■ 守沢を看病

スカウト!ヒーローショウと守沢千秋のカードイベントのネタバレを含みます。ご注意ください。






「ちあきが『ねつ』でたおれて『ほけんしつ』でねむっているそうです……」
悲しげな表情で告げられたその知らせを受け、名前と流星隊メンバーはまたか…と表情を曇らせた。
今日は近々大きなライブを控えている流星隊のレッスンを見るということで、名前は放課後レッスン室でメンバーを待っていた。待ち合わせ時間に近付くにつれ、忍、鉄虎といつもの面々が揃っていく中、いつもは一番乗りで到着する千秋がなかなか来なかった。翠が部屋に入ってきた時点で、これはおかしい。何かあったのかもしれないと心配になってきていたところで、奏汰が到着して早々に冒頭の報告をしてきたのだった。

保健室のドアをノックするが、佐賀美先生の返事がない。失礼します、と一声かけて足を踏み入れると、電気はついておらず、しんと静まり返っていた。どうやら佐賀美先生は不在のようで、テーブルに『苗字 カギを置いておくから戸締り頼む 佐賀美』と書かれたメモと『保健室』とプレートに印刷されたカギが置いてあった。カギを置いていくなんて不用心だなと内心であきれつつ、ひとつだけ仕切りのカーテンが引かれているベッドへ向かう。静かにカーテンを開くと、額にタオルを乗せた千秋が苦しそうに荒い寝息をたてていた。

横の丸椅子に腰かけ、タオルに触れてみるとすっかり温くなってしまっていたので、タオルを取り、熱を測ろうと手のひらを乗せれば、じゅっと焼ける音でもしそうなほど熱く、相当つらいだろうと胸が痛んだ。そのまま温くなったタオルで顔や首の汗を拭っていると、千秋の瞼がゆっくりと持ち上がった。
「ん…名前?」
「おはようございます、守沢先輩。気分はどうですか?」
「ああ、看病してくれていたのだな、ありがとう。少し眠ったから、今はだいぶいいぞ」
「そうは言ってもまだまだ体が熱いので熱は下がっていませんよ。安静にしていてください」
「確かに体が熱い。燃えそうだ。名前の手は冷たくて気持ちがいいな」
そう言うと千秋は、汗を拭いていた名前の手を取り、すりすりと頬ずりして自身の熱を逃がそうとする。じわじわと手のひらに千秋の熱が伝わり、恥ずかしくなった名前はすっと手を引いた。
「あのっ、喉渇いてますよね。お水お持ちしますよ!」
俯いて赤くなった顔を隠しながら体を起こすのを手伝い、冷蔵庫にあったミネラルウォーターを手渡すと、ありがとうと受け取った千秋はごくごくと喉を鳴らしながらペットボトルの半分ほどを飲み干した。
「ぷはーっ。すまないな、迷惑をかけてしまった。他のメンバーにも」
「…迷惑だなんて思ってません。でも、すごく心配したんですよ。流星隊のみんなも心配してました」
「ライブ成功のためと思って働いていたが、少し無茶をしすぎたか。リーダーがこんなことになっていては格好もつかんな。情けない姿を2度も見せてしまってすまない」
「今回はみんなのことも頼って、一人で抱え込まないようにしていたのは知っています。でも、もう少し先輩は自分を大切にしてほしいです」
「うぅ…すまない」
「すまないと思うのならもう2度と無茶はしないって約束してください」
じゃないと茄子地獄の刑に処しますよ、とキラキラした笑顔を浮かべながら言い放った名前に、もともと熱のせいでうるんでいた千秋の瞳がまたじわりとうるんだ。
「約束する!約束するから、それだけはっ!あれだけはやめてくれ!!」
「はい。約束ですよ。破ったら、ダメですよ」
ニコリと微笑む名前を見て、絶対に破ってはいけないと千秋は背筋を凍らせた。

落ち着いたところで千秋の体を倒し、氷水に浸して冷たくなったタオルをまた額に乗せると、ふにゃりと千秋が表情を崩した。
「名前にまた看病してもらえるなんて俺は幸せ者だな」
「…どういう意味ですか?」
「前にも言っただろう、恋人に看病してもらうのが俺の夢なのだ。でもお前は彼女じゃないから、もう看病してもらえないと思っていたのだ。だから、俺は今嬉しいぞ」
「そうですか…」
自分に看病してもらえて幸せだという千秋の言葉は素直に嬉しかったが、彼女じゃないときっぱりと言われ、鉛を飲まされたような感覚が走る。分かっていた、千秋が名前を恋人に選ばないということくらい。以前千秋が倒れた時も同じようなことを言われたことがあった。やはり、分かっていても本人の口から直接告げられるのは、堪えるものがある。毎回、底の見えない落とし穴に突き落されたような絶望感が名前を襲う。しかし、その落とし穴から名前を掬い上げるのもまた、落とした本人である千秋なのだった。その屈託のない笑顔と優しい言葉はいつも名前の心を癒し、恋心を積み上げさせる。

「そういえばさっき冷蔵庫の中にリンゴを見つけたんです。先生には内緒でこっそり食べちゃいましょうか」
「おお!剥いてくれるのか?」
「はい、食べられそうですか?」
「勿論だ。お前が剥いてくれるなら何でも食べるぞ」
佐賀美先生に怒られるかもしれないが、病人とカギを置いていったのだからこれくらいは許してくれるだろうと思い、名前は流しに置いてあったまな板と包丁を借りて、千秋を一人にしないようにまたベッドサイドの丸椅子に腰かける。名前がリンゴを手に取り剥き始めると、千秋はその手元を食い入るように眺め、いつもはうるさい唇をぎゅっと閉じていた。しゅるしゅると実と皮を切り離す音が静かな保健室に響く。剥けたリンゴをフォークに刺して手渡すと、それを受け取った千秋はそのままこちらを見つめたまま、ほぅ…と感嘆の溜息を吐き、口を開いた。
「名前は働き者で、金勘定もしっかりしているうえに料理までできるのか…」
「リンゴを剥いたくらいで大袈裟ですよ。誰でもできると思います」
「いや、名前はきっといいお嫁さんになるぞ。旦那さんがうらやましいくらいだな!」
「…………」
どうしてそんなことを言うのだろう、私のことを彼女にするつもりなんかないくせに。名前は鷲掴みにされたような痛みが走る心臓をぎゅっと抑える。その気なんてないのに、思わせぶりなことを言わないでほしい。その度に黙り込んで俯いている名前が心配になったのか、千秋は体を起こして、どうしたのだ、名前。どこか痛いのか?と体を起こして覗き込んでくる。
「……先輩はっ、先輩は、私のこと、どう思ってるんですか?」
「…え?」
「先輩は、いいお嫁さんになるとか、看病してくれて嬉しいとか、私に言いますけど、一度でも私を彼女にしてもいいなと思ってくれたことはありますか?病気になったら看病してほしいと思ってくれたことはありますか?…私のこと、どう思ってるんですか?」
「…………」
開いた口からあふれる想いは次々と零れ落ち、自分では止められなかった。だんだんと視界も滲んできて、膝で握りしめた手の甲にぽたりとひとつ、ふたつと零れ落ちた。黙り込む千秋の顔をおそるおそる見上げると、目を見開き心底驚いた表情をしていた。それを見て名前はハッと我に返った。
「ごめんなさい。私、面倒なことを言ってしまいました。熱でしんどい時にごめんなさい。私、みんなのこと呼んできますっ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
涙を袖で乱暴に拭い取り、ガタリと立ち上がった名前の手首を千秋が慌てて掴んだ。その拍子でまた丸椅子に座ることになった名前は、力いっぱい掴まれた手首の痛みに、涙の跡が残る顔を歪ませた。
「す、すまない。痛かったか」
「……いえ、大丈夫です」
「………お前の思っていることを、もう少し聞かせてくれないか」
「どうしてですか?」
「聞きたいんだ」
真剣な眼差しの千秋に見つめられ、名前の重たい口が開く。
「……先輩はよく私や高峰君に抱きつきますよね。先輩にとっては何でもないことかもしれないけど、私はいつも先輩に抱きしめられる度にここがずきずき痛んで、苦しくなるんです」
ここ、と名前は心臓を制服が皺になるくらい握りしめる。
「先輩に恋人ができた時のことを考えると、苦しくてたまらなくなります。私以外の人を抱きしめないで。私以外の人に看病させないで。好きなんです。先輩のことが、好きで好きで堪らないんで……んっ」
突然肩を掴まれ、衝撃に目を瞑ると、唇に押し付けられた柔らかい感触。名前がそうっと目を開けると目を閉じた千秋の端正な顔立ちが目の前にあった。驚きで体が動かず、そのまましばらく固まっていると、ゆっくりと唇が離される。
「どうして、キスしたんですか?」
「すまん、思わず……」
「思わず?特に意味はなかったってことですか?」
「いや、そうじゃなくてだな……」
「わからないんです。先輩が私をどう思っているのか。先輩が私にする行動のすべて、言葉で欲しいんです」
「…今キスをしたのは、お前のことを、名前を可愛いと思ったからだ。愛しいと思ったからだ。それでは、ダメだろうか」
いつもは吊り上がっている眉を下げ、自分の気持ちを言葉にした千秋の声が名前の心を溶かしていく。やがてその心は両目からほろほろと零れ落ちた。
「わっすまない!泣くほど嫌だったか?」
「違いますっ!嬉しくて……」
「そ、そうか…」
名前が照れて頬を染めながらも嬉しそうに笑ったのを見て、千秋も嬉しくなる。しばらく初々しい二人の間にもじもじとした沈黙が訪れたが、千秋が意を決したように息を吸い、風邪だけのせいではない真っ赤な顔で名前を見上げた。
「名前、もう一度してもいいだろうか…?」
「ふふ…はい」
千秋も自分と同じ気持ちだった幸せを噛みしめつつ、目を閉じる。千秋の手が震えながら名前の肩をそっと抑え、ゆっくりと名前の顔に影を落とす。もう少しで唇が重なる。千秋が目を瞑ろうとした時、ガラガラと扉が乱暴に開かれる音がカーテンの向こうから聞こえた。慌てて名前が千秋を突き飛ばすと、千秋はそのままベッドの布団を顔の半分まで引っ張り上げた。
「チーッス!先輩大丈夫ッスか?」
「ちあき~『しんぱい』しました…『ぐあい』はどうですか?」
「レッスンが終わったんで様子を見に来たでござるよ!」
「…名前さんもなかなか戻ってこないんで、見に来ました」
「そっそそ、そうか!ありがとうみんな!すまないな心配かけて!」
顔を真っ赤にしながら、やたら大きな声で返事をする千秋に流星隊メンバーは、なんだ元気じゃないかと拍子抜けしてしまった。
「…あれ、名前さん。なんか顔が真っ赤ですよ?もしかして、先輩の熱写っちゃいましたか?」
翠が名前の顔を覗き込むと何故か名前と千秋の顔が、爆発するんじゃないかと思ってしまうほどに赤くなった。


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