春雨

「おろ狐はんや」

野花片手に木陰からひょっこり顔を覗かせた幼
子が人目を避けるように薄っていた妖狐を発見し白い肌によく映える長い睫毛に縁取られた大きな瞳がぱちぱちと瞬いた。 血を見た幼子は「怪我してるん?」 とぽつりと呟き慌てて妖狐に駆け寄ろうとするが妖狐は幼女をひと睨みするとバチバチと火花と共に幼子の周辺に狐火が走りわっと声を漏らし一瞬怯んだ。

「大丈夫。私は孤はんを傷付けたりせえへん。ただ助けたいだけや」
「そんな言葉信じられるか」
「信じられへんのやったら私のこともっと燃やしたらええ。こんなんちっとも熱うあらへんよって」

そう言いながらずんずんと歩み寄ってくる幼子
は自らが着ている上等な着物の袖を破り、腕、太ももと順々に出血箇所にキツく結び止血していく。他の妖怪との戦闘により妖力が低下し気力が底を尽きかけていた妖狐は血が滲む切れ端と幼子を交互に見つめながら短く息を吐いた。

「これでよしっ」
「…せっかくの着物が台無しやなぁ」
「ええよ別に。元々着物なんて興味あらへんし今大事なんは怪我人やろ」

触り心地の良い生地に綿密に施された飾り刺繍。着物の質からしてこの幼子はかなり地位の高い人間だと推測できる。 手当てが終わり幼子は安堵のため息を洩らし妖狐に向かって柔く微笑みかけた。

「 …まだや。血ぃは止まりはしたけれどこのままじゃ僕死んでまうわ」
「ええっ狐はん死んでまうの!?!?!?」
「ああもうキンキン頭に響いてかなわんわ。ちょっと黙って僕の話聞いてくれるか。僕ら弱った妖怪が元気になるんには人間はんの生気がいるんやわ」
「生気…? よぉわからんけどそれで狐はんが元
気になるんやったら好きにして」

話を聞き終えた幼子はどこまで妖狐が言ったこ
とを理解しているのかしていないのかわからない様子で両腕を大きく広げて妖狐に一歩近寄る。

「ここまでアホな人間初めて見たわ」

下手すれば自分に生気を吸われ尽くして死んで
しまうかもしれないというのにこうも妖狐を助けたいという曇りのない瞳を向けられてしまうと人間嫌いの妖狐といえど毒気を抜かれてしまう。

「.……人の子も七つまでは神の子、か」

ため息混じりにぽつりと呟き妖狐は幼子から回
復に足りる程度の生気をもらい袖がボロボロになった着物に目を向けもう一度ため息を吐いた。────人間は皆愚かな生き物だがこの幼子はその中でもより一等愚かだ。

数日後、 様子を見に来た幼子に生気の礼と着物
の詫びに美しい鈴蘭を贈る妖狐の姿があった。