長期休暇が明け、クラスメイト達はお土産話に花を咲かせている。少ないながらも集まる女子は特に騒がしい。と、一斉に黙り、揃ってこちらに来た。どの子も神妙な面持ちだ。首を傾げると隣を見る。数人が健ちゃんに声を掛けて寝ているか確かめる……勿論彼は起きない。目配せすると三人を残し去った。いつだかの体育の時の三人組だ。私と話す代表でも決まっているのだろうか。
「夏休みに数駅先の新しく出来た大型ショッピングモールで、種田ちゃんを見かけたの」
「そっか」
「種田ちゃん、イケメンと居たよね」
「イケメン?」
「うん。霧崎第一の生徒じゃないと思う、黒髪で背の高いイケメン」
「イケメン……」
「あのイケメンについてkwsk!」
くわすく?
霧崎生以外の知り合いと言えばしょーいち先輩だ。黒髪で、モールにも一緒に行った。「眼鏡?」「……それも後でkwsk。今は眼鏡とは別の人」先輩以外か。
「なら実渕さんしか居無い」
「そのイケメンとはどういう関係!?」
実渕さんはイケメンってタイプじゃないと思うんだけど。「彼氏!?」「じゃないよ」そもそも彼女(?)の恋愛対象はよく解んないんだよね。
実渕さん──実渕玲央と出会ったのは私が『無冠』に数えられ始めた頃だ。『無冠の五将・夜叉』と呼ばれる彼女は、同じ『無冠』として気になっていたらしい。話してみるとイメージと違ったと気に入られた。なんでも試合前の様子を見ていて、鼻持ちならない女だと思っていたと。私は会場入りすれば、イヤホンを挿してタオルを被って基本誰の事も無視だ。それをクールだと言う人も居れば、お高く止まっていると言う人も居た。実渕さんは後者だったようだ。実際は集中力を高めるのと、人混みが苦手だからなんだけど。
それからというもの実渕さんは大会で会場が同じ時等、試合を観に来て話しかけてくれるようになった。会う度に名前を忘れる私にやきもきしていたそうだ。彼女は都内に住んでいたので、小規模な大会でもちょくちょく会っていた。現在は京都のバスケ強豪校・洛山高校に進学し、寮生活を送っている。今年の夏休み、彼女が帰省した時に初めてオフで会ったのだ。
「知り合い」
「でもクレープ仲良く食べあいっこしてたんでしょ!?」
「良く見てたね。あそこのクレープ美味しかったよ、生地薄いのにもちもち」
「そっちじゃなくてイケメンの方を! イケメンについて詳しく!」
「実渕さんはイケメンって言うより、美人で可愛い人だよ」
歩き回って休憩にクレープを食べようとして、実渕さんは気になった二つの内どちらにしようか両方頼もうかと悩んだ。私は一人で一つ食べきる自信が無かったので、彼女が迷っていた片方を頼み、半分でギブアップした残りは無事彼女のお腹へ納まった。食べあいっこは彼女が「こっちも美味しいわよ?」と勧めてくれたのだ。まこちゃんは一口頂戴を「自分で頼め」と言って基本くれないので嬉しかった。あれ? かなり仲良しなんじゃないかこれ。
「うん、うんうん友達、たぶん」
「でも……服、選んでもらったりしてたよね」
「マジ!? それ聞いてない!!!」
何故か私の情報が共有されている謎。
会ってすぐ挨拶も無く「もっと可愛らしい格好しなさい」と怒られ、モールで始めにした事は私の着せ替えだった。実渕さんはお洒落さんで服を選んでくれ、試着してそのまま買うという初めての体験をした。ついでにカジュアル系は同じような服しか無いとバレたので、更にいくつか選んでもらった。雑誌に出てくるような服が揃い、私の女子力とか言うのはあの日格段に上がっただろう。
「『いつ出会いがあるか解らないんだから、ちゃんとお洒落しなきゃダメよ!』って」
「口調が……その、独特ね……」
「キャラ濃そうだわ」
「そういえばオネェ言葉だったような」
「実渕さんその辺は謎だから」
ほんと良く見てた、というか聞いていたな。オネェ事情を知って彼女達は何かを納得し何かに安堵した。実渕さんの追求は終わった。
「じゃあさっき言ってた眼鏡の人は!? 彼氏!?」
「じゃない。もっと──…………いや、中学時代の先輩」
誰かと付き合った事が無いから解らないが、しょーいち先輩はそんなんじゃないと思う。きっと彼氏なんかより、もっともっと大切な人だ。
因に梅雨開けのまこちゃんの言葉が効いたのか、夏休みは心無しかいつもより素直だった気がする。しょーいち先輩の腹芸は癖みたいなものなのに。先輩なんだか可愛かったな、と思い出してふふりと笑ってしまった。一人で笑うなんて恥ずかしいが仕方無い。
緩んだ口元を隠して、しょーいち先輩の事は追求されないなと三人を見ると酷く驚いていた。と言うか妙に教室が静かだ、何故かクラスメイト達から注目されている。居心地が悪く身じろぎした時、助け船のようにチャイムが鳴った。その音にはっとして全員の時が動き出す。三人はこそこそ何か話し頷きあうと、担任が来る迄の短い間、健ちゃんとこれからも仲良くしろと強く念を押して来た。なんだかよく解らないが疲れた。女三人寄れば姦しいとはこの事。今からロングホームルームだけど、どうでも良いし疲れたしもう寝る。
不快だ。がくがく激しく揺さぶられて起きると目の前に練習着のザキちゃん、教室には絶賛爆睡中の健ちゃんしか居ない。完全に寝入っていた私と起こす人の居ない健ちゃん、部活に現れない私達に、どうせ寝ているのだろうとまこちゃんお達しの元起こしに来てくれたらしい。ザキちゃんは爆睡していた私の体調を心配したが、それより自分がパシられている事を自覚して心配すべき。
今日の練習は早めに切り上げられた。今から学祭の話合いらしい。「部の出し物?」「LHでやった筈だけど。そっから寝てたの?」頭を傾げる私に原ちゃんが説明してくれる。
学祭は中間考査が明けた翌週の土、日曜の二日間。一日目は準備も含めた前夜祭で保護者の参観のみ、体育館で一年の舞台と模擬店等の宣伝告知が行われる。二日目は一般客も招き、二、三年の模擬店と特設野外ステージでの部と有志の出し物だ。
部の出し物は二つ。一つは自由枠で、もう一つがミス&ミスターコンテストの出場。ただし普通のミス&ミスターコンテストでは無い。元々男子校だった霧崎、せめて学祭くらい無理矢理にでも華が欲しいと女装コンテストが伝統的に行われていたそうだ。それは共学になった今も悪ノリで続けられており、男子は女装、女子は男装のコンテストとなっている。大体どの部も二年が主体で動くらしく、マネ業を教えてくれた先輩の一人が泣きながらミスコンへの出場を強制的に決められていた。
「一組は舞台、何すんの?」
そう言えばと原ちゃんに話を振られたまこちゃんが、盛大に眉を顰める。あぁ、これはもしかして、
「また王子様?」
「うるせー黙れ潰すぞ」
ついに部活で猫被りやめたのか。図星だと気付いた原ちゃんが吹き出し、私に説明を求める。
まこちゃんは中学時代、劇関係で決まって王子様役だった。ほら、外面は薄ら寒い優男だから仕方無い。大体は女子が劇の内容を半ば強引に決定、そういった役に彼を推薦、ヒロイン役で血で血を洗う戦いの末くじ引きが行われるのだ。中一は違うクラスだったが、実際に見た二、三年での戦いはほんと怖かった。
「王子じゃねーよ。脚本はクラスの女子がやる、オリジナルなんだと」
「どうせ当たらずも遠からずな役だよ」
「花宮の素を知ってる身としては楽しみだ」
「ウザ……七組はどうなんだよ」
「合唱だ。他は準備が面倒だからな」
それは確かに楽だろう、歌詞さえ覚えれば出来る。康くんが歌う姿はあまり想像出来無いから中々楽しみだ。
「大本命八組は?」
「なんで大本命なワケ?」
「八組ノリ良さそうだし、べーちゃんが文化委員……きっと相方は大変」
「その相方は俺だっつーの。マジで田辺おっかねぇわ」
「ザキちゃん……」
可哀想なモノを見る目をやめろと言われるが仕方無い。どうもザキちゃんの弄られたりパシられたりと不憫気味な運命は、入学式翌日から始まっていたようだ。べーちゃんは当初文化委員に決まったことを憂いていたが、彼女はやるとなったら徹底的にやる人である。そしてべーちゃんは元々ザキちゃんを割と酷く扱っている。どんまい。
その八組はダンスらしい。絶対盛り上がる、クオリティ凄いに決まってる。ほんと楽しみ。べーちゃん風に言うと、超楽しみである。
うちの二組は何をやるのだろうか。健ちゃんと話していると、近くに座っていた同じクラスの部員が、赤ずきんの劇をやると教えてくれた。
「劇とか面倒……まぁ関係無いか」
「俺ら寝てたしね」
「とか言って、二人とも役押し付けられてたりして!」
それは無いだろう。健ちゃんも私も、普段クラスメイトとコミュニケーションをほぼ取っていない。こういうのは花宮クンのような人気者や有名人、又はクラスのムードメーカーがやるのが定説だ。赤ずきんなんて役は片手で足りる。
だが同じクラスの部員は原ちゃんの言葉に目を逸らした。
「なんだよ?」
「瀬戸。俺、ってか 男 子 は 結構反対したんだぞ。寝てた方が悪いんだからな」
「健ちゃんなんか役やる?」
「……まぁ台本上がるの待っとけよ。アイツらスゲーやる気だったしすぐ解る」
「あー確定じゃねぇか、面倒臭ぇなぁ」
「寝てた方が悪いっての──……」
──例え起きてても、拒否権なんか無かっただろうけどな。
疲れた顔で付け足され、健ちゃんと顔を見合わせる。「取り敢えずどんまい」面倒そうにあくびする彼へ声をかける私は気付かない。男子は、の意味を。
二組は女子の力が強い。ロングホームルームの前、しょーいち先輩の事を思い出してクラスで初めて笑みを見せた私に、女子はでこぼコンビの危機を感じていた。そんな事態に、体育祭の借り物競走で私にお題が『○○な人』なら問答無用で健ちゃんを連れて行けと言った彼女達が黙っている筈がないのだ。そう、二組女子は目の保養を企てていた。
「狼役かな? ふふ、耳付ける?」
「お前完全に他人事だね」
「家庭科でそれなりに裁縫出来るの知ってるでしょ、衣装担当だよ」
「……だと良いね」
「お前なんでLH寝てたんだよ」
「今更?」
何故かまこちゃに睨まれながらも、耳を付けた健ちゃんを想像してクスクス笑う。べーちゃん風に言うと、超フラグ立ってるである。