くらくらする頭と全て出しきって重くて軽い体、倦怠感がどこか心地良い。
目が覚めた私に職員らしき女性は、ここが医務室だという事、運動後低血圧──簡単に言うと貧血で倒れた事を教えてくれた。ベッドから起きて時計を見ると、試合終了から一時間半は経っている。まだ休んでいて良いという言葉に断り、控え室に戻ると顧問が一人。チームメイトは決勝を観戦しているらしい。ジャージを羽織り荷物をまとめ帰宅を告げると、そろそろ表彰式だぞと返された。
「もう役目は終わりました」
「あぁ、今回の勝利はお前の活躍のお陰だ。3位入賞よくやった、皆泣いて……喜んでいたぞ」
「ふっ、『泣いて悔しがっていた』の間違いでしょう?」
顧問の笑顔が引きつる。
「先生と彼女達が言ってた通り。私がお気楽なバスケをやめて、本気で、勝つために、一人でバスケをした。そして逆転勝利……自分達が不要だと証明されてしまいましたから」
「種田……お前本気で言ってるのか?」
「はい、チョーシ乗ってんです」
「そんなわけないだろう!」
怒鳴る声に頭が痛む。こめかみに添えた手を見て「悪い、」と短く謝った顧問の表情は固い。
「これまでだってお前は本気だったじゃないか。チームで勝つために、本気で、頑張っていただろう……?」
「でも言いましたよね? 『勝つため だけ に動け』、それに従った結果があれです」
勝つために、チームは必要無かった。チームを捨てなければ、ワンマンプレーでなければ、勝てなかった。
「今更チームで並ぶ事に、意味なんてありますか?」
そう言うと、顧問は悔しそうな悲しいそうな表情で口を噤んだ。
もう少し早く指示を出してくれていれば決勝にも行けたかも知れない……いや流石に一人では無理か、チョーシ乗ってるかも。だがあそこまでの大差は付かなかったと思う。
顧問は何も言わない。もう話は済んだって事で良いのかな。「ではお先に失礼致します。お疲れ様でした」軽く頭を下げ部屋を出た。
最前列、一番良い観戦席に倒れ込むようにどさりと座る。今日は全国中学校バスケットボール大会、3位決定戦と決勝だ。午前中は女子、午後は男子の試合が行われる。女子の表彰式の最中である今、男子の試合会場であるここには誰も居ない。遠くの熱気が、なんとなく伝わって来るだけだ。
まだ頭くらくらする、下手したらまた倒れるかも。先程買ったポカリは冷た過ぎたが、勢い良く喉に流し込む。液体が食道を流れる体にじわじわ浸透するような感覚に目を閉じる。
チームプレー、その言葉に従っていれば良いと思っていた。だがチームと勝利を両立出来無くなった時、皆は勝利だけを追って三年間優先してきた筈のチームを捨てた。それに気付かず、場違いにチームを優先したから弾糾されたのだろうか。なら最初から言っておいて欲しい。なんて、面倒くさい。
バスケに興味なんて無い。それは私にとってただの手段に過ぎない。だから勝敗にも興味は無い。結果を残す事で付いてくる特典(委員や係の回避、高校が試験や学費免除を理由に入学を勧めてきたり)は美味しいが、それら欲しさに勝ちたいとも思わない。3位も4位も変わらない。表彰状があって、学校に飾られる盾があるかどうかしか変わらない。他には何も手に入らない。私が欲しいモノは手に入らない。何も──……
「なんや、表彰式にも医務室にも居らんからまさかと思って来てみたけど、ほんまに居るとはなぁ」
関西弁に驚いて目を開ける。「自分の勘が怖いわぁ」振り向くと黒縁眼鏡の奥、にこにこお決まりの笑みを浮かべる一つ上の先輩──今吉翔一が居た。前に会った時からまた少し背が伸びたように思う。高校も中学も試合の日程はほぼ変わらない筈だが、見に来ていたのか。関係者では無いのに何故医務室の事情を知っているんだろう。疑問に飛ばしていた意識は、頭を撫でる手に引き戻された。
「来てたんですね」
「おん。3位お疲れさん、よう頑張ったな。体もう大丈夫か?」
「ただの貧血。もう慣れました」
「そんなん慣れんとちゃんとした飯食い。んで、今日で一区切りやけどバスケ部どうやった? ……楽しめたか?」
「…………全然、」
ぽつりと溢す。拗ねた声色のそれに、しょーいち先輩は撫でる手を止めた。
「散々チームチーム、チームワークってワンマンは怒られたりもしたのに。結局は勝ちたいってパス出すなとか文句言ったりこっち睨んで。面倒でした……やっぱり部員も他と一緒だった」
そう続けた私に先輩は苦笑した。
「しゃーないで……欲出るんが人間や」
「なら最初から『3位は絶対に取るんだ』って言っといて欲しいです」
「自分その辺不器用やもんなぁ。まぁ勝ちたいんもチームワーク大事なんも本心やったんやろ、どっちか一個やない」
「…………これが青春ですか?」
「どしたん急に」
「顧問が言ってた。『今大会が中学校生活最後の青春の大舞台だ』」
「なんやそれ」
「アホみたいですね」
カラカラ笑う先輩に、撫でるのを止めるなと手に頭をすり寄せる。
「今日は男子の試合見るん?」
「久しぶりに……最後くらい観ときたいなって」
「表彰式はサボるのに?」
「先輩だって今日、練習サボったんじゃないんですか?」
質問を質問で返すと、否定も肯定もされなかったが「可愛いかわいい後輩達のハレ舞台、ワシが見んでどないすんねん」と言って頭を掻き混ぜられた。