その女を見た瞬間、ドフラミンゴはこの女が欲しいと強く思った。そして思う、自分は今まで何かをここまで強く欲したことはあっただろうかと。答えは否だ。
──「姫様はまさに天使の様な人ですよ、見た目も中身も」
そこで先程のランの言葉が頭を過ぎった。本当にその通りだと思った。それくらい可愛いかったのだこの女は。こんな可愛い女は今まで見たこともないし、この先見られないだろうと断言出来た。
弟のロシナンテがその女を目に映した瞬間、顔を真っ赤にしてドフラミンゴが鋭い視線を送っても見つめ続けてるのを見て、抑えられくらいの黒い感情が湧き上がって来た。
──ロシーの目が見えなくなればいいんだえ!!
そんなこと思っていたら、その女と目が合った。その瞬間、さっきまでの黒い感情が消えて心臓がドクンっと大きな音を立てて苦しいくらい鳴り出した。
そしてその宝石の様な薄紫色の瞳には、ドフラミンゴただ1人だけを映して欲しいと強く思った。
「シルヴィア、この人達はお前のお祝いに来てくれた私の友人のホーミングとその息子さん達だ」
『はじめまして、シルヴィアといいます!今日は来てくださりありがとうございます!』
ペコッと頭を下げて言った。鈴が鳴るような声とは、この事を言うのだろうかとドフラミンゴは思った。声まで可愛いこの女はシルヴィアと名乗った。
「私達大人組はあちらで酒でも飲みながら楽しくやるから、シルヴィアは歳近い者同士でそこの2人と仲良くしてなさい」
『はいっ!お父様!』
「2人をよろしく頼んだ」
両親とアランダインともう1人の綺麗な女の人はそう言って奥の方へ行ってしまって、ランとレンはいつの間にか既にいなくなっていて、この場にはロシナンテとドフラミンゴとシルヴィアのみになっていた。
「シルヴィア、おれはドフラミンゴ!ドフィでいいえ!」
シルヴィアに早くその可愛い声でドフラミンゴの名前を呼んでほしくて、そしてロシナンテと話してほしくなくて、考えるより早く名乗っていた。
『ドフラミンゴ…?綺麗な鳥さんみたいなお名前で素敵ね!よろしくねドフィ!』
「っ!!……そうかえ?」
そう返すのがやっとだった。その可愛い声で呼ばれた自分の名があまりにも甘く聞こえて、歓喜する思いとその甘さに酔ってしまいそうな思いでぐちゃぐちゃだった。
『うんっ!とっても綺麗で素敵なお名前!』
綺麗なのも素敵なのも、自分の名でなくお前だと思った。浮かべられた満面の笑みは涙が出そうなくらい天使の様に綺麗で可愛くて、どうしようもないくらい胸が熱くなって、この笑顔が一瞬で大好きになって、やはり心の底からシルヴィアが欲しいと思った。
そして生まれて初めてドフラミンゴと名付けてくれた両親に感謝した。
そして、そこでシルヴィアの視線がドフラミンゴから外れた。そして次にその大きな目を見開いて一点を見ていた。
『ねぇ、あの子泣いてるよ…?』
「は……?」
シルヴィアの視線がドフラミンゴから外れた事を残念に思う前に、シルヴィアが心配する様にそう言った。視線を辿ると、確かにそこにはドフラミンゴ達を見て少し離れた場所で、長い前髪の間から涙を流して静かに泣いている弟のロシナンテがいた。そんなロシナンテの元へシルヴィアと一緒に駆け寄った。
「ロシーお前どうしたんだえ?」
「っ!!あ……!!」
『大丈夫…?どこか痛いの…?』
「っ、だい、じょうぶっ…だえ!!」
『本当に…?』
シルヴィアがロシナンテの顔を覗き込む様にして本当に心配している様だが、ドフラミンゴは可愛い弟が泣いてるのに全然心配できなかった。
何故ならば──
「ほんとう、だえ!!」
『そっか!!よかったぁ!!』
わかってしまったのだ──
「へへっ!おれロシナンテだえ!ロシーって呼んでほしいえ!」
『ロシーね!よろしくねロシー!』
シルヴィアがロシナンテを目に映した瞬間に涙が止まったのを──
今ではロシナンテは頬を赤く染めて、笑顔を浮かべたシルヴィアと嬉しそうに話している。それを見た瞬間、ドフラミンゴは悟った。さっきロシナンテが泣いていたのは、シルヴィアの瞳にロシナンテが映っていなくて、今のドフラミンゴの様に心が痛かったからだと。
ロシナンテもドフラミンゴと同じ気持ちなのだ、シルヴィアの瞳には自分だけを映していてほしいと。
──だからってロシーにシルヴィアは渡さないえ!!
いくら可愛い弟のロシナンテでも、シルヴィアだけは譲れないのだ。そう思った時、そこからのドフラミンゴの行動は早かった。このまま2人だけで良い雰囲気にはさせない。
「シルヴィア!」
『どうしたのドフィ?』
「腹が減ったえ!なにか取りに行くえ!」
『あっ…!』
ドフラミンゴはそう言ってシルヴィアの返事を聞く前に、真っ白で小さい手をぎゅっと少し強く握って走った。初めて触ったシルヴィアの手は柔らかくてすべすべしていて、心臓がドクンドクンと何回も早く鳴っていた。
腹が減ったなんて嘘だった。ただシルヴィアをロシナンテから引き離して、独り占めしたいだけだったのだ。
なのに──
『ロシーも一緒に取りに行こう!!』
「っ!!?」
シルヴィアがドフラミンゴに手を引かれながら、置いてかれそうになってまた泣きそうになっていたロシナンテに呼びかけているではないか。すると、ロシナンテが頷いてこちらに不安定ながらもてけてけと走ってくる。
──ロシーはいいんだえ!!
そう声に出して言えたらどんなにいいだろうか。声に出して言えないから、心の中で叫んでいた。
『ドフィ、3人で一緒に取りに行こうね!!』
「……うん」
ドフラミンゴが一目見て大好きになった、シルヴィアの天使の様に綺麗で可愛い笑顔を浮かべて言った。今その笑顔がロシナンテにも向けられているというのが、堪らなく嫌だった。
2人でいたかったのだと言いたかったが、それを言ってしまって嫌われたら嫌だから、黙って頷くしか出来なかった。
ランが言っていた通り、シルヴィアは中身も天使なのだと思った。決して誰かを1人にはさせない優しい子なのだと。
ならば今はそれでいいと思った。いずれは必ずシルヴィアをドフラミンゴだけのにすればいいのだと思った。
──おれはなんでこんなにシルヴィアが欲しいと思うのかえ?
そこでふとドフラミンゴはそう思った。可愛いから欲しいのかと思ったが、何かが違う。可愛いからという理由でここまで欲しいと思わないはずなのだ。
手を繋いだり笑顔を向けられたりその薄紫色の瞳に映ったり名前が呼ばれただけで、とても嬉しくなったり幸せな気持ちになって心臓が鳴る音がやけに早くなって身体が熱くなったりするのだ。
『ドフィ!!!』
だがそれが他の人に向けられたらと想像すると、胸が痛くなって涙が出そうになってその相手をめちゃくちゃにしてやりたくなるのだ。
これらのは可愛いからというだけで感じる訳がない。
この名前がわからない気持ちは一体なんだろうか──…
『ドフィ!!!!!!』
「うわっ!!!」
物思いに耽っていると、シルヴィアに大声でドフラミンゴの名を呼ばれて驚愕した。
「な、なんだえ!!?」
『ずっとお皿持ったままボーッと立ってたから……大丈夫?』
シルヴィアが眉を八の字に下げて心底心配している様に言われて気づいた。どうやらドフラミンゴは相当考え込んでいた様だ。ロシナンテも心配する様にドフラミンゴの事を見てきていた。
「大丈夫だえ!!考え事してただけだえ!!」
『考え事…?なんの?』
「今はまだ言えないけどわかったらシルヴィアに教えるから待っててほしいえ!!」
『??…うん!!よくわかんないけど待ってるね!!』
嬉しそうに笑顔を浮かべて頷いてくれたシルヴィアを見て誓った、再びこの笑顔を見て感じた胸に渦巻く思いの気持ちの名前がわかったら、真っ先にシルヴィアに伝えようと──…