story.19

自室で寛いでいたはずの兄のドフラミンゴが、シルヴィアが今入っているであろう風呂場へ向かってから暫く経った。
未だに戻って来ないのはおかしいと思い、ロシナンテは風呂場へ様子を見に行く事にしたのだが、ここで大人しくしておけばよかったのだ…そしたら後に見に行った事を深く後悔する事はなかったのに──…



ロシナンテが風呂場へ着くと風呂場の扉が少し開いてるのに気づいた。そこから中を覗くと、信じられない光景がそこにはあった。
なんとシルヴィアが裸で兄の前に立っていたのだ。

──な、何してるの!?

そう思った時、シルヴィアの姿がいつもと違う事に気づいた。
大きな白い耳と十本の白く長い尾が生えており、爪は黒く鋭く長い爪に変わっていて、その鋭さは人を切り裂く事も出来るんじゃないかというくらいで、その姿を見てロシナンテはシルヴィアに少しの恐怖心を抱いてしまった。

──今のシルヴィアちょっと怖い…。

その時、シルヴィアが兄に抱き着くのが見え、驚きのあまりガタンッと物音を立ててしまい、慌てて隠れようとしたが間に合わず、物音に気づいた兄がロシナンテの方を見たことにより、兄と目が合ってしまった。
だが、兄の視線は直ぐに逸らされ、次の瞬間に更に驚く出来事が起きた。

「シ、シルヴィア!!?」
『あり…がとう…!!ドフィあり、がとう!!──大好き!!』
──ちゅっ!
「!!!」

なんとシルヴィアがそう言って兄にキスをしたのだ。
それをしっかりと見てしまい、ショックのあまり死にそうだった。胸が切り裂けそうなくらい痛いのだ。

──もうやめてシルヴィア!!

そう思ったのに、シルヴィアがいつもの姿に戻って兄の胸に顔を擦りつけ、満面の笑みを浮かべて甘えていた。しかもその笑顔は桜の花が満開に咲いたかの様な、今まで見てきた中で1番可愛くも綺麗で、その笑顔が兄に向けられているということに、益々胸が切り裂けそうなくらい痛みが強くなり、涙が溢れてきた。

──な、んで!?なんで、兄上に…!!

もう兄とシルヴィアを見ているのがとても辛くなり、ロシナンテは涙を流しながら逃げる様にこの場を去った。その際に先程の様に、ガタンッと物音を立ててしまったが、今のロシナンテは気にしてはいられなかった。

風呂場から去ったロシナンテは、そのまま寝室に向かった。そしてベッドへダイブし、胸を掴んで泣いた。

「ううっ…!!いた、いよシルヴィア…っ!!」

シルヴィアと初めて出会った時、兄とシルヴィアが仲良くしていた時も、心の痛みを感じて耐えきれずに泣いてしまったが、あの時とは比べ物にならないくらいの痛みが、ロシナンテの心に襲いかかってきていた。それはもう、シルヴィアに心に何本もの針を刺されてるんじゃないかという位だ。
風呂場へなんて、様子を見に行くべきではなかったのだ。大人しく2人が戻って来るのを待っているべきだったんだ。そうすれば、ここまで胸が痛んだりせずに済んだのにとロシナンテは深く後悔した。

「っ…、…シルヴィア…」

ロシナンテは声にならない嗚咽を漏らしながら、シルヴィアの名をまるで泣き縋る様に呟き続けた。

──なんでここまで心が痛いの?

嗚咽を上げながらも、ふとそう思った。
そうだ、ロシナンテは何故ここまで心を痛めているのだろうか…。ロシナンテは考えた。

──ぼくがシルヴィアを怖がったから?

──シルヴィアを兄上に取られたから?

──シルヴィアが兄上にキスをしたから?

──シルヴィアが兄上に甘えて今までで一番かわいい笑顔を見せていたから?

ロシナンテは思った、全て当て嵌ると。この裂けそうな痛みは、全ての思いが心に積み重なって鋭くなった痛みなのだと。ロシナンテは更に考えた。

──ぼくがシルヴィアを怖がった。
ごめんねシルヴィア…もう怖がったりしない!!

──シルヴィアを兄上に取られた。
い、やだ…!!嫌だよシルヴィア…!!

──シルヴィアが兄上にキスをした。
もう兄上にしないで…!!

──シルヴィアが兄上に甘えて今までで一番かわいい笑顔を見せてた。
甘えるのも、かわいい笑顔を見せるのも全てぼくにしてよシルヴィア…!!ぼくはシルヴィアが好きなんだ…!!

そこまで考えてロシナンテはハッとした。
今思った"好き"という感情は、家族とかの好きではない気がするのだ。大好きな母や父や兄が取られたりするのを想像しても、ここまで胸が痛んだりしないのだ。
ならば、シルヴィアに感じた好きという気持ちは、一体何だろうか…。特別な好きというのは確かなのだが、その特別が何かがわからないのだ…。きっと2年前にシロノ国で出会った時からずっと、シルヴィアの事がこの特別な好きなのだ…。

──シルヴィア……。

ロシナンテは目を閉じてシルヴィアの顔を思い浮かべてみた。そしたら何かわかるかと思ったからだ。
シルヴィアの顔、シルヴィアの桜の花が淡く綻んだ様な笑顔を思い浮かべてみると、先程までの切り裂けそうな位に痛んでいた心は、今度はドキドキとした胸の高鳴りに変わっていた。

──シルヴィア…好きだえ…。

この好きが特別な好きだというのがわかったから、これからは兄には渡さない。
兄もきっとシルヴィアの事が、特別な意味の好きなんだというのがわかる。

何故ならば、本来ロシナンテの兄のドフラミンゴは、他人にはとても乱暴で横暴で傲慢なのだ。それが一切シルヴィアに対しては感じられないのだ。女だからというのも違う、兄は前に自分とそう変わらない歳の女の奴隷を買った時も、横暴さと傲慢さを全面に出して接していたのだ。
それがシルヴィアに対してはぶっきらぼうさはたまに見せるものの、他は一切感じられないのだ。
なので、間違いなくシルヴィアの事を特別な意味で好きだろう。それはロシナンテと同じ2年前に初めて出会った時から、今でもずっと。
何より先程に風呂場でサングラスを外した兄がシルヴィアを見つめていた時の目が、他の誰にも向けていなかった熱っぽさを感じたのだ。


そこまで考えていると、風呂場にいた兄とシルヴィアが寝室に入ってきた。
それを確認したロシナンテは、思わず咄嗟に狸寝入りをしてしてしまった。嗚咽もいつの間にか止まっていた。

「シルヴィア、お前は真ん中だえ」
『うん、わかった!』

すると、シルヴィアがロシナンテの隣に寝転んだ気配を感じた。そのシルヴィアの隣に兄が寝転び、兄が言った通りシルヴィアが真ん中になった。

『あはっ、ロシーはもう寝ちゃってるね』
「……そうだな」

恐らく兄は気づいているんだろう、ロシナンテが狸寝入りしている事に。返答までに少し間があった。

『おやすみドフィ』
「おやすみシルヴィア」

そう言って2人はおやすみの挨拶を交わしあっていた。それが何だか羨ましく感じた。

『ロシーもおやすみ』

その言葉が聞こえて、狸寝入りがバレたのかと思って少し焦ったが、別にそういう訳ではなかったらしい。現に何もしてこないのだ。
だが、ロシナンテにも言ってくれて嬉しかった。ロシナンテは風呂場でのシルヴィアの姿を見てちょっとだけ怖がってしまったというのに、変わらず優しく声を掛けてくれるんだ、そんな資格ないというのに…。
今度見る時は絶対に怖がったりしないと誓った。だって、シルヴィアの姿は変わっても中身は変わらずシルヴィアのままなんだから──…