君の目に映るすべてのことは、


「誰あんた」

自分をここまで引っ張ってきた彼女と瓜二つの顔をした心湖と呼ばれた少女が腕を組み仁王立ちで涼海を睨みつけている。確かに姉がいるとは言っていたがその姉がまさか双子だったとは。 見分けるためなのか色違いの青いヘアピンをした彼女は妹から事情説明を受けつつじろじろと無遠慮に涼海に視線を送り続けている。

「事情はわかったけどバカなの?!? 犬猫拾ってくるのとはわけが違うのよ!いくら怪我してるって言っても…はあ、お説教はあとでまとめてするわ。その前にキミの手当しないとね」

そう言ってふーっと短く息を吐くと心湖は家の奥に引っ込んでいく。 みこちゃんやっぱり怒ったねー、と安心したようにふにゃりと笑う彼女に促され靴を脱いだ。

「あっそうだ、キミそのままじゃ手当出来ないから先にお風呂入っちゃってね」
「は? 風呂?」
「キミ泥だらけなんだもん。そんなんで消毒したって意味ないでしょ」
「いや風呂っておまっ」
「ここまで来たんならつべこべ言わずにちゃっちゃと入る。ここ案内したげて」
「はーい。お風呂こっちだよ!」

妹と違ってしっかりした奴なのかと思ったが先程まであんなに警戒してた人間に風呂をすすめてくるとは自分の思い違いなのかもしれない。双子なだけあって二人は良くも悪くも似た者同士なのだろう。

────他人の家の風呂入るとか俺も何やってんだか……

あいつらのこと言えないなとあたたかい湯船に浸かりながらため息を吐く。 馴染みのないシャンプーとボディソープ。 浴室の端に置かれた浮かべるひよこのおもちゃ。
あの二人はここで生活しているんだなととりとめのないことが頭にぼんやりと浮かぶ。

────落ち着かない・・・

ゆったりと足を伸ばせる広々とした浴槽の中で居心地の悪さを感じ膝を抱える。ふいにぱたぱたと小さな足音とこんこん、と浴室の扉が控えめにノックする音で我に返った。

「お風呂熱くない? 大丈夫?」

どうやら涼海の着替えを持ってきてくれたらしい。心寧は自分のテリトリーにいるという安心感があるからか出会った時とは違う落ち着いた柔らかな声に胸が跳ねる。

「......なあ。」
「ん? なぁに?」
「なんでここまでしてくれんの?」

率直な疑問をぶつけてみる。とは言ってもどこか抜けている彼女から望んだ答えが得られるかはわからないが。
扉の向こうでうーん、と唸りながら迷っている様子の心寧はぽつりぽつりと話しはじめる。

「あのね、たくさん怪我して座り込んでる君を見た時に身体も心もいっぱいいっぱい痛いはずだって。そんな君を一人にしちゃダメだって思ったの」

心寧はおばあちゃんがお腹が空いてることと一人でいることはこの世界で一番ダメなことだって言ってたからと付け足した。

「・・・・・・なんだよそれ。ばっかじゃねぇの」
「うーっみこちゃんだったらきっと上手に説明できるのに。お風呂邪魔しちゃってごめんね。着替え洗濯機のとこにおいておくね」

心寧が言っていることはただの綺麗事だと思うのにそれなのに胸がそわそわして落ち着かないのは、また彼女の笑った顔がみたいと思うのはどうしてなのか、強がっていてもまだ幼い涼海にはわからない。いま、確かなことはただひとつ――。

────ハンカチ、だめにしてごめん

ぽちゃんと湯船に沈む。
やっぱりお風呂に入ってて良かった。 きっと今自分は人に見せられない顔をしているだろうから。お風呂から上がるとリビングで心湖が救急箱を携え待ち構えていた。彼女が言っていた通り手際よく処置をし、最後に今はこれしかなくて申し訳ないけど、と可愛らしい柄物の絆創膏を貼ってくれた。

「はいおしまい。 色々あるんだろうけどさ喧嘩はほどほどにしときなよ」
「・・・・・・せぇな」
「あんたね〜そんなんで……まっいいや。悪態つける元気があるなら大丈夫か。 そうだ今日ママ婦人会でいないんだっけ。ここちゃん今日何食べたい?」
「えっとねぇオムライス!」
「……言うと思った。せっかくだしキミも食べていけば? って言ってもママいないと使えないからレンチンのやつでよかったらだけど」

さっきまで怒っていた相手を夕飯に誘うなんてやはり彼女も妹のことをとやかく言えないなと思った。

「なあ、お前ら名前なんつーの」
「は!?名前も知らないのに連れてきたの!?うそでしょ!?」

それはなんら特別なものではない冷凍食品なのに、あの時食べたオムライスは特別おいしく感じた。
昇降口で見慣れた後ろ姿を見つけて、自然と口元が緩む。立ち止まり小さな背中を見つめる。視線に気付いた彼女がゆっくり振り返り、涼海に気付くとぱっと表情が明るくなる。

「スズちゃん。こんな時間にいるなんて珍しいね」
「たまには真面目に授業受けとかないとどっかの誰かさんがうるさいからな。 心寧も今帰り?」
「ふふ、そんなこと言ったらまたみこちゃんに怒られるよ」
「何も言わなくて怒るだろあいつは」
「それだけスズちゃんのこと心配してるんだよ。 この前もこのままじゃ出席日数足らなくて留年するんじゃないかってどうやったら教室来るか悩んでたし」
「親かよ」

すっかり涼海の世話係が染み付いた心湖がぷんふこ怒りながらあれこれ気を揉んでいる姿が目に浮かび笑ってしまう。

「雨結局止まなかったね。 そうだスズちゃん傘持ってる?」
「傘?」
「あっその顔はまた傘忘れたね」

そう言って傘を広げる心寧はすぐ妙な勘違いをするところはあの頃から変わらない。今日はちゃんと折りたたみ傘を持っているのだ。でも────

「なんでわかったの」

彼女に嘘をつくのは少々心苦しいけれど昔のことを思い出したからかなんだか彼女に甘えたい気持ちを抑えられなかった。

「心湖には内緒にしといて」
「ふふっバレたら怒られちゃうもんね」

ゆっくり涼海は柔らかな笑顔が咲く傘の中に飛び込んだ。



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