類友

《ザキちゃん課題終わった?》
《なんだよ》
《どうかなって。女の勘?》
《お前にはねぇだろ》

 と言いつつも、終わってないと書かれたメールに笑いが漏れる。手伝うから少し話そうと家へ誘う。夏期休暇も後少し、今日は最後から二番目のオフの日だ。

「ごめんねザキちゃん、ちょっと君への評価を検討すべきかも」
「はぁ?」

 予想以上に残っていた課題にこめかみを押さえる。原ちゃんやまこちゃんによくバカだと言われる理由が解った、こいつはバカだ。

「……手伝うとは言ったけど、自分でやらなきゃ当然意味が無いから取り敢えずやって。解らない所は教える、教え方下手だけど。取り敢えずやって」
「お、おぅ……」

 呆れを滲ませ、冷ややかな目で見下ろすと素直に従った。なんと言うか勉強が苦手、ではなく要領が悪い。英語の長文問題を頭から一字一句、全て和訳しようとして唸るのは頂けない。「全訳ならそれでも良いけど。こういうのはまず問題文から」「んん?」「で、何を問われてるか解ったら問題文に対応する単語を探す。大体はその前後に答えはある」「おぉ、マジだ」理解力はあるようで、コツを教えるとするすると解いていった。まぁ中間や期末考査の順位も半分から上だしね、勉強は出来る方だろう。






「マジ助かった、ありがとな。いっつも直ぐ解んねぇやってられっかよって嫌になんだよ。今日でスゲー進んだ」
「やり方が悪いだけ……待って、進んだって他終わってないの?」
「え…………いや、その……」

 こいつ……終わってないぞ。今日やった分でもそこそこあったのに、どうなってるんだ。まぁなんとかなるかと思うのは、ザキちゃんの能力を判断してなのか、諦めの現実逃避なのか果たして。最悪部活に課題を持って来させよう。
 テーブルを片付け、オレンジジュースとお菓子を摘む。「家族は?」「今は誰も居無いから気にしないで良いよ」静かな部屋にザキちゃんがそわそわしだしたので音楽をかける。

「前置き無しに率直に訊くね……ザキちゃんはまこちゃんの悪癖、どう思う?」
「あー……」

 前にマジバでした確認。視線が交わらなかった一人はザキちゃんだ。
 康くんにも一応部活中訊いたら良い趣味だと言っていた。五月の練習試合でも気付いていたらしく、余裕だった相手校の主将の絶望的な顔は愉快だったと。あれを趣味と言うのかは解らないが、康くんは否定しないだろうと思っていたので予想通りだった。
 ザキちゃんはどうなのだろう。まこちゃんの悪い噂を知っていると言っていたし、インハイ予選で肩書きの話もしていた。多分四人の中で一番『悪童』を知っている、知っていて近くに居る。まこちゃんに虐められているかもしれないと悩んでいた時も、実際は裏表の激しさに困惑しているだけで、完全に拒んでいる様子は無かった。
 だからと言って他の三人のように、明らかに乗り気、と言う訳では無い。彼は優しくて中々真面目だ(課題は終わってないけど)。もしかしたら否定する程では無くとも、内心複雑だったりするのかもしれない……まこちゃんが認めている時点で、これも杞憂なんだろうけど。

「私まこちゃんと中学一緒なんだ」
「あぁだな、知ってる」
「そう……それで中三最後の全中3決で初めて本来の? 試合見て、全て含めて良いなと思って。だから、まこちゃんの試合を近くで見たいからマネ始めたの。霧崎に来た理由の内の一つ」

 ラフプレーを含めて、私はまこちゃんのバスケに魅せられた。彼を真似てティアドロップやスティールを重点的に練習した時もあった事。だからと言って、自分もラフプレーをしようとまでは思わない事。もしも彼が本当に監督をやる日が来たら、霧崎のバスケは彼の色に染まるだろう事。

「まこちゃんは強要しないと思う、君の事はそんなの抜きで評価してる。でも彼は好きなようにする……だからもし嫌だとかあったら、私は話くらい聞くよ」

 まこちゃんのやり方を止める事は出来ないし、止める気も更々無い。だけど、ザキちゃんになら葛藤や愚痴を聞くくらい、私はいくらでも付き合う。
 一通り話し終えて、オレンジジュースで喉を潤す。ザキちゃんは何も言わない。小さく掛かる音楽だけが私達の間を流れている。暫くして、彼は深く溜息をついてから一度笑った。多分、自嘲。

「俺はバスケが好きだ」
「うん」
「でも花宮のその……アレを嫌だなんて思ってねぇよ」

 そうしてぽつぽつと語られた話は、どこか懺悔のような響きを持っていた。
 友達に誘われて入ったミニバス。面白くてのめり込んで。中学はバスケ部に入り、身長はどんどん伸びて、そのうち彼はレギュラーになった。最初は楽しかった。試合に出られない事は熱意に変わった。試合に出たら、勝ったらもっと楽しかった。負けてその時は悔しくても、次は頑張ろうと思えた。だが入部して一年が経ち、初めて後輩達が出来て少し。どんな大会も必ず帝光が優勝すると彼は気付いた。不動の彼らが、勝っても当然のような、嬉しくもなんともない顔をしている事にも。

「クソつまんねぇ顔していっつも頂点で。こっちだって見てるのも相手するのもクソつまんねぇっつーの」

 中二の頃と言えば、特に帝光の評判が悪かった時期だと思う。強過ぎる事は時に反感を買う。スタメンには素行が悪い選手も居たらしく、それも理由の一つとなっていた。
 そのうちほぼ固定化された帝光のスタメンが『キセキの世代』と呼ばれ始めた。それまで強いと有名だった他校の選手は『無冠の五将』と呼ばれ始め、彼は花宮真を知った。そして『悪童』の噂も。いつも無意識に帝光の、『キセキの世代』の対戦相手を応援した。特に同学年、有力選手の『無冠の五将』率いる中学が相手だとその応援に熱が入った。

「──いつだったかその相手が『悪童』の時、俺、こいつなら勝てなくても『キセキの世代』一人くらい潰せるんじゃねぇかって思ったんだよ。そしたらクソつまんねぇ状況も、少しは変わるかもなって……ワクワクしちまった」

 結局それは……無理だったけれど。
 高校でもバスケを続けるか迷っていた彼だったが、推薦が来たから取り敢えず続けてみる事にした。そして受かって入ったバスケ部に『悪童』が居て……更にマネージャーが『死篭』で驚いた。

「とにかく……俺はあれを嫌だなんて思ってねぇよ。特別好きだとか真似しようだとも思わねぇし、っつーか多分俺には上手く出来ねぇだろうけど。来年はまた『キセキの世代』が高校で活躍すんだろ? それを今度こそ花宮が変えてくれんのかなって期待……したらワリィかも知んねぇけど思ってる」
「そっか」

 原ちゃんは元々NBAのダーティプレイヤーに惹かれていて、まこちゃんの悪癖を格好良いと言った。それに話が解ると思ったけど、どちらかと言えば私の『悪童』に対する考え方はザキちゃんに近いかもしれない。『キセキ』とバスケ界のマンネリを潰して欲しいザキちゃんと、青春を潰して欲しい私。どちらも自分でラフプレーを真似しようとまでは思わない。それでも期待する。どの道誰も『悪童』を止められ無いし、止め無いのだ。それどころか興味や期待を抱いている。
 『悪童』は自分の悪の華を美しく育てた。ある人には種を植え付け、ある人には種を分けた。望むのなら彼は育て方を教え、共に水をやる。私は彼の華を美しく思い、それに魅了され、更には他の開花をも楽しみにしている。水をやる時は如雨露を渡し、日差しが弱いと呟けば空に祈る。ザキちゃんは近くでその様子を見ている。影を作らない位置で、華が咲いたらその香りを楽むために。
 結局皆一緒だったって訳だ。噛み合ってるって言うか──……

「──類は友を呼ぶ」
「はは、マジでそれな。花宮の座右の名だっけか?」
「そうなの?」
「月バスのあいつの記事に書いてたぜ」
「さすが愛読者」

 楽しくなりそうですね、花宮監督。なんて、声に出さずに呟いた。

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