軽く本編のネタバレあり
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霧崎の四人が出ていった。室内はどんよりとした空気で満ちている。
「……リコ気にすんな。種田は自分で言い出したんだ、言い出してくれたんだから」
木吉がカントクの頭を撫でる。そうだ、あいつは自分で言い出した、なのに「止めなかったの?」なんて意地が悪く無いか。木吉より先に動けなかった自分が情けなくて俺もカントクに声をかけようとした時、今吉さんが口を開いた。
「誠凛のカントク、あー……」
「相田……です……」
「相田な、自分が言うとる事は別に間違ってないから気にせんでええ。桐皇も探索に桃井は置いていくつもりや。態々女子入れんでも人数は居るし、出ろなんて誰もよう言わんやろ。勿論霧崎第一も」
「ふはっ、態々足手まとい連れて自滅したいなら勝手にすれば良い……どうなろうとこちらは興味無いですよ」
「合同で探索出たり巻き込まれるなら話は別ですけどね」
「お前ら! さっきカントクにあんな言い方し「探索出ろなんて一言も言ってないけど」
二人の言葉に苛立を向けると瀬戸に遮られる。なんだそれ。じゃぁどういうつもりであんな事言ったんだよ。種田と言い、霧崎は本当にタチが悪い。
「ッお前なぁ!!!」
「瀬戸そない煽るなや、おいたが過ぎるで。日向もちょい落ち着き……んでな相田、類の言葉も別に自分を責めたいんちゃうからそれも気にしなや。さっきも言うたけど止めても無駄やったやろうし、そもそも相田と赤司は行く前に引き留めようとしたのを類が遮ったしな。ほんまに純粋な疑問や、許したってくれんか?」
「許すもなにもないでしょ。こいつらが動かない中、類は自分から動いてちゃんと仕事した……まさかそれを上から目線でどうこう文句言う訳ねーよなぁ?」
今吉さんに諭され、花宮の最もな言葉に居心地が悪くなる。確かにそうだ。こんな奴に言い負かされるのは癪だが、大半が尻込みする中霧崎が先陣を切ってゾンビを倒したのは事実。しかも種田は我れ先に飛び出したという。
「今吉さん、次の探索は桐皇で言いだろ」
「ちょ、大ちゃん!」
青峰が今吉さんに交渉する。止める桃井に最悪の状況になっても復活制度がある、と投げやりに説得していた。「それにあのチビだって平気だったんだ」その言葉は最もで。気には食わないが、あんな小さな少女に勇気を貰ったのも事実。彼女でも倒せる、というのは少しの希望になった。血塗れになりながらもしっかりと自分で立っていた姿は心強かった……女好きの森山さんが変な意思を固めてるのは……うん。
「今吉さん、彼女は何か武道を嗜んでいるのでしょうか? 彼女、近接戦ですよね」
「武道っちゅうか護身術や。その辺の男よりは強いかもなぁ」
「最近はストバスで知り合った連中に喧嘩の仕方仕込まれてる。夜遅いからな、危ないって過保護な奴らが「それ花宮が言うんだ」
「うるせーよ。俺らは金目当てなんかで絡まれるからな、今も一応偶に稽古付けてる」
「身体能力も強い上にそういった経験もあれば納得ですね」
確実に金目当てだけじゃなくバスケのせいだと思ったのは俺だけじゃないだろう。
簡単な報告で次の探索は皆が落ち着いてから、桐皇が出る事に成った。アイテム回収は大した収穫は無かったが、怪我一つなくゾンビを八体倒せた事は大き過ぎる一歩だ。その後元気を取り戻した高尾が種田の武勇伝を語り、更に皆が驚かされる事になる。
バタバタと走る音に警戒してドアを見るのと、勢い良くそれが明けられたのは同時だった。
風呂に入ったのか綺麗になった種田は、柔らかそうな素材の黒セーラーに揃いのショートパンツ、足はビーチサンダルだ。その後ろから襟首がやたら広い黒のロンTを着た原と、黒のタンクトップで惜しげも無く鍛えられた腕を晒す山崎が付いて来ている。二人とも下は霧崎のジャージで、足元はビルケン、クロックスだった。何というか全体的に緩いし黒い……あと結構良いガタイしててなんかムカつくわ。緩い彼らの格好と裏腹に、何かあったかと皆が固くなって見守る中、投げ捨てられていた武器を持って三人は部屋を出て行こうとする。
「おいお前らどうした」
「ちょっと二階行ってくるー」
「敵もう出ないだろうけど一応な」
「またね」
「は!? せめて靴に履き替え、」
花宮の忠告はバンっと締められたドアに阻まれた。一応職員室の大きな黒板、この校舎のかなり簡単な見取り図には二階制圧の情報がどういう仕掛けか浮かび上がったので敵と会う可能性は無いだろう。表情は変わらないが心無しか心配そうな花宮に、こいつでもそういう感情はあるんだなと驚く。酷く衝撃的で狼狽える自分がいた。
「類の服てここが用意したやつやろ? 探索行く時とも制服ともちゃうかったみたいやけど随分凝っとるなぁ……しっかしなんや、ずぅっと黒のセーラーで霧崎第一のもんですって知らしめてる感じが気に食わんわ〜」
「当然でしょ、霧崎第一の生徒なんで」
「でもあんな短いショーパンどう思う? 風呂上がりで頬も火照って。しょーいち先輩心配やわ……森山とかガン見やったやん、やらしいわぁ」
「ふはっ、趣味悪ぃ」
話題に上がった森山さんは抗議の声を上げているが、顔を真っ赤に目を泳がせて説得力がない。俺も人の事は言えないが。「あんな胸のねー女の何処が良いんだ」青峰の言葉にカントクがブチ切れる。やめてくれ。
「でも彼女、本当に綺麗な体よね。服の上からでも全身に筋肉が適度に付いていてトッププレイヤーだって事が解るわ。黒子君……いや火神君を抜いたうちの一年より良い体してるかも。全く……マネージャーやりながらどうやってあの肉体を維持しているんだか。そう言う所は尊敬するわ」
黒子降旗はまだしも、福田と河原も負けてんのかよ……。「流石に種田さんと言えど女性に劣るのは悔しいんですが。これでもダメでしょうか」「黒子wほっそww」少しも悔しくなさそうな表情の黒子がちんまりした力瘤を作る。望みは薄い。花宮が黒子の力瘤を見て鼻で笑った……クソ、ダメだったか。ここに居ない残りの一年三人は元気だろうか。取り敢えず筋トレしとけよ、霧崎に負けるな。しかも相手は女子マネだぞ。
「あ、せや。皆類に下ネタ厳禁な。ヘビーなんは勿論ライトなんもアカンから」
「……今吉さん、女子にそう言った話題は普通にセクハラです、類さん相手だとか関係無く。急にどうされたんですか」
「やって森山以外にもやらしそうなん割とおってんもん。ワシしっかり確認したもん……なぁ?」
笑顔で周囲を見回す今吉さん……怖っ! 睨まれた怖っ! 糸目開くと怖過ぎだろ! チラッと思わず太腿見ちまっただけじゃねぇか把握してんのかよ怖っ!
「『もん』じゃねーよ、気持ち悪いんでやめて下さい。お願いします」
「花宮こそやめて真顔やめて泣くぞ! ……ちゅうか自分部員の教育どーなってん。起こす時の古橋と原、あれアカンやろ、アウトやぞ、ワシそんな風に花宮育てた覚えないで!」
「ブハッwww」
「俺も育てられた覚えないんですけど? うわぁ今吉さん怖いなぁー 」
「真顔やめて!」
「なんてつーかサイバー警察ブレないですね」
「ブフッ、ゴホッ……うぅん、瀬戸ぶっ込むなぁ」
「……サイバー警察?」
瀬戸が放った聞き慣れない単語に、静かに今吉さんに引いていた赤司が首を傾げる。
「種田の中では世間の常識として存在する『18禁を破る未成年を取り締まる警察』みたいな……クッ! ですよね今吉さん」
「ブハッ! なにwそwwwwwれwww」
「……あー……まぁ、簡単に言うたらな」
ちょっと意味が解らない。あと高尾がさっきから煩い、笑い袋か。
「何がどうしてそんな話になったんすか、アンタと花宮ならもっと上手いかわし方あったでしょ」
「花宮に聞いとらんの?」
「……」
「この通り何も言ってくれないんで」
「いやぁその、だってなぁ花宮? ワシらも若かったっちゅうか、今でもピチピチに若いけど「そういうの良いんで」
「酷! ほんま霧崎どーなってんねん! まぁなんちゅうか──……」
そして今吉さんがサイバー警察と、それに至った経緯、そう誤魔化した真意を答える。高尾が爆笑し過ぎて死にそうだ。俺もやばい。防衛策の一つとしてももう少し別の方法は無かったのだろうか。逆に何も知らないのは危ないのでは、とも思ったがゾンビを体術で倒せるなら大丈夫かもしれない。それにしてもネットなどで情報源を奪った程度で知識が一切無いものなのだろうか、女子の間でも何だかんだそっちの話題は上がりそうだけど。そして最低限は教えている、という最低限は一体どんなモノなのか。健全な男子高校生として気になる。
「──せやから類に変な話題振らんとってな」
「『類、SM診断はアダルトサイト関係だ』……ブフッ!」
「「「「「ブハッ!」」」」」
いつの間に職員室に戻って来たのか、古橋が意味の分からない事を言う。だが既に笑いのツボに入った俺達は思わず吹き出した。「なんやそれ」今吉さんの言葉に古橋が答える。笑い過ぎて死にそうではあるが、初対面相手にこいつは何をやっているんだ。
「そう言えば種田さん起こす時信じられないような事言ってたけど、あなた達何も知らない彼女に変な事してないでしょうね!?」
「信じられないような事? どれだ?」
「えっ、いや……その……」
「あと変な事はなんだ。例えば?」
「ッだ、だから、ほら……そういう、あれよ、起こす時に言ってたような事とか!」
「だからその言ってた事とはどれをさしているんだと聞いているんだけど」
「ぅ、ど、どれって……え、その……ッ」
「康次郎お前セクハラやめろ」
注意され頭を傾げる古橋。本当にカントクが何を言いたいのか解らないのか、解らないフリをしているのか、無表情のせいで解らない。そして思い出すあの危ない単語の数々、種田の身は大丈夫なのだろうか? 若干、少ーしだけ心配になる……あぁでもサイバー警察どうこうを彼女に教えた花宮がいる時点で大丈夫か。と多少無理矢理自分を納得させた時、渦中の種田と原、山崎の三人が無事帰ってきた。手にはそれぞれ段ボールを抱えている。
「何しに行ってたんだよお前ら」
「「「宝探し」」」
そうして広げられた中身はテレビゲームの数々。ここ最近のハードとソフトが中心、最新の物まである。霧崎の寝室に地図があり、ゲーム好きの三人で探しに行ったらしい。寝室って七校分と一つ女子のがあったよな……。
「おいマナイタ」青峰がとんでもない呼び方で種田を呼んだ。やめろカントクが暴れてるだろ。案の定種田は無視している。しかし若松が名前を呼んでも完全に無視だった。高尾が呼ぶと返事を返し、頼まれるがまま高尾のもとへ寄る……ふと部屋を出る時の「きらい」「別に他の奴らなんて嫌っていて良い」というやり取りを思い出す。視界の端で、苦笑しつつも妙に柔らかな表情の今吉さんが印象的だった。
「類さん、ここに顎乗せてみて下さい!」
「おいやめろ高尾」
「……高尾さんも健康チェックするの?」
「「「「「ブッハ!!!」」」」」
思わず吹き出す。あぁ本当にそれで乗り切って、乗り切れているんだなと思う。踞って笑う高尾に首を傾げた種田は、その様子にもう用が済んだと思ったのか今吉さんの元へ向かう。「しょーいち先輩、ネクタイとジャージどもでした」「あぁはい。ネクタイ付けたるわ」ジャージは着ないのか手に持って、ネクタイを付けてもらう彼女は少しだけ笑っている。嬉しそうだ。そう言えば探索前に大切そうに今吉さんに預けていた。「あれ? 霧崎って確かスカーフよね?」「うん」カントクの声は届くのか答える種田に、思わずと言ったように桃井が声を上げた。
「それ誰のなの!?」
「そーだ! それ俺も気になってんすよ!」
「ん? 小娘も高尾君も、それどういう意味?」
「結構有名だと思うんですけど……霧崎では付き合ってる印に、スカーフの代わりに彼氏に貰ったネクタイを付けるんです……けど……」
「あ、やっぱそういう系なんだ?」
「へぇ。よく他校なのに知ってるね、流石の諜報センス」
「種田さん……あんた知らなかったんかい……」
「うん」
「や、やっぱり……って事は類ちゃん誰とも付き合って……?」
「ないよ」
桃井の声も届くようだ。
有名だというのに霧崎生にも関わらず知らなかった種田。更に誰とも付き合っていないという事は、彼女が知らないのを良い事に唾付けてるって事だよな。「おい、くだんねー話してんじゃねーぞ」「ええやん花宮、ガールズトークはリラックスに良いで。ナチュラルに高尾混じっとるけど」花宮が話題を止めようとした所を見る彼かもしれない。しかし起きた時や探索後の古橋とのスキンシップ、原がネクタイを大切にする様子に喜ぶ姿、それらを考えると誰か解らない。
「結局それ誰に貰ったんすか? 男バスの此処に来てるメンバーかなとは思うんですけど」
「そうだよ」
「なら花宮真? それとも古橋君?」
「少し違う」
「少し? じゃぁ五人の中の誰なの!?」
「みんな」
「「「えっ?」」」
えぇぇえええーー!!! 教室中に響く皆の驚きの声。種田もその声に驚いている。桃井は取り乱しすぎてなんかやばい。思わず見た霧崎の面々、花宮は不快そうに、原は爆笑、山崎は少し顔を赤らめ、古橋は見間違いかもしれないが少し口角を上げ、瀬戸は……いつの間にか爆睡。こんなに煩い中でよく寝てられるな。
「え、五人全員とそういう関係があるんすか!?」
「そういう関係?」
「全員と付き合ってるの!?」
「ないよ」
「じゃぁなんでなのよ!? まさか無理矢理付けてって言われてるとか!!?」
本当にそっち方面はからっきしらしい。カントクの言葉に否定して語られた話に目を剥いた。あの花宮がモテ過ぎて嫌がらせを受けた事は勿論、他の四人もそれなりにモテるらしくそれらから身を守る為とは。「貰って着けてからぱったり無くなったと思ったらそういう事だったんだね」効果は覿面らしい。「じゃぁ誰のモノでも無いんだな!?」なら勝算があると喜んだ森山さんに残念な目を向けていると、
「んな訳ないっしょ、ルイチャンはオレらのモンだし?」
「原ちゃん、私物じゃない」
「オレらのって所は否定しないんだ?」
「だって霧崎のマネだし、皆仲良し」
そう言ってふわりと笑う。初めて見せた笑顔。可愛い可愛いと叫ぶ森山さんに思わず頷いた。「うぅ複雑だけど、類ちゃんお姫様みたいで霧崎の皆さんはそれを守る騎士って感じ可愛い! でもやっぱり複雑……」「こいつも俺らもそんな立ち位置じゃねーだろ」「桃井ちゃんもメルヘン」ドン引きする花宮の言葉に賛同する。だって彼女は守られているかもしれないけれど、先程彼女自身も戦いに行ったのだ。その位置に甘んじない。すぐ無表情に戻ったが、仲良しだと言った彼女の笑顔は本当に可愛らしく綺麗で、あんな奴らでも大切にしているんだなと思った。
「なんや妬けるなぁ……こっちは?」
そう言った今吉さんの表情は少し寂しそうで。種田の片耳に髪をかける。華奢な彼女には予想外な五つも付いたピアス。色もデザインもバラバラなそれは少しゴツい。もしかして……、
「勧められて嵌った」
「これも花宮達にもろたん?」
「うん。だめ?」
「どーかなぁ……多いか……迷うなぁ……」
「……先輩?」
「んー…………今更か、うん……いやぁちょっと狡いと思ってな。ワシがあげても付けてくれる?」
「うん、じゃぁ開ける!」
うっわ、なんか凄い話してる気がする。ピアスを贈る事に特別な意味があるかは知らないが、痛い思いをして体に付けるものなんだ。ネックレスより重い、原の発言から考えても所有欲が強く現れた証だと思う。勧められて嵌ったなんて言ったが、数はぴったりだし彼らが開けたか贈られて全て付けるために態々開けたのだろう……気がするどころか凄い話だな。
言われた今吉さんは少し顔を赤らめ天井を仰ぐ。この人でもこんな反応するのかと驚いた。諏佐さん以外の桐皇メンバーが食い入るようにその様子を見ているあたり、本当にまれなんだろう。
「自分解って言ってんの? いや解っとったけど……あー解っとってもクるなぁ……」
「?」
「ほんまに? ほんまにええの?」
「勿論。ふふ、やったー!」
「あー……もうほんま適わんわ」
帰ったら開けよう一緒にピアスを見に行こう、なんて嬉しそうに指切りする種田。森山さんは天使と言うが小悪魔か悪女だと思う。
「リコも帰ったら開けるか?」
「はぁ!? 鉄平何言ってんの!?」
「はは、半分冗談だ。チームメイトの証として一つ、悪く無いかもしれないぞ」
「あんたね……」
(半分本気なのか木吉……天然怖。日向これ解ってんのかぁ?)
「黄瀬もピアス開いているし高校生でピアスって別に珍しくないだろ」
「オレのはあの人らみたいなそんな意味で開いてないッスよ! てか重いッス!」
天然マイペースのダァホ発言にビビる、そういう意味かよ焦ったわ。流れ弾が当たった黄瀬の声に心の中で合掌しつつ強く頷く。霧崎の所有欲が重い。重いよ。「まこちゃんそんな意味って?」「くだんねー事考えんな」花宮はそんな意味が図星なのか決まり悪そうに種田を蹴った。蹴られた彼女は平然としているが、いつもこんな感じなのだろうか。オレらのモン、その言葉の意味を考える。
まだピアス談義をしている木吉に、黒子と火神は首を捻っていた。「魔除けにしても付け過ぎだろだよな?……っす」「あれはただのファッションじゃ……ですよね?」明らかにそうじゃねーだろ。話を振られた伊月は顔を赤らめ小金井にバトンタッチ、そして小金井は水戸部に。水戸部はフルフルと首を振って焦る。小金井は何も翻訳しなかった。
「設置完了、康くんやる?」
「俺は見ている」
「足りないなら混ぜてくれないか?」
職員室内にあったテレビを移動させゲームの準備を終えた霧崎。もう一人面子が足りないときょろきょろする彼女にまさかの黛さんが声をかけた。無視されるんじゃないか? だが予想外な事に彼女は答える。
「まゆ、ま、まゆ……」
「え、ルイチャン名前知ってんの? 黛サン、だっけ」
「あぁ黛千尋だ。予想外だな」
「そう黛さん。なにが?」
「名前を知っていた事、キセキさえ覚えてないんだろ。それに俺は無視しないのか?」
「あぁ……黛さんは凄いので。それに面倒な視線を寄越さない」
「凄い?」
「ウィンターカップ決勝。あの状況下でちゃんと立ってたの凄い。もっと上手く出来たのに変な使い方されちゃって、それでも立ってたの凄いです」
「……それは褒めているのか貶しているのか解らないな」
「黛さんを褒めて、赤いのを貶してます」
「はは、赤司を赤いのか呼ばわりで貶すか……面白いな。例えそうでもチームメイトでうちの主将なんだ、貶さないでやってくれ」
「黛さん本人がそう言うなら気をつける」
赤司の事を「赤いの」なんて言うのは種田だけだろう。「類はやっぱり大物だなぁ」木吉、これ大物とかそういう事なのか? 思わず見た赤司が呆気に取られていて、今吉さんが声を上げて笑い花宮は鼻で笑った。負けを知らなかったという男は確かに今黛さんに負けたと思う。赤司には悪いが少し面白い。「面倒な視線を寄越さない」か……俺のように敵意や、半数以上の女子に探索を行かせたという後悔、気まずげな視線の事だろうか。
四人揃いゲームが始まる。呻き声と銃声に、こんな状況下でやるのがゾンビ退治ゲームかと溜息が出た。四人とも腕前は上々、何気に大物らしい種田とサクサク進むゲーム画面に、大半が興味深い視線を向けている。
「つーかルイチャンって黛サン認めてんだねん」
「認める? 普通だよ」
「お前が名前覚えてんだぞ、普通じゃねぇだろ」
「そうかな」
「いや覚えてないだろ。まゆまゆ言って途中まで出てなかったぞ」
「まゆまゆごめんなさい。黛千尋さん、覚えました。たぶん」
「「まゆまゆ!」」
「やめろ」
どうやら種田は名前を覚えるのが苦手らしい。そう言えばウィンターカップ予選の時も木吉に対して「『鉄心』の……」で止まっていたな。
敵を倒して、アイテムだろうゲームを回収して、高尾や黛さんと交流する種田。もしかしたらこいつは誰よりもこのふざけた『ゲーム』を楽しんでいるのかもしれない。
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初期案のピアス5個……流石に開け過ぎなのとバスケ中邪魔になるので没になりました、まる。