時に、もう片方の手が硬くなった傘肉に手を這わせた。先走りに濡れた淫魔の手が上下に動き始めると、ただでさえ快楽漬けになったジェイソンの体が大きく仰け反り、喉から迸る喘ぎ声が大きくなる。

「あぁああっ ふあぁあおああぁっ やめっ やめろディッキー あぁあああぁっ

 容赦なく扱かれた茎幹が震え始めた。つるりとした亀頭が熱い飛沫を吐き出す。いつもの射精とは感覚が違った。快楽漬けにされたせいで射精してもスッキリせず、ジェイソンの体には痺れが強く残っている。全身に力が入らない。
 手や足の先から自分が溶け出すような感覚を持てあまし、ジェイソンは必死に兄へ縋り付いていた。ディックはまだ執拗に弟の乳首を弄んでいて、そこからジェイソンの全身に痺れ毒が送られ続けている。

「ん…… ぁ ひ ん……

 擦れた声で鳴きつづける哀れな獲物の体を、淫魔が優しく抱き寄せた。
 それだけで疲れ切ったジェイソンの体は、疲労しているにも関わらず多幸感に包まれ、どうにかなってしまいそうだ。
 すでに服従以外選べない獲物に、淫魔がさらなる呪いを掛ける。

「腰上げて」

 甘い、ドロリと絡みつくような声。それだけでジェイソンを狂わせる極上の餌だ。
 求められるまま腰をあげた男は、ディックが指先を丁子油で濡らしていることに気がついた。
 たっぷりと油をつけた中指が、ジェイソンの尻を撫でていく。双丘の谷間を油が伝い、追うように指が走る。
 目的は解っていた。ゾクゾクする快感がジェイソンの背筋を駆け抜けていく。すぐに指を挿れられるかと思いきや、ディックは嬲るように谷間を愛撫するだけで、その合間も胸への責めは続いていた。
 いっそひとおもいに貫いてくれればと、ジェイソンが身をくねらせる。
 まるでその懇願を待っていたかのように、ディックの指が菊座に触れた。

「んっ

 ジェイソンの喉から甘ったるい声が漏れる。さんざん啼いたのでもはや気になるほどでもない。そんなことより早く指で犯して欲しい。
 彼の腰は無意識に動いていた。
 淫魔の指に自分の尻を擦りつける様は、いったいどのように映るのだろう。
 ディックはその青い目で愛おしそうに獲物を眺めていた。どんな風に考えているのかは、彼の口が塞がっているのでわからない。
 赤子のようにジェイソンの乳首を吸う兄はなんだかとても可愛らしくて、彼は淫欲とともに強い庇護欲に襲われた。
 ディックの人差し指が、弟の菊座を押し拡げるようになで回している。
 ジェイソンの全身がぞわぞわと粟立ち、どうしようもなく切ない電撃が血管中を駆け巡った。

「ぁっ ふぁああっ あぁああ

 どのくらいそうやって弄ばれていたのか、やがて淫魔の指がつぷりと菊座の中に侵入してくる。
 今までの快感とは違う、圧迫されるような感触にジェイソンが眉を顰めた。

「ぐっ」

 どのくらいまで指が入ったのだろう。指でこれほどキツければ、あのディックの巨根など到底受け入れられるものではない。
 ジェイソンは泣き出したい気持ちにかられた。
 きもちよくない。これ以外は頭が可笑しくなるほど気持ちよかったのに。
 これももっと気持ちいいのかと思っていた。頭をはちみつ漬けにされて砂糖菓子で体を削られ、飴で刺されるような、気が狂いそうなほどの快感があると思っていたのに。
 ディックは弟の異変に勘づいたのか、硬い蕾を解すことに専念するらしい。様子を伺うようにゆっくりと、優しく指の抜き差しを繰り返し、稀に丁子油を追加しては時間をかけてジェイソンを慣らしていく。
 部屋に充満した刺激的な甘い香りは丁子独特のものだ。精と汗とい草の香りと混ざり合って、不思議な匂いを放っている。

「ジェイ、力抜いて」

「んっ わかっ たッ

 後口への圧迫感を、胸からくる緩やかな快楽で誤魔化す。必死になって快感だけを追いかけていたジェイソンは、どのくらいそうしていただろうか。
 やがて自分の小さな異変に気付いた。
 ディックの指が、腸肛に根元まで入り込んでいる。
 だというのに、苦しくない。むしろ。
 体の内側を羽で撫でられるような快感。肌が粟立つ。待ち望んだ恍惚の到来を察知し、ジェイソンは歓喜で胸を震わせた。

「あっ あぁっ でぃっきー きもちいっ きもちいいっ でぃっきーっ でぃっきー これっ これやばっ あっ あっ あぁあっ

 ちゃんと感じる。ちゃんと気持ちいい。これでころしてもらえる。きっと飴で刺し貫かれるような快感が待っている。
 嬉しさで兄の頭に縋り付くと、ディックが充血したサクランボに強く吸い付いた。
 同時に、狭穴を責めていた人差し指が内部でグイと折れ曲がる。
 ジェイソンは魂が飛んでいくような悦楽に悲鳴を上げた。

「あぁああっ ディッキー でぃっきぃいっ

 叫ぶ弟の口を、淫魔が自分の唇で塞ぐ。ジェイソンが微かに身じろいだ。唾液で濡れた胸が冷たいからだ。彼の口内に直接、はちみつの声が注ぎ込まれる。

「リチャードって呼べよ」

 兄の手は淫花と肉豆の両方を休みなく責め立てていた。口移しで命じられたジェイソンに逆らう術などない。さきほど精を吐き出したばかりにも関わらず、下肢に熱が集まってくるのを感じていた。
 淫魔の手がぷくりと膨らんだ茱萸の実を強く掴む。
 思わず大きく仰け反ったジェイソンは、頭の中で大事な堤防の決壊を察知した。

「ああぁああぁっ やめっ やめろっ あっ リチャードっ りちゃーどっ りちゃーどぉぉっ りちゃーどぉぉおっ

 下肢の先端からなにかが抜けていく。一瞬あまりの快楽に失禁してしまったのかと思ったが、どうやら茎根が吐き出しているのは白い雫のようだった。ただ、平常の通り勢いよく迸るわけではなく、それこそ栓が壊れてしまったかのように、鈴口からトロトロとあふれ出して充血した肉を伝い滴っている。 
 自分の意思で止めることもできず、体液がこぼれ落ちるたび体が軽くなる感覚はまさしく失禁のようだ。

「あぁああぁっ でてるっ でてるぅ りちゃーど りちゃーどぉお あぁあ あぁあああああっ

 狂った様に喘ぎ、激しくもがいた後、ジェイソンの体が大きく跳ね上がる。心地よい刺激が断続的に与えられ、無様に喘ぐ様を青空の目に見つめられるのは、予想以上の屈辱であり、幸福だった。そのまま忘我の世界へ旅立った彼の体を、ディックが優しく引き寄せる。
 脱力した体に淫魔の唇が押しつけられ、羽で撫でるように軽いキスが、鍛えられた体にいくつも降ってきた。
 胸筋の輪郭をなぞり、腹筋をなぞる猛毒の舌で我に返ったジェイソンは、まだ意識の半分以上を天国に飛ばしたまま、愛しい淫魔の顔を見つめる。

「りちゃーど あし あし だいじょぶか?」

 舌足らずな声だ。情事の気配を色濃く残した夢魔のそれに、ディックは一瞬血の沸騰する感覚を味わった。しかしこれ以上弟を欲望のまま責め立てれば、怪我の悪化は愚か、弟を壊してしまうかもしれない。
 そもそもこのまま突き進めばディック自身の歯止めが利かなくなる。

「大丈夫だよ」

 恋人の頬に口付けしながら返事をする。相手も自分も怪我人なのだと思い出すため、夢魔の肩口に巻かれた包帯に口付けた。
 筋肉のついた太い腕でも、弛緩した状態なら柔肌のごとくしなやかだ。唇に残る弾力を味わったディックは、はやくこの布を取りたいと思った。

「お前も、痛かったらすぐに言えよ」

「ん 大丈夫

 ふたりの体は汗と精と油にまみれて目も当てられない状況になっており、このままではとてもではないが眠れそうにない。
 とりあえず換気するために庭側の襖をあけると、すでに月は西側に傾いていた。

「寝不足がバレたらまたティムに小言を言われるな」

 苦笑するディックの背後では、弟がフラフラと立ち上がり周囲を見回している。彼は部屋の隅にあった布を手に取ると、ディックに近づいてすり寄るように兄の腰を掴んだ。
 
「どうした?」

「このまま寝れねぇだろ

 振り向くと、ディックの首筋に鼻先を押し当て、猫が甘えるような動作をする弟が目に飛び込んでくる。
 布を持った手は愛撫でもするようにディックの体を這い回っており、汚れを拭いてくれているようだったが、こんな動作をされてはまた汚れたくなってしまうというものだ。
 ディックの喉がゴクリと生唾を飲み込む。

「じゃあ、お前も拭かなきゃな

 言って、布の片方を奪いジェイソンの体を愛撫した。もはや体の汚れを取るのが目的ではない。お互いの唇を貪りあいながら、汚れをとるふりをして、相手の体の隅々まで布越しに味わった。
 そうして指を深く絡ませ手を繋いだまま、布団に倒れ込むようにして眠ったのだが、これ以降ブレーキのかけ方を忘れてしまったふたりは、翌日から人がいない時間を見計らってキスをしあい、繋がれない鬱憤を晴らすかのようにお互いの体を貪り合った。
 ディックは弟の臀孔と胸の木の実を開発することに専念し、ジェイソンは手でも足でも口でも、体のあらゆる場所を使って兄の精液を搾り取っては楽しむ。
 特に夢魔が気に入っていたのは、まだ日の高いうちに庭の障子を開け放ち、死角に隠れて愛撫し合うことだった。口では嫌だと言うわりに、スリルを快感にしてしまう器官でも持っているらしい。
 ジェイソンはディックの想像以上に被虐趣味があるらしく、一度陰茎で胸の屹立を擦り上げた時などは、「そのまま挿れてくれ」と懇願され、宥めるのに大変苦労した。

「んっ ひっ りちゃーど りちゃーどぉ あっ あ あーっ

 一週間も経てばジェイソンの体はすっかり敏感になってしまい、菊芯と同時に紅真珠を責め立てると、緩やかに立ち上がった一本角が、触れずとも青臭い涙を流すようになっていた。すでに通常の射精ではなく、この失禁のような愉悦がクセになってしまったジェイソンである。
 彼の菊座は、丁子油にまみれたディックの指をきゅうと締め付けるのがたいそう得意で、指に蹂躙されている間は始終歓喜で体を震わせていた。
 だらしなく開いた口の合間から唾液があふれ出し、平素の凜々しさは薄れ、夢魔の淫靡な魅力があふれ出す。

「あぁあ あっ りちゃーど りちゃーど りちゃーどぉ

 ホットチョコレートのように絡みつく声がディックの鼓膜を犯している。この声の中毒性たるや凄まじく、平静を保とうと努力していても、ふとした瞬間今直ぐ聞きたいと思うほどであり、ディックなど酷い時は一日中頭の中がこのホットチョコレートで埋め尽くされる。
 弟を心配して一週間、後口を慣らすことに専念してきたディックだったが、淫靡な穴は三日もすればディックの指を三本根元まで飲み込めるまでになり、今や夢魔が足を開けばぽっかりと穴があき、赤い遍路がヒクヒク蠢いてディックを誘う始末だ。
 やはり弟だと思っていた生き物は淫魔だった。ディックはまんまと捕らえられ、きっと死ぬまでこの生き物のために無様に腰を振って息絶える。

「りちゃーどぉ なぁ りちゃーどってばぁ

 これほど甘ったるい声をディックは聞いたことがない。淫奔に腰を振る夢魔は氷の瞳が溶け出すほどの熱を放ち、ディックをただの獣にしてしまう。

「どうした、リトルウイング」

 尋ねると同時、肛肉に埋まった指を動かしてやる。淫魔が体を仰け反らせ、卑猥な歌声を発した。

「ふぁああっ すごっ うぅう いいっ ぅっ りちゃーどぉ ぁぁおあぁっ

 汗に光る体をゆらゆらと蠢かせたジェイソンは、焦点の合わない薄氷でどこか遠くを見やり、唾液にぬれた唇をわずかばかり震わせた。 
 ディックが、食らいついて離すまいとする弟の肛華を振り払い、指を引き抜く。
 すると淫魔の凜々しい眉が切なげに歪み、長い睫毛の下で湖面が揺れた。

「あっ……

 名残惜しそうな吐息はディックの加虐心を煽るに充分な威力を持っており、彼は汗ばんだ白い肌の上、充血してつんと膨れる恋人の蕾を口に含む。

「ふぁっ あぁああンっ

 ディックの理性を完膚なきまでにたたき壊す、呪われた歌声だ。纏わり付いてくる麻薬に導かれ、可愛らしく屹立したビー玉を舌で押し潰す。グミのような弾力があった。舌先で踊る麦粒は少し塩気があり、非常に淫らな味がする。
 夢中になって吸い付き、もう一方の木の実は指の腹で軽く引っ掻いてやった。
 夢魔の体がうねうねとふしだらに踊る。

「あっ だめっ やめっ やめろっ おいっ なぁっ イッて イッたから もうっ イッちゃったからぁ

 誘っているように見えるが、どうやら逃げようとしているようだ。揺らめく弟の腰を掴み、乱暴に引き寄せたディックが小さなサクランボに歯を立てる。
 途端、ジェイソンの全身が硬直してピンと張り詰めた。

「ふぁああんっ

 動きが止まった隙に、口と両手で桜色の蕾を執拗に責め立てる。

「やめろっ はっ おいっ おっ ぁっ おいって あぁあんっ やめっ り りちゃーど りちゃーど やめろっ あっ だめっ だめぇえっ

 筋肉の付いた体がブリッジを描き、逞しい肢体が繰り返し強ばる。すでにゆるゆるとではあるが射精してしまった上反りは、白液をまき散らすこともなくただジェイソンの痙攣に併せて揺れていた。
 誰がどう見ても胸への刺激だけで達してしまった夢魔は、目尻に涙を浮かべ、恍惚としたまま忘我の余韻に身を預けている。
 ディックが汗で額に張り付いた黒髪をどけてやり、赤く染まった頬に口付けた。

「可愛いイキ方だったぞ、リトルウイング 乳首だけでイケるなんて女みたいだな

 兄のいたぶるような甘い声も、今のジェイソンには充分刺激的らしい。

「んっ…… ぁ…… ぁ……

 ドロリと絡みつく甘ったるい声で喘ぎながら、彼は助けを求めるようにいつまでも兄の首に縋り付いていたのだった。
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美しくなんて死ねると思うな