江戸へ旅立つ

 白百合千郷の父は彼女が幼い頃に他界、母は最近難病の病気にかかってしまい、病院で入院してしまっている。そして、兄が1人いるのだが、その兄は現在行方がわからない状態になってしまっている。
 その為、母が頼れるのは千郷のみになるのだ。そんな母の為に千郷は、職が少ない田舎にいたままでは入院費をとてもじゃないが稼げないという事で、職が多いだろう都会の江戸に行って母の入院費を稼ぐ事を決意したのだ。

『お母さん、入院費は必ず私が何とかするから安心してね!』
「ごめんなさいね、千郷……あなたには苦労かける事になるわね……」

 そう言って母は眉を下げ、本当に申し訳なさそうな顔をした。そんな母を見て、千郷はううんと首を振った。

『これは私が望んだ事だし、気にしないで! お母さんは、ただ病気を治す事だけ考えていて』
「千郷……ありがとう。こんな優しい娘を持った私は幸せ者ね」
『嫌だわ止めてよお母さん! 当然の事なんだから』

 嬉しそうに微笑んで言った母の言葉に、千郷は慌てて否定した。千郷の頬は、ほんのり赤く染まっていた。大好きな母に褒められ、少なからず嬉しかったのだ。

『それに、江戸に行けばもしかしたら、楓兄さんの事が何かわかるかもしれないし!』
「……楓は大丈夫かしらね…」
『楓兄さんはとっても強いから大丈夫よ! きっと生きてどこかにいるわ!』

 行方不明になってしまった兄を思い、母が不安そうな顔をしてぽつりと呟いた。千郷はそんな母を見て、元気づける様に明るい声と表情で言った。

「そうよね…ふふっ、楓はとても強いものね! きっと大丈夫!」
『ええ、そうよ! 大丈夫大丈夫! 楓お兄さんの事で何かわかったら直ぐ連絡するわ』
「ええ、ありがとう。よろしくね」

 千郷は母の言葉に1つ頷き、着物や必要最低限の物が入っている荷物を背負った。

『──それじゃお母さん、私はそろそろ行くわね』
「ええ、わかったわ。千郷、江戸はこっちと違って天人も多いし危ない人も沢山いるから、十分気をつけるのよ」

 母の言葉に、千郷は頷いた。確かに母の言う通り、ここら辺の田舎町は治安は良いし天人も全然いないが、都会の江戸は天人も多いし攘夷志士など危険な人が多いだろう。だが、いざとなったら千郷には、昔護身用で身に付けた護身術と剣道がある。そう簡単にはやられないだろう。

『お母さん、行ってきます』
「ええ、行ってらっしゃい」

 千郷は手紙を書くと言い、母が入院している病院を出て、江戸へと向かった。初めての都会への期待とわくわく、そして少しの不安を抱えて──









 江戸に到着した千郷は、都会の風景に絶句した。何もかもが田舎とは大違いだった。

『凄い……!! ここが江戸ね……!!』

 千郷は目を輝かせて周りを見渡した。沢山の人が行き交い、お店や家の明かりで街がきらきら輝いていて、ふんぞり返って歩いている天人と、天人が乗る船が飛び交っっているのを除けばとても綺麗な光景だった。何より、田舎の子とは違って都会の子はオシャレな子が沢山いた。

『あっ! あの子の着物可愛いわ…!! あっ! あの子の着物も素敵…!!』

 オシャレする事が好きな千郷は、通り過ぎて行く女の子が着る着物をきらきらとした目で見詰めた。

『はっ…!! いけないいけない、今はそんな事気にしてる場合じゃないわね』

 オシャレな服に気を取られていた千郷は、我に返ってふるふると頭を振った。今するべき事は、ひとまず先に今夜寝泊まりする宿を見つけなければいけない。そして、ある程度高時給で、住み込みで働ける様な職を探さなければならないのだ。
 千郷はそう思い直し、目に入った甘味処のお店に聞き込みをする為に近づいた。すると、お店の中には優しそうなお婆ちゃんが立っていた。

「おや、いらっしゃい。こちらへどうぞ」
『あっ、すみません違うんです…!! あの、ちょっと聞きたい事があって…』

 お客さんとして通され、聞き込みをする為だけに来た千郷は眉を下げ、申し訳なさそうに謝った。

「聞きたい事? 何だね?」
『あの、実は──…』

 客じゃないとわかっても変わらず優しい態度で接してくれるお婆ちゃんに安心し、千郷は江戸に今日来たばかりで今夜泊まる宿がないのでいい所はないか、そして住み込みで働けそうな所はないかという事を聞いた。

「そういう事なら、ここに相談してみるといいさ」

 千郷が全て話し終えると、お婆ちゃんは1枚の名刺をくれた。名刺に目を通すと、そこには[万事屋銀ちゃん]という名前と、電話番号や住所が書かれていた。

『"万事屋銀ちゃん"…?』
「所謂何でも屋だから、相談したら宿や住み込みで働ける様な場所も探してくれるさ。これは地図だよ」
『ありがとうございます! 職が見つかったら改めて来ますね』

 千郷は地図を受け取り、嬉しそうに笑って言った。すると、お婆ちゃんは優しそうに微笑んで頷いてくれた。職が見つかったら、お礼も兼ねて今度はちゃんと客として来なくては。


TO BE CONTINUED

PREV - TOP - NEXT