万事屋銀ちゃん

 甘味処を出た千郷は、お婆ちゃんから渡された地図を見て、目的地の[万事屋銀ちゃん]を目指して歩いていた。

『あっ! あった! あれがそうね!』

 暫く地図通りに歩いていると、そう遠くない所に[万事屋銀ちゃん]と書かれた大きな看板を挙げた建物が見えた。あの建物がそうなのだろう。

『ここが万事屋銀ちゃんか…』

 千郷は駆け寄り、建物を見上げてから階段を登った。お店は建物の2階にあるようだ。
 階段を全て上り切り、玄関の引き戸の前に着いたので、ノックをしてお店の人が出てくるのを待った。

『……? ノックに気づかなかったのかしら…?』

 ノックしてから少し経ったがお店の人から反応がなく、不思議に思いながらも千郷はもう一度、先程より少し強めに引き戸をノックをした。
 だが、最初と同じ様に再びノックをしてから少し経っても変わらず、お店の人が出て来る事はなかった。

『……いないのかしら?…しょうがない、別の宛を探した方がよさそうね……』

 これだけ待っても出て来ないのだからお店にいないのだと判断し、諦めて別の宛を探す事にして階段を降りようとしたその時──


──ガッシャアン!!!
「こンのクソババアアア!!! 家賃はねェって言ってんだろうがァァァ!!! しつけェんだよコノヤロー!!」
『えっ!!!?』

 凄まじい破壊音と共に怒号が聞こえ驚いて振り返ると、そこには文字通り玄関の引き戸が吹っ飛んでいる光景が最初に目に入り、続いてふわふわそうな銀髪の天パが印象的な男性が、怒りの表情をして千郷を見ているのが目に入った。すると、その男性は直ぐに千郷が自分が思った人物と違うと気づいたのか、怒りの表情から冷や汗をだらだら流した焦りの表情に変わった。

「あ、あれっ……!!? ば、ババアじゃねェ…だと!!?」
『こ…こんばんは…っ』
「こ…こんばんはァ〜」

 あまりの事に引き攣った表情で千郷が挨拶すると、銀髪の男性も引き攣った表情で挨拶を返してくれた。

『い、依頼をしたかったのですが、何か訳ありの様なので、日を改めて伺いますね…!』
「い、いやいやいや!! 全然取り込んでない取り込んでない!!!」
『え…? いやでも今…』
「今のはただちょっとあれだよあれ!! 金がねェって言ってんのに下のババアがまた家賃回収しに来たのかと思っただけで…!! これっぽっちも取り込んでないってかむしろ暇すぎて困ってたくらいだからァ!! だからお願いします帰らないでくださいィィ!!! 300円あげるから!!!」

 銀髪の男性のあまりにも必死に引き止めようとする姿を見て、不謹慎だが何だか可笑しくなってきて笑いが込み上げてきた。

『ふふっ、ふふふふふ!!』
「えっ…!?」
『あ、ごめんなさい…あまりにも必死だからなんだか可笑しくなってしまって……。気分を悪くしてしまったようでしたらごめんなさい…』

 銀髪の男性が驚いた顔で、笑っている千郷の顔をあまりにも凝視してくるもんだから、気分を害してしまったのかと思い即座に謝った。
 だが、この時千郷は知らなかった。銀髪の男性は決して気分を悪くした訳ではなく、ただ千郷の笑顔に見惚れていただけだったという事を。

「いやいや全然!! むしろ天使のような笑顔をありがとうございます!! お陰で気分悪くなる所か今最高に胸のドキドキが止まらないんですけど!! どうするよコレ!? ねェどうするよコレェェ!!? と、取り敢えず、今から僕とホテルに行きませんか!!?」
『! えっ、本当ですか!!? 是非よろしくお願いします…!!』

 何だか暴走しているのか、早口過ぎるその言葉は前半はほとんど聞き取れなかったが、取り敢えず最後のホテルに行こうというのだけは聞き取る事が出来た。今日の泊まる宿を探している千郷は、まさかのお誘いにパアッと顔を顔を輝かせて嬉しそうに微笑みながら頷き、銀髪の男性の手を取って両手で握った。千郷は、この銀髪の男性はきっと、自分の大きな荷物を見て宿を探しているという事を瞬時に理解してくれたんだと思った。
 だが、この時千郷はまたもや知らなかった。自分の言動の所為で、目の前の男性がえらい勘違いをしてしまっているという事に。そして、身長差の所為で自然と上目遣いになっていて、それがますます勘違いさせてしまっているのだ。

「ま、まままマヂでかァァァ!!!? え、何これ!!? いつもがんばってる銀さんに誰かからのご褒美か!!? 誰か知らねェがこんなレベルの高いまるで天使のように綺麗で可愛い子をありがとォォ!!! 男銀時、この天使ちゃんを美味しく頂かさせてもらいます!!!」
『……??』

 またもや早口過ぎて、まともに聞き取る事が出来なかった。何とか銀時という名前らしきものだけは、聞き取る事が出来たが。
 千郷は、銀髪の男性の手を握ったまま、首を傾げてきょとんとした顔で男性を見上げた。

「うおオオオ!!! その上目遣いで首を傾げるの最高いやマヂで!!! ヤバいってこの子いやマヂで!!! 銀さんそろそろ興奮し過ぎて頭パーンてなって鼻からケチャップ出そうだっていやマヂで!!!」
『……???』

 千郷は、またまた聞き取る事が出来ない程までに早口言葉を話した銀髪の男性を、ただただ頭上に疑問符を浮かべ首を傾げて、見ている事しか出来ないでいる。

「じゃ、じゃあ俺の天使ちゃん!! 銀さんとホテルに行こっか!!」
『? あ、はいっ! よろしくお願いします!!』

 千郷は、銀髪の男性が言った俺の天使ちゃんという言葉に不思議に思ったが、深く追求せずににっこりと笑って頷いた。


TO BE CONTINUED

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