訳の解らない事態になっている。少しゲームという単語と非日常に心が踊ったが、それでもグロいゾンビを思い出すと怖くなって身震いした。
そんな中でも動じていない人間が居る。動じていないと言うか、興味が無いか現実味が無いのも居そうだけど。確かに俺も妙に楽観的な部分があって、名簿を見付けた時はゾンビを見てなかったのも相まって欠員の捜索にも自ら名乗り出た。もしあのふざけた説明書きが本当なら、時間が止まっている他に精神的にも何か作用があるのかも知れない……なんて。
特に動じていないのは赤司、今吉さん、霧崎第一の面々だ。何となく納得しつつも、驚いたのはあの有名な種田さんで。他の二人の女子──震える桐皇の桃井さんは勿論、気丈に振る舞う誠凛の相田さんも明らかに恐怖し怯えているが、種田さんはいつも通りな様子だ。起きた時は少し怯えの様な表情も見えたけど、それ以降はゲームやゾンビの説明にも何も見られなかった。それどころか同士討ちまで考えていた。あまり表情が変わらない事もあって少し怖い。今も皆が現実逃避(そもそもここは現実的では無いけど)している中、なんて事ない様子で帰った時の約束を取り付けていて、注目を浴びていた。
「では失礼します……康くん次秀徳」
もしかしたらゾンビを見ていないからかもしれない、女子だからと探索や戦闘に駆り出されないとタカを括っているのかもしれない。こちらへ来る種田さんを観察するが、やはり表情に変化は見られなかった。
「えーと…………そう、高尾さんと緑間さん。ここまで道案内してくれて有難うございました。無事ここに着いたのは二人のお陰です、助かりました」
「はいはーい。俺も先輩達が無事で良かったっす!」
「気にする必要はありません。こんな非常事態、例え貴方達相手でも助けあうのは普通なのだよ」
「んんん、真ちゃんちょっとほらそこはさぁ」
「直球だな」
真ちゃんの言葉に「なのだよ? って康くんなんなのだよ?」と話す種田さんはやはり普通そうだ……って気になるとこそこかよ。では、と立ち去ろうとする彼女に、興味半分、警戒半分、声をかける。
「俺も握手してくれませんかー?」
「なんで?」
「えーだって霧崎のマネって言ったらあの『死篭』っすよ! 有名じゃないっすか!」
種田さんがカチンと固まった。まるで起きた時のように、少しの怯えの表情を見せて。古橋さんがまた覗き込むように見て、大丈夫かと声をかける。それにはっとして「そうかな」と俺に答える声は少し低く冷たく、握手に応じる顔は無表情に磨きがかかっていた。
「あ、嫌でした? 握手」
「……違う。名前が嫌いなだけ」
「わーマジっすか、すみません! 確かに俺もあれより『速攻のトビネズミ』の方が良いと思うんですよねぇ」
「それもほんとどうかと思うけどまだマシ」
「……お前そんなB級映画みたいな名前ついてたんだな、今度からそう呼ぶよ」
「ブハッB級映画ww えぇー、なんでトビネズミって可愛いし良いじゃないっすか! それにフェイダウェイとか跳ねるようなクロスオーバーやレッグスルーとか正にトビネズミって感じですし。あれ格好良いですよ」
「ちっちゃいじゃん、無駄に。トビネズミは余計だけど、高尾さんは良い人だね……少し元気過ぎるけど」
そう言って少しだけ笑って握手に答えてくれた。少しも動かなかった無表情が笑うのはちょっと可愛い。機嫌も元に戻ったようで本当に『死篭』の名前が嫌いなんだなと考える。
「確かに煩いな。因みに種……『速攻のトビネズミ』はただのトビネズミではなく、バルチスタンコミミトビネズミだ」
「酷w てか早速使ってきたしなんか長ぇw なんすかそれ!」
「世界最小のネズミだ、小ささが『速攻のトビネズミ』に良く似てる」
「種田だから、種田類。因まなくて良いし、高尾さんも興味持たなくて良いから」
「俺は高尾和成、宜しくでっす! 呼び方は和成でもカズ君でも良いっすよ、類さん改め『速攻のバルチスタンコミミトビネズミ』さん!」
「宜しかないよ、高尾さん」
「オススメは和成君っすかね〜」
「高尾さ、」
「変化球でナリ君もありですし。なんなら新たなあだ名付けてくれても良いですよ!」
「……これ知ってる、コミュ力お化けって言うんだよ。康くんどうしよ、勢いこわい」
「高尾和成、たかおかずなり……間を取ってオカズで良いんじゃないか。全力で適当に考えたにしては良いだろ」
「じゃぁおかず君で。宜しく高尾さん」
「ブフォwオカズ君ww ガチ変化球ktkr、しかも結局高尾さんかよ!」
霧崎はノリが良く率直で周りに酷く無関心だった。こんな状況で楽しくお喋りか、そう顔をしかめている人間は少なくないが気にも留めない……多分俺は霧崎と少し性質が似ているだろう、楽だった。何よりこの状況に動じていない彼等との会話は、まるでいつもの日常のようで安心した。
しかし空気を読めない天然系ツンデレはそれを簡単に壊す。
「高尾、『死篭』ってなんなのだよ」
その言葉に種田さんはするりと繋いだままだった俺の手を離し「では失礼します」と霧崎のブースへ帰って行った。「真ちゃん空気読もうぜ」「空気は読むのではなく吸うものだ」そんな天然模範回答に溜息が出る。先輩達も、他校の種田さんを知らない人達も興味深そうにこちらをちらちら見ている。種田さんがソファーに座り、霧崎のメンバーと話し出したのを見て口を開いた。
「まんま、月バスで記事出たことあるぜ? 『無冠の五将』その六人目って言われてる」
そうして他校が聞き耳を立てるのも気にせず説明した……が、説明すればする程真ちゃんの眉間の皺は深くなる。まぁ天才選手と言われているのに霧崎男バスと試合日程が被れば姿を見せない彼女は、真ちゃん的に『人事を尽くしていない』だろうし。霧崎男バスの事も良い印象を持っていないのだから仕方ない。先輩達──特に努力家の宮地先輩なんかはスゲー怖い顔をしている。バスケでは相容れないものの、この状況ではきっと種田さん含め霧崎の人達とは親しくすべきだと思うんだけどなぁ……説明したのは失敗だっただろうか。取り敢えず、本人は『死篭』と言う名前を嫌っているそうだしこの話はお終いだ、あの名前で呼ぶのは止めろよ、と区切りソファーの背もたれに深く凭れた。
一階部分の探索から陽泉が帰ってきた。段ボールを抱え、背中には黒く長いものを担いでいる。真ん中のソファーセットにそれを置き赤司、今吉さん、花宮さんを呼んで何かを話している。暫くすると三人が皆を呼んだ。岡村さんが口を開く。
「案の定鍵は見つからんかった。一階は端から保健室、家庭科室、職員室、寝室らしき八部屋に通じる休憩室、更衣室、トイレ、あと風呂じゃな。そして更衣室にはこれが……」
そうして広げられたのは様々な武器──木刀や警棒、エアガン、ナイフ。トンファーを始めアニメや漫画でしか見た事の無いような厨二病心をくすぐるものまである。黛さんや原さんは知識があるのか、エアガンを取って嬉々としていた。刃物類に添えられたプリントには「対敵用」の文字。花宮さんが手に取って観察しているククリナイフ、種田さんがその刃を躊躇い無く指でなぞる。「これ切れないね」「敵は切れんじゃねーか?」怪我無く淡々と交わされる言葉に安堵する。危ないなー……。
「武器があるのは有り難いです。探索ご苦労さまでした」
「ゲームらしく成って来たっちゅーか、物々しくなって来たな」
「でだ。武器も手に入ったし次、二階の探索だが──……」
花宮さんの言葉に皆が注目する。怖い。脱出するためには誰かが敵と戦わなければいけない、だが怖い。呼ばれたくない。
「類を抜いた霧崎第一で行く。武器選べ」
「「「「まぁそうだよね」」」」
「えーなんで?」
「俺らはほぼ恐れがねーからな。それに敵意持たれてる俺らが戦陣切るのが安パイ、実験体にするには丁度良いだろ。貴重なキセキサマ方もいねーしなぁ?」
花宮さんの言葉に霧崎のメンバーが賛同し多くがほっとしたが、種田さんは反対の声を上げた。それに答えた花宮さんの言葉には自嘲の色。確かに霧崎にはバスケ界の明日を担う筆頭『キセキの世代』は居ないし、彼らのバスケスタイルや悪戯で不穏な態度は場の空気を乱している。だからってその言い方は……だが誰も異は唱えなかった。誰だって代わりに行くなんて言えないのだ。だが、
「そっちじゃなくて。私なんで抜くの?」
その言葉は予想外で。皆が種田さんに注目する。
「一番のチビ女連れてけるかよ」
「やだなぁ……真クンは心配してくれてんの? 嬉しいなぁ……」
「類お前な……」
「なぁんて言うワケねーだろ、ばーか」
べーっと舌を出す姿は花宮さんにそっくりだった。
「まこちゃん喧嘩売ってんの?」
「足でまといだっつってんだ。探索の邪魔だ、バァカ」
「それが喧嘩売ってんのかって聞いてんの解んないの、真クン?」
「お前こそ喧嘩売ってんのかクソチビ女」
「なんだったら肩ならしでもする?」
「あーあーお前らちょ、やめや」
始まった口喧嘩に待ったをかけたのは彼らの先輩、今吉さんだった。皆ぽかんとしている。「花宮はほんまに類を心配しとるんやん、なー真君」その言葉に花宮さんは眉を寄せたが反論はしなかった。今吉さんには適わないのか、よほど大事にしているのか。花宮さんの味方の筈の霧崎勢はニヤニヤしている。
「ワシも心配なんやけど。まぁこうなったら引かんやろ」
「さすがしょーいち先輩」
「類の腕はワシらの折り紙付きや。まぁ大丈夫なんちゃうか?」
「チッ……ゾンビにビビって失禁して死ね、絶対足手まといになんじゃねーぞ」
「わーい」
「花宮それなんてツンデレ?」
「種田失禁する時は「古橋ちょっと黙ろうか」
「マジかよ……やばかったら言えよ」
わいわいと言いあう霧崎勢。マジで種田さんも行くのか? 「「ちょっと」」赤司と誠凛のカントクが静止するが「決定したよ」種田さんは平然と返した。花宮さん原さん瀬戸さんがエアガン、「こっちのが早い」と山崎さんが鉄パイプ、古橋さんが鉈を持つ。
「康くんそこはガン選びなよ、必中ヘッドショット」
「現実は操作が難しかったから、後で練習してから「そんなにでしょ」
「いや古橋だいぶヤバイ……後でオレゆっくり教える」
「つーかお前なんか適当に選べっつーの」
「えぇ……んーじゃぁこれ」
何も選ぼうとしない種田さんの頭を花宮さんが叩き、そうして彼女が適当に選んだのは刃物が付いたメリケンサックだった。明らかな近接武器に眉を潜める。
これで霧崎全員の武器は決まった。俺の心臓が騒ぐ。準備をした花宮さんがこっちを見た。心臓が騒ぐ。
「初めて敵が出るフロアへ行く訳だが……一応目として秀徳の高尾を付けたい、頼めるか」
「お願いできるか?」
赤司も揃って確かめるように、もう決定だと言うように聞かれた。怖い。でも女子の種田さんさえ前線に立つ気満々なんだ。先輩達が心配そうに、でも何も言わずこっちを見ている。少し、予想はしていた。伊月さんや俺の目は役に立つ、そして伊月さんは誠凛だ。霧崎が探索に行くとなった時点できっと声をかけられるのは俺だろうと。唾を飲み込む音が大きく室内に響いた気がした。
「だ、い丈夫っす」
「……すまんな。他の学校に放り込まれる緊張とか不安もあるやろうけど。こいつら頼むわ」
今吉さんの声になんとか笑った。
俺が武器を選ぶ横「しょーいち先輩、これ宜しく」種田さんが付けていたネクタイと霧崎のジャージ脱ぎ渡す。
「どしたん?」
「それ、大事だから。預かってて欲しい」
「ルイチャンのそういうとこほんと最高」
「……おん。ちゃぁんと預かっとくわ、誰にも触らせん」
「ありがとございます」
原さんと黛さんのアドバイスの元、小降りで反動の少ないエアガンを選んだ。スカートの種田さんが更衣室で服を探しに行っている間に、窓から外へ向かって簡単に練習をする。紫や黒の混じる、禍々しい夕焼け色。種田さんが戻り、花宮さんに呼ばれて俺は扉へ進む。
「た、高尾、やはり……その……」
「大丈夫だって真ちゃん」
真ちゃんへ下手糞だろう笑顔を向けた。先輩達は何も言わず、全員が俺の頭を撫でた。
廊下に出た瞬間種田さんは大きく溜息を吐いた。「うぇー死ぬ程疲れた」「お前スゲー注目浴びてたからな」「起きた時とか最悪」どうやら注目を浴びた事が嫌だったらしい。心無しかその無表情は緩んでいる。
「それ、更衣室にあったんすか?」
「うん。なんか上の制服も、一緒だけど素材が違う」
先程の制服より収縮性のありそうな生地で作られた黒のセーラーと揃いのキュロット。胸元にネクタイはない。
「ネクタイしてないんすね、まぁ邪魔そうですし」
「あぁ……スカーフはあったけど付ける気にならなくて」
「ルイチャンほんと最高」
「……ネクタイに何か理由でもあるんすか?」
「霧崎は元々スカーフでネクタイは男子のなんだ」
「え? あ、カレシさんと交換みたいな? 秀徳にもありますよ、そういうの。誰っすか? 原さん? それとも花宮さん?」
「少し違う、これは、」
「類、高尾、集中しろ。もう二階だぞ」
種田さんの言葉を遮って花宮さんが言う。緊張していつも以上に饒舌になって、周りが見えてなかった。今は階段を上りきった踊り場。ゾンビは階段には来ないらしい、そう一階の探索で見つかったヒント集という手書きのノートに書いてあった。隣の種田さんが深呼吸してその場で二度ジャンプする。俺は廊下へ少し顔を出し様子を伺う……ぅわ、グロ……つーか、
(ゲーム効果で能力付いてんのかなぁ……はは、重宝されて探索引っ張りだこじゃん。あんま嬉しくねぇわ)
目に見える他に、気配のようなモノがはっきり解った。この人達相手なら気付かれそうだ。言いたくない、けどそれは危険だろう。
「す、すみません。廊下、死角ですがそこ曲がってすぐに一体居ます。他は……離れているのと、1-2の教室内に二体居ます」
「……解った。一哉、こっちからぎりぎり頭出し、」
花宮さんが指示を出してる途中、横から風がふいた。
「類っ、テメェバカ!」
種田さんが飛び出したのだ。他は離れている事もあり、思わず少し後方から廊下に出ると、彼女はゾンビの顔面を右ストレートで殴っていた。よろけたゾンビの頭に回し蹴りを決め、そしてその回転を利用し裏拳。俯せに倒れたゾンビの腕をひねり上げ肩甲骨の辺りを膝で踏みつけ完全に相手を制圧した。ゾンビはまだ唸りもがいている。どうにかしようとエアガンを構えるが、俺の命中精度では打てない。それは他の三人も一緒なのか誰も撃っていない、かと思えば横に構えた原さんがライフルで遠くに見えるゾンビを撃っていた。花宮さんと瀬戸さんは中距離と近距離のエアガン、古橋さんも山崎さんも近距離の武器なので四人とも少し離れた所で見ている。種田さんが心配な俺をよそに、皆冷静そうだ。
「うわ、取れた」
容赦なく捻り上げていたのかゾンビの腕が取れた。血は殆ど出なかったがその光景はグロテスクで、少し気分が悪い。ぽいと腕を放り投げた種田さんは、軽く考えた後、ゾンビの首元に躊躇せずメリケンサックを沈めた。今度こそ血が飛び散り、彼女の顔を染める。大きく舌打ちした花宮さんが早歩きで寄り、頭へゼロ距離で数発入れ、更に血が飛び散った。広がる鉄の匂いに胃が暴れる。絶命したのかゾンビの体は灰が飛んでいくようにして消えた。
「……ばっちい」
「お前、なぁ!!!」
座り込んでいた血塗れの種田さんを花宮さんが蹴りつけた。ちょ、
「独断で動いてんじゃねーよ!」
「でも倒したよ」
「結果論だろーが、ふざけんなよお前」
その横で原さんが一体ゾンビを消した。近距離だから銃撃戦になれば活躍出来ない、活躍出来なければ次に置いていかれかねない、だから先程は自分が出るしかなかった。そう説明する種田さんはけろりとしている。怒る花宮さんに二人を心配そうに見る山崎さん、彼女をじっと見ている古橋さん、眠そうな瀬戸さん。霧崎自由過ぎるわ。気分の悪さは残るし胃は暴れ続けるが、少し気が抜けた。
「ほら、高尾さんもリラックスしたし」
「お前に引いてんだよ!」
うん、ごめん種田さん。一切の躊躇ない彼女に少し引いたのは事実。だがリラックス……とはほど遠いが、マイペースな霧崎の面々に緊張が溶けた。「いえ、ちょっと緊張とけました」そう苦笑すると花宮さんは溜息を吐く。
「花宮、瀬戸も。オレ端から撃ってるから少し近づいて応戦してよん」
「解ってる……ヤマ類康次郎は教室の探索、高尾は俺と健太郎の間で周りに警戒してろ」
その言葉にそれぞれ動く。廊下の向こう側に居るゾンビは少しずつ減っていった。花宮さんも瀬戸さんもエアガンを触った事がないと行っていたのに、命中率は悪く無い。原さんも二人に当てる事なく処理している。この人達最強かもしれない。
1-1から開始した探索は現在1-5、その時ふっと気配が増えた。
「探索中の教室に二体増えました!」
「はぁ!? ……まぁどうにでもなんだろ。下手に近づくな、引きつけて囲まれたら厄介だ」
そんな見捨てるような事、だが囲まれるのも確かに問題だ。「お前は良いから警戒しろ」その言葉に他に意識を集中させる。
廊下の向こうに居た四体を消した。ゆっくりと音を立てないように1-5に向かう。そっと覗いた教室では古橋さんと山崎さんが交戦していた。古橋さんが鉈を振り下ろしゾンビを消す。鈍器の山崎さんは少し手間取っているようだ。背中を向けているゾンビに花宮さんと瀬戸さんが交互に撃ってゾンビは消えた。
「俺に撃つなよ!」
「当たってないでしょ」
「そういう問題じゃねーよ!」
その後はゾンビが出る事も無く、1-8まで探索し終わった。誰も怪我する事なく、計八体のゾンビを消した。回収したアイテムを持って一階に戻る。
職員室に入って、俺は思わず座り込んだ。霧崎の面々はぞろぞろ入る。
「探索ご苦労さまで、」
一番に声を掛けた赤司の言葉が止まる。「ひっ!」誰かの途切れた悲鳴、息を飲む音が聞こえる。
「あ? あー……」
花宮さんの声にはっとした秀徳のメンバーが俺に駆け寄った。
「高尾、大丈夫か!?」
「あぁー気ぃ抜いたら腰も抜けただけだって」
へらりと笑ったが上手く笑えなかったのだろう、なんとも言えない顔をした真ちゃんに肩をかしてもらい立ち上がる。誠凛の相田さんが返り血の酷い種田さんと古橋さんに近寄った。
「ちょっとそれ! 怪我は!?」
「っ声が大きい」
「問題ない、誰も怪我はしていない」
相田さんの声に驚いた種田さんが古橋さんの後ろに隠れる。
「びっくりさせないでよ! じゃぁそれって……」
「ただの返り血だ、こいつらは近距離武器で刃物だったからな」
「ちょっと! 種田さんも戦ったって訳!? 女の子なのよ、なにさせて「それって何? 自分は女だから動きませんって宣言?」
「そう言う意味じゃ「ないならどう言う意味?」
「ルイチャン頑張ったのにねん」
「だからってこれだけ男が居て「居るなら自分は必要ないから動かないですって事でしょ?」
「そうじゃなくって!」
「そうじゃないならどういう意味かちゃんと言ってくんないとワカンナイんですケド」
「一哉、健太郎、煽るな」
相田さんの言葉に花宮さんが鼻で笑う。彼女の言った事は最もだと思う。でも種田さんは頑張った。それに、
「こいつが勝手に飛び出したんだよ。止める間もなく、な」
我先に飛び出したのだ。何よりも……、
「飛び出させたあんた達が「よく解んない」
種田さんが少し大きな声で相田さんを遮る。
「じゃぁなんで探索行く前に止めなかったの?」
そうなのだ、種田さんの言葉は最もで。相田さんが言葉を詰める。こちらを見ていた殆どが顔を下に向けた。探索に参加したくなかった、しかし参加した俺は種田さんの疑問がよく解る。「すまん……」「……」止める事も、何の言葉もくれなかった先輩達が小さく俺に謝った。探索に行きたくない気持ちだって痛い程解るから責める気は無い、けれど何も返せなかった。
「止めても類駄々こねたやろ?」
「まぁね」
「ならそれ言うのはちょっと酷ちゃうか?」
「そうかな、よく解んないだけだよ」
種田さんに相田さんを責める気はさらさら無いのだろう。その声は淡々としていて、傾げる首は心底不思議そうだ。そして皆を見回して「悪い事した?」と古橋さんに問う姿はまるで小さな子供のようだった。
「まぁ飛び出した時は肝冷えたぜ。これからは絶対やんな。でも種田はよくやっただろ、女子の上に一番チビなのに一人倒して」
「チビは余計。普通だよ、皆一人は倒したじゃん」
女子の上に、一番チビなのに、普通だよ。山崎さんと種田さんの言葉は探索に参加しなかった人間の心を刺しただろう。バッと皆が顔を上げ、彼女に注目し顔を逸らしたり、強く目を瞑ったり、食い入るように見たり。共通していたのはその表情が複雑で形容し辛いものだということ。それにたじろいた種田さんは古橋さんの裾を引っ張り小さな声で言った。
「……康くんここやだ」
「だな。休憩室に行くか」
「司書室」
「ここにはない」
「……解ってるよ」
「高尾助かった、有難う。お前らは少し休んだら風呂入って来い、休憩室汚すなよ。一哉とヤマも好きにしろ。健太郎、報告に付き合「はいはい」
その言葉に霧崎勢は武器をソファー近くに捨てて動き出す。
「……探索ご苦労さまでした。皆さん無事でなによりです、ゆっくり休んで下さい」
「言われなくてもそうするっての」
「じゃぁ花宮瀬戸、あと宜しく」
「だっこ」
「流石にそれは無理だ。ほら」
「ネクタイ」
「後で持っていく。お前今汚れてんだろ」
「ん」
単語で話す種田さんは余程疲れているようだ。探索に、というよりこの空気と、注目される事に。
「高……おかず君、大丈夫?」
「……はは、お疲れさまっす。大丈夫っすよ……いややっぱオカズ君はちょっとだいじょばないっすかねぇ」
「じゃぁ高尾ちゃんで。お疲れ」
「! お、お疲れさまっす!」
「しょーいち先輩またね」
「おん、ゆっくり休みぃや」
「ん」
「もう良いか?」
「良い。康くんすき、きらい」
「別に他の奴らなんて嫌っていて良い」
「ん」
古橋さんに手を引かれる種田さんが、ちらりと室内を振り返った。血塗れの小さな顔は少しだけ眉を潜めた後、古橋さんの腕にすり寄るように前を向いた。