エンドロールは流れない




――浮上する意識。期待をしつつ目を開ければ、広がった景色にあぁまたかと落胆する。けれどそれをおくびに出してはいけない。この世界では『初めて』なのだ。溜め息をつきたくなる衝動を抑えて、山姥切長義は薄く笑った。
「――俺こそが長義が打った本歌、山姥切。聚楽第での作戦においてこの本丸の実力が高く評価された結果、こうして配属されたわけだが……さて」
「改めまして、山姥切長義。私がこの本丸の主です」
「……嗚呼、宜しく頼む」
一礼する審神者が語る言葉も矢張り一言一句同じ。引き攣りそうになる頬を誤魔化す様に、長義は息を吐いた。

この本丸で、長義は永遠と繰り返している。

これが何度目の繰り返しなのかも覚えていない。数えるのは最初のうちで止めてしまった。世界が同じなら自分が動いて変わるしかないと解っていても、長義は信念を曲げるわけにはいかなかった。それを失ってしまえば存在が保てない。だから結果は何時も通りで何も変わらないと解っていても、長義は『繰り返し』が始まる最初の言動をとった。そして、故意に折られては始まりの時間に戻って来る。
恐らくこのループの原因は審神者だ。だから審神者が満足すれば解消されるだろう。だがそれは、長義は認めなければならない。己の名を奪った、写しを。審神者の隣に控えている長義の写し、山姥切国広。彼は初期刀であり、近侍のようだった。長義が繰り返す度に毎度最初に顔を合わせる刀。長義が審神者の大事な初期刀サマを「偽物くん」と呼んだ為に、彼女は態度ががらりと変えた。どうやらこの本丸の審神者も山姥切国広を偏愛する者らしい。早々に不愉快に顔を歪ませ、名前を呼ばれる。その言葉に含まれる棘に気づかないフリをして、長義は不敵に笑ってやるのだ。直ぐに刀解されなかったのは国広が宥めたから。その後も本丸で生活する中で何回か国広と会話をする切っ掛けがあったが、全て喧嘩として買ってやった。それを数回繰り返していれば我慢の限界だった審神者に単騎出陣を命じられて、長義は戦場にて折れた。それで終わりだと思っていた。
然し結果はこれだ。この本丸で、何時までも同じ時間ことを繰り返している。
だから審神者が満足する結果とは。長義が国広を認めることだ。だがそんな事、長義が出来る筈もない。せめて国広を山姥切、長義を長義と呼ばなければいいのに。それならばまだ、『山姥切』の本歌という認識でも耐えられたのだ。だがこの審神者は違う。最初から『山姥切』とは国広で、己は『山姥切』の本歌だ。
「やあ、偽物くん」
「……写しは、偽物とは違う」
「俺を差し置いて『山姥切』の名で顔を売っているんだろう?」
「そんなことは……」
矢張り、何も変わらない世界。国広達の言動は繰り返すたびに多少は変わるが、大まかな流れは何も変わっていない。ちらりと見遣った審神者は相変わらず微笑んでいるが、内心で長義への怒りを募らせているのだろう。
嗚呼、もう面倒だ。
この世界にもう興味はない、限界だ。もうどうでもいい。己の本体に手を掛けると、審神者の顔色がさっと変わる。国広が驚いた様子で目を見開き、審神者を庇う様に彼女の前へ立った。莫迦な奴だな、審神者に興味なんてないよ、偽物くん。ふっと小馬鹿にするように笑みを浮かべ、長義は刀を己の首へ持っていく。
俺の負けだ、偽物くん。そしておめでとう主。
目の前で自ら折れてやれば流石の審神者も溜飲が下がるだろう。この繰り返しもなくなる筈だ。そうなれば長義もこの世界から解放され、新しく顕現される本丸で己の力を示せる。だから長義にとってこの本丸はもう価値がないし、用もない。
穏やかな気分で首筋に当てた刀を横に滑らせる。目の前を赤く染め上げながら、長義の意識は途切れた。


***


――浮上する意識。期待をしつつ目を開ければ、広がった景色にあぁまたかと落胆する。けれどそれをおくびに出してはいけない。この世界では『初めて』なのだ。溜め息をつきたくなる衝動を抑えて、山姥切長義は薄く笑った。
「――俺こそが長義が打った本歌、山姥切。聚楽第での作戦においてこの本丸の実力が高く評価された結果、こうして配属されたわけだが……さて」
「改めまして、山姥切長義。私がこの本丸の主です」
「…………嗚呼――何故だ」
長義?と不思議そうな顔をする審神者なんてどうでも良かった。何故、何故またここに戻っている?国広を認めはしなかったが、目の前で死んでやったというのに。それでは満足しないとでもいうのか?自ら折れてやったというのに。
「……あの、長義?」
「――いいかな、主」
困惑する審神者の疑問に答えるつもりはない。ふっと笑みを浮かべ、長義は続けた。
「俺はそこの、俺の写しである偽物くんが嫌いだ。視界にもいれたくない程にね。だから内番や部隊は別にして欲しい。俺から偽物くんに関わることはないから、君にとっても悪くない話だろう?」
「……成程、解りました」
偽物呼ばわりに顔を顰めながら話を聞いていた審神者は、それでも暫し思案したのち了承の意を示した。彼女の傍に控えている国広からは何か言いたげな視線を貰ったが、長義はふん、と無視を決め込む。
「嗚呼、そうそう。部屋の事だけど。他の連中と離れた場所で構わない。……何処かの刀ではないが、君たちと慣れ合うつもりはないからね」
正直、幾度の繰り返しで本丸の間取りや内装は頭に入っているし、自分に与えられた部屋の場所も知っている。いちいち案内される必要はない。
自ら折れても駄目だというのなら、関わるのを止めてやる。
そうすれば己にいい感情を抱いていない審神者でも、国広に突っかかることはないのだから手を出すことはないだろう。彼女の関心がなくなった所で折れたら、今度こそ終わる筈だ。
案内は猫殺しくんにでも頼むから必要ないと言い放ち、審神者と国広を置いてさっさと本丸の玄関へ向かった。背後から感じる視線は、当然黙殺した。


***


国広が山姥切と呼ばれている状況と偶にちらつく視線さえなければ、この世界線の本丸は割りと快適だった。
長義の思惑通り、審神者は己を嫌ってはいるようだが無茶な出陣命令は下されていない。南泉一文字以外の他の刀達には今まで通りまるで腫れ物に触るような扱いを受けているが、元より仲良しこよしをするつもりはないので問題ない。何度目かの繰り返しで今回の態度を取っていれば楽だったかもしれないと思うほど、今までと違って平和だ。無論、己の名が写しのものになっているという点を除けばの話なのだが。
本丸に来てからもう一ヶ月が経とうとしていた。何時も通り、恐らく審神者の嫌がらせで馬当番か畑当番にしか割り振られたことがない内番を終わらせ長義が自室へ戻ると、部屋の障子の前に人影が見えた。己の部屋に来るといったら1振しか心当たりがない。何の用だろうかと近づいてみると、それは長義が想像していた刀とは違っていた。
「……おや、初期刀サマがわざわざこんな場所までやって来るとは。俺に何の用かな」
こんな風に立たれては流石に無視はできない。くそ、と舌打ちをしつつ余裕を取り繕って声をかければ、国広がこちらを振り向く。長義は無視していたが、偶に食堂や浴場で感じていた視線は全てこの目の前の刀のものだった。
国広は暫くじっとこちらを無言で見つめてくる。何だ、と長義が眉を顰めた所で国広が一歩、こちらへ踏み込んだ。まずい、と自分でもよく解らない焦燥感に駆られて咄嗟に一歩後退ればその分だけ距離を詰められる。あっという間に手の届く位置までに来られ、掴まれた手を引かれるとそのまま壁に押し付けられた。抵抗しようにも長義の方が練度が低いので上手く力が入らない。
「ッ、おい……っ!いい加減にしろ!!」
「――お前が夢の通りに折れるぐらいなら。」
何?と国広の顔を見遣る。間近に見える顔の中で、碧色が爛々と輝いていた。ぞくりと悪寒を感じ取り僅かに身じろぐが、それに合わせて更に身を寄せられる。
「お前に無視をされるのでも良いと思った。だが、苦しいんだ。山姥切は俺だけ見てくれない。それが悲しいんだと、漸く気づいた。だから山姥切と話がしたくて来た」
「……、」
淡々とした国広の声に潜む感情は嘆きにも、怒りにも感じられた。じ、とこちらを見つめる国広の目は相変わらず読めないというのに、声だけが感情を物語っている。軈て国広はふ、と目を伏せた。掴んでいた手を放し、長義は腕の拘束から解放される。
「……お前が折れるんだ。だからこれは夢だと、夢なんだと思っていたら目が覚める。だが結局また折れて、ずっとその繰り返しだ」
「…………は?」
夢を見る、と国広は云った。長義が折れる夢を繰り返し見ているのだと。それは夢であって欲しいと願い、夢となった?
…………嗚呼、そうか。そう、だったのか。このループの、原因は。
漸く全てを理解して、長義は哂った。最初から、長義は間違っていたのだ。
『今まで』とは違う行動を起こし、漸く知った事実は、長義にとって最悪の運命だった。思わず乾いた声が洩れる。山姥切?と訝しそうな視線を向けてくる国広を無視して、長義は強く握りしめた両手を、首へと導く。
「……はは。そうか……ずっと、間違っていたのか。俺としたことが、情けない。…………あぁ、安心するといい。お前の言う通り、それは夢だ。――そして、今も」
さようなら、反吐が出る世界よ。


***


――浮上する意識。期待をしつつ目を開ければ、広がった景色にあぁまたかと落胆する。けれどそれをおくびに出してはいけない。この世界では『初めて』なのだ。溜め息をつきたくなる衝動を抑えて、山姥切長義は薄く笑った。


「――いい加減、終わらせて欲しい」