高校

 黒のセーラーブラウスに、これまた黒のイートンジャケットと揃いのスカート。ほんのり紫がかった赤いスカーフを結び、姿見の前でくるりと一回転。時刻は07:06、少し早いが寄る所がある。
 意気込んで出た外は澄みきった朝の空気で満ちていた。桜だろうか、ふんわりと控え目な甘い香りが混じっている。春を感じさせるそれは、意外にも冷たく肌を刺す。寒い、無理。出た玄関に戻り、靴を脱いでジャケットを脱いでカーディガンを取りに行って着てジャケットを羽織ってまた靴を履いて……という頃には、最初の勢いは萎えきっていた。

《おはようございます。ごめんなさい、寝坊したので寄れそうにありません。制服姿、後で写真送りますね》

 玄関に座りメールを打って送信すると、最早入学式自体が面倒になってしまった。サボりたい気持ちを、行事は内申に響くだろうし半日で終わるからと説得する。随分早いがもう行こう。このままぐずぐずしてると、おしりに根っ子が生えて来て確実にサボる。






 霧崎第一きりさきだいいち高等学校、私が今日から三年間通う有名私立進学校だ。
 少子化に伴う生徒数減少の煽りを受け数年前共学になったが、昔は女子禁制、絵に描いたようなお坊っちゃま学校だったらしい。その名残なのか女子の生徒数は未だ男子の三分の一程度と少ない。
 霧崎は私立進学校だが、他の私立校によくある特進科、普通科等の学科分けが無い。言わば全てが特進科の完全実力主義。普通科なんて態々下の科を作る必要は無い、とのお考えである。また運動部にそこそこ力を入れておりスポーツ推薦入学も盛んだが、入試は一般と同じ偏差値の高い学力試験をパスしなければならず、入学後もこれといって特別視はされない。入学金や学費等、金銭面が免除されるだけだ。
 「体を鍛えて健康じゃないと脳に血が巡りません」学校見学会で理事長は言っていた。健全な精神は健全な肉体に宿る、より妙に現実的だなと思った。「逆もまた然り。どんなスポーツにも頭脳、ゲームメイクは要ります。私は脳筋が嫌いなんです」拗ねたように言うおじさん理事長はなんだか可愛かった。

 私がここに来た理由は三つ。近さ、特待生制度による学費免除、花宮真──正確には彼のバスケ、である。

 全中3決の第3Qインターバル、私はチームメイトの言葉に少なからずショックを受けていたらしい。確かにそうだ。気を許し過ぎていた。部員は同じ部の仲間として認めてくれていたから、彼女達は大丈夫かもしれないと思っていた。だが実際は違ったのだ。「今大会が中学校生活最後の青春の大舞台だ」顧問の言葉を思い出し、こんなのが、最後の最後に掌を返して睨まれ、嫌みを言われるのが青春なら。ぶっ壊れちゃえと、大っ嫌いだと思った。その後見た男バスの試合、相手選手の体ごと青春を痛めつけ潰してしまう様子から目が離せなかった。爽快だった。更にまこちゃんの試合中の雰囲気に、空気に惚れ込んだ。
 元々高校はしょーいち先輩の居る桐皇とうおう学園か、親友のべーちゃん──田辺タナベつかさが早くから決めていた霧崎第一で迷っていた。どちらからもバスケで推薦は来ていたし、なら家から徒歩十分弱の霧崎かと考えていたところ、あの試合を見、更にまこちゃんが霧崎に行くと聞いて私は霧崎への志望を即決した。
 霧崎にはスポーツ推薦特待生が学力試験で優秀な成績を修めた場合に与えられる、特別特待生制度と言うものがある。推薦を受け無事学術特待ももぎ取った私は、これにより入学金・学費等が大量に免除された。伊達に妖怪眼鏡と天才眉毛とふれあってない、べーちゃんも二人に及ばずとも頭の回転は早い。

(特別特待生……特別・特別待遇生徒って重言だよ、アホみたいな名称)

 頭痛が痛い、一番最初、ってやつ。
 なんて考えてる場合じゃなかった。入学式一時間半前に着いたがどうしたら良いんだろう。クラス発表もまだ貼り出されていない。取り敢えず学校見学会の記憶を頼りに職員室へ行く。名簿を見た教員は担任だったらしく、少し考えて教室まで付き添うと言った。

「早く来たんだ、得しないとな」

 担任は教室──一年二組に入ると、黒板に『入学お疲れ様。席は早い者勝ち』と書いた。「俺なんか中高と入学式とかサボったわ。種田は真面目だな、肩の力抜け」そんな担任は堅物そうな見た目と反してユルそうだ。入学にお疲れ、と書く辺りからも伺い知れる。
 すぐ出られる廊下側と迷って選んだ席は、窓際後ろから二つ目。中学時代ちらりと覗いた一つ上の学年の教室で、しょーいち先輩が気持ち良さそうにだらけていた席。そこに腰を下ろす。
 室内で浴びる春の日差しは暖かい。椅子に足を上げ体操座りをして、頭を膝に伏せる。意識はすぐに沈んだ。

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