「────ッ」
約一年ぶりに見たうちの中学の男子の試合。私はコートに立つ友人──花宮真から目を離せなかった。
∇ ∇ ∇
「やっぱり凄い、のになんで──……」
呟く結希をちらりと横目で見る。続く言葉は「──『試合観に来んな』なんて言うんだろ」だろう。
中学時代、ワシは花宮という後輩を何かと気にかけていた。
勉強スポーツ性格容姿、どれをとっても優秀で……とても胡散臭い奴。そんな第一印象に色々と仕掛け、彼の入部二週間。その優等生面を無理矢理ひっぺ剥がしてみれば、不快と嫌悪を隠す事なく言葉と表情に乗せる、気持ちの良いくらい捻くれた少年だった。構えば文句を言ってくるものの、優等生ぶらなくて良いから楽なのか、口ではなんとやら慕ってくれているのか、なんだかんだと受け入れ共に行動する花宮。ワシと彼がセットで見られるようになるのはすぐだった。
その花宮と出会ったのがこの少女──種田結希である。何も知らない結希に庇護欲と好奇心、はたまた支配欲で可愛がり、彼女もワシらに甘え、時間が合う限り三人で過ごした。結希はそこに彼女の腐れ縁らしい田辺を加えた三人としか交流を広げず、ワシらだけを見て様々な事を吸収した……あとなんやけったいな後輩も居ったか。
「あいつのバスケは……自分とは真逆やからな」
花宮は結希が自分の試合を観戦するのを酷く嫌がった。元々彼女も女バスの試合があるため、スケジュールの関係上困難ではあったが、女バスが先に敗退したり等観戦が可能な時でも彼は来るなと毎回釘を刺していた。きっと最後に観たのは去年、ワシが引退前でタイミングも合った全中二回戦だろう。あの時は事前に彼女が絶対行くと言っていたためか、彼があの特徴を見せる事は無かった。
花宮が結希に試合を観せたがらない気持ちは解らなくもない。この子はかなり誠実なバスケをする。彼がイイ子ちゃんと毛嫌いする『鉄心』と同じくらいに。だがそこに心は無い、属するチームの色に従っているだけだ。相手に誠意を、勝てば破った相手の分まで次へ、負けは潔く認め相手を称え背中を押す、味方同士で励まし高め合うチームプレー、最後まで諦めず戦い抜く大切さ、勝利に至る過程も重んじる、敵も味方も皆同じ競技に集う仲間──それがバスケでありバスケ部だと思って、そうあるよう接していた。部員にも少しは気を許していた……まぁそれもこれも全部、さっきの試合で認識改めたようやけど。
そんな結希のバスケ像と正反対とも取れる花宮のバスケ。解らなくも、ない。
「PGですしね」
「んー……そうやない。どう言うたらええんかなぁ……」
「?」
言葉を探すワシの様子に、結希は一先ず試合に集中する事にしたらしい、それ以上は何も言わなかった。
第1Qが終わったところで、勢いをつけ「それで?」と説明を求めてくる。
「花宮は『無冠』や」
「はい?」
「やから『無冠の五将』の一人や。知っとるやろ? まさか『無冠』を知らん筈ないわなぁ──……」
──六将目さん?
態とらしく言うと、結希は露骨に表情を曇らせた。
『無冠の五将』──時代が違えば、『キセキの世代』が居なければ、彼らがそう呼ばれていただろう五人の逸材。『キセキ』を有する王者・帝光中学校の勝利は揺るぎない。優勝を冠する事の無い彼らはいつからかそう呼ばれていた。
そこに少し前から、一部で一人の少女が加わえられるようになった。
二年前、全中女子にとある無名校が強豪校と名を連ねた。それが一人の選手の影響だという事は、試合を見れば誰の目にも明らかだった。小さな体で敵はおろか味方まで圧倒するような強さ、男子にも通用するだろう抜きん出た才能。しかしどんなに才ある選手が居ても、チームに一人、足手まといも連れてでは限界がある。その無名校は優勝は勿論、入賞さえままならない。
そして誰かが言い始めた。彼女は六人目の無冠……『無冠の六将目』だと。いつかの月バス記事に準えその選手──種田結希を『死篭』と呼んだ。
(もっと可愛らしい名前付けたって欲しいわ)
死篭──死に篭り、とは死んだ卵、孵化前に殻を破れず果ててしまった雛の事だ。結希の事情を考えると、皮肉も皮肉。無名校に埋もれて発揮されない才能、日の目を見ない天才という理由らしいが、月バスの記者も、肩書きとして呼び始めた誰かも、随分えげつない比喩をしてくれたものだ。
「花宮はな、『悪童』て呼ばれとる」
「あんまり良い噂は無いんでしたっけ」
「なん、知っとったん?」
「女バスにも少しくらい噂は流れて来ます。具体的なのは……キャプテンが聞かせないようにしてた、かも、たぶん」
「……まぁ流石に聞くわな」
その辺りは花宮の差し金だろうか。
「性格考えると中々似合ってる」
「はは! ワシも思うわ。その『悪童』の由縁言うんかな。相手をじわじわ嬲り殺すようなえらい厭らしい戦法もなんやけど、何よりあいつのプレイスタイルとバスケに対する姿勢。まぁプレイスタイルは、このまま試合見とったら結希なら解るかもしれへんな。その二つが自分とは真逆なんや」
「ん?」
「自分が来た時は、成り潜めとったみたいやけどなぁ……」
さてここからは内緒話だ。勿体振ってずいと顔を寄せると、結希はこちらに身を乗り出し耳を傾ける。無防備で素直な様子に満足しながら声を落とす。
「あいつはバスケに青春かけた奴らが、バスケで友情ゴッコしとる奴らが……無様に負けるとこが見たいんやと」
「へぇ……? それは──……」
ゆっくりと考え、言葉を噛み砕いた結希は「──悪くないですね」とさっさと姿勢を戻してしまった。
丁度ワシらが座っている方を向いた花宮に手を振る結希を見て考える。そう言えば昼飯前、自身の試合を振り返り「これが青春ですか」なんて鼻で嗤っていたか。まだ『悪童』の肩書きの一番の理由、彼のプレイスタイルは見ていないが。これは……
(『悪童』の試合を観るんにしては、タイミング間違えてもうた……か?)
結希とワシに気づいて一瞬驚き、すぐさま笑顔で手を挙げる花宮。一抹の不安は、彼からの突き刺さりそうな批難の視線のせいだと紛らわし、ポーズだけでスマンと謝った。