2 次にディックがジェイソンと出会ったのは、ブルードヘイブンでのことだ。 違法売春をしているというナイトクラブに突入する直前、建物の中から銃声が響き渡った。 ガラス窓を突き破って内部へ侵入すると、目に悪そうなネオンライトが薄暗い部屋を照らしている。 バーカウンターに尻をのせた男が、鼻先に銃口を突きつけられて震えていた。 銃を突きつけているのはレッドフード。つまり、ジェイソンだ。 彼らのさらに後方、ステージの上では小綺麗な格好した子供が数人、肩を寄せ合って怯えている。おそらく違法売春の被害者だろう。 ナイトウイングは、レッドフードに先を越されたらしい。 今まさに悪党を撃ち殺さんとしている弟を睨み付け、ディックは鋭い声を上げた。 「レッドフード、やめるんだ」 赤いヘルメットが少しだけナイトウイングのほうを向く。表情は伺い知れず、マスクの奥から少しこもったような音が零れた。 「お早いお着きで。お膝下でガキが食い物にされてるのに、今の今まで気付かなかったヒーローさんは、流石に行動力が違うぜ」 「殺してもなんの解決にもならない。レッドフード、頼むから、子供も見てる」 子供たちが肩を跳ね上げ、よけいに身を寄せ合って震え始める。レッドフードは動揺した様子もみせず、視線を兄から悪党へと移した。 「死ななきゃやめない。殺さなきゃ、ガキどもも事の重大さがわからない。また似たような連中に捕まって食い物にされて、今度は自分がガキを食い物にする」 そうしてヴィジランテは、なんの躊躇もなく引き金に手をかけた。 「やめろ!」 ディックの怒号すらかき消す銃声と、子供の悲鳴。硝煙の臭い。空薬莢の転がる音。 真鍮製のテーブルに崩れ落ちた肉塊が、ドシャリと湿った音を立てた。赤い筈の体液は、ネオンライトに照らされて黒いような色になって、テーブルと床の上に広がっていく。 レッドフードのジャケットや、マスクやズボンに血しぶきが飛び散った。 弟の変わり果てた姿を、ディックはとても悲しいと思いながらも、同時にひどく美しいと思う。 暗闇の中で真っ直ぐに立って、汚れを避けもしない、恐れる素振りすらない。 揺るぎない姿は、怯まない姿は、どうしてこんなにも、ディックの深奥を震わせ、貫いてやまないのか。痺れて動けなくなるほどに。 「じゃあな、ナイトウイング」 弟の靴が血だまりを踏んだことで、ディックは弾かれた様に現実へと引き戻された。 「レッドフード!」 「俺を捕まえるより、そこのガキどもをまだマシな警察官に引き渡してやんなよ」 まだ体が痺れている。 手を伸ばしても足が付いていかず、ディックは結局被害者の子供たちを警察に引き渡し、現場検証に協力するハメになってしまった。 建物の前に何台もののパトカーが並び、担架に乗せられた男の遺体が運び出されていく。 レッドフードは、殺人容疑で指名手配となった。 それでもきっと、彼はまた殺人を繰り返すのだろう。 『死ななきゃやめない、殺さなきゃ、事の重大さが解らない』 脳裏で弟の言葉がグルグルと回っている。全ての事後処理を終えて星の見えない夜空を見上げると、色々な感情が波のように押し寄せてきて、体が震えた。 一度死んで、生き返ったディックの弟は、生前よりも遙かに強い意思で、苛烈な人生を選んだ。 その強い意思を悲しいと思うと同時に、尊いと思わずにはいられない。 泥の河に浸かっても構わないという覚悟は、どうしてこんなにも美しいのだろう。 目を瞑れば、生前の弟をすぐに思い出す事ができる。明るく笑っていた、少し生意気で勝ち気な弟。 ディックの寝室には、いくつも彼の映る写真がある。 急いで家に帰り、そのひとつを手に取って、かつてのジェイソン・トッドの輪郭を指でなぞった。 知らず、口からため息が出る。 その熱の意味を誰も知らない。ディック本人でさえも。 ――お前は僕が知るかぎり、この世で一番美しい生き物だ。 一度死してなおそれほどまでに光り輝く生き物を、ディックは彼以外に知らなかった。 [しおりを挟む] 目次 戻る |