story.13

目を開けるとどこかへシルヴィアは歩いているようだった。

──ここはどこ?わたしはどこへ向かって歩いているの?

しばらく歩いてると、前方に小さな塊が壁に寄りかかっていた。
そこへ近付くと、その塊は見覚えがある者だった。幼い頃のローだった。ローは壁に寄りかかってうとうとしていた。


『あ、ロー!またこんなとこで寝ようとして!ダメじゃない、風邪ひくわよ!』
「─…シルヴィアさん」
『まったく。布団を持って来るわね』

布団を取りに歩き出そうとしたシルヴィアの服の裾が引っ張られ、足を止めた。振り返ると、ローが服の裾を掴んでいた。

『ロー…?』
「布団はいいから、シルヴィアさんまたあの姿になってくれよ」
『……もうっ、しょうがないわねぇ』

あの姿とはつまり、人形白狐の姿のことだろう。
ローに強請る様に見つめられ、シルヴィアは渋々人形を保った白狐の姿になることにした。すると、現れた十本の尾に包まる様にローがすりすりと身を寄せてきた。

「ありがとうシルヴィアさん。おれ、この姿のシルヴィアさんが一番好きだ…可愛くて綺麗でふわふわであったくて一番…」
『…?ロー?』

ローの言葉が途中で不自然に止まった。不思議に思い、尾を少し動かしローを覗き見ると、ローは穏やかな顔で寝息を立てて寝ていた。そんな彼をシルヴィアは愛しい子を見るような顔で見つめた。

『うふふっ、可愛いもんねぇ』



「そうだな」
《気持ちよさそうに寝てる》
『!……ドフィ!ロシーも!』

突然聞こえてきた聞き覚えのある声に振り返ると、そこにはドフラミンゴと文字が書かれた紙を持ってるロシナンテがいた。

《コイツを見てると昔を思い出すな》
「昔おれらもよくシルヴィアの尻尾に包まって寝てたな」
『ふふっ、そうだったわね。懐かしいわ…』

3人はそう言い合い、懐かしんだ。その表情は、普段は危険な事をやっている者とは思えないくらい穏やかな顔をしている。

『2人も一緒にみんなで寝ましょ!!』
「おれはまだやることがある」
《ガキがいる》
『いいからいいから!!』

シルヴィアはロシナンテとドフラミンゴの反対をものともせず、素早く2本の尾をゴムの様に伸ばして2人の巨体を捉えると、無理矢理引き寄せた。

「おいおい、随分乱暴だな」
《びっくりした》
『うふふっ、ごめんなさいね。言っても聞かなかったから』

微笑んでそう言ったシルヴィアにドフラミンゴとロシナンテは眉を顰めながらも、何を言っても無駄だと悟ったのか渋々横になった。

大きな2人を包むのは大変なので、シルヴィアは人形白狐から完全な白狐の姿になった。完全な姿とは、大きな白い狐のことだ。この形態のことを"完全型白狐"という。全長5mは超えるその姿は、3mを超えるドフラミンゴとロシナンテをも包み込める大きさだ。

「フッフッフッ、相変わらずでけェな」
《そしてふわふわだ》

完全型白狐の姿になったシルヴィアの腹に、ドフラミンゴとロシナンテが上半身を枕にするように横になった。
それを見たシルヴィアは尻尾に包まって熟睡しているローを優しく起こさない様に尻尾で抱き上げ、ドフラミンゴとロシナンテの間に寝かせた。

そして、シルヴィアは彼等をその大きな身体で包むように少し丸まり、十本の尾を彼等の上にまるで布団の様に宛てがった。

『うふふっ、気持ちいいでしょ?』
《あァ、そうだな》
「フッフッフッ、久々に熟睡できそうだ」

全員で身を寄せ合うことで感じた温もりに、シルヴィア達はやがて深い眠りに落ちた──









『──……ん…』

シルヴィアが目が覚めると、4人で身を寄せ合って寝てる姿ではなく、見慣れない天井が写った。

あの幸せな出来事は夢だったのだと、覚醒しきれない頭でも理解できて、シルヴィアしばらくボーッとしてると、見慣れる姿が近寄ってきたことに気づいた。

「起きたか、シルヴィア」
『……ドフィ』

近づいて来たのはドフラミンゴだった。ドフラミンゴはいつものサングラスを既に装着していて、サングラス越しにシルヴィアを見つめてきて表情がわからないが、優しい表情をしているのはわかった。

『わたし結構な時間寝てたの?』
「フッフッフッ、随分幸せそうな顔で寝てたから昨日無理させちまったのもあって、起こすのは酷だろうと思ってなァ」

ドフラミンゴがニヤリと笑いそう言った。気を利かせてくれたドフラミンゴにシルヴィアは申し訳なくなった。

昨日は夜に情事をしたことは覚えているのだが、いつも通り途中から記憶がない。前に何があったか聞いたことがあったが、はぐらかされて終わった。なので、素直に謝るだけで留めることにした。

『…そうなの、ごめんなさいね。』
「フッフッフッ、謝るんじゃねェよ!悪ィことじゃねェんだ!──逆におれァ、シルヴィアチャンの可愛い寝顔をじっくり拝めたから満足だぜ!!フッフッフッ!!」

笑いながらそう言ってくるドフラミンゴに、シルヴィアは自分の頬が染まるのを感じた。そんなシルヴィアを見てドフラミンゴが益々笑みを深めた。

『もうっ、ドフィったら!!いつもわたしをからかって遊ぶんだから!!』
「おいおい、おれもいつも言ってるが、からかってるんじゃねェよ。おれは、本当に思ってることを言ったまでだぜ、フッフッフッ」

そう言ったドフラミンゴに、シルヴィアは頬に熱が集まるのを感じた。それと同時に、頬を膨らましキッとドフラミンゴを睨んだ。

『それがからかってるって言うのよ!まったく…!』
「わかったわかった、おれが悪かった。だからそんなむくれるな、おれの可愛いシルヴィアチャン」

ドフラミンゴはそう言ってとても優しい顔で、シルヴィアを宥める様に唇にキスをした。
それだけでシルヴィアは我ながら単純だと思いつつも、先程までの怒りは消えていった。

『…もう。』
「それよりシルヴィア、風呂に入りたいんじゃねェか?」
『ええ、昨日入れなかったから入りたい』
「ならシルヴィアが入ってる間に飯を持ってこさせるか?昨日からほぼ何も食ってねェんだ、腹減ったろ?」
『そうね、お願いしようかしら。ありがとう』
「あァ、わかった」

ご飯の手配はドフラミンゴにお願いし、シルヴィアはベッドから降りてベタベタする体を洗うために、部屋の奥にある風呂場へ向かった。

そして、シャワーを浴びてる時にふと思い出したのは先程の夢のことだ。



わたしは幸せだったの。

どんなに辛い日々があっても、どんなに悪行を働いていても、どんなにこの手が血に染まろうとも、あの幸せな日々がある限り、わたしは乗り越えられた。

もうあの日々に戻れないとわかっていても、望んでしまう…あの幸せだった頃に戻りたいと……。

わたしの世界の中心はいつだってドフィだけど、ローやファミリーのみんなも大切で、もう誰も失いたくない。

だからロー、あなたを必ず連れ戻すわ。
もう一度みんなで一緒にいたいから、早く戻って来て──…