「はい種田ちゃん。頑張って書いたから覚えてね」
「はい?」
数日後、私窓口三人組がやってきて台本を渡された。差し出した彼女は文芸部で、劇の脚本を担当したらしい。童話に脚本も何も無い気がするが、オリジナリティを出しているのだろうか。覚えてね? 『赤ずきんと狼?』と書かれた表紙を捲る。『狼男:瀬戸健太郎』か。狼じゃないが、概ね予想通、り……、
「なんですと」
じゃない。目に飛び込んで来たその下『赤ずきん:種田結希』の文字。
「種田さん成績良いから直ぐ覚えられるよね!?」
「無理、注目浴びるの苦手」
「舞台からは照明の関係で観客なんて見えないから大丈夫だって」
「ええぇぇ」
「配役のイメージで書いたから、無理だったら脚本最初から起こし直しになるんだ。決まった日に徹夜して頑張って……書いたんだけど……」
顔を伏せる彼女にうろたえる。どうしよう、こういう時どうしたら良いか解らない。まこちゃんなら「んなワケねぇだろ、バァカ」で勝手に解決される。天才の癖に参考にならない眉毛め。
別の子から、彼女が原稿が落選して弱気になっているとを説明される。更に話を聞いていなかったのはそっちだと。確かに元はと言えば私が寝ていたのが悪い、あの時起きていたら断れた。
「寝てた方が悪かった、ごめんなさい」
「受けてくれる……?」
下を向いたまま呟く声は震えている。泣いているのかもしれない。
「あーうー…………う、うん」
「ッktkr! サンキュー種田ちゃん! これで萌えが補給されるぞー!」
「ッ!?」
「「「「「イェーイ!」」」」」
「次のコミケは落とすなよ!」
「がんがる!!!」
がばりと顔を上げた窓口文芸部は泣いてなかった。ほっとしたのもつかの間、大きな声で叫ばれ驚く。生き生きとした笑顔。応えるように女子が歓声を上げた。あ、これ嵌められた。「だと良いねって言っただろ。道連れだな」珍しく起きていた健ちゃんがニヤリと笑った。お前気付いていたのか。まこちゃんの発言もそうだ、あいつも気付いていたのか。衣装楽しみにしてて、ちゃんと台詞覚えてねと女子が寄って集る。健ちゃんに格好良い耳を作って、舞台袖で高見する小さな希望が断たれた。こみけってなんだろう、部紙かな。
昼休みに入って健ちゃんを起こす。今日はお昼ご飯を持って来ているので購買に行かなくて良い。言われたからにはちゃんと台詞を覚えようと屋上には行かず、教室で台本を読み進める事にした。
「覚えられそう?」前の席の男子から声を掛けられる。彼は持参したお弁当を片手に、こちらを向いて食べ始めた……なんだか違和感。覚えるために読んでいるのだ、邪魔しないで欲しい。すると今度は手元を指差す。「昼食、それだけ?」私の手にはカロリーメイト、机の上には野菜ジュース。頷けば、そんなに小食だからよく体調が悪くなるのではと心配された。実際にはサボりなんだけど、とは言わない。
「俺の分けようか? 卵焼き要る?」
「なんで?」
「なんでって……それだけじゃ味気ないだろうし、よく八組の、」
「ユーキチャンやっほー。今日屋上行かないの?」
「うん」
「んじゃオレもここで食おー」
彼が何か言おうとした所で原ちゃんが現れた。そして違和感の正体に気付く。いつも原ちゃんが二組で食べる時は、前の席が空席でそこに彼が陣取っていた。原ちゃんの席が無くなったじゃないか。理不尽な不満を感じながら、はたと気付いて急いで台本を隠す。「お邪魔だった?」「まさか」健ちゃんとは反対隣の空席に腰を下ろして、椅子を寄せてくる。
「ユーキチャン台本見せてよ。つーかやっぱなんか役やんの?」
「だめ……台本は役をしようがしまいが皆配られてるよ」
なんでも他のクラスには劇の内容は勿論、キャストもギリギリまで隠すよう言われた。というかお前も気付いていたのか。つれないと言った原ちゃんがいつものようにおかずをくれる。今日は出し巻き卵。「鰻?」「そー、昨日の残り巻いたみたい」めちゃくちゃ美味しい。鰻、高級品。「俺のも食べる?」「いい、だめ」前の席の彼に断る。口の中を幸せな状態を保ちたい。
「はは! ユーキチャン最高。新しいオトモダチ? 名前は?」
「前の席の人……」
「斉藤だよ、結希ちゃん覚えてくれてなかったの?」
席替えしてないんだけど、と苦笑する斉藤さんを見る。初めて喋ったし仕方無い、たぶん。しかし「時々話してるのに」なんて言われてしまった。原ちゃんが吹き出す。汚いと思いながら逆隣の健ちゃんにそうだったかと訊くと、覚えていないと返ってきた。だよね、私も覚えてない。
「結希ちゃんバスケ部のマネージャーだったよね。二人とは仲良いの?」
「うん、仲良し」
「付き合ったりはしてる?」
「ないよ」
「なら一組の花宮君とは? 入学当初から仲良さそうだけど、同中? 付き合ってるの?」
「斉藤ぐいぐい行くね」
なんだか質問が多い。そしてまたそういう話題だ。女子と言いなんなんだろう、そう見えるかな。しかし小説や映画に出て来る恋人達に私と三人を当て嵌めるが、共通点は見付けられなかった。「ないよ」「誰とも?」「誰とも」否定すると原ちゃんが即答過ぎるとまた笑う。
「でも付き合ってないし」
「そんなに全否定したら悲しくて泣いちゃーう」
「そもそも部内恋愛とかどうなの」
「スゲードロドロしそうだよねん」
健ちゃんの言葉に答える原ちゃんにうんうんと頷く。恋愛に興味が無いので詳しくないが、べーちゃんが中学時代していた、ドロドロの昼ドラ愛憎劇になったサッカー部の話はよく覚えている。怖い。
「つーかオレ、カノジョ居るし?」
「「へぇ」」
「どーでも良い感じ?」
「イメージ通りでしょ、原だし。如何にも彼女居そうじゃん」
「うん。でも原ちゃんの彼女ならお洒落そうだから、どんな人か見たいかも」
期待空しく、見せられる写真は無いと言われた。見せられない写真はあるのか? 疑問に思っていると、素早く回り込んだ原ちゃんは健ちゃんにだけスマホを見せる。ずるい。「飯中にやめろよ」「あれ、瀬戸意外とセンサイ?」ご飯中に見たくない写真ってどんなだろう。「趣味悪いから見ない方が良いよ」健ちゃんの感想にまぁ良いかと諦める。趣味が悪いってどんな人なんだろう。
「彼女が居るなら、そういう事はしない方が良いんじゃないかな?」
そう言う事? 首を傾げて原ちゃんを見ると、気にしなくて良いと頭を撫でられた。
「別に良くない? 学年違うし大丈夫でしょ。それにヤることヤったしそろそろ別れよっかなーって思ってるし?」
「最低だね」
「最低だね……よく解んないけど」
「酷くない? だって毎日ガンガンLINE跳ばしてくんの、面倒臭くなっちった」
鋭くて頭の良い健ちゃんが言うなら最低なんだろう、酷いのは原ちゃんだ。
というか、
「らいんって何?」
「「マジか」」
訊けばスマホのメールみたいなものらしい。スマホに変えたらと原ちゃんに勧められたが、どうにも使いこなす自信が無い。ガラケーでもLINEが出来ると言われて携帯を出す。「よく解んない」「貸してー」原ちゃんがラインを使えるようにしてくれ使い方を教わった。メールが有るから使わないんだろうな。でも『友だち』の項目に原ちゃんがあるのは嬉しい。ハートを跳ばしたウサギが送られてくる。ちょっと可愛い。クマとウサギがハイタッチしている絵を送った。「可愛いね」喜んでいると健ちゃんが手を出したので携帯を渡す。『友だち』の項目が増えた、嬉しい。健ちゃんには寝むそうなウサギを送った。すると既に寝ているクマが送られて来た。可愛い。
そうこうしていると予鈴が鳴ったので原ちゃんは八組へ帰って行った。
「結希ちゃん、俺にも貸して?」
「なんで?」
「勿論登録したいから」
「でも使わないよ、たぶん。メールで充分」
それに友達では無い人を『友だち』の項目に足すのはなんとなく抵抗がある。
「ならメアド教えてよ」
「んー……」
必要性を感じないんだけど。私は小まめに連絡を取らない。学校の相手なら毎日会えるから尚更、緊急じゃない限り明日直接言おうとなる。ほぼ初対面の相手に教えるのも抵抗がある。どうしようか。悩んでいると本鈴が鳴って教員が来た。
「種田、携帯没収されるぜ?」
「うぃ」
助かった。授業中は携帯禁止、そそくさと鞄へ突っ込む。斉藤さんはまだ何か言いたそうだったけど、すぐに授業が開始され前を向いた。
翌日、前の席の男子は休み時間の度に振り向いて話掛けてきた。宿題の邪魔をしないで欲しい。更にお昼休み、健ちゃんを起こし一人購買へ行こうとすると食堂へ誘われた。友達と食べるからと断ると、健ちゃんが広げようとしていたお弁当を持って立ち上がる。
「屋上? 俺も行く」
「おー」
原ちゃんも来ていそうだから皆でご飯だ。喜ぶ私の後ろ、健ちゃんが意味深に彼に嗤っていた事を私は知らない。
屋上へ着くと既に食べている八組トリオとまこちゃん、康くん。携帯を取り出してLINEの友達登録を頼む。
「メールで充分なんじゃなかったっけ」
「え、いや……項目が「なんの?」
「『友だち』の項目」
「それが?」
だめだ恥ずかしくなって来た。ザキちゃんがからりと笑って携帯を貸すよう言う。ザキちゃんは友達が多そうだから慣れているんだろう。「恥ずかしい奴、イイコちゃんかよ」「花宮『お母さん』の項目が無いからって拗ねんなって」まこちゃんと原ちゃんの言葉に更に恥ずかしくなる。そう言いながらも、帰ってきた携帯にはまこちゃんの名前もしっかり列んでいた。嬉しい。
「斉藤クン入ってないんだ?」
「斉藤?」
「なにそれ原超詳しく教えて!」
前の席の人は斉藤さんらしい、そう言えばそうだった。昨日の話にべーちゃんが食いつく。更に今日、休み時間の度に話し掛けられていたと健ちゃんが告げる。寝てたのになんで知っているんだ。
べーちゃん情報によると、斉藤さんはそこそこ女子に人気のある男子らしい。それなら何故彼が狼男役じゃ……あぁ萌えがどうこうって言ってたな。ゴルフ部所属で運動神経が良く、成績は中の中。一学期に度々告白され二度彼女が居たがすぐ別れた。好きな食べ物は湯葉、タイプは物静かで控えめな人。「あいつ絶対猫かぶり、お花には到底及ばないけどね」べーちゃん流石、詳し過ぎ。
私に興味を示しているのだと、狙っているから気をつけろと釘を指される。
「ないよ。二日喋っただけの人好きにならないよ」
「時々話してるっつってたじゃん」
「……そうだった」
「一応聞いとくけどユーキ、そいつの印象は?」
「だ、……宿題の邪魔する人。あと質問責め」
台本読みと、と言いかけて言葉を飲み込む。彼への印象は良くない。それを察したべーちゃんがほっとしつつも、もう一度気をつけろと釘を刺した。
原ちゃんの今日のおかずは唐揚げだ。衣に柚子胡椒を入れているらしい、今日も今日とてめちゃくちゃ美味しい。康くんもデザートの梨をくれるらしい。だが何故か差し出しておいて食べようとすると手を引く、中々くれなくて困る。原ちゃんも前は似た事をしていたが、最近は比較的短くなったのに。比較的、だけど。
「あー……」
「………………」
「……くれないの?」
「康次郎までキメェ事やってんじゃねーよ!」
「仕方ないな。ほら」
「ん」
シャクシャクと味わっているとべーちゃんまでデザートの梨をくれた。梨 三 昧。「ちょ、かん、間接、」何故かザキちゃんの顔が真っ赤だ。「関節? 痛いの? つった?」ぎこちない彼を心配していると原ちゃんとべーちゃんが爆笑した。それに怒鳴りなんでも無いと言われる。
「昨日なんで斉藤クンのおかずは拒否ったの?」
「原家の出し巻きの味を邪魔されたく「その前も訊かれて断ってたでしょ」
「なんでくれるのか訊いただけだよ」
「んじゃ返答によっては食べたワケ?」
「……ないかな」
兎に角彼への印象は良くない、正直悪い。それに親しくない人からおかずを貰うのは如何なものか。親しくない人とべたべたするのは危ないなら、おかずを貰うのも危ない気がする。考えは正解だったようで、べーちゃんとまこちゃんに、斉藤さんからは絶対に貰うなと釘を刺された。
「ユーキチャン最高。でもオレが最初あげた時は食べたよねん、なんで?」
ニヤニヤする原ちゃん。深い意味なんてある訳が無い。だって、
「死ぬ程しつこかったし、最終口開けるまで鼻を摘んだじゃん」
言い終わると共に、原ちゃんはべーちゃんとまこちゃんからダブルでラリアットを食らい沈んだ。