ぽかぽか陽気が心地よい昼下がり、屋敷のテラスの端っこで見覚えのある後ろ姿を見つけたミロクは来週売りに出す不動産類の資料をテーブルに置いて蜜を求める蝶が美しい花に誘われるようにテラスに出た。
一人がけのガーデンソファーで華奢な身体を丸めるようにして眠っているアリは子猫のように可愛らしい。ふと、にゃおん、と猫の鳴き声が聞こえてよく見るとアリのそばで一匹の猫が日向ぼっこをしていてよく雇い主兼親友のラクに人相が悪いと指摘される強面の表情が微かに緩む。ミロクはガーデンソファーの縁に腰掛けてアリを起こさないように慎重な手つきで髪を撫でた。すやすやと気持ちよさそうに眠りこけるアリの寝顔はもう思春期の女の子だと言うのにミロクがおしめを変えたりミルクをあげたりと献身的に世話を焼いていた幼い頃の寝顔の面影がありありと残っていて愛おしさが湧き上がる。
「お前は何も変わらないな」
アリが生まれた時は本当に嬉しかった。愛妻にしか情を示さなかったラクが人の親になるのかと感慨深い気持ちよになったものだ。今では立派な親バカになりアリが生涯の伴侶になりえる男を連れてきた時を想像すると今から頭が痛い。一端の男であればまだしも仕事柄様々な人間を見てきたラクのお眼鏡に適わなければ下手すれば裏の力を使って相手の男を消しかねない。
「どんな男を連れてくるんだろうな。アリのことだから変な男は連れてこねえだろうけど…」
一番近くで成長を見守ってきたアリがいずれこの屋敷を離れ自分の手から巣立っていく日を思うと青臭い感情とは無縁のこの胸が締め付けられたように苦しくなるのは春の陽気が魅せる幻だ。アリを愛おしく想うのは親心のようなもので恋慕じゃない。恋慕であってはいけない。あっていいはずがない。彼女の無垢な信頼に応え続けるためにも——。
「アリ、お前はダメな男なんかに捕まってくれるなよ。飛びきりいい男を捕まえて平穏で平凡に幸せになるんだ。ラクやスピリアみたいにな」
たくさんの人に深く愛されて誰よりも愛を知っている彼女なら自分があれこれ気を揉まなくても自分の力で幸せになれる。その日が訪れるまで保護者として彼女を愛する者の一人として彼女が躓いて転んで泣いたりすることがないように道端の石を取り払ってやるだけだ。
「——おやすみ。いい夢を」
眠るアリのおでこにキスをしたミロクは閉じていたパラソルを静かに開いてからそばを離れた。テーブルに置いていた資料を再度手に取って目を通しながら長い廊下を歩いていたミロクはふと足を止める。
「……俺もついに焼きが回ったか」
アリに男を近寄らせないための都合のいい保護者だなんて建前を掲げていられなくなる前にどうか早く幸せになってほしい。