神父様とぼく

なによりの幸福


「えっ、嘘、神父様の誕生日って今日なの?」

 聖職者用の黒衣に身を包んだディックが目を見開いて動きを止めた。
 教会堂での礼拝を終えてすぐのこと。信徒から誕生日の祝辞を貰ったジェイソンは、助祭がショックを受けている気配を察知し、ゆっくりと青年の方へ振り返る。

「はい。私も先程まで忘れてたんですが、そういえば今日でした」

 言外に『だから気にしなくても大丈夫ですよ』と言ったつもりであったが、ディックはひどく不満げな顔で口を尖らせている。

「僕、誕生日プレゼントなにも用意してない」

「誕生日をお祝いされる年でもありません」

「僕はお祝いしたい」

 ディックが「はぁ」と大きく嘆息し、肩を落としていた。金色の美しい目が憂いを帯びている。視線はステンドグラスを見つめており、建物の出入り口あたりで、若い女性が「きゃあ!」と黄色い声を上げていた。
 ディックが聖ラザロ教会に来てからというもの、女性の信徒が多くなった。男性も少し増えた気がする。彼の秀麗な容姿が影響しているのだろうとジェイソンは考えていた。多少複雑な気持ちだが、教会を訪れてくれること自体は吉兆である。
 もしかしたら、ディックの姿を見るために礼拝へ参加することが、僅かでも生きる糧になっているかもしれないし。
 ジェイソンはとりとめのない事を考えながら、ぼんやりとディックの横顔を見つめていた。
 すると、突然ディックがジェイソンに視線を向ける。

「ねえ神父様、今日の晩ご飯どこか食べに行かない?」

「……奢って頂けるんですか?」

「うん。神父様誕生日だから!」

「それは嬉しいですね」

 ジェイソンが笑うと、ディックも嬉しそうに笑ってくれた。
 まだ朝食が済んでいないので、教会堂の片付けを終わらせて司祭館へと向かう。
 道すがら、神父はふと気になったことがあり、助祭へ視線を向けた。

「貴方の誕生日はいつなんですか?」

「え?」

 問われた途端、ディックが視線を中空へ投げる。歩みがゆっくりになって、そのうち完全に止まってしまった。顎に人差し指を添えている。

「えー……わかんないな。もう生きてた頃のこと忘れちゃったし」

 ディックの返答を聞いて、ジェイソンが笑みをゆっくりと深めた。目元まで笑えているかは自信が無い。

「今でも貴方は生きてますよ」

「あっ、はいそうでした」

 でも忘れちゃった。と言って、ディックが歩き始める。それに倣って、ジェイソンも再び歩き始めた。前方を歩く助祭の背中に、神父が声を掛ける。

「忘れてしまったなら、貴方の好きな日を誕生日にしましょうか。私も、貴方の誕生日をお祝いしたいですから」

「あー、アリだね。好きな日かぁ」

「貴方がこの教会に来た日なんていうのは?」

「それもいいね。記念日だ」

 言って、ディックが振り向いた。金の目がジェイソンを見て、なぜか愛おしそうに細められる。この目を見ると、ジェイソンは心臓を素手で握られたような心持ちになるので、少し苦手だった。体の中の血が思い切り全身に向けて動き出す感覚。無理矢理、心臓を動かされているような不思議な感覚。
 そんなジェイソンの気持ちもつゆ知らず、ディックが言った。

「でも、折角だから今日が良い」

「今日ですか?」

 神父は、意外に思って首を傾げる。特に特別な出来事は無かったはずだ。彼にとっての人生の転機は、この教会にやってきたことと、梟の法廷が壊滅したこと。そのどちらも、今日ではない。
 助祭は彼の反応を見て、うん、と頷いたあと、少し照れくさそうに笑った。

「貴方がいなきゃ僕はここにいないから、貴方が生まれた日に、僕の人生も決まった。だから」

 今日は、僕の誕生日。
 青い空の下で、金色の目がジェイソンを真っ直ぐに見ている。朝日は白い光で芝生を照らし、一日の始まりを告げていた。
 朝日とともに一日を始め、日没とともに終える毎日を、ジェイソンは心底愛おしいと思う。
 いつもとなりに、この青年がいることも。
 自分に全幅の信頼を寄せてくれることは、嬉しいがとても恥ずかしい。それほど立派な人間になれている自信はない。
 それでも目の前の男が、自分と同じ日に人生を始めたいと言ってくれることが、なぜかとても幸福に感じられた。

「……なら、今日の夕ご飯、私は貴方に奢らなければいけませんね」

「いいね。僕は神父様に奢るから、神父様僕に奢ってよ」

「そうしましょう。来年はプレゼント交換しましょうね」

 貴方の誕生日なら、私も忘れませんから。
 ジェイソンがそういうと、金目の彫刻がとても嬉しそうに微笑んでくれた。
 ひとりではなんでもなかった日が、ふたりでいるだけで、特別な日に変わっていく。

 それがきっと、なによりの幸福だった。
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美しくなんて死ねると思うな