拝啓、君へ


人外まほうつかい審神者




「実は私、魔法使いなの」


頬杖を突きながら審神者はふんわりと笑って、まるで世間話をする様にさらりとそう云った。こちらを見つめる彼女の瞳は愉しそうに輝いている。何時も通りの、何を考えているのか解らない色。実に楽しそうだなと、山姥切長義はふっと笑った。
「……へえ? それは知らなかったな」
けれど彼女の言葉を、長義は信じてはいなかった。
ヒト以外の存在も審神者になる事があるのは政府で働いていた為に知っている。もしかしたら彼女の言葉は真実かもしれない。が、普段の審神者の言動を考えると素直に信じる気にはなれない。この人間は本音を語ろうとしないのだから。……まぁ、彼女に気に入られている自覚はあるので、少しは己にだけは本音を見せているのかもしれないが。
「…………漸く、決心がついたの」
「……主?」
疑わしそうな長義を気にもせず、審神者は浮かべていた笑みを消してぽつりと呟いた。紅茶が入ったティーカップのスプーンをくるくると掻き回しながら、彼女は目を伏せる。
「置いていかれるのには慣れてるわ。他にアンカーはいるし、直ぐにでもそうすれば良かったのだけど。でも、貴方に忘れられるのは、悲しいって思ったの」
原因不明の症状で、長義の足は動かない。前触れも何もなく急に動かなくなった理由を審神者だけが原因を知っているようで、現から本丸へ戻ってきた彼女は事態を把握すると酷く動揺した。御免ね、とぽつりと洩れた声は普段の彼女から考えられない程酷く震えていたのを、今でも覚えている。詳しい事ははぐらかされて教えてもらえず、ただ手入では治らないとだけ告げられた。
それ以来、原因不明の怪我を負った長義が戦場に立てるわけもなく、近侍として審神者の事務処理の手伝いや話し相手として日々を過ごしている。彼女と過ごすのを悪くないと思う気持ちは確かにあるのだが、己の本性は刀だ。どうしても、何のためにここにいるのかと考えるのを止められない。
……それでも刀解を望まなかったのは、彼女に、
「…………でも、今のこの状況は山姥切にとってはつらい事だろうから。……覚えておいて。例え貴方が私の事を忘れようとも、私は――」
「何を、」
先程から審神者の言葉が理解できない。それでも、彼女を止めなければならない気がした。だがそれよりも早く突如光の奔流が迸り、部屋の中を包み込んでいく。全てが解けていく様な感覚に、次第と長義の意識は消えていく。駄目だと思っていても抗えず、ただ光を受け入れるしかない。
だから長義は、悲しげに紡がれた審神者のその先の言葉を聞き取ることは出来なかった。


***


「あ、山姥切達だ」
書類整理を手伝ってくれていた加州が、ふとそう呟いた。釣られてそちらを見遣れば何やら言い合いをしている。何時もの事なので止めなくても平気だろう。ふぅん、と私は呟いて、再び書類へと目を落とした。
ここ最近、連続で『仕事』があった所為で長期間現世に戻っていた為に随分と書類が溜まっていた。すっかり近侍の存在に慣れてしまって一人で裁くのが面倒くさくなったので、私は近侍の代わりに初期刀である加州を頼ることにした。彼は一言二言で承諾してくれたので大いに助かっている。
「……あの、さ」
「なに?」
後で褒美に何か買ってあげようと思っていると、加州が何か言いづらそうに呟いた。手を止めて顔を上げると、彼は再び視線を山姥切達へと向け、私を見つめた。
「俺としてはさ、主に頼ってもらえてうれしーんだけど。でも、今まで長義が近侍やってたじゃん。長義が来るまでずっと近侍つけなかったのに、なんでまた近侍外したわけ?あいつの怪我が治ったのはいい事だけど、なんか長義の奴、主の事知らないっていうし」
「…………だって、悲しいもの」
私の言葉を聞き取れなかった加州がえ?と聞き返してくるが、私は曖昧に笑って誤魔化した。
――運命介入は成功した。山姥切に降りかかった災厄は取り除かれ、全ては元通り。……私に関する記憶以外は。
決心がついたつもりだった。でも、やっぱり、私の事を忘れた山姥切を見るのは耐えられなくて。だから近侍から外した。彼以外近侍にするつもりはなかったから、もう近侍はいない。加州は初期刀だから比較的贔屓してる自覚はあるけれど、彼は近侍ではなくてあくまで臨時の手伝いだ。
山姥切の望み通り、彼は刀として存在出来るのだ。ならば、それでいいじゃない。私の気持ちなんてどうでもいい事だ。
……だけど、けどね。
まだ、顔を合わせたら泣きそうになるから。だからどうか、遠くで貴方を見させて。